♪摩天楼蒼く煙らせる雨は おまえの流した涙のようだね
見えない絆を確かめるように 何度も振り向く背中がつらいよ
サヨナラが最後の優しさだなんて 二人とも生まれる時代を間違えたのさ
Blue rain my soul♪
この日は雨。信濃屋さんへ向かう道すがら、お気に入りの雨歌を口ずさみながら私は、『今日は間違いなく“アレ”をお召しになって来られている。』そう考えていました。
今日の白井さんは茶のチョークストライプのフランネルスーツ、そして私の予測は見事的中しました、英国バーべリー(白井さんは“バーバリー”ではなく“バーベリー”と発音されていたので私もそれに倣います。)社のライディングコート“Rider(ライダー)”を身に纏われた“Spring rainy day style ”です。
ニューヨークやシカゴのギャングスターを髣髴とさせる茶色のフランネルスーツは“信濃屋オリジナル”(天神山)製。チョークストライプは白ではなく少し捻って同系色の茶系を使い、地味になりそうなところを襟の縞の線を襟のラインに沿わせず外側に抜けるようにして変化を出されたのか。靴は昨年発売された最新の信濃屋オリジナルシューズ“Douglas MacArthur”Uチップ・バルモラルです。『雨で革が変になっちゃった。』と仰っていたのでアップでの撮影はご遠慮させていただきました。実は私も同じものを購入していて、2009年11月16日にこのブログ上にてご紹介しているので詳細はそちらをご覧下さい。よくよく考えると白井さんと同じ靴を同じ時代に購入できたなんて実に嬉しい出来事です!新しい靴ですが、もちろん白井さんはKIWIを使い熟練の技でピカピカに磨き済み。私も見習わなければ(汗)。ただ、以前白井さんからは“あまりいっぺんに急いで光らせようとするとワックスが剥がれちゃうよ”と教わっているので、焦らず磨きこんでいこうと思っています。白井さんは色が赤っぽくならないように元々の革の色(くすんだブラウン)を保ってそのまま濃くなるように気をつけて磨かれたとのこと。どうやら現在日本で入手できない色のKIWIをお使いになられた模様です。私の怪しい記憶では、確か昨年の11月に信濃屋の牧島さんが兵庫にお住まいの信濃屋顧客列伝中のお一人“O様”とお電話でお話されていたときに、白井さんがこの靴を磨かれた際の話題になり、確か“白井さんはミッド(もしくはライトだったか?)タンで磨いていた”と仰っていたような記憶があります(怪しい記憶ですけど・汗)。因みに、このブログではもう何度も書いていますが、白井さんは靴磨きにKIWIしか使いません。もう50年以上そうされているそうです。私はこの“白井流”の技の一つを“KIWISM”と勝手に名付けて悦に入っています。
昨年私がこの靴を購入した頃、いつもお馴染み銀座天神山のIさんに『白井さんも同じ靴を購入されたんですよ。』と言ったら『え~白井さんまた買ったの!?靴いっぱい持ってるのに~!?』と笑っていましたが、気に入ったら即購入!そこがまた白井さん流なんだそうです(笑)。白井さんはこう仰っていました、『靴は今までそれこそいっぱい買って履いてきたけど、“履き心地”なんて未だによく判らないしあんまり気にしてないよ(笑)。なんたって毎日満遍なく履いてるんだから。』
細いブルーのストライプシャツはアンナ・マトッツォ(伊)。FRY、リガッティなどイタリアのシャツ屋さんは女性経営者が多いそうですが、アンナ・マトッツォ女史もそのお一人。ハンドメイドシャツ屋さんとして知られていますが、白井さん曰く、『シャツのハンドメイドはあまり意味が無いね。ボタン付けや穴かがりくらいならまだ理解できる部分はあるけれど、シャツは本来は下着。頻繁に洗濯して丈夫さが求められるものを敢えて手で甘く縫うなんて。“否、着心地が違う”なんて云うけどそんなの全然解らないよ。本人(マトッツォ女史)にも言ったんだけど、あれは全然改心していない顔だったな(苦笑)。そんなことより今日はこれこれ・・・。』
そう仰って白井さんが私を導かれた先は入り口近くのコートラック。今日の“白井シェフ”の“メインディッシュ”はやはりこちらのようです(笑)。おっとその前に好例の前回訂正を忘れないうちに!
