地球にあしあと

地球の色々なところに足跡をつけてきました。

カミーノにあしあと 3

2010年08月30日 | Weblog
【3日目】6/28(月) Roncesvalles → Zubiri
昨夜の騒ぎは一体なんだったのか、スィナが今朝オスピタレロに聞いてみたそうだけど、相手の返事は「昨夜は何事もなく静かな夜でした。ここに泊まったみなさんはとてもお行儀がよかったです」だったそうな。
う~ん…。気持ち悪い


朝のアルベルゲは少しでも早く出発しようとする巡礼者であわただしい雰囲気。
Orissonで一緒だったスウェーデン人夫婦なんか、一番に出発したいのでわざわざ出入り口の横のベッドに場所を換えてもらってたぐらい。

トイレや洗面所も混み合うので、大きな波が去ってからゆっくりと出発準備。
スィナはさらに自動販売機でコーヒーを買ってゆっくり飲んでから出発するらしい。

じゃあまたね、ということで私は7:00に出発。
室内の物干し台に干していた洗濯ものが全く乾いていないので、靴下やタオルをリュックにぶら下げて歩く。


さらばRoncesvalles。





目指すは790km先のSantiago。





国道からすぐに脇道へ入り、草木のにおいを楽しみながら森の中を歩く。



Roncesvallesは人口30人ほどの小さな小さな町。(というか、集落。)
だけどスペイン側の巡礼出発地点になっているため、大勢の巡礼者が押し寄せる。
昨日巡礼事務所の人の話を小耳にはさんだところでは、昨日までの3日間お祭りか何かだったので、スーパーも小さなお店も全て閉まっているとのことだった。
昨日は日曜だったからというだけではなかったようだ。
今日も何時にお店が開くかは分からないという話なので、食べ物や飲み水を全く購入できず出発。
昨日のうちにバルでミネラルウォーターを1本買っといてよかった。


3kmほど歩くとBurgueteの村へ。
街並みがとてもかわいい村だった。






ここにはかつてヘミングウェイがマス釣りをするために滞在していたらしい。





途中で追いついたアンとミジャは、ここで朝食を食べていくと言う。
私はもう一つ先の町まで進むことにした。


のどか~





しばらく行くと突如、昨日のような移動式カフェバンが登場したので、そこでパンとコーヒーを買う。
地べたに座り込んで食べているとスィナが追いついてきた。
「サッカーはどうなったかね?」などと話していると、横からドイツ人が「ドイツは勝ったよ♪」とのこと。
日本がどこまで行ってるのか、全く分からない。


スィナと別れてまたひとりで先へ進む。
緑が目に気持ちいい。


自転車の集団にも遭遇。
上り坂、ご苦労さんです!





Burgueteからさらに3km余り行くとEspinalへとはいっていく。











これはお墓かと思ったけど、宗教的な記念碑のようなものらしい。





カミーノの標識が「こっちだよ」と教えてくれる。
そ、そっちですか




秘密の花園っぽいよね





道中、子猫とたわむれるドイツ人のグナー。





山道を歩いていると、ボストンから来たというアメリカ人青年と出会い、しばらく話をしながら一緒に歩く。
後々何度もヨーロッパ人の間で「アメリカ人は休暇が短いからね」という会話が交わされるが、彼もまたほんの1週間程度の時間しかないので、今回は行けるところまで行くという。

職業や出身地、巡礼の動機など一通り巡礼者同士で交わされる話題で打ちとける。
この青年、名前は聞かなかったような気がするが、メディカルリサーチ会社の研究職だそうで、なかなかのイケメンである。
「この先もこういう出会いがいっぱいあるのかも」と期待したが、その期待は見事に裏切られることとなる


つづく。

カミーノにあしあと 2(つづき)

2010年08月25日 | Weblog
2日目のつづき。



ひたすらRoncesvallesを目指す。
まだか~~~


山道が開け、あの先に見える町がRoncesvallesではなかろうか?





13:20 着いた~




巡礼事務所を求め、町の中心部へと進んでいく。


この先に巡礼事務所や博物館兼お土産物屋さん、教会などがある。





巡礼事務所はこちら。




クレデンシャルにスタンプをもらい、アルベルゲ宿泊費を支払いチケットをもらう。
アルベルゲは6ユーロ。
しかしアルベルゲは16:00まで開かないというので、ずいぶんと時間をつぶさないといけない。


町の教会。
これ、Iglesia Colegialかな?もう忘れた。





近くのバルのテラスで飲み物を注文し、時間をつぶすことにした。
後からどんどん巡礼者たちが到着し、みなバルに落ち着く。


ここからいきなり「フランス語→スペイン語」へ頭をスイッチしなければいけない。
が、これが難しい。
にも関わらず、到着したフランス人巡礼者らが容赦なくフランス語で話しかけてくるので、全く頭がスペイン語モードに入らないのである。


しばらくするとスィナが到着し、テーブルをシェアする。
巡礼事務所は16:00まで閉まっているのでまだスタンプもアルベルゲのチケットももらってないそうだ。

スィナに「ディナーどうする?」と聞かれる。
どうやら18:00から教会で巡礼者のためのミサがあり、その直後の19:00から巡礼者用ディナーが食べられるらしい。
ディナーはあらかじめチケットを買っておかないといけないので、バルにて購入。9ユーロ。
この後ずっと、スィナのディナーに対する執念を見ることとなる。


