建築設計者の日々是好日

建築家として感謝をもって生きる日々の記録

自動運転技術と運転免許

2017年04月01日 | Weblog
最近、車の自動運転技術が実用化されようとしている
高齢者の事故減少に役立つだけでなく車での移動について意識が変わるだろう
これからは車をドアツードアの移動手段として考えるケースと、車を運転することの楽しみと考えるケースに2分されるのかもしれない

ある自動車メーカーでは自動運転技術の開発は車の購買意欲をなくすことにつながると考え開発を中止したという報道があった
これでは世界の趨勢に逆行してしまう
メーカーは社会のニーズに沿ったプロダクトを提供することをやめたら生き残ることはできない
それが世界一のメーカーであろうともだ

しかし私は自動運転が実用化されるとしても自分で運転することを楽しみたい
車は自分の身体拡張装置でもあると思う
車をドライブすることの楽しみは、馬に乗りこなすことの楽しみと同じように、自分ではできないような速さで走り、曲がり、移動し、止まるということ自体を楽しむことなのだと思う

いつまで運転免許を使って「車を運転すること」を続けることができるのか?わからないがこの楽しみはずっと続けたいものだ

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プロフェッショナル(職人技を持つ人たち)の生きる道

2015年03月05日 | Weblog
 われわれ建築設計者は無から有を作り出す仕事と言える。
しかし、その中身は昔とはずんぶん変わってきた。
私が組織設計事務所に入った頃は、まだアルミサッシができはじめたころで、学校の設計でもサッシといえばスチールサッシで、さらにスチールの型材を組み合わせて特注サッシを作る方法を教えられたものだ。

 翻って、現在はどうだろう?
スチールの特注サッシはできないことはないが、いざやろうとするとべらぼうな価格になってしまう。
スチールがいいと言っているわけではなく、そのような職人技を持つ人たちが減っていて、いたとしてもとても特殊な技能の持ち主という位置付けになっていることが心配なのである。
 なぜ心配かといえば、特注のサッシではなく一般の既製品のサッシを使っていれば(設計で仕様を指定することを意味する)なにも困ることはないのだが、ちょっと寸法を変えると高いものになってしまい、全体のコストコントロールを考えると躊躇してしまうという状況がいいとは思えないからである。
 そして、デザインの幅が狭められる。

 どの世界にも職人、匠、親方、プロフェッショナルといろいろな呼び方で専門家が存在する。
しかし、今の社会は特別なことをする、できる人間を使わない方向にあるように思う。
これは、非常な社会の損失と言える。
規定の製品しかできない社会になってしまったら、なにかの拍子に機械が止まったらなにも対応ができないということになりかねない。

 「技術は人についてくる」
人がいなくなればその技術も消える運命にある。
なんとかみんなでプロの技を使うことにしよう!
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わかりにくい日影規制

2014年08月18日 | Weblog
みなさんは日影規制という言葉を耳にしたことがあると思いますが内容をご存知でしょうか?

例えば近隣商業では3階かつ10m以下の建物は日影規制に該当しません

それでは北側の1種低層住居専用地域に建物の影が落ちるときにもこれは適用できるのでしょうか?
答えは複雑で我々設計者にも難題です。
建物が建っている状況などで変わるのです。
建物の敷地が全部近隣商業地域の場合はもちろん規制は近隣商業地域の定めの通りです。
しかし敷地が近隣商業地域と1種低層住居専用地域にまたがっているときは複雑です。
敷地の中の地域の境界線をまたいで建物が建っている状況では規制の厳しい1種低層住居専用地域の基準が適用されるのです。しかも1種低層住居専用地域の境界線を境にそれぞれの地域が受ける規制値をクリアしなければなりません。

建物が近隣商業地域の境界線の中に収まっている状況では北側の1種低層住居専用地域に日影が落ちても3階10m以下であれば日影規制自体が適用されません。
いかがですか?
わかりにくい規定です。

余談ですが、
東西に走る道路の路線20mの近隣商業地域で道路の南北の敷地ともに測定水平面GL+6.5mというのもおかしな話ですね
道路の南にある敷地は日影が道路に落ちるので比較的高い建物が建設できるのです。
また、以前は日影規制の判断基準面が地面+4.0mだったのですが現在は6.5mですから整合性がとれません
(ある建物で1997年当時の建設時には4mだったものが今は6.5mです)
こんなことでは社会の法の公共性、信頼性、継続性を失わせることになりますね

