建築設計者の日々是好日

建築家として感謝をもって生きる日々の記録

ある休日;恵比寿から銀座

2008年03月30日 | Weblog
今日は息子と同級生の二人を車に乗せて恵比寿の小学校に行った
科学教室の付き添いで行ったのだが、作ったのは音の強さでLEDが点滅するというものだ
参加者は4年生から中学生まで30人ほど
小さな部品を基盤に組み立てるのは、中学生の頃アマチュア無線で無線機を作っていた頃を思い出す
私も即席ボランティアでお手伝いすることにする
写真の回路図と手順書通りに組み立てたつもりが、LEDの極性が逆だったりICを逆さにつけたりとなかなかうまく行かない
しかし、子供たちは自分で工夫しながら皆なんとか完成することが出来た
完成させたときのこどもたちの笑顔がいい
外に出ると子供たちは騒音計代わりのようにして楽しんでいる
子供は遊びの天才だ

その後、恵比寿ガーデンプレースで昼食をとり銀座へ行った
お目当てはデビアス!
ありました、見ました、みんな見上げて写真を撮っています
子供は街歩きというと面白くないようで、友達と遊ぶのですぐに帰ろうと言い出す
7丁目で開かれているガラス作家の展示会も見に行きたかったのだが仕方なく、近くのアップルストアでMacBookAirを手に取ってみたり

せめてお茶をして帰りたかった!
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まちづくり2;通り名愛称,図書館,小学校

2008年03月17日 | 活動
今日は西落合まちづくりの会の会合に参加した
区役所から地区計画担当のO課長さんがお見えだった
始まる前に雑談をしていてわかったことだが,Oさんは世田谷にいらしてまちづくりセンターの所長さんを勤められていた
まちづくりセンターと言えば,この世界では有名なのです
出資金を集めてその利子で住民の活動支援をするという仕組みは行政のそれまでの発想を遥かに超えたものでした
思えばかれこれ20年近く前の1990年頃,建築学会でH氏のお誘いで世田谷のまちづくりに顔を出したのが始まり
私はその仕組みが出来上がるのを見届け,自分のまちのボランティアに入ったのでした
そして,世田谷の先進的な取り組みを見て頂くために,西落合の皆様と太子堂近辺を訪問したものです

会議が始まる前に,昔懐かしい職員の方々のお名前に話が弾んでしまいました
会議は通り名愛称の復活検討からはじまり,先だってS氏のアイディアで検討を始めた図書館の活用についてご意見を伺いました
今の現状と問題点,改善のアイディア,希望,具体策などお話しさせて頂き,今後の進め方に付いて検討頂くこととしました
また,A氏から図書館だけでなく小学校の時代にあった改善策も提案されました
児童数が減っていることに関連し,半分を高齢者のホームにしてはどうかとのご提案です
私はそれに加えて,0歳児からの保育園の併設をご提案しました
これにより,この地域の幼児を持つ世帯の定着率が上がり,まちの多世代化が進むことを期待します

また,神戸の震災後の視察の経験から,小学校は平時は学校でも震災時には地域の救援活動の拠点になると申し上げました
児童数が減っているから廃校ではなく,住民と行政が知恵を働かせてよりよく住み続けられるまちづくりをするために,次の世代にこの財産を有効に引き継いで行くことが大切です
都内には学校と他の施設の合築(がっちく)という事例もあります
方法はいろいろあるはずです

ちなみにこの小学校は今年で創立50周年です
私はこの学校とこのまちの次の50年に希望を持っています
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徹夜ができなくなった

2008年03月07日 | Weblog
このところ,夜遅くまで仕事をしていると眠くなることが多い
私の場合,睡眠不足にはめっぽう強くて,少し寝ると朝になると目が覚める
50歳を超えたあたりから,すこし無理をしなくなったのもあるのだが,2時には寝るようにしている
その前までは,5時頃まで仕事をしても7時半には起きて出かけることが出来た
ここのところ仕事が詰まっていて遅くまでやらざるを得ないことが多い
しかし,昨日は12時頃に眠くなってしまったので,切り上げて帰った