ひたすら根が生えたようにバルのテラスでねばっていると、だいぶ遅れてミキョンも到着。
彼女も巡礼者ディナーの申し込みをしたそうだ。



16:00になり、ようやくアルベルゲオープン。
ここはオランダの巡礼友の会により運営されているらしい。

120名ほど収容できるアルベルゲの大きな部屋にずらりと並んだ2段ベッド。




これが埋まるとこうなる。






ベッドの下の段は年配者優先。
当然のように私は上の段を割り当てられたけど、ベッドに梯子がついてないので上り下りが大変

偶然にも私のすぐ隣に日本人の女の子がやってきた。
オスピタレロから「若い人は上の段」と言われた彼女は、「私は若くない!」と抗議していたが、「いくつ?」と聞かれ「33歳」と答えると「33はまだ若い」とあっさり却下されていた。
それなら私の方がもっと下の段に寝る権利があるぞー

それにしても、アジア人は若く見えてこういうとき損だ。
どう見ても私の下のベッドにいる西洋人、私より年下やん…。

で、下のベッドの西洋人、のちにブルガリア人と分かるのだが、しょっぱなからクレームをつけてきた。
「あなたが動くと私のベッド全体が激しく揺れるんだけど」と。

「ベッドに上り下りする時に揺れるの?」と聞くと、「そうじゃなくて、少しでも動くと揺れるの」と。
はあ…
このベッドの造りだとそれもしょうがないよね。

ひとまず「あ、ごめんね。なるべく揺らさないように気をつけるから」と言うと、「ううん、いいの。ただ、自分では気づかないから教えてあげてるだけ」と。

が、その直後、彼女が下のベッドで少しでも身動きすると当然のように私のベッドも大きく揺れた。
そらそうだ。そういうベッドだもん。

軽く殺意を抱いてクレーム返ししようかと思ったけど、まあよい。
まだ今日は1日目。
彼女もこの先数えきれないぐらい2段ベッドを経験し、上の段でもものすごく揺れるということを理解するであろう。
と、殺意を胸の奥にしまう。(←本当に巡礼者か、私?)


アルベルゲの地下にシャワーやトイレ、自販機や洗濯機、パソコンがある。
早速シャワーを浴びに地下へ。
120名も収容できるのに、女子シャワー2個しかない…。
すでにふさがっていたけど、私は幸いにも2番手。

昨日Orissonで習得した技を生かし、5分程度でシャワーと洗濯をする。
シャワーを終えてドアを開けるとそこには長蛇の列ができていた…。
後で聞いた話では、みんな18:00のミサに間に合いたいので順番待ちは殺気立っていたそうだ


18:00に教会へ。
カトリックのミサは初体験だったかも。
神父さんの言葉に呼応するように出席者が何か言う。(たとえば「サンタ・マリア」とか)
スペイン語なので全く分からないが、どうやら「神」または「キリスト」のことは「セニョール」と呼ぶらしい。

あとは讃美歌を歌ったり、自分の席の左右前後の人と握手をしたり、コインを寄付したり。
最後に神父さんが各国語で祝福の言葉を言ってくれた。
もちろん日本語でも。

なぜだか分からないけど、ここでのミサにはいたく感動し、思わず涙。
終わって外に出てから思わずアンと抱き合った。


さあ、無事に祝福も受けたし、ご飯ご飯!(←最重要)

ディナーは複数の巡礼者同士で丸テーブルを囲むようになっていた。
同席していたのはフランスから来たダブル・モニーク(2人とも同じモニークという名前の年配女性)、タスマニアから来たメアリーとクリスのカップル、そしてスィナと私。
当然自己紹介&巡礼の動機。

メアリは最近まで会社を経営していたけど、現在休止中。
去年ご主人を亡くしたので、供養の意味も込めて巡礼中。
以前タスマニアの大学で日本人学生の受け入れなどもしていたため、少し日本語が分かる。
夫の死後、家族ぐるみの付き合いで親友だったクリスと親密な関係になるも、子供のことを考えてゆっくりと関係を進展させてきたそうだ。

クリスはタスマニアの海岸を守る政府関係の仕事。
離婚した妻との間に子供2人。
今回は仕事の関係上Pamplonaまでしか歩かない。

スィナはブティックを3軒経営している。
長男の奥さんがスペイン人で、カミーノ上にある教会で結婚式を挙げたので、通るのを楽しみにしている。
長男夫婦と孫(1歳)はブリュッセル在住。

モニーク2人はフランス語しか話さないので、あまり情報得られず。
たしか最後のSantiagoまでは行かないと言ってたと思う。


遠くのテーブルにミキョンがいる。
どうやら韓国人巡礼者を見つけたようで、数人で話をしている。
ちなみにミキョンはミサに出席しなかったようだ。
せっかく韓国語でも祝福の言葉があったのに、残念。


食事内容は、ミックスサラダ、トマトソースのマカロニ、魚とポテトフライ。
スペインでのメニューにはとことんポテトフライが登場する。
ちなみにミックスサラダには必ずツナが乗っている。

そしてスペイン人以外の誰もが一様に驚いていたのは、デザートのヨーグルトやアイスがスーパーで売られている容器のままポンと出されること。
この日のデザートはヨーグルト。
普通にカップのヨーグルトがそのまま出された。

ちなみにプレーンヨーグルトの場合は、スティックシュガーがついてくる。
フレーバーヨーグルトの場合は、お店の人が適当に出すのでフレーバーは選べない。
そしてアイスも当然ながらカップのまま出るのだが、棒アイスが袋ごと出される場面も目撃した。
軽いカルチャーショックである。


22:00、巨大なアルベルゲ、消灯。

いびき対策に耳栓をスタンバイし、明日に備えて静かな眠りにつこうかと思ったその時、なにやらわめきながらアルベルゲの扉を激しく叩く音が。
ひえ~っ酔っ払いか
大迷惑である。

それが収まったと思ったら、数時間後、真っ暗な室内からオオカミの遠吠えのような声が。
な、何事

どうやら巡礼者のひとりの巨大な寝言らしい…。
しかし寝言にしてはどこか悪いんじゃないかと思うぐらい大きな声で、「ウォ~ン、ウォ~ン」と叫び続けている。こっわ~

120名収容のアルベルゲ、全員が目を覚まし暗闇の中でザワザワする。
誰かが「シーッ!」と言ったり、指をパチパチならして寝言を言ってる本人を起こそうとするが、効果なし。

