飛騨さるぼぼ湧水

飛騨の山奥から発信しています。少々目が悪い山猿かな?

3・5次元の未来世界 (その 5 ) 輪廻転生とハイヤーセルフ

2020-05-28 23:37:30 | エッセイの部屋

ある日、突然、姪から電話があった。
「おじさん、亡くなったお爺ちゃんのバイオリンって、まだ家にある?」
「えっ?何で?確か、二階の開かずの部屋にあるかも?」
訳を聞けば、三歳の息子に、絶対音感の育つ間にバイオリンを習わせたいとの事だった。
「そうすると、将来はバイオリンニストか?」
と結局、私も夢か罠?に乗せられて、子供用バイオリン代に三万円援助する事になった。
そんな頃、ある人の講演を聞いていて、なーんだ、そう言う事なのか!と腑に落ちた。
その講演内容とは、次の通りだった。
「幼い子供が習い始めたバイオリン等で天才的な才能を発揮するのは、その子がバイオリンニストの生まれ代わりだからだ。
前世でずっとバイオリンばかり弾いていたから、ちょっと習えば、すぐに才能を発揮できるようになる。
ふつうの子供が幼い頃から始めたとしても、そうなるのは無理な話だ」
案の定、その後、電話のついでに、
「そう言えば、未来のバイオリンニストはどうなった?と聞いた。
すると、「えっ、そんな事あったっけ?いつの話をしてるの?」とけんもほろろ?の返事だった。
上記の講演の話には続きがある。
「九十祭近くになって中国語を勉強し始めた老人がいた。
もう遅いよ!どうして今頃になって?と聞くと、来世のために、暇な今の内に勉強しておくのだ!との事だった」
以上が講演内容である。
余談であるが、子供は早く習わせても無駄だ!と誤解されてはいけないので述べておく。
それは、「一万時間の法則」と言う有名な法則である。
人間は稽古事の楽器やスポーツも何事も一万時間練習すると、誰でも一流選手のレベルに達する事ができると言うものだ。
なので、既に始めたバイオリンもピアノもサッカーも、あきらめないようにしてほしい。
しかし、一万時間と言えば、一日十時間でも三年近くかかる。
なので、よほど好きとか、楽しくないと続けられないのではと思うが・・・
さて、話は変わって、
私は四十二歳の時に、突然、視覚障碍者になった。
ブラジルの農場で国際会議の準備をしていた時の事だった。
会議終了後、第一線から退き帰国して検査入院した。
そして、その後は岐阜の山奥の自然農法の塾へ移った。
そこで静養し通院しながら若い人達の育成に講師や現場指導者として取り組んだ。
私は、ある宗教を信じて実践していたから、徐々に視覚障害も治るものと思っていた。
それは病貧争を解決する教えで、事実、多くの人達の病気が治っていた。
しかし、私の場合は、月日が過ぎても視力や体調が全く回復しなかった。
なぜだろう?よほど霊の曇りがあるのか?前世の罪なのか、それとも家系の悪因縁なのか?いろいろ考えた。
いっこうに治る兆しもないので、とうとう自分も周囲の人達も、もう回復を期待しなくなった。
やがて2000年に、飛騨の自宅に帰り、文字通り手さぐり?で自然農法の実践は続けた。
また音声ソフトでパソコンを始め、ネットで視覚障碍者用のサビエ図書館の本を読むようになった。
そこで、仏教や他宗教のいろいろな著者の本も読み漁った。
どうして私はこんな障害者になったのか?また、どうして治らないのか?
この事についてはっきり知りたかったのだろう。
すると、ある日、障害者について、目から鱗が落ちるような衝撃的な話を聞いた。
それが、冒頭の講演者の話だ。
それは、当時、納税額が日本一の斉藤一人氏の話だった。
「人間は魂を向上させるためにこの世に何度も生まれてくる。
そして、生まれる前に、天界で、今回の人生ではどんな学びをするのかを神様や守護霊達と話し合って決める。
そして、自分の力より少しだけ高いハードルの課題を設定して生まれてくるので、すべての人生上の困難も自分の力で乗り越えられるはずである。
障碍者と言う課題は、人生上の最も苛酷な課題で、魂の向上のための最終段階の課題である。
なので、その境遇に生まれてくる人達の魂は、その境遇にも耐えられる神に近い素晴らしい魂の人達である」
と言う事だった。
なんだ、そう言う事だったのか。知らなかった。
と本当に目から鱗が落ちた感じだった。
すると、私は、今回の人生では、視覚障害と言う困難な課題を通して学ぶべき事がたくさんあるのか?
だとすれば、視力を治してください!と神様に頼んで、そのための努力をしても、それは的外れな事だったと言うことになる。
それよりも視覚障害と言う境遇を受け入れ、何を学ぶべきかに取り組むべきだ。
と思うようになった。
すると、私は自分の持っている潜在的な欠点も見えてきた。
ああ、この点だな、私が今回、学ばなければならない事は、と思い当たる事がいくつも出てきた。
また、他にも斉藤氏の話で、目から鱗が落ちた事があった。
私の中学校の時の同級生で、頭も気だても良い素晴らしい女性がいた。
しかし、彼女は、離婚して再婚後に生まれた子がダウン症だった。
その話を初めて聞いた時私は、あんなに素晴らしい彼女も不幸な運命の持ち主だったんだな等と、かわいそうに思った。
しかし、上記の講演の話のつづきで、
「障碍者として苛酷な運命に生まれる魂は、そんな状況でもめげる事なく愛情をかけて育ててくれる包容力や忍耐力の大きな人を母親として選んで生まれてくる。
なので障碍者の母親となる人達は、素晴らしい魂の持ち主ばかりだ」
との斉藤氏の話を聞いて、自分の考え方が間違っていた事を知った。
やはり、彼女は魂的には素晴らしい人だったんだと腑に落ちた。
それもこれも、私が障碍者になったからこそ、気づく事ができたのだと思った。
もし、障碍者にならなければ、私はそれまでの人生はかなり順調に行っていたから、今頃は他人にも厳しい自称成功者の1人のつもりだったかも知れない。
この「人間は魂の向上のためにこの世に生まれてくる」
と言う事は、それまでにも「人生は修行の場である」との教えで知ってはいた。
が、自分にとって、こんなに重要な事だとは思っていなかった。

