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建築設計者の日々是好日

建築家として感謝をもって生きる日々の記録

建築の電気設計プロフェッショナルを守る資格を作るべきだ

2022年10月18日 | 建築

2008年に「真のプロフェッショナルの受難」という記事を書いた

「それにしても、耐震偽造事件以降の法改正の動きは何か変だ
現時点で頼りになる老練なプロフェッショナルを切り捨てるような結果になっている
実力のない資格だけの稚拙なえせプロフェッショナルばかりになっては、誰をたよりに設備設計をすればいいのかとまどうばかりだ
問題が社会に重大な影響を与えないうちに見直しを希望してやまない」

それから14年が経とうとしているが、建築設計者のうちの電気設計のプロフェッショナルはだんだんいなくなってきて、まさに風前の灯となっているのではないかと危惧している

ご存知ではない方も多いと思うので事情を説明すると、建築設備の設計者は規模に応じて設備一級建築士という資格を取らないと仕事ができないことになったが、設備設計のうちの電気の設計者は建築系の大学を出た方はほとんどなく、一級建築士を受験できないしできたとしても構造計算など専門外でまず合格できない

対して空調や給排水などの設計者は建築系の大学に研究室がたくさんあるので構造もあるカリキュラムから考えて、空調や給排水の設備設計者は合格可能な方が大勢存在する

電気設計は明らかに建築系のカリキュラムから外れていいて、今いる電気設計のプロフェッショナルは当たり前だが電気系の学校を出ている方がほとんどだ

そのため、電気設計者は空調や給排水が専門の設備一級建築士の下請け的な立場に置かれているのが実情である

この人たちを「設備一級建築士という資格」が取れないことで差別していいのだろうか?電気設計の能力に構造計算は必要なはずがないのに制度は今だに改善されていないことに苛立ちを覚えるのは私だけでないはずだ

このままだと、能力のある電気設計者の技能が伝承されずに建築設計界で大きな問題になるはずで、至急プロフェッショナルを守る資格を作るべきだ

設備一級建築士制度を作った人には見えないかもしれないが、空調設備や給排水設備設計と電気設備設計の分野は全く違うことを認識しなくてはいけないと思う

今からでも遅くないので、至急建築の電気設備設計資格を別途に新設することを願う

「建築電気設備設計士」でどうか?


今日の1枚を投稿しよう

2021年02月20日 | 建築
2018年から足掛け4年目になった特別養護老人ホームのプロジェクト
同じ敷地内の改修工事、解体工事、そして新築工事と進めてきて、この3月にやっと引渡しとなります
初めの設計コンペでご提案した時の通り、低層で冬でも日当たりのいい施設とできたと思います
仮のホームに引っ越していた入居者の方々がここに戻った時にどんなふうに感じていただけるのか、今は期待と少しの不安がないまぜになった気分です

設計事務所設立30周年展

2019年12月03日 | 建築

おかげさまで設計事務所設立30周年展をクライアントのご好意で開くことができました
2日間5時間づつの展示でしたが50人以上の方々にご覧いただき深く御礼申し上げます

展覧会は「心惹かれる空間」「美しい街並」「心豊かに暮らす仕組み」の3つのテーマに絞って、いままで見たり考えたりしてきたことを整理し、スケッチから竣工後の写真で構成しました
合わせてこれまでに発信してきた記事や最新作の工事中の特別養護老人ホームの模型を見て頂きました

展覧会の場をお借りして趣味の写真のパネルも展示しました
こちらも山行、人物、花の3つのテーマに整理して見て頂きました

これからもより良い都市や建築文化の発展のために努力していきたいと思います
改めて皆様のご支援とご鞭撻をお願い致します







2019/10/20 事務所設立30周年展覧会

2019年10月20日 | 建築
今年は事務所設立30年の節目となる年です
不器用な私がここまでやってこれたのはさまざまな方々のおかげです
関係各位の皆さまにはこの場をお借りして心より感謝申し上げます

この30周年の機会に自分の作ってきた建築のスケッチや写真を整理してささやかな展覧会を開催します
それとともに、趣味の山や花の写真も展示して見ていただこうという企画です

たいした内容ではないのですが、お世話になってきた施主や仲間や友人達と集まって建築談議ができることを楽しみにしています






















建築評論

2018年01月04日 | 建築
私はいつの頃からか建築雑誌をなるべく読まないようにして来た
メディアの建築家をタレント的に消費するような扱いが嫌だった
「作品」も奇をてらったものを多く取り上げることにも違和感があった
自分は自分の考える建築を作り出すことに集中したかったし、長い間そうして来た
今振り返れば自分なりに自分の考えをまとめることができたのかなと感じている
最近それを確認できる評論があった