都市計画的法規制は経済的事情で判断されるべきではないと考えています
マンション建設を念頭に繰り返される容積率緩和措置、天空率、総合設計制度などは一般の方にはとてもわかりにくい法体系です
法は誰もが直感的にわかりやすくなければいけないと思います
ドイツやイタリアなど欧米の街々を見るにつけ、何世代にも渡り守られ誰にも分かりやすい指針となるデザインコードを決めるような法体系にする必要があると強く感じます
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都市計画的見地からの法規制と文化としてのまちなみ

2014年07月30日 | Weblog
少し専門的な話をしたいと思います
先日、幹線道路に面した土地をお持ちの方からご質問を受けました
「道路の南側の土地と北側の土地の評価額は同じだが北側の土地は日影規制で有効に使えない。これは不公平では?」
というものでした

近隣商業など路線20mで指定されている地域で、日影規制が道路の南北ともに測定水平面GL+6.5mで同じという場所もありますがおかしな話で不公平ですね
また、以前はGL+4.0mだったのですから整合性がとれません(イデアのある場所は以前は4mでしたが今は6.5mです)
こんなことでは社会における法の公共性、信頼性、継続性を失わせることになりますね

また、都市計画的法規制はそのときの経済活動の事情で判断されるべきではないと考えています
マンション建設を念頭に繰り返される容積率緩和措置、天空率、総合設計制度などは一般の方にはとてもわかりにくい法体系です
法は誰もが直感的にわかりやくすく、公平なものでなければいけないもののはずです
ドイツやイタリアなど欧米の街々を見るにつけ、何世代にも渡り守られるべき分かりやすいデザインコードを決めるような法体系にする必要があると強く感じます

合わせて相続税を始め土地を経済的価値のみで課税する税法も、まちの姿をどうするのかということと連携して見直されなくてはなりません
まちは長い歴史の中でひとびとに育まれてきた文化そのものです

京都の世界遺産は17の寺社仏閣など「古都京都の文化財」が指定されていますが、世界の古都のように「街並」そのものが指定された訳ではありません
世界遺産であるべきだった「京都の街並」の惨状を見ると日本人として恥ずかしい気持ちになります
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過ちては改むるに憚ることなかれ

2014年05月12日 | Weblog
ご存知の通り論語の一節である。
これを躊躇させるような事例が出ているという。

ことの発端は例の「姉歯事件」である。

最近の法令違反摘発事例で、建築許可(法令では確認という)が出て工事着工した案件で、工事中に許可時には誰も気がつかなかった誤りを発見して適法状態に直す手続きをしたところ、その後の国の査察で違反事例として摘発されたというもの。
これでは誤りを見つけても直さずそのまま工事をした方がいいと考えるやからも多くなると推測される。

誤りをそのままにするのではなく、直ちに訂正し正しい方向に工事を進めることを選んだ設計者ははたして違反者なのか?
設計時のみを考えれば違反だったかもしれないが、直して工事を指示したのであれば結果オーライなのでは?と思うがどうだろう。
国は設計者と工事監理者が別のケースを想定しているように感じる。
そうであれば、違反設計を行った設計者は処罰され、それに気がつかずそのまま工事を行うように指示した監理者は処罰されないのか?
不条理きわまりない事例と考える。

姉歯の事件後に建築士法ほか規則やら告示が出てひどく息苦しい時代に入ったと感じる。
早急な改正を求めたい。
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ソクラテス

2013年12月18日 | Weblog
「悪法も法」というのはソクラテスの言葉だ。
建築基準法はその「悪法」の域に達しているのではないか。
条文を一般の方が読んでもさっぱりわからないだろう。
かくいう、私が嫌になってくるほどだ。
内容が悪いかどうかではなく、理解できない法律は「悪法」といっていいのでは

私の頭が悪くなってきているのもあるかもしれないが...
法律は一般人にも理解できるものであるべきだと思うのだが、いかが?
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思い込みその2