そこで、前回の高次元世界の話では、次の通りだった。

六次元 光明界、高級霊界、天使候補生、ハイヤーセルフ

五次元 天国、善人界、魂の喜び悩み不安がなく思う事実現

四次元 聖霊界、準天国、地上圏霊界、魂霊の世界、輪廻転生する霊界

三次元 縦横高さ空間時間、物質界、肉体、五感私達が使命を持って生まれてきたこの地上世界

この中で、私はハイヤーセルフと言う言葉を初めて目にした。
エスピリチュアルの分野ではよく使われる言葉のようなので、早速調べてみる事にした。
その結果、次の通りだった。

ハイヤーセルフとは、高次元世界のもう一人の自分自身

ハイヤーセルフとは、自分の魂の高次元世界でのもう一人の自分のことを指す。
日常生活で自分が誇らしかったり嫌になったりするが、それは、自分の中の魂の高次元の部分が強く出ているか、エゴが強く出ているかの差である。
ハイヤーセルフは、魂、つまりは自分自身の学びのために、この地上に降り立つ前に今生で何をするかを決定している存在である。
そして、自分で決めた役目を全うするために、人生上でいろいろな出来事を設定したり、進む方向が間違っている時は修正させたりする。
ハイヤーセルフは、輪廻転生しても変わらない自分の魂そのものである。
そもそも、輪廻転生というものは、より高次の魂になるための学びのために、様々な時代や環境、肉体条件のもとに生まれ変わって、三次元で様々な体験をしている。
魂の進化のために、ハイヤーセルフは今の肉体を選んで生まれてきたので、この肉体の自分でなければならない必要性がある。
そしてハイヤーセルフとつながると何事もうまく行くようになる。
また、目の前で起こっている嫌な事もハイヤーセルフが魂の成長のためにセッティングしたものなのと受け止めて、学ぶべき事を学べば、嘘のようにうまく片付く。
直感は、ハイヤーセルフからのメッセージ
ハイヤーセルフはその人が幸せになるために、直感という形でメッセージを送り続けてくれる。
しかし、その声は小さくて、忙しい日常生活では、それを聞き逃してしまう。
なので、毎日一回は深呼吸をして三分でも心を落ち着ける時間を取るとよい。
ハイヤーセルフとよく混同するのが、守護霊とガイドの存在である。
ハイヤーセルフが自分自身であり、輪廻転生しても変わらない存在であることに対し、守護霊とガイドは自分以外の存在である。
守護霊は、生まれた時から守ってくれている存在で、生涯変わらない。
そして、過去生でご縁のあった存在である事が多い。
一方、ガイド(指導霊さま)は、自分が高い目的を持った時にサポートしてくれる存在で、必要に応じて交代されることもある。
いずれにしても、自分自身を守り、導いてくれる大切な存在なので、一日に一回、声に出して感謝を伝えると良い関係になる。
今、自分を取り巻いている3次元のものはすべて神様からの借り物で、本当の自分自身は魂そのものである。
なので自分の髪質が気に入らないとか、顔立ちが好きじゃないとか、もっと背が高くならないのか等の悩みは、すべて私自身や私の責任でなく、すべてハイヤーセルフが選んでくれた衣装や設定なのだ!と考えれば割り切る事ができる。
そうすれば、ありのままの自分を受け入れる事になり、生きる事が楽になる。
そして、自分に起こることは、すべてハイヤーセルフが意図した学びの場なのだと考えられるようになり、よりハイヤーセルフと深くつながる事ができ、魂のレベル向上につながる。
人は、魂の年齢がまだ生まれて間もなかったり、子供時代だったりすると低い次元の波動を持っている。
それぞれの魂は、より高次元の存在になるために、肉体をまとって地球上に降りてきていて、さまざまなことを体験することにより、一生懸命に学んでいる存在だと考えれば、皆いとおしい存在と思える。
(以上、参照、セレンディピティより)

(つづく)

いよいよ里芋植えか? 植田の飛騨!

2020-05-26 17:58:58 | 俳句日記の部屋

匂い立つ 清き乙女や 山つつじ  湧水

散歩山 入り口祝う つつじ花  湧水

うぐいすの 声遠くなり つつじ風  湧水

つつじ香 山の奥より うぐいす声  湧水

初夏の山 小鳥に呼ばれ 休憩かな  湧水

淋しさを 埋めるがごとく 山つつじ  湧水

コロナ渦の 元気を削ぎし むし暑さ  湧水

二十分と 限ってうち入る 夏草取り  湧水

三十分 夏草取れば 三日休み  湧水

夏草を ひきて昼寝の 起きられず  湧水

気が乗りし 時だけ向う 夏畑  湧水

久々の 通院済めば 青葉風  湧水

コロナ渦も 越えし峠や 青葉風  湧水

枯れてよし! 放置しシンピ 花咲かす  湧水 シンピジウム鉢

川柳

体調と やる気と涼しさ 揃う日なし  なのでなかなか畑へ行けない?

迷いおれば 来たりし知人 里芋植え  と言う訳で、里芋を植える事にした

放ったらかし 雨に花咲く 神秘ジウム  これで二度目、花の咲かし方が分かった!

西瓜苗 迷うその値の 高さかな  四百円、スーパーで買って食べる方が安いかも?


(続)連載小説 「幸福の木」 その244話 暴かれた長老の過去?

2020-05-24 23:59:51 | 小説の部屋

ハイハイハイハーイ、おまたせ、飛騨の小路 小湧水でーす、いやいや遅くなってしまいました、えっ、アッシじゃないですよ、ウチの先生の原稿がです、もうまもなく0時、アッシも今日中に終わりたいと思っていたんですが、もう誤字や脱字があるかも知れませんが、すっ飛ばします。
そうそう、まもなくコロナ休みも解禁になりそうで、何よりです。
はい、てな訳?で、早速、小説に参りたいと思います。
はいでは、始まり、始まり!

244 暴かれた長老の過去?