一緒に仕事をさせていただいている方が新建築の槇先生の「変貌する建築家の生態」という刺激的な表題の評論を紹介してくれた
設計という仕事がいかに小規模なチームでの意思決定によって進められているかに大きな誌面を使っていた
しかし、それを読み進めるにしたがって所属組織や契約形態といった生態は変化して来ていても、「空間は人間に喜びを与えることのできることが大切」という考えが記されていた

私は「人間性豊かな集住体」研究会で目指して来た「心豊かな生活を送ることが出来ることが大切なこと」が間違っていないことを確信し、たまには評論も読まなければと反省した
これからも自信を持って社会に喜びをもたらすことのできる「建築」や「まち」を提案し作り出していきたい

私の事務所のホームページは、
http://www.idea-tokyo.jp/idea-tokyo.jp/Top_page.html

「フェアであること」と「正直であること」;国立競技場問題とJIA

2015年09月29日 | 建築
私は日本建築家協会(JIA)という公益社団法人の会員です
国立競技場問題では、以前の投稿でコンペのやり直しを提案しました
しかし、白紙に戻したというものの事態は思わぬ方向に進んでいます
工事費問題だけが一人歩きしている印象で、とても社会のために良い方向に進んでいるとは言えません

私は、所属する日本建築家協会が日本の建築文化を守る砦と考え活動しています
ところが、現状はそれに危惧を抱かざるを得ない事態となっています
日本建築家協会は毅然とした意見表明、そしてお詫びをして、真に社会に寄与できる活動をすべきと考えています
以下、私が今後の日本建築家協会が社会に認められる団体となってゆくために今求められる活動とスタンスについて考えていることです

私が求めるのは「フェアであること」と「正直であること」です
私はよく「ソクラテス主義」だと言います
「悪法も法」ということです
ルールを決めたのであればそれに従うべきです
ルールが間違っているのであれば決める前に正すべきです
JIAはそれをしたのでしょうか?
あとでとやかく言うのはフェアではありません
社会はよく見ていて、今になって業界団体が何か言っているとしか見ていません
JIAは早い段階でルールに問題があることを強く言わなかったことを「正直に」反省するべきです

今は日本の建築文化を正しい方向に導くためにも、一般の方々に今後の建築コンペはこうあるべきという明確な判断基準を提示することがJIAに必要なことではないでしょうか
そうすれば、今の事態がどう問題なのか理解いただけるのではないでしょうか
専門的な世界に入り込まずに、常に社会からみてわかりやすい説明をしなければなりません

現在は白紙に戻ったといっても、デザインビルド的なコンペに転移し、設計者が施工者とは独立して設計を行うという立場のJIAの主張とは到底相容れない事態に陥っています
これは当選者のザハ氏からも懸念の意見が出ていると聞いています
会長以下執行部には、白紙後の体制にJIAが参画すらできないという現状に自己批判をもって社会に訴え、意見表明しなければならないくらいの危機的な状況という視座を持って欲しいものです

今までの意見や立場にとらわれているときではありません
矛盾や齟齬に対し、うわべだけ糊塗することなく、問題点を明らかにし反省の念を表明することが大切です
いさぎよく社会に対して公益社団法人としての社会的責務を放棄していたことを謝罪し、JIAの責任を明らかにした上で、社会にとって大切な未来への道を指し示すこと、それこそが社会に認められる第一歩と考えます

建築学会

2015年09月05日 | 建築
今日は何年かぶりに建築学会に参加するので気になるセッションに顔を出そうと思います
それにしても東海大相模原は家から2時間近くかかります

まずは1号館で環境分野の発表を聞きます
始めは音環境で拡散音場と入射角の関係
次に電力研究所の省エネ改修の発表
蓄熱や熱回収を含め年間の省エネ効果は改修後48%で負荷を平準化できた
どのくらいの費用がかかるか?とこの先どのくらい運用できるか?で評価も変わると思いますが立派な数字です
デシカントの発表も聞きたかったのですが終わっていたようです

お昼は14号館4階で行われた建築基本法準備会の昼食懇談会です
少人数でよかったのですが、時間が足りなかったのが残念でした
この国の建築文化復興の力になるのか?
建築は経済論理で消費される対象から文化にできるのか?
長期にわたる都市形成の良き指針となり得るのか?
制定までにはまだまだ時間がかかりそうですが、課題は山積しています