後々巡礼者間で語り草となり、「ウルフマン」と名付けられたこの男、しばらく遠吠えしていたが、やがて収まる。
結局それが誰だったのかは分からず仕舞いだけど…。


この日の歩行距離:約17km

カミーノにあしあと 2

2010年08月25日 | Weblog
【2日目】6/27(日) Orisson → Roncesvalles
7:45出発。
バルで昨日注文したサンドイッチを受け取る。

出発直前に巡礼者が記入するノートに私も一言書こうと思って開くと、昨日ここを通過したリエさんからのメッセージが!
きゃあ、なんかすごい嬉しい
リエさんはすでに先を行ってるのでもうこのノートを読むことはないと知りつつ、思わず返事を記入


カミーノを歩き始めるとすぐにのどかな風景が広がる。







この日は曇りがちで、時折風が強くなったり霧雨のようなものが降ったり、不安定なお天気。


しばらく行くと、小高い丘の岩の上に聖母子像が現れた。







休憩がてら写真を撮りつつ、先へと進む。







なんだか神々しく感じられる風景。







さらに進むとなにやら移動式カフェバンが。




車体には商品の値段とともに各国語であいさつが書いてある。
運営する男性が、カフェを訪れる巡礼者の国籍を聞くたびにその国のあいさつを指さしてくれる。




後で聞いた話だけど、この移動式カフェを運営する男性は数年前自身がカミーノを歩いた際、すごく疲れて困っていた時に他の巡礼者にコーヒーをもらったことに大変感謝し、いつか自分も巡礼者のために飲食を提供しようと思ったそうだ。
意外とそういう人は多い。

写真を撮っていると後から追い付いてきたスィナがコーヒーをおごってくれた。
ここではクレデンシャルにスタンプも押してくれる。


さあ、Roncesvallesに向けて山道に入っていきますよ~。







こんな足もとの石の上に書かれた黄色い矢印も見落とさず。





Santiago de Compostelaまであと765kmの道標。




Navarra州を示す看板が出てきたので、いつの間にか国境を越えてスペイン側に入っていたのかな。





ピレネー越えはやはりなかなかしんどい
途中、持参したサンドイッチやオレンジを食べ休憩しつつ、とにかくRoncesvallesを目指す。


ああ、暑い
途中、抜きつ抜かれつしたポーランド人のマルゲリータが大胆にもTシャツを脱いでブラ1枚で休憩している場面に何度も遭遇。
巡礼中は下着姿なんてどうってことないんです。


昨日巡礼事務所でもらった説明用紙には、途中に分岐点があり、山の中を通る道は避けて国道を通るようにとあったが、それがどこだったのかもはや分からなくなった。
他の巡礼者には会ったり会わなかったりなので、黄色い矢印や道標を頼りにひたすら進んできた。
この道の険しさを見るとどうやら自分は山道の方を通っている気がする。

途中でまたマルゲリータに追いついたので聞いてみたけど、彼女も良く分からないという。
糖分補給にミューズリーバーを分けてくれた。ありがと


Roncesvallesまであと8km、2時間15分と書いてある。




ここから先が意外と長く、なかなか着かない。



つづく。

カミーノにあしあと 1(つづき)

2010年08月23日 | Weblog
つづき。


Orissonにはこのアルベルゲ1軒があるのみで、町があるわけではない。
したがって、シャワーと洗濯を済ませてしまうと非常に暇である。
昼寝したり、テラスでおしゃべりしたり、景色を楽しんだり、みんなそれぞれに過ごしている。

私も暇なのでしばらくベッドでゴロゴロし、ミジャがアルベルゲの前でアイスを食べているのが窓から見えたので、私もと思い階下のバルでアイス購入。
が、その時すでに夕方で外はちょっと肌寒くなっていた。


夕飯まで外でブラブラ。
といっても行くところはないので、ほんとにアルベルゲ周辺をぶらついて景色を眺めるのみ。
テラスに東洋人の女の子がひとり。たぶん韓国人。


夕飯はバルにつながっているダイニングスペースで宿泊者全員そろって。
スープやサラダ、肉料理が出てかなりおいしかった。もちろん赤ワインも。

先ほどの東洋人の女の子が隣になったので話すことができた。
韓国からきた大学生のミキョン。遅めに到着したのでテント泊らしい。
一応自分探し的な感じで旅に出たらしい。
こんなに若いのにひとりでスペイン巡礼なんてすごいなあ。

昨日のアルベルゲで同室だったキャシーは60歳になる記念巡礼だったけど、今目の前に座っているスウェーデン人カップルは50歳になる記念巡礼らしい。
みんなそれぞれ節目節目に巡礼するのかな。


ここでアンが妙なうんちくを披露する。
アンはベジタリアンなのだが、彼女曰く「A型は肉類を消化できない体質なので、野菜を食べるべきである」
その血液型による体質診断はどこから来ているのだろう?
本人は大まじめである。
なんかそういう研究結果があるらしい。(ほんとか?)
西洋人で自分の血液型を知ってる人はそう多くないけど、一部の人からは、「私もA型だけど、思いっきり肉食だし…」みたいにちょっと戸惑いの声が。

「ちなみに私、B型なんですけど」と言うと、「B型は何でも食べるのよ!」と。
あ、当たってる…。当たってるけど、さ。



間もなく1人1人の自己紹介タイムが始まった。
宿泊者は全部で30~40人はいたと思うので、結構な時間がかかる。
これから何度もこういう機会があるんだろうか。
この時は自分と同室の人たち以外知らなかったけど、後々カミーノ上で抜きつ抜かれつし、仲良くなった人たちがこの場にいた。