若い頃に残業をやりすぎて,急性肺炎になったことがある
どんなひどい風邪でも食欲がなくならないのに,そのときは1日だけだったが食事がのどに通らない
おかしいなと思ったらもう高熱で立てなくて,亡くなった父に病院に担ぎ込まれた
その場で入院だった
でも,その次の日にはもう食欲回復!
病院食では足りずに,母に頼んで向かいにあったファミレスからビーフシチューを取ってもらって食べていた記憶がある

そもそも,肺炎等という病気になるのはセルフコントロールが出来ていない
北アルプス縦走で鍛えたからだに自信過剰になっていた
自信があったというより,いくらやっても大丈夫だったから
それからは,反省してコントロールしながらここまで来た

これからは,自分のからだと折り合いをつけながら仕事をして行こう
好きな仕事ができなくなるのは一番つらいから
ああ,もう2時だ,寝よう!
おやすみなさい
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スカイプ

2008年03月03日 | Weblog
友人と実験通話
これは便利です
前からお誘いしていましたが,本日無事開通
三郷とテレビ会議が無料です

先日は,小布施のクライアントと,大田区の仲間3人でテレビ会議をしました
9人までいいと言うけれど,どうなるのでしょう
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まちづくり

2008年03月02日 | 活動
私は何年か前から西落合というところのまちづくりに関わってきた
40をすぎたら何かボランティアをしたいと考えていたことや、地域に同年代の建築家仲間がいたこともあり、結構打ち込んだ
しかし、いろいろな環境の変化から急速に活動はしぼんでしまった
それでも、細々と活動は続いていて、今日は元町会長の奥様が引き合わせたい人がいるからというので、元会長のお宅でお会いしてきた

事前にいただいていたその方のまちづくりにたいする考え方は、素人離れしたしっかりしたもので感心していた
お会いしてみると、保険関係の会社にお勤めとのこと
自宅をつくるのに土地を探しまわって、結局西落合に決めたという
西落合を外から見て比較検討していいと思い住むことにした方が、まちづくりに参加してくれるのは非常にうれしいことだ
いろいろお話させていただいたが、その方は建築学科出身の異色の保険マンだということがわかり、私の疑問が氷解した

その方のテーマはまちづくりの中でも、私権に関わらないで済むためこれからのひとつの課題としていいのではないかとお話しした
まちづくりは、すぐには目に見える形にならないので関心が薄いが、私権に関わることになると今まで無関心だった方が急に活発になるという経験をしたことがある
何をもって「まちづくり」とするのか?
まちづくりというと、道路や建築のハードの部分をイメージされる方が多いと思う
しかし最後は「自主的な自治システムの確立と」いうことになるのだと思っている
自分のまちをどうするのか自分で決める、自分でつくる、自分で管理運営する
これらをまちの住人が、どのようなシステムで決定してゆけばいいのだろうか

私は世田谷のまちづくり活動の揺籃期を10年ほど見てきた
世田谷は結果的に出資金を集めてその運用益でまちづくり活動を支援するというシステムを作り上げた
それまでの、関係者の方々のご苦労も見てきた

西落合はこれからじっくりと西落合にあったシステムを構築してゆかなければならないだろう
世田谷での合い言葉は、「住み続けること」だった
実はこれには税制等、自治では何ともしがたい問題があるのだが、これなくしてコミュニティの形成、保持は不可能だ
西落合がどのような道を切り開いてゆくのか、次世代のためにもあたたかく見守りたい
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さくらガーデン

2008年03月01日 | 建築
今日はある住宅雑誌の取材を受けた
特集でコミュニティ形成をテーマとした事例の紹介をするという
さくらガーデンの企画から竣工後の運営までをお話しした
ここで振り返ってみたい

きっかけ
新宿にあるリビングデザインセンターで私の主宰している「人間性豊かな集住体」研究会が、いろいろな集合住宅を調査研究していた
月島と多摩のコミュニティの比較検討などしていた
コミュニティを形成する手法としてコーポラティブハウスのワークショップ等をしていたが、実際につくりたいねと話をしていた
そのとき、H会員の義理の父上の畑にアパートを作る話があるという
メンバーの何人かが集まり検討が始まった