午後は14号館地下で建築学会賞展示を見て帰りました


国立競技場再設計提案;このままでは建築家の名が泣いてしまう

2015年07月13日 | 建築
最近非常に気になることがある
国立競技場の設計案について新聞やテレビでの報道が連日のように出ているが、これも喉元過ぎればなんとかで消えてゆく「一時的事件」なのだろうか

そもそもこのコンペ結果が公表された時には建築界の各方面から懸念の声が上がっていた
それらの声の本質は正確に取り上げられず議論されずにここまで来てしまったと感じる
論点は非常に多く、焦点が定まらなかったかに見えたが、工事費が当初想定の2倍に膨れ上がったころから取り上げられるようになったようだ
いろいろな意味でもこのコンペはどのような性格のコンペだったのか理解しなくてはいけない

われわれが考える一般的な設計のコンペティション(設計競技と訳される)は敷地、法的制約、予算、要求空間と面積などが提示され、それに沿ったデザインを含めた計画案を作成して競うものである
これらは設計条件と呼ばれるが、これに違反しているもの、合致しないものは当選案とななれない

今回のコンペはどうだったのだろうか
敷地は与えられていたのに、当初案では中央線を飛び越えるというものだった
本来はこの時点で失格であるはず
審査員はデザインを選べばよかっただけではないことは自明のことである
細部は審査員の能力で法的に実現できるか?技術的に実現可能か?予算的に収まるのか?などつまり想像力に委ねられていた
さらに提出後に当初案から反転した案に変更になるなど、規定にも違反している疑いがある

ここまで問題が伸ばされてくると時間的な制約も厳しくなると思うが、当初のデザインとは全く別物の実施案はさっさとあきらめて、当選者にあやまり、国際的にもきちんとあやまり、再コンペを行うことを提案したい
そうでなければ、当選者も胸を張って自分のデザインだということはないようなしろものが出来上がってしまう
国民のみならず当選者にとっても不幸な結果が残ることになる
この辺が、マスコミでは理解されていないと感じる
さらに、日本ではコンペのいいかげんさだけが歴史に残ってしまい、今後の建築文化の発展への影響が心配だ

今度は、完全公開で、設計条件をはっきり提示し、予算も守れないような案は捨ててもらい、何か問題があるときの責任区分もはっきりして、臨んでもらいたいものである

コンペは選ぶ方も審査されるのである

住宅の設計施工一括請け負いで起きている問題と建築主の不利益

2014年12月05日 | 建築
住宅の設計施工一括請け負いで起きている問題がある

設計事務所登録もしている施工会社が設計者となり施工も請け負うことは法的には問題がない
ところが、設計事務所登録をしていないため(していても同様だが)、設計を他の設計事務所に依頼して建築確認申請では設計者は別で、施工のみ自己名義として、設計施工一括請け負いするケースがある
設計者欄には設計事務所の名前が記載され、施工者欄に施工会社の名前が記載され法的には設計監理責任は設計事務所に帰すことになるわけである
しかし、ほとんどの場合は建築主と設計事務所との間で設計委託契約は取り交わされず(素人は設計施工一括で設計を下請けに出していると思っているので)、施工会社が下請けとして建築確認を取る為にだけ設計事務所を利用するケースが目に付く
建築主から見ると設計者は設計事務所であり、施工は別の法人であるはずなのに、設計料が設計事務所に直接支払われることはなく責任の所在が曖昧だ

どういうことが起きているか?
設計のみ下請け的に事務所にやらせて設計料を支払い、監理業務はやらせないで施工会社が勝手に自分の都合のいいようにすすめるという事態がおきる
設計事務所は依頼されていないものをやるわけにはいかないし、やる必要もない
工事の進捗に必要な設計内容の確認が設計監理者によることなく工事が進められるばかりでなく、工事完了時の完了検査を受けずに(工事中に問題があれば検査が通る訳はないので)引き渡され、使用開始されるケースが非常に多い
これは、建築基準法違反ではないのか?

後になって違反状態が露見するのだが、完成当時は素人である建築主は知る由もない
建築主が増築をしようとしたときに、検査済み証がないために申請も出せず許可が下りずに不利益を被ることになる
時間が経っている為に建設会社が倒産でなくなったり、設計事務所も閉鎖していて責任を問うことが出来なくなっているケースもあるだろう

これは誰が責任を負うべきなのか?
設計者なのか?施工会社なのか?
設計者は頼まれた設計だけをやったと主張するだろう
その上、建築確認申請では、「設計者」に加えて「代理者」という欄がある
建築確認申請を行う代理者という意味である
この代理者の責任は?
なおわかりにくいのは、建築確認申請書で、(設計)監理者という欄があるが、これに設計者が記名しているのがほとんどだが先に述べたように実際には監理していない
設計監理者は監理報告責任から逃れることは出来ないはずだ

当面は検査済み証を取得しないで建築主に引き渡すことを厳しく処分するしかないと思う
一般向けに検査済み証がない建物に入居することは違反であることを法律で明示し広報するべきだ
一般の方にはわかりにくい建設業法、建築基準法、建築士法を一挙に整理統合して建築に係る法律の再整備を急ぐときだと感じる

わかりにくい日影規制

2014年08月18日 | 建築
みなさんは日影規制という言葉を耳にしたことがあると思いますが内容をご存知でしょうか?