バルで明日のピレネー越えのためのサンドイッチを注文しておく。
明日の朝、出発前に受け取ることになる。
ちなみに飲料水だけど、カミーノ上ではほとんどの場所で水道水が飲める。
そして水飲み場もたくさんある。
ただ、「硬水なのでお腹が心配な人はミネラルウォーターを」とガイドブックなどには書いてあったが、どうやらここではペットボトルの水は売っていない模様。
なのでアルベルゲの前の水飲み場から水をもらっていくことになる。
いきなりしょっぱなから水道水。
ま、大丈夫だと思うけど。




夕食後も遅くまで明るいので、ほとんどの人はテラスでくつろいでいた。
暇だし明日のピレネー越えに備えて早めの就寝。
アルベルゲでは大体22:00~6:00ぐらいまでは消灯。(病院みたい)
最初の頃はそんなに長時間眠れず、早朝に目が覚めてしまっていたが、だんだん体が巡礼リズムになれると21:00台でもコテンと寝られるようになる。


明日、無事にピレネーを越えられますように。


本日の歩行距離は約8km。

カミーノにあしあと 1

2010年08月22日 | Weblog
※St. Jean Pied de Portの1日が長すぎてブログの文字数がオーバーしてしまったため、せっかく加えた修正や絵文字、写真も更新されず。
L’Esprit du Cheminでの夕食風景の写真をここでアップ。
この後もはや会うことのなかったメンバーなので、とても懐かしい







【1日目】6/26(土) St. Jean Pied de Port → Orisson
朝7:00から朝食。
多くの人がもっと早くアルベルゲを出発したがるが、オスピタレラのウベルタ曰く「朝食時間を遅めに設定しているのは、みなさんのためを思ってのこと。みんな競争のように我先にと出発したがるけど、カミーノは逃げない。もっと余裕を持って楽しんでほしい。それでもどうしても早く出発したい人を止めはしないけど…。」とのこと。

パンやシリアルなどの朝食を済ませ、出発準備。
昨日もらったカプセルには、日本から持参した住吉大社の五大力を入れることにした。
ここに「五」を置いていき、カミーノ上のどこかに「大」、サンティアゴに「力」を置こうかと。


部屋ではキャシーがドアと窓を開け放ち、「みんな、ごめんね、ごめんね」と言いながら足にたっぷりとスプレーを振っていた。
ものすごい揮発性のにおい…。

「ねえ、それもしかして皮膚を保護するやつ?」と聞くと、そうだとのこと。
「あのさあ、私が持ってるやつはフォーム状になって出てきて、足に摺り込むタイプで、そんなきついにおいしないよ。しかもこれアメリカ製だから、アメリカで手に入るんじゃないかな」と言うと、「うっそ~マジで」と驚愕していた。

ちなみにキャシーのスプレー、強烈な揮発性のにおいがする割にはなかなか乾かないらしく、椅子に座ってじーっと乾くのを待っていた。


私が爪やすりで爪をといでいると、キャシーが目を丸くしたので、「あ、違うよ。爪が割れたからといでるだけで、何もこの期に及んでかわいく見せようとかそういうことじゃ…」と言い訳すると、ホッとした顔してた。
これから長い巡礼生活に入るのに、ファッションで爪の形整えてるわけないじゃん…。


ようやく足が乾いたらしいキャシーが五本指ソックスをはいていた。
ふ~ん、アメリカでもちゃんと売ってるんだね。
私ももちろん五本指ソックス。そしてその上にトレッキング用ソックスの重ね履き。


我が部屋ではキャシーがまず一番に出発し、つづいてアンケが自転車で去って行った。
私は今日Orissonまでしか行かないからそんなに早く出発する必要もない。
なので皿洗いを申し出てみたけど、丁寧に断られた。
仕方がないので私もぼちぼち出発することにする。


出発時、1枚のカードを手渡される。
裏には一編の詩。






アルノに「ちなみに以前ここに泊まった韓国人巡礼者が韓国語に訳してくれたものがあるんだけど、君も日本に帰ったら日本語に訳して送ってね」と言われた。
は、はい…。ちょっと面倒くさいけど、やってみます。たぶん。


7:45、アルベルゲの人たちに別れを告げ、スペイン門をくぐって出発!
1泊しただけなのに、なんだか別れがたい気がする。

お天気がいいので国道沿いではなく、ナポレオンルートと呼ばれる山ルートの“Chemin du St. Jacques”を歩く。




すぐに上り坂になるので汗が噴き出す。
この先どんな景色が待ってるのかな~。ワクワク。


少し歩くと例のポーランドの家族が立ち止っていた。
声をかけるとマチェイーが「どうやら僕たちは道を間違ってると思う」と。

へ?
ナポレオンルートの標識からスタートしてまだ10分ぐらいしか歩いてないのに、そんなわけないやん
しかしポーランド家族は「いや、間違ってる気がする」と言って譲らない。

そこへ同じアルベルゲに泊まっていたフランス人夫妻が現れ、「いや、合ってると思うよ」と言ってくれた。
「ほら、この赤と白のラインが入ったマークもカミーノと同じだから、黄色い矢印やホタテ貝と共にこのマークもたどるといいよ」と。
念のため地元のじいちゃんにも聞いてみると、「うん。このまままっすぐ」と。

ほらね。
ポーランド人たちが出発早々なぜ道に迷ったと思ったのかは不明。


カミーノはほどなく田園地帯へ。
景色が奇麗








上り坂は結構きつい。
Orissonはほんの8kmほど先だけど、初日だし荷物重いし、結構こたえる。
ポーランドファミリーとは抜きつ抜かれつ。
でも意外とお父さんたちも健脚のようだ。