企画段階
はじめのころの計画は一棟の集合住宅の中に賃貸部分と分譲部分があり、売れなかったら全部賃貸でもという話をしていた
いろいろ事業収支をシュミレーションしたりしながら計画を進めてゆくうちに、定期借地権方式でやりたいということになった
そこで分譲部分と賃貸部分で敷地を分けることになり、測量して分筆した
これで地主側は純粋な賃貸住宅事業となり、分譲側は定期借地権方式のコーポラティブハウスとなった
コーポラティブハウスのコンセプトとして畑を生かした「農ある暮らし」を掲げ参加者を募集することになった

参加者募集へ
参加者の募集といっても、完全に孤立無援の組織だから広報手段もないし、お金もないので頭を使うしかなかった
メンバーにいろいろな分野の人間がいて、マスコミに取材してもらうことにしたり、リストラで廃止するという社宅でビラ配りをしたりした
参加者説明会は、はじめは150名くらい集まった
ここでは、コンセプトの「農ある暮らし」をテーマとしたコミュニティ形成、資金調達、定期借地契約、自由設計などについて説明、希望ヒアリングなどを行った
出入りはあったが、結局4家族が決まった
偶然だが研究会で話し合っていた「多世代が集まるコミュニティ」ができた

見積もりの苦労
見積もりでは施工会社の方々にずいぶんとご苦労をおかけした
募集の段階で分譲価格が不明では説明できないということで、概略設計をして数社に概算見積もりをお願いした
ここで、建築工事費のアウトラインを把握し、土地価格とあわせて分譲価格を設定した
次に概算見積もりで安くて工事内容にも定評のある会社を3社選定して、標準設計の見積もりをお願いした
そこで一番安かったM社に施工をお願いすることとした
参加者の方々はこれを基準に工事費を予定し、各自の希望を入れた詳細設計で再見積もりをしてもらい差額を精算する方式とした
この段階での見積もりは、スケルトンとインフィルに分類、さらに共用部分と専有部分、外構などに仕分けして数量を整理していただいた
これは、定期借地契約が建物譲渡特約付きでさらにコーポラティブハウスだからだ
詳しい説明は省くが、本当に大変だった

やっと工事着手
工事契約後は時間との闘いだった
そして、融資先の交渉
これは定期借地権のため市中銀行は融資してくれないことによる
困って大学のM先輩に相談したところ、コープ協議会のメンバーを紹介してくれ、その方が住宅金融公庫の調査役の方を紹介してくれて、その方のお知恵を拝借してコーポラティブ融資(15戸以上が条件だった)でなく一般のファミリー融資の重ね建てということで、融資のめどがついた
このとき、実ははじめて事業の見通しがついたのだった

工事開始
工事が始まっても、コーポラティブハウスの内装設計が決まっておらず、何度も参加者の方々のお宅に通ったり、4家族で集まっていただいたり
それでも、それぞれの方にインテリア設計担当が付き、全体像が固まってきた
この時点で、前に書いた変更見積もりをしてもらった
また、建築確認の申請上は軽微な変更ということで、出し直しはしなかった
横浜市の担当者の方にもいろいろご理解、ご協力をいただき感謝している
耐震偽造事件後の今だったらこんなスケジュールでは不可能だ!

竣工へ
賃貸棟との外観デザイン擦り合わせに、コーディネーターのフィーの一部を供出して材料の差額に当てたりしてなんとか格好がついてきた
コーポなので外観は不揃いだが、満足いただいた結果なのでよしとしたい
竣工パーティーは地主のご家族、賃貸の方々、近隣の方々もおいでいただき盛大にやった
われわれ、コーディネータ、設計者も感無量だった

自主管理へ
うれしい誤算は、完成後の環境の変化だ
コーポラティブハウスの参加者4家族だけでなく、賃貸棟の方々、地域の方々も巻き込んだコミュニティ形成が進められている
コーポラティブハウスの成功は「コンセプトの勝利」と喜んだが、それ以上にうれしい誤算だった
コーポの長老格のHさんや地主の方々のおかげと感謝している
今は地主の方がコーポの畑部分の隣に賃貸の方も使える畑を提供してくれていて、コーポと賃貸の方が参加するクラブを作っている
こんな展開になるとは誰が予想しただろう
一生懸命やったかいがあった
感謝感謝!

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