例えば近隣商業では3階かつ10m以下の建物は日影規制に該当しません

それでは北側の1種低層住居専用地域に建物の影が落ちるときにもこれは適用できるのでしょうか?
答えは複雑で我々設計者にも難題です。
建物が建っている状況などで変わるのです。
建物の敷地が全部近隣商業地域の場合はもちろん規制は近隣商業地域の定めの通りです。
しかし敷地が近隣商業地域と1種低層住居専用地域にまたがっているときは複雑です。
敷地の中の地域の境界線をまたいで建物が建っている状況では規制の厳しい1種低層住居専用地域の基準が適用されるのです。しかも1種低層住居専用地域の境界線を境にそれぞれの地域が受ける規制値をクリアしなければなりません。

建物が近隣商業地域の境界線の中に収まっている状況では北側の1種低層住居専用地域に日影が落ちても3階10m以下であれば日影規制自体が適用されません。
いかがですか?
わかりにくい規定です。

余談ですが、
東西に走る道路の路線20mの近隣商業地域で道路の南北の敷地ともに測定水平面GL+6.5mというのもおかしな話ですね
道路の南にある敷地は日影が道路に落ちるので比較的高い建物が建設できるのです。
また、以前は日影規制の判断基準面が地面+4.0mだったのですが現在は6.5mですから整合性がとれません
(ある建物で1997年当時の建設時には4mだったものが今は6.5mです)
こんなことでは社会の法の公共性、信頼性、継続性を失わせることになりますね

都市計画的法規制は経済的事情で判断されるべきではないと考えています
マンション建設を念頭に繰り返される容積率緩和措置、天空率、総合設計制度などは一般の方にはとてもわかりにくい法体系です
法は誰もが直感的にわかりやすくなければいけないと思います
ドイツやイタリアなど欧米の街々を見るにつけ、何世代にも渡り守られ誰にも分かりやすい指針となるデザインコードを決めるような法体系にする必要があると強く感じます

東京の雪とエアコン

2014年03月12日 | 建築
やっと暖かくなって来ましたが今年の冬は異常でした。

雪の重みで体育館の屋根が崩壊した報道がありましたが、エアコンの故障はあまりメディアには出ていません
しかし、実際には東京のエアコンは寒冷地仕様ではないし、防雪フードもついていないものがほとんどで実際には故障したエアコンは多かったのではないでしょうか?

かくいう私の事務所のエアコンの屋上に置いてある室外機も雪の後故障してしまいました
ほかにも、1年経っていない新築の老人ホームのエアコンが雪の最中に故障してしまい、入居の方が他の部屋に移動するという事態も起きています。
最近のエアコンは省エネの為にインバーターになっていて、ファンで雪を吹き飛ばせなくなってしまったのではないかと推測しています。
そのほか、住宅地ではお隣との間隔が狭いため、その隙間に置いてある室外機が屋根から落ちてくる雪で埋まってしまい、機能を発揮できなくなるという状態も見られました。

元々、エアコンはヒートポンプという機能で外気の熱を室内に持ち込む原理のため、外が寒ければ寒いほど効きにくくなるという宿命を持っています。
夏は40度になっても室内が27度であれば13度の違いでもかなり涼しく感じますが、冬は零度であるとして内部を20度に設定しても寒く感じるでしょう。
これでも、ヒートポンプの熱効率はいいので省エネの観点から見ると他の方式はなかなか採用できません。
なかなか難しい問題です。

ドイツのまちなみ

2013年06月14日 | 建築
ドイツを旅行してきた
スペイン、イタリア、ギリシャ、と並ぶ街並の美しい国として以前より見なければと考えていた国である

いつものように日程は自分で決めてホテルを予約、レンタカーで回った
少し寒かったが天気にも恵まれて古城街道、ロマンティック街道など街並を中心に巡ってきた
そこには期待通りの街並が広がっていて、ドイツの地区詳細計画のすばらしさを実感した

