人間らしく

日記です

2017年よさらば、命をありがとう・・・

2017年12月31日 06時13分18秒 | 日記
 2017年も暮れようとしている。
2017年は、私にとっては、苦しい苦しい1年だった。
3月1日に突然、朝目が覚めたとき、起床することができなかった。
 体は全く思うように動かず、立てず、這えず、座れずの状態だった。
すぐさま救急車を呼んでもらって、「入院」する羽目となった。
もし独り身だったら、危ういところだった。
「脳幹梗塞」と診断されて、約1か月少し入院した。
その間の苦しかったことは例えようもなかった。
身体が全く自由が利かずに、ただただ主治医に従うのみだった。
その間に、多くの方に励まされ、祈って頂いたお蔭で今の私がある。
九死に一生を得た私は、神様と励ましていただいた人々に感謝するのみの1年だった。
「ありがとう」と心から云わせていただく「2017年」だった。



             松 山 ・ 坊 ち ゃ ん 号


祖母から教えられたこと・・・

2017年12月30日 05時32分43秒 | 日記
 幼いころ、祖母から「総ての物には魂が宿っている、物を大切に扱いなさいと厳しく指摘された。
これは、所謂「もったいない精神」である。
日本が経済的に貧しい時代に言われた言葉だろう。
経済的に豊かになった今、日本でも、大切にしなければならないことだ。
消費することは「善」であり、「使い捨ての文化」になっている今こそ大切にすべき言葉だ。
この度の病によって、使わずにく倉庫に眠っていた「ウォーキング・マシーン」が今頃になって役に立っている。
7~8年以前に購入した物だが、この厳寒の時期に、十分に役目を果たしてくれている。
使わず捨ずにいて、本当に良かったとつくづく思う。
いかなる状況にあろうとも、物は大切に扱うべきであることを痛感した次第である。        
断捨離」も良いが、縁あって取得した物は、大切に扱いたいものである。



             萩 ・ 指 月 城 跡 に て


七人の敵から、世を照らす灯に・・・

2017年12月29日 05時27分10秒 | 日記
 幼少の頃、「男は、一歩外へ出れば、七人の敵がいる」と教えられた記憶がある。
これは想像するに、殺伐とした幕末の頃云われた格言に違いない。
平成の現代にも通用するかもしれないが、これを逆手にとって見たいものだ。
退職後は、社会との接点が少ない男は、とかく「引き籠りがち」だ。
所謂「引き籠り症候群」になると、社会との窓が閉ざされてしまう。
これを逆手にとって「男は一歩外に出れば、七人の友ができる」と、逆転させてみたらどうだろう。
家庭や社会が明るくなり、高齢化社会の今、老人が重宝がられるのではなかろうか。
自分一人で趣味の世界に没頭するのも良いが、暗い顔をせずに、世を明るく照らすになって欲しいものだ。
老人の戯言とお聞き流しいただきたい。



              何 を 想 う イ ン コ


理性と感性について・・・

2017年12月28日 05時33分51秒 | 日記
 彼の有名な哲学者パスカルは云った「人間は、考える葦である」と。
これは人間の「理性」を信じ、讃えた言葉だろう。
「理性」とは、人間が「冷静」に「客観的」な認識を基にして思考することを指し、主として左脳の働きをいうのだろう。
 これに対して、「感性」は動物的な直観力を言い、右脳の働きを指す。
人間の認識・価値観は、両者のバランスの上に成り立つ。
「感性」は直感的であり、思考することとは別世界なので、軽く見られがちである。
しかし、瞬間的に物事を決める際には、閃きのある「速断力」が求められる。
「速断力」には、その人特有の「直観力」が決め手となる。
「理性」と「感性」が互いに協力して、素晴らしい「洞察力」に昇華していく。
双方とも疎かにせずに、日頃から「洞察力」を鍛えておきたいものである。



             萩 ・ 武 家 屋 敷 跡

無駄な抵抗は止めた・・・

2017年12月27日 05時36分31秒 | 日記
 小泉政権の時に、一時は、党内の「抵抗勢力」がそり行く手を阻むのではないかと思ったこともある。
顧みると、私も「抵抗勢力」の一員だったかもしれない。
今年も同世代の多くの著名人が天国へ召されていった。
今頃になって、彼らの偉大さを認めるようになってきた。
彼らが「わが世の春」を謳歌していた頃には、私は見向きもしなかったが、今ではその功績を惜しむ心境だ。
持って生まれた資質、努力、と想像を絶する辛酸を舐めた過去がある。
特にその上に、数々の隠れた「社会貢献」をしてくれている。。
今では、無意味な「抵抗勢力」を止めて、素直にその労苦に感謝している。
功徳は知られざるところにあるのかもしれない。