まず“前回の訂正”の訂正。カントリーウェスタン奏者がフランネルのスーツにテンガロンハット、ウェスタンブーツを合わせるのは『カントリーウェスタンの世界ではよくある着こなしだよ。』(白井さん談)と書きましたが、『あれは昔の話。’50年代頃かな・・・スーツのデザインもディティールがウェスタン調でね。機会があったら今度見せてあげるよ。』とのこと。洋服と共にカントリーウェスタンをこよなく愛する白井さん。一昨年の信濃屋さんのクリスマスパーティーでご披露された白井さんの美声はまさに玄人はだし。もしあのような機会がまたあったらなぁ~その時は是非白井さんの歌声を収録してデジタル写真集のBGMに使わせていただこうかなぁ~そんな不届きなことを考えてしまいました(笑)。
それから前回訂正をもう1点。藤井さんがお召しになっていたタッターソールのシャツ。私はそのシャツを“白井さんからのプレゼント”かと勘違いしていたのですが、これはある件で藤井さんにお世話になった“信濃屋さんからのプレゼント”だそうです。よくよく思い出せば白井さんは“自分から”とは一言も仰っていなかったのでこれは完全に私の早とちりでした。白井さん、藤井さん、皆様にはこの場をお借りして訂正させていただきお詫びいたします。
白井さんがまず取り出したのは傘。何本か所有されている傘の中から白井さんがこの日携えてこられたのはブリッグ(英国)の傘。クラシックな着こなしを信条とする紳士必携の品・ブリッグの傘については天神山Iさんのブログ(2006年9月19日掲載『こだわりの名品“ブリッグの傘”』)に詳しいのでまずはそちらをご覧下さい。
上の写真一枚目は牧島さん所有の同じくブリッグ。持ち手はメイプルで張りはナイロンの黒。2枚目の左の無垢木の方は、生意気ながら私所有のブリッグ。持ち手はアッシュで張りはナイロンの黒。白井さんも『凄いね~ブリッグ持ってるの!』とちょっと驚かれていました(苦笑)。私のブリッグは銀座天神山さんで購入したのですが、昨年の秋のある日、それまで使っていた国産の傘を天神山さんにうっかりわすれて帰ってしまったのが運の尽き、Iさんから『あれ?ブリッグ持ってないの!?』とまるで“そりゃまずいです!”と仰らんばかりに驚かれやむなく購入したのがブリッグとのご縁の始まりでした。英国が誇る紳士必携の名品・誉れ高きブリッグの傘については私も以前から知ってはいましたが、ちょっと私如きには早すぎるのではないかと遠慮する部分があり、購入当初は携えるのに些か気恥ずかしさを覚えていました。ただまあ、これも紳士修行の一環と思い定めて、この半年間は雨の日には必ず持って歩き続けました。
それまで使っていた国産の傘も“皇室御用達”として有名で日本橋三越で購入したもの。なかなか使い勝手の良いものと記憶していたのですが、先日、たまたま近所のTSUTAYAに行くだけだからと、何の気無しにその“皇室御用達”を半年振りに携えたところ、そちらには申し訳無いのですが、まるで“子供用の傘”のように軽いのでビックリ!開いても、力強い張り感から来る新雪に足を踏み入れたときのような“ブブブ”というブリッグ特有の音も無くて寂しく感じ、差していても何となく頼りなく感じられました。使い勝手の良さには定評のある国内メーカーですからもちろん傘としての機能にはなんら問題は無いのですし、こと雨に対する強度という点では日本と英国の雨の性質の違いからか、国産の方が優っているそうなのですが、こればっかりは気分の問題。やっぱり何でも経験してみないと判らないものですね。
牧島さんにはスウェイン・エドニー&ブリッグのカタログも見せて頂きました。さすがは日本と並ぶ雨の国・英国の老舗、実に多くの種類の傘が扱われていますね。
余談が長くなりました(汗)。お話を白井さんに戻します。白井さんのブリッグの持ち手はヒッコリーで張りはシルクの黒。シルク張りは私のナイロン張りと見比べましたが、表面の織りの肌理細やかさは比べるべくもありませんでした(もちろんシルクが上)。
そして何と云っても今日最大のポイントは持ち手にあります。アップの画像でお判りいただけるでしょうか。
『今は変な銀のプレートがくっついてるけど、昔のは“BRIGG-MAID IN ENGLAND”って刻印があるだけ。この刻印が無いと“本物”とは云えないね(笑)。』
以前から白井さんにそう伺っていた“本物”のブリッグの傘を遂に今日この目で見ることができました。因みに牧島さんのメイプルも刻印だけのタイプ。私の新参のブリッグを見て白井さんがすかさず『銀のプレートかぁ~だめだな~(笑)』と仰ったのは言うまでもありませんね(苦笑)。確かに、やはり持つと素晴らしいブリッグですが、携えるときに感じる気恥ずかしさ、その原因の大部分はその銀のプレートの仰々しさから来るものかもしれません。本物が持つ佇まいって“ナチュラル”で意外と“控えめ”だったりするものです。