それにしてもドイツの人達の街並に対する意識を見るにつけ、日本の美しい街並がほとんど壊滅してしまったことを残念に思う
ドイツでは面で保存されているが、日本では線、あるいは一部の連棟が残るだけで、その価値も広く認められているとは言いがたい
認めている人々も固定資産税や相続税で保存したくてもできないというのが実情だろうか

建築基本法はその手助けになるのだろうか
期待したい

GATTI CASA-02

2011年04月12日 | 建築
GATTI CASAの方向性が見えてきました
ネコを愛する人たちがいい関係で永く暮らし続けることのできる賃貸住宅
そして、高齢になってもそれなりの自立した生活ができる地域社会が目標として見えてきました

まずは、共同住宅としての基本性能、住み易さ、居心地、プライバシーの尊重、人間関係の調和などをネコに対するしつらえと併せ持った「いい住まい」ができればいいなと思います
今回の計画にとどまらず、将来を見据えてより良い住環境に発展するよう充分考えて行かなければなりません

それにしても、これができるのが楽しみです
O-TA-NO-SHI-MI-NYAN!

「壊れないこと」の補足

2011年04月10日 | 建築
「壊れないこと」が大切と前に書いたのですが、すこし補足したいと思います
建築基準法が求めている「壊れないこと」とは、大規模に崩壊したり倒壊しないことを指しています
3月11日の東日本大震災で、東京は震度6弱でしたが、この震度でどのくらいの建物被害が想定されているのでしょうか?
実は震度ごとに被害の程度が細かく規定されている訳ではありません
技術的には、震度7では倒壊はもちろん外壁の脱落や屋上に設置した設備機器の脱落など重大な結果をもたらすような事象はないように構造計算や機器類の設計がなされています
これらの思想は前にお話しした宮城県沖地震のあとで策定された「新耐震基準」というものに反映されたものです

というわけで逆に言えば、壁にひびが入ったり、内部の仕上げが損傷することは当然のようにありえるわけです
これらの事象は震度7でなくとも起こりえるもので、その程度や範囲が違うということになるでしょう
そして中高層建物では階によっても被害の程度は変わることがあります

また、設計には優先順位と言うものがあります
たとえば外部への避難階段に出るドアですが、以前地震で歪んで開かなくなった事故がありました
これではいざと言うときに逃げることが出来なくなります
そのため、現在はドア自体の強度が高められていて相当の地震でも歪まない製品になっています
そうすると地震で建物が揺れたときにドアは歪まずびくともしないので、回りの壁が揺れて動くとドア枠の周囲で内部の壁のボードがドア枠にぶつかって壊れるという事象が起こります
この例のように、壊れたり故障すると困るものは他のものに優先されて守られているのです
内部のボードは修理すればいいという前提になっていることがほとんどです
ちなみに外部のパネルとドア枠の隙間は動いても壊れない程度離してセットしてあり、シーリング材という固くならない防水材で塞がれています

技術者の行動規範;ケーススタディ1

2010年04月24日 | 建築
技術者の行動にはさまざまな規範があり、それを念頭に置きながら業務を進める必要がある
ここでひとつのケーススタディを見てみよう

ある工事で施主が工事で使用する製品のメーカーを指定したとする
そのメーカーの製品を取付けた所、使用者に火傷を負わす可能性があることが判明した

1、工事担当者は施主の言うことは絶対的に従わなければならないのか
2、是正せず事故が起きたとき、責任はどう考えるべきだろうか
3、設計者や工事会社の技術者の責任はどのように考えるべきだろうか

施主の担当者は施主である会社全体の利益にならない指示(理由はさまざま)をする可能性があるということを心得ていなければならない
問題のある指示が出たときに、工事関係者はどのような行動をすべきだろうか
1、製品に問題があれば他のメーカーを使用することを説明する
2、同意が得られないような場合は、会社の上司に説明するといって説得する
3、それでもだめなら、本当に上司、トップに報告することが求められる

事前に問題に気づかず指示に従ったとして問題を把握した時点で技術者はどのような行動をすべきであろうか
1、製品に問題があることが工事前に判明すれば、技術者は問題点を指摘して変更を主張すべきである
2、このケースは工事後に問題が判明したものだが、問題を認識した時点で施主に報告し対策を講じることが技術者の責務である

もし工事を是正せずに事故が起きたとして、
施主の指示があったとして技術者の責任はなくなるのか、または減るものだろうか
最終的には問題が起きれば、施主への報告等の必要な行動をしなかった技術者がその責任を負うべきである

技術者はいつも自分の知見を駆使して最良の判断を重ねてゆくことが求められている
そして、説明と同意が大切である
ただし、間違った指示には断固として拒否し、技術者としての行動規範を守らなければならないことは言うまでもない