「おーい、ハナ、早く帰って来ーい!」
聞き慣れた太郎の声は、ハナの耳に残っていた。
ハナの心は、自分でも驚くほどどんどん変わって行った。
太郎の声を聞いた時、初めは嬉しくて涙が溢れてきた。
しかし、いろいろ思い出して懐かしさが満たされてくると、次第にうるさく思えてきた。
「さあ、娘よ、どうするんじゃ?このまま洞窟へ帰るか、それともワシと一緒に遠い未来を見に行くか、どちらじゃ?」
大婆は、相変わらずストレートに聞いてきた。
その時に、またハナの耳に太郎の声が響いた。
「こらー、ハナ、早く帰って来ーい、何してるんだ?」
初めと違って、ずいぶん乱暴な口調だった。
その言葉を聞くと、ハナはムッとして決断した。
「大婆さん、私はすぐには帰りません。大婆さんと一緒に未来へ行きます」
ホームシックとか、里心とかが湧いて迷っているかと思っていた大婆には、思いがけない答えだった。
「よーし、それなら決まりじゃ、帰るのをもう一日延ばして未来を覗きに行こう、垣間見るだけじゃから、それで十分じゃろう」
大婆は、すっきりと機嫌よく答えた。
「はい、大婆さん、そうします」
ハナも、もう心が決まった。
大婆とハナがにっこりと笑顔で向き合っていると、また嫌な声がした。
「おーい、こらー、ハナ、聞こえるかー?早く、帰って来ーい!カンカンカン」
何かを打ち鳴らすような物音に、大婆もハナも訝しんだ。
「っつたく!うるさい奴等じゃ、放っておけばあきらめると思ったが、・・・実にしつこい奴等じゃ、何とかしなきゃ?」
大婆は、苦虫を噛み潰したような顔になった。
一方、地上の洞窟では、こんな事が起こっていた。
皆は、竹の子と岩魚と山菜と山芋の縄文パエリアのような夕食をたらふく食べ終えた。
そして、一休みした後、太郎が言った。
「おい、やっぱりまだハナは目ざめないぞ、こんな美味しそうな臭いにも目覚めないなんて、やっぱり肉体の中は空だ。さあ、皆でハナを呼びもどそうぜ」
太郎のかけ声に、皆は寝ているハナの傍に集まった。
「おーい、ハナー、聞こえるかーい?早く帰って来ーい!」
太郎の呼び声に続いて、皆もハナを呼んだ。
「ハナちゃん、早く帰って来てー!」
「ハナさーん、待ってるよ、早く帰って来てー、ワンワンワン」
ゴクウやケンまでが、寝ているハナに向って呼び続けた。
しかし、寝ているハナは、何の反応もしなかった。
そのうち、皆は疲れて飽きてきた。
「おい、ハナナよ、本当に天にいるハナに聞こえているのかい?全く返事も反応も無いじゃないか?」
初めは張り切っていた太郎も、少し拍子抜けしてきた。
「ああ、確かにあたいには皆の声が聞こえたわ、一度だけだったけど・・」
ハナナが思い出しながら答えた。
「えっ、一度だけだって?そんなはずはないだろ?お前の時も皆で何度も呼んだはずだ」
「でも、大婆さんとの話に夢中になっていると、気づかないのよ。声が聞こえるって言っても、心に届く声だから、近くで呼ぶような声じゃないから」
ハナナが、そう答えると、太郎がまた発案した。
「えっ、そうなのかい?それじゃ、もっと大声で、しかもここのハナの耳元に向かって呼ぶ方がいいんじゃないかな?なあ、そうだろ?経験豊富な長老さんよ?」
急に言われて長老は慌てた。
「えっ、ああ、そうじゃな、その方が音も大きくなっていいかも知れないな。あっ、そうじゃ!何か大きな音の出る物を叩いたらいいんじゃないかな?」