ほどなくOrissonへ到着。
こちらが本日のアルベルゲ。







“Ongi Etorri”とはバスク語で”Welcome”だと、スペイン北部出身の巡礼者が教えてくれた。





歩行距離が短かったのでまだ午前10時すぎ。
部屋は正午ごろまで開かないというので、アルベルゲの前のテラスで時間をつぶすしかない。




思いっきり喉が渇いているので、思わずオレンジジュースとペリエのダブルオーダー。
オスピタレロ(というか、ここは私営で結構商売っぽかったのでオーナー?)のジャン・ジャックが「あれ?フランス語話せるの?」と嬉しそうに聞いてきた。
は、はい。食べ物の注文は基本何語でもマスター早いです…。


L’Esprit du Cheminに泊まっていたメンバーの中で、今日Orissonに宿泊するのはどうやら私一人らしい。
みんな1日でピレネー越えをしてスペイン側のRoncesvallesまで行く予定。
なので休憩している間に知ってる人がどんどんまた出発してしまうので、ちょっとさみしかった。

ポーランドのお父さんに”Let’s go!”と言われ、「あ、いや、私は今晩ここに…」となぜか恐縮しながら答える。
みなさん、お元気で気をつけていってらっしゃ~い。
少し休憩したら疲れも取れたので、自分も一気にピレネー越えしてもよかったかなとすら思う。
でもアルベルゲは予約してあって代金も支払い済みなのでその場に残るしかない。


しばらくしてお腹も空いてきたので、サンドイッチとコーヒーを注文。
サンドイッチの中身はパテにしてみた。超おいしい!さすがフランス!





ようやく部屋に入ってもいい時間がきたので案内される。
私は若い方なので当然2段ベッドの上の段。

この部屋のメンバーは、フランス人のアンとミジャ、オランダ人のスィナ、スウェーデン人、スペイン人(この2人、名前聞いてない)、そして私。




オスピタレロにトークンみたいなのを渡され、「これがシャワーを使うためのコイン。これで5分ね」と。
「ええシャワーたったの5分」と全員驚愕。

「とりあえず行ってみるわ」とアンとミジャが先にシャワーを浴びに行く。
数分後戻ってきたアンが、「びっくりだけど、5分で全然余裕!しかもシャワー浴びながら洗濯までできちゃった」と。

ほ、ほんとですか~?
半信半疑ながらもアンが言うとおりにやってみると、これまた不思議、ちゃんとシャワーも洗濯もできた。

ここでの経験が機となり、この先も時間制限がなくてもシャワーは5分ぐらいで浴びられるようになる。
人間って、超合理的かつ効率的に5分でシャワーが浴びられるもんだね。(なんか、しょっぱなから変な技術を身に付けたな


アルベルゲの裏手に洗濯干し場。




テント泊の人もいた。





すでに文章が長くなっているので、ここで一旦区切って、つづく。

カミーノにあしあと (巡礼前日)

2010年08月19日 | Weblog
【移動日2】6/25(金) Bordeaux→Bayonne→St. Jean Pied de Port
まだ旅を始めたばかりで緊張しているので、早めに起床。
出発の準備を整え、朝食が始まるのを待つ。

ちょうど部屋の真ん前が朝食用ダイニングなんだけど、直前になっても全く準備が始まる様子がない。大丈夫か?
何度かドアを開けてチラチラ見てみる。

6:00を少し過ぎたころ、ようやくスタッフが来てドアを開けたようだ。
またこそっとのぞいてみたら、宿泊客のおじさんが一番乗りで入っていくのが見えたので、これ幸いにと私も続く。

クロワッサン(おいしい!)、バナナ、ヨーグルト、紅茶でさくっと朝食を済ませる。
ここはチップとか必要なのかよくわからないが、例のおじさんが何も置いていない様子なので私も置かない。

早めにチェックアウトし、駅構内の様子を確認してから写真を撮ってみる。




正面が泊まったホテル。




市電が走ってる。




チケット売り場の様子。




ちなみに駅構内にカフェがあるので、なにも高い料金払ってホテルで食べなくても良かったなと今さら思う。


念のため、売り場付近に立っていた係りの女の子に確認してからホームへ。
若い世代だからか、彼女には英語が通じてよかった。

各ホームへ通じる入口の刻印機にチケットを通し、これでひと安心。
ホームの番号を確認したはずなのに、行ってみると案内板に違う地名が書いてあり混乱。
ホームとチケット売り場の間を右往左往する。

もう一度ホームに戻り、各停車駅が書かれた別の案内板で再確認。
大丈夫、Bayonneにも停まる。

でも車両によって書かれている行き先が違い、これまた混乱。
途中で車両切り離しとかある?関空快速が途中で半分だけ和歌山行きになるみたいに。
フランスで列車に乗るのは初めてなので、さっぱり分からない。

とりあえずBayonneより先の目的地が書かれている列車に乗り込み、念のため乗客に「この電車はBayonneに行きますか?」「ここは2等車ですか?」と聞いてみる。
答えは “Oui. “ だったのでまたまたひと安心。

ちなみにせっかくだからTGVに乗ってみたかったんだけど、今回の旅程ではやむを得ずTERという普通の列車にした。
結構古い車両だったな。




途中、車掌さんが検札に回ってくるんだけど、これがまた若くてかわいい女の子!
グレーのユニフォームにベレー帽もこれまたかわいい。
やるなあ、SNCF(フランス国鉄)。
途中で交代した車掌さんもこれまた若くてかわいい女子。
まりりんが見たらさぞかし喜ぶだろうなあ。(注:まりりんはレズではありません。たぶん)


