朝、お定まりの儀式ように、息子が「声に出して読む日本語」を朗読する声が聞こえる。出勤前の大切な日課のようで、一日たりとも欠かさない。彼が言うには、音読で脳が活性化され、仕事に入るや直ちに全開モードで取り掛かれるとのこと。お年寄りと接する仕事だから、安全面に対して集中力が要求される。本人にはとても有効なメソッドであるらしい。
子ほめは慎むべきと思いつつ感心しているのだが、翻(ひるがえ)ってぼく、教室に入ってたちどころにスロット全開かと問われると、いささか心もとない。いえ、テンションは高いと思う。しかし、珈琲を呑むまでは何とも言えないなぁ。
子どもたちに、
「本を読みなさい」
と口で言うだけで、読み聞かせなどしてあげただろうか。長男の一生懸命な声を聞くたび、苦い思いにとらわれる。父の童話と称しては、ええ加減なホラ話を枕元で語って聞かせたこともある。
「ボキャブラリーの貧困を自覚する…」
という子らの自省を聞くたび、忸怩たるものがある。
今日はまた新しいブログの発信者を紹介する。それが、H夫人の魔法のじゅうたんである。小学生の息子さんとお嬢さんを持つお母さんが子どもたちに読み聞かせてきた絵本をとおして物語の世界に道先案内してくれる。優しい語り口にまったりと番茶を啜るときの安らぎめいたものを感じるのはぼくだけではあるまい。図書館で借りる本の、いや、買ってもいいか、きっと参考になるはず。お薦めである。
今日のBGMは、60年代の懐メロポップスだ。スコット・マッケンジーの「花のサンフランシスコ」、これはぼくにとってベスト1ではなかろうかと改めて思った。楽曲のつくり、構成がユニークで優れ、ビートルズにさえ決してヒケをとらない。ママス&パパスのジョン・フィッリップス作曲。間奏にインド楽器のシタールが流れ、まさにヒッピー文化の象徴にも思える。歌い出しから飛びまくる高揚感と独特の哀切感から別の世界に誘われているかのようで、心地よいカタルシスが得られる。音楽はこうでなくてはならない。