「えっ、音の出る物?それなら、外で何か探して来るか、いや、もう外はまっ暗だ、あっ、そうだ、焚き木に集めた太い竹がある、これを木で叩けば大きな音が出るぞ」
と太郎が乾いた太い竹を持ってくると、タタロもまねて乾いた丸太を探してきた。
長老も二本の短い木を持ってきて、拍子のように打って音を出した。
「おお、皆なかなかやるな!いいぞ、いいぞ、これだけの音を鳴らせばハナにもうるさいほど聞こえるだろう、さあ、やるぞ!」
太郎のかけ声に、皆はそれぞれ音を打ち鳴らした。
「ドンドン、カンカン、おーい、ハナー、ドンドン、カンカン、早く、帰って、ドンドンカンカン、来ーい!ドンドン、カンカン」
やり始めると、皆は面白くなって大笑いした。
そして、まるでサンバや踊りの音楽のように楽しく嬉しくなってきた。
最後には、久々の祭のような大騒ぎになってしまった。
ハナナは、あまり気乗りがしなかったが、かと言って止める理由も見つからなかった。
「ドンドンカンカン、ドンドンカンカン、ドンドンカンカン!」
皆は、天にいるハナや大婆に届くようにと大騒ぎしているので、その音は寝ているハナの耳を通して天上へ伝わった。
さて、その天井では、
大婆やハナの耳に、その声や音が鳴り続けていた。
「っつたく!何てうるさい奴等じゃ、まるで雨乞いじゃ」
大婆は、ますます機嫌が悪くなっていった。
「あの、大婆さん、私が一度洞窟にもどって、皆に静かにするように言って来ましょうか?」
ハナが言うと、大婆は首を横に振った。
「いや、娘よ、それはまずい、今、お前が帰れば、もうここへはもどって来れないじゃろう」
「えっ、いえ、私はすぐにでも戻るつもりです」
「いやいや、娘よ、それは無理じゃ、皆の願いにお前の心も変わってしまうからじゃ、まあ、それがお前達のいい点なんじゃが・・」
大婆は、少し褒めているようなので、ハナは嬉しかった。
その時、さらに大きな声が聞こえてきた。
「ドンドンカンカン、ハナよ、帰って来ーい、大婆さんが止めていても、帰って来ーい、ドンドンカンカン!」
その言葉に大婆の顔色が変わった。
「えっ、何?ワシが止めているって?誰じゃ?そんな事を言っているのは?この声は、ひょっとして・・」
大婆がハナに聞いた。
「ドンドンカンカン、大婆よ、ハナを解放せよ、ハナを返せ、ドンドンカンカン」
その声は、明らかに長老と太郎の声だった。
洞窟内では、長老が自分の造った酒をこっそり飲んでいたが、機嫌が良くなって、太郎やタタロにも振舞った。
ハナナやゴクウが止めたが、太郎達は聞き入れずどんどん飲んで酔っ払ってドンチャン騒ぎ状態になってしまった。
「ドンドンカンカン、大婆よ、ハナを返せ、魔法使い婆よ、早くハナを返せ、ハッハッハー!」
それを聞いたハナは震え上がった。
案の定、大婆の顔色は真っ青から真っ赤になり、とうとう堪忍袋の緒が切れた。
「娘よ、ワシはたった今、行ってくる、すぐもどるから」
と言うと、突然、大婆の姿が消えた。
「えっ?」あっと言う間だった。
あまりの素早さに、大婆の怒りの大きさを感じ、ハナは震え上がった。
さて、洞窟では、そんな状況も知らずに、長老や太郎達は、相変わらずドンチャン騒ぎを続けていた。
光速より速くワープ移動した大婆は、洞窟の天井付近で、しばらく皆の様子を観察していた。
ハナナとゴクウとケンは、ただならぬ気配を感じて静かに見守っていた。
「ドンドンカンカン、返せ、返せ、ドンドンカンカン、魔法婆よ、鬼婆よ、ドンドンカンカン、ハナを返せ、早く返せ、ドンドンカンカン、ハッハッハー」