Bayonneまでは2時間ほどの乗車。
車窓から見える町並みや田園風景を眺める。
途中、霧がかかっている場所もあり。


9:22、Bayonneへ到着。




ここから先は、普段であれば列車が出ているけど、今は線路工事中のためバスで代替輸送中。
構内の掲示板にもその旨書いてあった。

さて、バスのチケットは列車のチケット売り場で買うんだろうか?
列車の代替輸送なんだからきっとそうだよね。
何一つ分からないけど、とりあえずチケット売り場に並んで窓口で聞いてみることにした。

ふと前方を見ると大きなリュックを背負った東洋人の女の子が窓口でメモを渡し切符を購入している。
窓口の人が「St. Jean Pied de Portまでのバスはあっちの乗り場から」と説明しているのが聞こえたので、大丈夫みたいだ。

窓口のおじさんはなかなか「打てば響く」感じの人で、「バスのチケットを…」を言うとすかさず「サン・ジャン・ピエ・ド・ポー行きね」と答え、「出発時間は確か11時…」と言うとまたすかさず「11時47分!」と答えてくれる。(ま、私のフランス語がトロいからというだけかもしれないけど。)

さあ、バスのチケットを確保したのでもう何も心配はいらない。
あとは時間をつぶすだけ、と思っていると、通りがかりのおじさんが「ウルトレーヤ」の曲を口笛で吹いていたので思わず反応してしまった!
「ウルトレーヤ」は巡礼者の歌。
う~ん、さすがここは巡礼者の通過地点なのね。
おのずと巡礼気分が盛り上がる。


さて、と。
2時間近く時間をつぶさないといけないけど、重いリュックを背負って街の中心部まで行く気になれない…。
Bayonne観光はあっさりあきらめ、カフェへ。

カフェラテとバゲットのサンドイッチで早めのランチ。




カフェから見た駅前風景。
時々巡礼者らしき人も通り過ぎる。







ここがフランスだと痛感したのは、周りが喫煙者だらけなこと。
私が長時間座っている間、周りは結構人が入れ替わったんだけど、その誰もがタバコを吸っている。
一時隣に座ったおじさんが椅子の脚で何かをトントンとしたのでふと見たら、喫煙用パイプだった。
ご丁寧にも「吸ってもいい?」と聞いてくれたので、「どうぞ」と。
周りがタバコ吸いまくってるのにパイプだけだめと言う理由もないし。

ひとつとっておきのネタがある。
右隣のテーブルで男性3人が大きな声で何やらしゃべっていた。
うち、1人はかなりマッチョないかついタイプ。
その彼が立ち去る時に何やら腕にタトゥーが彫られているのが見えた。

その内容: 「愛芋(←に似た漢字。でも微妙に違う)柔道オドレ」

まったくもって意味不明である。
「愛芋柔道オドレ」って…。
しかも「芋」の漢字ちょっと違うし…。
お兄さんがいかつかったので大っぴらに笑うこともできず、「写真を撮らせて下さい」と申し出る勇気も出ず、ひたすら笑いをこらえながら「この特別な経験を忘れまい」と思い、メモ。

西洋人のみなさん、漢字ブームなのは分かりますが、そのタトゥーで日本に行ったら恥かきますよー。



カフェを立ち去る時、またまたチップが必要なのかどうか悩む。
周りのお客さんはどうも置いていないような気がするけど、念のためちょこっとだけ小銭を置いてきた。

バス乗り場へ行くと先ほどチケット売り場で見かけた東洋人の女の子がいた。
韓国人かな~?

そばにいる西洋人の女性が「今日眠るところは?予約してあるの?」と心配して親切に色々聞いてあげてる。
あまり英語は通じていない様子。

ふとその東洋人の女の子が取りだしたガイドブックを見て日本人と確信。
ようやく私からも声をかけてみた。

彼女は東京から来たリエさん。
クリスチャンなので元々カミーノには興味があったけど、実際に思い立ったのはほんの2週間ほど前だとか。
東京の書店で偶然に日本カミーノ・デ・サンティアゴ友の会発行のガイドブックを見つけ、「行こう!」と思いすぐに代表の方に電話したそうだ。
そして英語もフランス語もスペイン語も分からないけど、友の会のMさんから頂いたアドバイスなどを参考に単身ここまでやってきた勇気と行動力には拍手!
まさに何かに導かれたような感じかな。

ただ、準備期間が短かっただけに何かと問題が…。

まずリュックが重い。(14kgぐらいって言ってたっけ?)
聞けば梅干しなどの日本食まで入っているそうだ。

そして長距離歩行に慣れているわけでもない。
トレッキングブーツはまだ新しい。

さらに今日の午後にSt. Jeanに到着後、そこに宿泊せずにそのまま10kmほど先のOrissonまで歩くつもりにしているらしい。
しかもOrissonに1軒しかないアルベルゲの予約は入れていない。

う~ん、こうまで見事に「してはいけない例」を実践してる人はいないのでは?

隣で一生懸命話しかけていた西洋人(アメリカ人だった。名前は忘れた)が、「今日はSt. Jeanに泊まった方がいいよ。Orissonに行くなら事前に電話して確かめた方がいいよ」と勧めてくれていた。
私も同感だ。

そのアメリカ人女性は病気をしていたか何かなので、カミーノを全部歩くつもりはなく、途中でバスや列車を使うそうだ。
リエさんも日程が限られているのと、スペイン観光予定なども入れているので、全行程を歩くのではなく、途中でバスなどを利用するそうだ。


13:08、バスがSt. Jean Pied de Portに到着。
巡礼事務所までは誰かの後ろをついていこうと思っていたのに、他の巡礼者は駅の写真を撮ったりしているようで、他に歩きだす人がいない。
仕方がないのでリエさんと2人で地図を見ながら進んでみる。
それにしても日差しが強い。

大通りに出ると行き止まりになってしまったので「?」と思っていると、道の向こうにいた別の巡礼者が「こっちだよ」とジェスチャーで教えてくれた。
わ~い、しょっぱなから巡礼者同士の助け合いだね。
ありがと~。