2013年04月10日 | Weblog
またまたやってしまった!
続けて同じタイトルになってしまう

先日ドイツを旅行した
3月31日にバーデンバーデンへ行った
夜、コンサートを聞きに行った

ところが!
ロビーには人気がない
なんと!3月の最終日曜日から夏時間になっていたのだった
1時間進んでいたのだ
これは、どこかで「あさってから夏時間」というのを、すっかり4月1日からと思い込んでしまったために起きた

早めに出たので最初の部分を聞けなかっただけだが残念!
思い込みは怖い
飛行機に乗り遅れたのでなくてよかった!
皆様、来年3月に旅行する方はご注意を
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思い込み

2013年03月28日 | Weblog
やってしまった!
パソコンのハードディスクがクラッシュ!
バックアップしているのであわてなかった
が、、、、!!
見てみるとなんと!されていない!
あわてて修理屋さんに持ち込んだが後の祭り

今年の1月に今までのバックアップ方法から切り替えた
これが敗因だった
新しい環境はよほど慎重に確認しながら移行しなければならないという当たり前のことがされていなかった

こんなにやられたのはMacを買ってすぐのころに一度あったが、それ以降は専用のバックアップソフトを使って何重にもバックアップしていた
このごろ、2重バックアップも取っていなかった
1月までのデータは2重バックアップでどちらも確保できているのでそれ以降2ヶ月分くらいのデータが飛んでしまった
幸いというか、監理業務が忙しかったが設計図はほとんど年末までに終わっているので、図面の消失はほとんどないのが救いだった

皆様もお気をつけ下さい!
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健康第一で

2013年01月12日 | Weblog
昨年末に胆石で入院した
入院は5日間であとは自宅療養

この年で初めて手術を受けたが、腹腔鏡による胆のう摘出で、次の日には歩けた
傷口も小さく低侵襲というのがよくわかった
医学の進歩はすごい

今年は人生の大きな節目を過ぎて新たな一歩を踏み出す気持ちで一日一日を健康第一で大切に過ごしてゆこうと思う
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笠間の陶器市に行ってきました

2011年05月02日 | Weblog
毎年春に行っている笠間の陶器市に今年も行ってきました


東日本大震災で窯が壊れてしまったひと、窯は大丈夫だったが釜に入れる前の素焼きがみんな粉々になってしまった人、それ以上に被害が大きく出展できなかった人、事情はいろいろのようで例年より20人くらい少ない規模らしいです
中止も検討されたとのことでしたがやってよかったという作家の方の言葉に同感でした
みんな楽しそうに店を開いているのがいつになくうれしく感じたのはやはり地震の影響でしょうか




ご飯茶碗、カレー皿、オードブル皿など買ってきました
作家の皆さんにいろいろお話を伺いながら買うのがこの陶器市の楽しみの一つでもあります
ことしは実用中心で遊び心のものは買いませんでしたが、たくさんの収穫がありました


また来年も楽しみに
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福島原子力発電所の事故対応に国民の知恵を集めませんか

2011年03月17日 | Weblog
 原子力発電所の津波による損傷、続く事故では今まで万が一の事故も起こりえないと言って来た日本の原子力行政が一瞬にして崩れ去りました
 東電の体質や保安院の怠慢を指弾するのは後です
 今やらなければならないことは原発をいかに安全に制御下に導くかということに尽きると思います
 そしてこれは国全体の知恵と勇気を総動員してこれに対処する必要があるのではないかと感じています

 今の最大の問題は事故の全容はおろか現場の状況が把握できないことと感じます
 これが正確でリアルタイムな情報の不足につながっていると思います
 その結果、適切な対応策の判断を遅らせていると感じます

 提案ですが、どなたか無人ヘリコプターにカメラや観測機器を付けて原発事故現場に最接近して情報を集めることはできないですか?GPSフィードバックで自律飛行できますよね?
 現場で決死の作業をしてくれている方々にも大切な情報になるのではないでしょうか
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皆様へ;壊れない建築

2011年03月17日 | Weblog
 未曾有の大地震で今もショックが大きい私ですが、皆様はご無事でしたでしょうか
 余震か無関係の地震かは判断できませんが、長野や山梨など東日本全体が大地震を起しながらゆっくりと動きつつあるというのが実感です
 私は1975年の宮城県沖地震のときには仙台市におり、震災を体験しています
 そのときの悲惨な体験は私のその後の設計者としての思想を方向付けています
 「壊れないこと」これが大切なのです
 建築設計は文化的創作行為ですが、いくらかっこよくても壊れたらいけないのが建築です
 これは彫刻と建築物の決定的な違いの一つだと思っています