長老も太郎もタタロも、大婆が見ている事も知らず、酔っぱらって真っ赤な顔で大笑いしていた。
「おのれ、長老め!」
鬼のような形相になった大婆は、すぐに寝ているハナの肉体の中に入った。
そして、全身に神経が行き渡ると、ムズムズと手足を動かした。
「あっ、ハナちゃんが帰ってきた!」
真っ先に気づいたのは、傍のハナナだった。
「あっ、本当だ!」
ゴクウとケンも驚いて傍に寄った。
太郎達は、相変わらず竹や木株や木拍子を叩いて大声を上げて楽しそうに大笑いしていた。
もう久々の鬱憤晴らしと言う感じで、ハナの変化などは、もうどうでも良かった。
大婆がハナの肉体に入ってから形相が見る見る変わっていった。
「ハナちゃん、大丈夫?疲れたでしょう?」
と優しく肩を起こそうとしたハナナは、ハナの顔の変化に気づいた。
そして、パチッと開いた目を見た時、
「あっ、大婆さんだ!ハナちゃんじゃないわ、大婆さんだわ」
慌てたハナナは、肩を起こそうとしていた手を止めた。
「フン、お前も元気そうじゃ、それにしても、全くあきれた奴等じゃ・・」
と大婆は、はななの手を払って、自力で上半身を起こした。
そして、怒った眼差しで太郎達を見ていたかと思うと、ハナナやゴクウが見守る中、粛然として立ち上がった。
さらに、ドンチャン騒ぎの太郎達をにらみつけていた。
その姿に、太郎達もようやく気づいて、叩く手を止めた。
「えっ?ハナ?」
洞窟内は、突然、水を打ったように静まり、緊張が走った。
「これ、男達よ、何の馬鹿騒ぎじゃ?恥ずかしくないのか?お前達は何をしているのじゃ?」
ハナの顔は、大婆の怒りの顔だった。
それに、声も大婆の怒りの声だった。
「えっ?ハナ?ハナじゃないのか?えっ、いったいどうなっているんだ?」
太郎が途方に暮れ、思わず長老に聞いた。
「えっ?・・ひょっ、ひょっとして?」
長老も言葉につまった。
「これ、長老よ、久しぶりじゃ、分かるか?大婆じゃ」
「・・・?」
長老は、誰か分からない様子だった。
「ああ、もうかれこれ何十年にもなる、お前が若い頃に世話した大婆じゃ」
「えっ、もっ、もしかしたら?」
長老は驚いた。
「そうじゃ、お前が死にかけていた頃、天界で世話した大婆じゃ、もっともその頃は若い姿じゃったが・・」
「・・ひょっとして?」
長老は少し思い出したようだった。
「そうじゃ、遠い昔の事なので、おそらくお前は夢だったのだろうと忘れてしまっているじゃろうが、夢ではなかったのじゃ」
「もっ、もしかして?」
「そうじゃ、お前の魂が天界にいた時に、長居し過ぎて地上の肉体が腐ってしまったのじゃ。それで、ワシが慌てて神様に頼んで、今の肉体を使わせてもらえるように必死に頼んだのじゃ。ずいぶん骨の折れる世話じゃった」
その話を聞いて、ハナナが思わず聞いた。
「えっ、大婆ちゃん、前に聞いた、天に長居し過ぎて帰れなくなってしまった人って長老さんの事だったの?」
「そうじゃ、帰れなくなっておいおい泣き出してしまって、ワシも困ってしまったんじゃ」
すると皆が長老を見た。
「でも、長老さんは、今はこうして元気に生きているけど、どうして?どうなったの?」
すると大婆が面倒臭そうな顔で答えた。
「まあ昔の事で、本人もすっかり忘れてしまっているような顔じゃが、いろいろ苦労したんじゃ。最終的には神様にお願いをして、無理な事を聞き入れてもらったんじゃ」