アーチをくぐって小道を通り抜けると、そこはもう中世の街並みっぽいいい感じの町だった。

巡礼事務所はちょうどお昼休みで閉まっていた。




私が予約してるアルベルゲは巡礼事務所の真ん前。
どっちみち巡礼事務所より先に来るように言われてたのでまずはアルベルゲへ。

リエさんの分のベッドがあるか念のため聞いてみたけど、もう今日は埋まっているとのこと。
ひとまず部屋に荷物を置かせてもらい、ざっくり建物内を案内してもらってから、巡礼開始の手続きのために巡礼事務所へ戻る。


お昼休みが終わってドアが開くとすでに巡礼者がぞくぞく集まってきていた。
担当の方たちは対応に大忙し。




意外なことに巡礼事務所の受付の人たちでも英語ができるというわけではなかった!
しかし巡礼者のほとんどは非フランス語ユーザー…。
先に手続きをしていた韓国人の親子はフランス語が全く分からないらしく、かなり手間取っていた。

私たちの担当のおじさんも英語できず。
でもフランス語ができない人にもがんばって対応してみようという姿勢がかわいかった。
じゃあ私も渾身のフランス語で頑張ります。


クレデンシャル(巡礼手帳)に出発地点のスタンプをもらい、明日のピレネー越えルートの説明を受ける。
意外にも日本語で書かれた説明用紙もあってびっくり。
韓国語バージョンもあるのかな?日本人よりも明らかに韓国人の方が多いし。

リエさんの寝床を確保しないといけないので、おじさんに相談してみる。
Orissonのアルベルゲに電話してくれたけど、やはりベッドはすでにふさがっている。

次に向かいのアルベルゲに電話してベッドの空きがあるか聞いてくれた。(あ、おじさん、そこは私が泊まるとこで空きがないとすでに聞いてます。)
ということで、St. Jean Pied de Portの公営アルベルゲに決定。
無事に今夜のベッドを確保できたリエさんでした。

右側の建物が公営アルベルゲ。




その後リエさんと2人で町を散策。
初日なんで2人とも盛り上がっちゃって、写真撮りまくり。
「まだ歩き始めてもいないのにこんなに一杯写真撮って、この先どうなるんだろ?メモリー足りなくなるよね」と言いながらも、シャッターを押す手止まらず。

St. Jean Pied de Portは本当に美しい町だった。















リエさん曰く「写真を撮っていたら、汽車に乗ってるお客さんのおじさんがわざわざ眼鏡を取って微笑んでくれた」とか。(笑)




ドアのノックするパーツが手の形。
スペインでもいっぱい見かけたけど、初日なんでリエさんと盛り上がり思わず激写。




丘の上からの眺望もすばらしい。




放牧のヒツジのベルがカランコロン鳴ってる。(これ、ヤギじゃなくてヒツジよね?お土産物屋さんにはヒツジグッズがいっぱいだったし。)




巡礼の道は世界遺産。




フランス国内から出発してSt. Jean Pied de Portに到着した巡礼者は、このサン・ジャック門をくぐって町に入る。
明日は町の出口にあるスペイン門をくぐって巡礼へと旅立つ。




巡礼を象徴するホタテ貝、杖、ひょうたん。




水飲み場もホタテ貝デザイン。




こんなマネキンまで?!




私が泊まったアルベルゲ(L’Esprit du Chemin)の玄関先。





町をぐるりと散策し、明日用の水や果物を購入したり、巡礼の象徴であるホタテ貝を購入。
杖などの巡礼グッズもたくさん売っている。
バスク地方なのでバスクの男性がかぶる黒いベレー帽ほか、バスクのお土産も売っていた。

教会で旅の無事を祈り、明日の準備は整った。
まだ巡礼を始めてもいないのに、リエさんと「きっとまた歩きたくなるよね~」などと語り合う。



私営のアルベルゲ、L’Esprit du Chemin(「カミーノのスピリット」と言った感じ)はとても良かった。

部屋は2段ベッド1台とシングルベッド1台の3人部屋で、各ベッドの上にウェルカムメッセージとキャンディが。








ルームメートは、オランダからはるばる自転車でやってきたアンケと、60歳になる記念にひとりでカミーノを歩く決意を夫に宣言してやってきたアメリカ人のキャシー。

ボランティアで宿を運営するのはオランダ人のウベルタとアルノ夫妻。
あともう一人お手伝いしてた。


宿泊者みんなそろって夕食があり、それぞれ自己紹介と巡礼の目的などを話す。
ウベルタが器用にフランス語と英語で全員の自己紹介を通訳してくれた。

お料理もおいしく、楽しいひととき。



ウベルタとアルノが「日本のカミーノ」に興味を持っているという。
ああ、お遍路のことですね。

「日本のカミーノは何か所あるの?」とか「何キロあるの?」とか「アルベルゲはあるの?」言う質問は、カミーノを通していろんな人に聞かれたことだけど、う~ん、私お遍路やってないから詳しい内容は分からない。
とりあえず「一番有名なのは八十八か所のお寺を回るやつ」ぐらいしか言えない…。ごめん。

宿泊客の中にポーランドから来た一家あり。
マチェイーという若者と彼のフィアンセ、そしてフィアンセの両親。
マチェイーはわりと英語ができる。
お父さんはほとんどできないのに、なぜか必死に私と話をしようとする。


ところでウベルタとアルノにリエさんのことを話したら、「彼女、明日そんな重い荷物を背負ってピレネーを越えるのは絶対に無理だから、荷物の配達サービスを利用した方がいいわ。是非そのことを勧めてあげて」と。
分かった。リエさんのアルベルゲに行って伝えてくる。
「あ、ここは22:00に鍵を閉めるからそれまでに戻ってきてね~」と。

