ふりかえれば、フランス。

かつて住んでいたフランス。日本とは似ても似つかぬ国ですが、この国を鏡に日本を見ると、あら不思議、いろいろと見えてきます。

フランス発、対岸の火事ではない、ドイツの移民問題。

2010-10-21 19:48:11 | 社会
フランスの人口学者・家族人類学者であるエマニュエル・トッド(Emmanuel Todd)が、「『世界の多様性』(La Diversité du monde)の中で世界の家族制度を分類し、大胆に家族型と社会の関係を示し」(ウィキペディア)ています。その中で、日本とドイツは直系家族(la famille souche)という同じ分類に属しています。その特徴は、「子供のうち一人(一般に長男)は親元に残る。親は子に対し権威的であり、兄弟は不平等である。基本的価値は権威と不平等である。子供の教育に熱心である。女性の地位は比較的高い。秩序と安定を好み、政権交代が少ない。自民族中心主義が見られる」(同)というもの。女性の地位は、以前は「それほど高くない」と記述されていましたが、いつの間にか「比較的高い」に変更されていたようです。オリジナルに即して訂正したのか、時代の変化に伴い修正されたものか・・・

いずれにせよ、ドイツと日本は、家族およびその集合体である社会に似たところがある。従って、参考にできる点も、お互いにあるのではないでしょうか。

そのドイツが、移民問題に悩み、ついには、目指していたドイツの多文化主義は失敗した、と宣言する状態に追い込まれています。一方、日本は今、海外からの旅行客を増やすだけでなく、自国への留学生も増やそうとしています。観光に来て日本に興味を持った、あるいは留学後そのまま日本で就職したい。さまざまな理由で、日本に暮らす外国人も今以上に増えてくることでしょう。外国人とどう共存するのか。ドイツの失敗から学ぶことも多いのではないでしょうか。

ドイツの多文化失敗宣言は、16日、メルケル首相(Angela Merkel)によって出されました。17日の『ル・モンド』(電子版)が伝えています。

ドイツの中央銀行であるドイツ連銀の理事を最近まで務めていたThilo Sarrazin氏が、“L’Allemagne se défait”(仏語訳:「ドイツ、解体す」)というタイトルのパンフレットを発表。イスラム諸国からの移民により、ドイツはぐったり疲弊してしまったとその中で述べて以来、移民に関してドイツの国論が分裂。その分裂状態に、一つの決定を下すがごとく、メルケル首相が、異なる文化をもつ人々が調和を保ちながら共存する社会を目指した「多文化のドイツ」は完全に失敗したと宣言したわけです。

メルケル首相はまた、「ドイツは経験や技能を持った労働者が不足しており、移民に頼らざるを得ないのが現状だが、移民はドイツの文化や価値観を受け入れ、ドイツ社会に溶け込まなければならない。ドイツが必要とするスペシャリストであれば、ドイツの失業者が増えても受け入れるが、ドイツ社会の足を引っ張るような移民は必要としていない」と述べています。

メルケル首相の発言に先立ち、15日には、メルケル首相が党首を務めるキリスト教民主同盟の姉妹政党であるキリスト教社会同盟のゼーホーファー党首(Horst Seehofer)も、「ドイツ固有の文化を守るべきで、多文化には反対する。多文化主義は死んだ」と述べていました。

ただし、政権内で意見が完全に一致しているわけではなく、労働相、文相、経済相らはゼーホーファー氏の発言に与せず、ドイツは労働力が不足しているわけで、しっかりした管理の下、移民に門戸を開くべきだ、と表明しています。

ゼーホーファー氏はさらに遡って10月初旬、「ドイツはもはやトルコやアラブ諸国といった文化を異にする国々からの移民を必要とはしていない。統合することは最終的にほぼ不可能に近いからだ」と述べていますが、この意見について、かつて排斥の対象となったユダヤ人、例えばドイツユダヤ人中央協議会(le Conseil central des juifs d’Allemagne)のクラマー委員長(Stephan Kramer)は、ゼーホーファー氏の意見は、まったく無責任で、移民の統合に関する最近の議論は極端で偽善でヒステリックなものだ、と述べています。

一方、一般国民はというと、世論調査によると、ドイツ国民の過半数がSarrazin氏を支持しています。50%以上のドイツ人がイスラム教徒の存在にうんざりしており、35%以上の人が、外国人移民によってドイツは沈没してしまうと思っている・・・

自民族中心主義だと言われる直系家族社会のドイツでは、移民排斥が一般国民の心の中に忍び込んでいるようです。そうした風潮を感じてか、多文化主義断念を表明する政治家たち。しかし、「旧西独は労働力不足を補うため、1961年からトルコ、ギリシャなどの出稼ぎ労働者を大量に受け入れた。しかし、いずれは帰国するとして、99年に国籍取得条件を緩和するまで積極的な統合政策を怠った」(20日:産経)という過去の経緯があり、「英紙フィナンシャル・タイムズは19日付の社説で『多文化主義は失敗ではない。もっと努力が必要なのだ』と述べ」(同)ているように、移民の統合、そして移民との共存は困難だからと簡単に放棄してしまっていいものではないと思います。

地球は小さな星です。しかし、私たちはこの星から逃げ出すことはまだできません。一方、科学技術の発達で、この星の中なら、ほとんどの所へ簡単に行けるようになりました。人々の移動は容易になりました。この移動の自由は抑えつけることはできません。しかし、この自由な往来の結果として、宗教、価値観など、文化の異なる人同士が隣り合わせで暮らすようになってきました。いかに、一緒に暮らしていくのか。逃げることのできない課題です。人類全体に課された課題とも言えます。ドイツと同じ直径家族社会に暮らす私たち日本人。日常生活で近隣に住む外国人と接する機会も多くなってきました。違いを認めたうえで、共存するのか。外国人は日本の文化を受け入れ完全に融合すべきなのか・・・自民族中心主義による外国人排斥に向かいやすい傾向があるだけに、逃げずに、しかも移民が国内問題になる前にしっかりと考えておきたいものです。
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