             初 冬 の 松 山 城


自然は整然として美しい…

2017年12月26日 05時21分01秒 | 日記
 自然の秩序はなせか、美しくできている。
これは造物主の為せる技だろうか。
人間が造った物は、時には、不自然な物として存在していることがある。
この差は、一方は「ナチュラル=自然=神業」による物であり、他方は「人的に造られた物との差だろうか。
日々の生活では、「「無秩序」なものには、気が休まらない。
「無秩序」は人間にとっては、時に「妨げ」になることがある。
小泉政権の時、「規制緩和」が賑々しく叫ばれたことがある。
「緩和」された事案は、その後巧く機能しているだろうか。気になるところである。
不自由な時には、「規制緩和」を主張して、放置されれば「秩序」が乱れる。
大事なのは、その間のバランスではなかろうか。「現状」が好ましいこともあり、改革は悪い結果を招くこともある。



           何 を 思 う レ ッ サ ー パ ン ダ




大会社の不正・不祥事に想う・・・

2017年12月25日 04時54分43秒 | 日記
 最近になって、次から次へと大手企業の不正・不祥事が続発している。
大手の自動車会社、広告会社、鉄鋼会社等と後を絶たない。
察するに、会社に対して不満を抱いている社員がスマホなど使って内部告発しているように思えてならない。
会社は会社で、業績を上げることに汲々としている。
社員に対する暖かい「思いやり」が不足しているのではないか。
社員一人一人が会社を支えている。社員に対する「思いやり」が大切だ。
会社の幹部がテレビカメラに向かって、謝罪している姿を見ていると、不愉快になってしまう。
会社はゴーイング・コンサーンであり、一人一人の愛社精神=忠誠心が肝要だ。
多くの社員に愛される会社になって欲しい。
経営幹部は、社員はこそ大切な「人財」であり、お客様と同様に大切だと考えるべきである。




            ペ リ カ ン ・ 思 い 遣 る








私の近況は・・・

2017年12月24日 05時16分40秒 | 日記
 依然として、リハビリを続けています。
歩行訓練、老人向けの筋肉トレーニング、ブログによる脳トレーニング、が主として日課になっている。
体調は、未だに元どおりの健康は取り戻せてない。
少し動作は緩慢だが、日々の生活には困らない程度にまで快復してきている。
朝夕めっきり寒くなってきたので、室内でウォーキング・マシーンを使っている。
最近は、バスや電車を使って、買い物に出掛けたりするようになった。
掛かりつけ医からは、運転許可の診断書を頂いたが、この冬には、クルマの運転はしないことにした。
そのうちに、カメラを持って街の歳末風景や、冬の花を撮ってみたいと思っている。
自分では気が付かないが、退院時と比べて、劇的に快復し続けてきているようだ。
リハビリは、本当のところ、「根気」が要るものだ。
この冬を、何としても越したいと強く願っている。



             ラ イ オ ン の 親 子


談合は無くなるか・・・

2017年12月23日 05時51分21秒 | 日記
 日本は、古来「和」を尊ぶお国柄である。
自分の意見と多少の差異があっても、「まあまあ、なあなあ…」と狎れ合ってしまうことが多い。
そんなところから、商取引にも「談合」が入り込む余地がある。
摘発されても、摘発されても、中々「談合」は後を絶たない。
談合は悪いことばかりではないと思うが、公平、公正の観点からは、悪いシキタリと言わざるを得ない。
 今回の「リニア・新幹線」の大規模工事も、4大ゼネコンによる「談合」で仕切られたらしい。
日本社会の土壌からして「談合」が果たして、除去されることが期待できるだろうか。
国民の価値観が変わらない限り、「談合」は存在し続けることだろう。
甘い蜜には、有象無象が寄って集ってくるし、「談合」を無くすことは不可能とさえ思う。
ある意味で「談合は必要悪なのではないのか。
日本人の文化が変わらない限りは、変わらないのではないか。



                羽 ば た く




納得するということは・・・

2017年12月22日 05時24分16秒 | 日記
 「納得」するということは、各人が得心して実行するということだ。
通常各人は、事案について自分の価値観に照らし「納得」しながら実行していくものだ。
 しかしながら、ことの重大さに気がつかずに、スルーパスをしていないだろうか。
大切と思ったことには、「慎重」に考慮して自分で「納得」しながら行動に移す。
自分で「納得」のないままに行動してしまって、後で反省することが時々起こる。
慎重に思慮して「納得」した上で、行動したいものだ。
自分で「納得」がいかない行動は、後々後悔するする危険性がある。
軽々しい「納得」は避けたいものだ。



              思 考 す る 猿