そうだった。
アルベルゲのほとんどは22:00閉門、消灯。
すでに21:30を回っていたので急いで公営アルベルゲまで走る。
外はまだ明るい。

ベッドで寝ているリエさんを発見。
悪いけど、ゆすって起こし、用件を伝えたところ、「他の人にも同じアドバイスをされて、荷物の発送手配しました」とのこと。
ほっ。よかった。
じゃあ明日がんばってねということで別れる。

自分のアルベルゲに戻り、クレデンシャルにスタンプをもらい支払いを済ませる。
あと、アルベルゲからのお土産として2つのものあり。
ひとつは小さなプラスチックのカプセル。(ガチャガチャに入ってるやつ。)
アルベルゲの裏庭的な場所に鉄製のタワーのようなものがあり、中にこのガチャガチャで出てくるカプセルがいっぱいあったので何だろうと思っていたんだけど、ここに何か記念になるものを入れて置いていくそうだ。
中に入れるものはメモでも持ち物の一部でも石でもなんでもいい。

もうひとつのお土産はアルベルゲの名前が印刷された黄色いビニールリボン。
思い出として、重くもないしかさばりもせず、リュックに結ぶと目印にもなる。
同じ宿に泊まった人を発見する目安にもなり、会話がはずむ。

さあ、明日はいよいよ巡礼が始まる。
どんな日々が待っているんだろう。

カミーノにあしあと (移動編)

2010年08月18日 | Weblog
無事にサンティアゴ巡礼の旅を終え帰国しました。
これから旅の記録をぼちぼち綴っていきます。


【移動日】6/24(木) 大阪→Amsterdam→Bordeaux
早朝家を出て、関空へ向かう。
以前は京橋からJRの関空快速に乗っていたが、転居後初めて天下茶屋回りで南海を使ってみることに。(そっちの方が安くて速いみたい。)
リュックの重さは結局9kgぐらいになってしまったのではないだろうか。重い…。

午前6時半の南海天下茶屋駅。
ホームで関空行きの電車を待っていると、隣のホームに到着した電車から降りてきた男性2人がいきなり殴り合いのケンカを始める。
う~ん、さすが天下茶屋。濃いわ~。
この前から住吉大社や新世界へ行くためにこの界隈に慣れておいてよかったわ。
それでも若干治安に警戒しながら電車利用してるのに。(ここは本当に日本ですか?)


関空で朝食。高い…。しかも喫煙OKなお店だった。

売店で携帯電話の海外用充電器を購入。
事前に買っておけばよかったのに持ってなかったので、小さいけど重い変圧器がリュックに入っている。
さて、もはや不要になった変圧器をどこでどうやって捨てようか?


飛行機は定刻通りAmsterdamへ向け出発。
久々の長時間フライトで体力的にとてもきつい。
最近近距離のアジアしか行ってなかったからな~。
隣の席の日本人のおばちゃんに機内のオーディオ操作を教えたり、世間話をしながらなんとか時間をもたせる。
あとはひたすら寝る。(おばちゃんに「若い人は良く寝られていいわね~」と言われる。)
それでも暇だったので、「アリス・イン・ワンダーランド」を観る。


無事にAmsterdam到着したものの、Bordeaux行きの便への乗り継ぎ待ち時間が5時間!
超暇なので、さして大きくもない空港内をウロウロ徘徊。
この段階で絶対に買えないけどお土産物も物色。


オランダらしく、木靴やチューリップがたくさん売られている。






ちょうどワールドカップの時だったので、サッカーグッズの売店も。
良く見るとJAPANもある。





こちら、顔ハメマニアのA先生のためだけに、恥をしのんで写真に収めました





それにしても5時間待ちは長い。
本を買おうかとも思ったけど、これから始まる巡礼のことを考えると荷物を増やすわけにはいかない。
ガイドブックも重いので持ってこず、ちょっとした冊子程度のものしか手元にないけど、それで我慢。
Amsterdamの空港内には、リクライニングチェアーがあるので、そこで横になりしばし仮眠を取る。


ようやくBordeauxに到着したのは、22:00過ぎ。
まだ外は真っ暗ではなく、夕暮れ時だった。
タクシーでSt. Jean駅前のホテルへ向かう。
運転手さんはスキンヘッドだけどとてもフレンドリーな若者。
日本の癖でうっかり車の左側から乗車しようとしてしまい、「あっちから乗って」と言われる。

空港と市内を結ぶ高速道路の風景って、どこの国も大体同じだよね。
ハノイでは以前、牛が横切ったりもしてたけど、今はガードレールでブロックされてたと思う。

駅前はカフェがたくさんあり賑わっていた。
ホテルの入口の前に車をつけられないとのことで、近くに停めて運転手さんが親切にも徒歩で案内してくれた。


ホテルは本当に駅の真ん前だった。
そして、フロントに座っているおじさんは、いきなり英語NGだった。
はぁ~(ため息)、久しぶりのフランスやなあ。

部屋から駅が見える。




明日は7:27の列車に乗らないといけないので、今日はさっさとシャワーを浴びて寝るだけ。
朝食は一応6:00からと聞いてるけど大丈夫かなあ。
駅が目の前とはいえ、乗り遅れたらどうしようと不安を覚えつつ就寝。(乗り遅れても次の列車のチケットを買えば済むことなんだけど。)

明日からはアルベルゲ(巡礼宿)生活になるので、ホテルのアメニティーなど楽しむ。
石鹸は何かの時のためにもらっておこう。(←巡礼開始前からすでに巡礼者らしくケチくさくなっている。)


夜中に英語を話す集団が異常に騒いでいてうるさかった。
どこかの部屋の人が “Please be quiet!” と英語で叫んでいたが、彼らには聞こえちゃあいなかったようだ。
発音からして、騒いでいたのはアメリカ人の集団のような気もしたが、分からない。