さて、本日の“メインディッシュ”は間違いなくこれでしょう。このカテゴリー“白井さん”も早いもので今日から3月。初春を迎え初の綿素材のコートスタイルです。これから桜が咲くまでの一ヶ月間は暑くなったり寒くなったり、また突然の雨に遭遇したりと、行きつ戻りつする春には着るもので悩むもの。そんな時に断然重宝するのは綿のコート。寒暖差を補い、傘を忘れたって少々の雨にはびくともしない、この時期の主役です。
白井さんが今日お召しになられているのは、かつて信濃屋さんで扱われていた幻の名品。雨の国英国が世界に誇る(最近は?ですが・汗)老舗“Burberry”のレインコート“Rider(ライダー)”です。信濃屋さんが数年前からこのライダーを信濃屋オリジナルとして復刻させたレインコート、その名もズバリ“Rider”は私も所有しております。
『ここよく見て。襟裏のタグの下辺が縫ってないんだよ。サイズ表記はここに隠れててめくると見えるんだ。“本物”はこうでなきゃ(笑)』そう仰る白井さんのお顔はなんだか嬉しそう(笑)。また、元々は乗馬用のコートとして作られたこのコート。両裾の裏側には乗馬した際に裾が翻らないように裾を足に固定するためのベルトが付いています。これもまた“本物”のライディングコートの証。
バーベリー社のレインコートには他にも“コマンダーⅡ”“ラドゥナー”“GWBⅡ”(GWはジェントルマンズウォーキング、Bはバーベリー、Ⅱは恐ら二枚袖の略ではないかというお話でした。ちなみにライダーは一枚袖。)といった名品の数々があった(今もあるのかな?)そうです。今日のライダーに使用されているコットン素材はベルギーの“DK”ドラッカーズ社のもの。色番は“53”。バーベリーの色見本はもちろん他にももっとあるそうですが、信濃屋さんでは“45”“46(グリーンっぽい玉虫色)”“53”を使っていたそうです。他にも“ST”ストッフェル社のポリエステル100%素材は軽くて年配の方にはなかなか好評だったそうです。
今日の帽子は今までよりもやや鍔幅の広いボルサリーノ、顎紐つきのタイプです。この帽子はスーツスタイルの時に被ると決められているそうです。白井さんは他の帽子も“こういう時にはこの帽子”と全体の雰囲気の感じでだいたいお決めになっているそうです。
因みに先日、天神山のIさんが愛用されているアクアスキュータムの綿コートを見せていただく機会がありました。Iさんはあまりお洒落っぽくないなんて自嘲されていましたが、決してそんなことはありませんでした。Iさんは『袖が擦り切れてきたから直さなきゃ(照)』とも仰っていましたが、それこそ飽きずに長く付き合える“本物”の証ですね。綿素材が経年変化を遂げ雰囲気があり、実にシンプルで飽きの来ないデザイン、大人の男にふさわしい“本物”のレインコートとは斯くあるべし、そんなカッコいいコートでした。今日の白井さんのライダーももちろん言わずもがなです。
最後に、今日は敢えてたくさん登場させた“本物”という台詞は白井さんがよくお使いになる口癖(笑)。ただこれは他のものが“偽者”という意味でお使いになられているのではないでしょう。白井さんがこの台詞に込めている意味は、上っ面の華美は排し見えないところにも手を抜かないクラフトマンシップ、後々になっても使え長く付き合うほどに判ってくる本来的な良さ、私はそういう意味だと思っています。白井さんはこうも仰っていました、『今までいろんなものを買ってきて、そりゃちょっとくらいは“これは失敗だったかな”って思うものはあったけど、深く後悔したなんてことは、それは性格的なこともあるんだろうけど、一度も無いよ。新しいうちはなかなか判らないものだし、それが“良いもの”かどうかは長く使ってみないと判らないけど、自分で“これは良い!”と思って買ったものはやはり今も全て手元に残っている。そういう“本物”ほど“ナチュラル”で“中庸”で“シンプル”で後々まで使える。そしてもしその時に買っておかなかったとしたらその後は絶対に手に入らないものばかりなんだよ。不思議とね。』
今日は皆様に白井さんにしか言い得ない“本物の言葉”をお伝えできたと自負しています。また白井さんは今日と全く変らないご発言を信濃屋さんのHP上でなさっていますので、そちらも併せてお読みいただきたいと思います。信濃屋HP『白井俊夫のお洒落談義』はこちら