「えっ、無理な事って?もしかして肉体を元にもどしてもらったとか?」
ハナナが聞いた。
「いや、そんな天地の立法に反する事はできない。その頃、若い村長がたまたま重い病気で死にかけていたんじゃ。そして、村人達が早く治るように祈っていたんじゃ。その村長はもう寿命で死ぬ事が分かっていたんで、その肉体を借りる事ができるように、神様にお願いして特別に許してもらったんじゃ」
「えっ、それじゃ、その村長さんとして生きる事になったの?でも、その村長さんには恋人か奥さんがいたんでしょ?また家族もいたんでしょ?その人達には別人だと分かるでしょ?」
「そうそう、それで、いろいろ考えて、病気の高熱で頭が少しおかしくなったと言う事にしたのじゃ。有り得る事じゃ。
元々、若くして村長になったくらいだからずいぶん賢い人だったんじゃけど、病で愚かになってしまったと言う事にしたんじゃ。
そうすると、頭の程度がこの長老とうまく合う事になったんじゃ。
いやいや、実にうまく解決がついたと言う訳じゃ」
と大婆は、自分の采配のうまさを自慢した。
「・・・・」
話を聞いていた皆は沈黙していた。
「まあ、何はともかく、死ぬ寸前の村長が生き返っった事で村人達や家族は大喜びで、この長老も再び地上にもどる事ができて大喜びで、万事うまく行ったと言う訳じゃ」
とハナの口を借りた大婆の声の話が終わった。
すると、興奮した様子で太郎が言い出した。
「ああ、それで、俺も納得がいった。今まで、どうしてこんな変な人が村の長老なんかになれたんか不思議だったんだ。ふつう長老って賢くて落ち着いていて威厳があるのに、この長老は全く反対だから、どうしてかな?ってずっと疑問だったんだ、ああ、ようやく、その訳が分かった、ハッハッハー」
と太郎が大笑いした。
すると、大婆も笑いながら、付け加えた。
「しかし、恋人や家族には、やはり別人と思われて別れてしまったようじゃが、それは仕方ない事じゃ、信頼を得るための本人の努力が足りなかったんじゃからな、ホホホホホ」
「おい、長老よ、そう言う事だったのかい、おい、黙ってないで何とか言ったらどうだ?」
と太郎が、まるで友達のように長老の肩を叩いた。
長老は忘れかけていた昔の事が改めてはっきりして、有難かったのだけど、太郎や皆の前で愚かさが暴露されてしまって恥ずかしくて何も言えなかった。
「ハナちゃんの中の大婆さん、話過ぎて喉が乾いたでしょう、ちょっとお酒臭いかも知れないけど、水はいかがですか?」
とハナナが差し出すと、大婆は一気に飲み干した。
「ああ、久しぶりに美味しい地上の水じゃった、これで一息ついた・・・そうそう、ワシはこんな長老の昔話をするためにここへ来た訳じゃない。大事な話を忘れるところじゃった、っつたく!」
とハナの中の大婆は長老をにらんだ。
長老は、さらに小さくなった。