 ただ、建築基準法はどんな地震でも壊れないことは要求していません
 津波も設計時に考慮する条件ではありません
 震度7クラス(宮城県沖地震のころの震度階とは違うもの)の地震にあっても倒壊しないことが要求されているにすぎません
 逆に言えばそれ以上の揺れや、津波には対応できなくても法律上の違反にはならないというのが現状です
 これは全ての建物を無制限に強固なものにするには社会的なコストがかかりすぎるからと解釈されています

 しかし、私はコストの許す限り基準以上に強いものを作りたいと考えてきました
 そして、これからも今まで同様にこの「思想」を大切にしてゆきたいと考えています
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被災された方々への支援を!

2011年03月13日 | Weblog
三陸沖の巨大地震のマグニチュードが9.0に訂正されたという。
神戸の時の経験から、現在報道されている以上に被害は拡大していることが判明してくることだろう。
今私たち個人にできることは余りにも少ない
自衛隊や消防、警察の組織力に期待したい
しかし、今後は義援金、建築家としての被害調査判定など私なりにできることをしてゆきたいと思う

今回の震災で避難されている方々、寒い中で燃料など不足する中で生活をしている方々に心よりお見舞い申し上げます
また地震や津波で亡くなられた方々に弔意を表したいと思います。
合掌。
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GATTI CASA

2011年02月28日 | Weblog
ネコと暮らす家という意味です
今、十条駅の近くで計画している小さな賃貸集合住宅で、友人のHさんに手伝ってもらってヒアリングや企画を進めているところです

心豊かな生活は人それぞれに作り出すものです
ペットと暮らすのもそんな暮らし方のひとつでしょう
しかし、現在の日本では賃貸住宅に住む場合はなんと制約の多いことか
いや、分譲マンションでさえ規約に縛られてだまって飼っている人を何人か知っています
ペットを飼う時のマナーなど難しい問題が多いのは承知しています
しかし希望する方には気兼ねなくペットと共生できる住まいがあっていいのではないか?
そんな思いを実現させたいとオーナーは考えてネコ専用の賃貸住宅を希望しています

私はそんな生活を実現しつつ、老後にも安心して住まえるような地域(施設でなく住宅)社会を作りたいという将来の夢を持つオーナーに非常に共感します
一人住まいの方や共働きで日中は家にいない夫婦などがペットの心配をしなくても安心して出かけられる家が理想です
小さな子どもを持つ人と同じで、病気の時等に預かってもらえる人が近場にいるとなおいいのですが
そして高齢になっても近隣の方々とのおつきあいが心豊かな生活を紡ぎ出してゆく...

こんな住まい方をしてみたい方はこちらをどうぞ!
これからも進み具合を載せて行きたいと思います
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なげかわしい社風?(教育について)

2010年06月19日 | Weblog
今日はある大企業の展示会に行って来た
その一角で説明をしていた社員にiPadのような製品群を1社独占にしない方策としてキャリアの充実による主導権の確保はできないかと聞いたところ、「それは政府の仕事」とのたもうた
アップルは政府ではないけれどデファクトスタンダードを勝ち取るため次々と戦略的な商品群を提案して世界の人に支持されている
その人の政府に頼るような姿勢は嘆かわしいものだと感じた

大企業にいるととんでもないミスさえしなければ給料をもらえるのでアグレッシブにチャレンジする人はいなくなるのだろう
いても独立して起業するのかもしれない
これはかのアメリカでも同じだろう

このような寂しい心はどうして形成されるのだろう
こんな大企業に入社できるのだから立派な学校で教育を受けて来たことは確実だ
それでは学校教育の質はどのようにあるべきか
そして世界で戦える人材育成にはどのような会社内部の教育が必要であろうか

当の会社は当然そのようなプログラムは組んでいるのだろう
しかし、実情はあまりに寂しいものだ
大きすぎること、官僚的な組織、安定感、みなアグレッシブな方向性を生み出す土壌にはならない要素だ
問題の根は深い

しかしそれを会社のせいにするのは簡単だ
厳しくいえば「個人の問題」なのだろう
まさに「組織は人」なのだから...
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