(つづく)

ハイハイハイハーイ、いやいや、今日は長老さんのひとり舞台でした。
やはり長生きする人は、いろいろな人生が重なっているもんですね、はい、急ぎますので、これで。
はい、では、またのお運びを願いまして、バイバイバババーイです!


3・5次元の未来世界 (その 4 ) 三次元地上界と高次元世界

2020-05-21 23:59:28 | エッセイの部屋

二次元、三次元、四次元について、ちょっと気づいた事があるので、冒頭で述べておこうと思う。
二次元平面は三次元世界に含まれるので、三次元に住む人が二次元世界を描くのは簡単である。
アニメや絵本がそうである。
逆に三次元世界を二次元平面に描くのは難しい。
そこで、画家達が工夫して遠近法や透視方と言う表現方法を考え出した。
しかし、近年有名なピカソが独自に三次元を二次元で表す方法を考え出した。
ひとりの女性の顔を描く時に、正面から見た顔に、横から見た鼻や目や口を描いた。
これがキュピズムと呼ばれる表現方法で、今まで見た事もないインパクトの強い変な顔になった。
また、日本では、四次元世界で働かれる仏様達の姿を三次元立体像に表そうと工夫した。
そうして出来上がった代表的な像のひとつが、十一面観音像である。
四次元世界での様々な働きを表すために、頭上に小さな顔が十一も付いている。
また千手観音の千手も、四次元世界での働きを三次元仏像で表したものだろう。
さて、本題に入る。
前回では地上界とその上の四次元の霊界や五次元の天国界について述べた。
私達は平面の二次元や立体の三次元は目で見て理解できるが、四次元や五次元は、想像するしかない。
しかし、三次元に住む私達が二次元のアニメ画を見るように、ひとつ下の次元を見る事は、すべての次元についても共通点がありそうだから、それを参考に想像してみよう。
四次元から見れば、私達三次元世界は上記の一枚の紙切れや膜のうようなもので、本のように何枚でも重ねられる。
そして、その一枚の紙切れを覗き込むと、不思議な事に宇宙と言う立体空間が無限に広がっているのである。
それならば、多次元の宇宙全体を想像する場合、無数の紙切れが重なった本のような物と思うより、オタマジャクシのカエルの卵がたくさん集まって大きな球となっていると言うイメージの方が適当かも知れない。
つまり、大きな四次元の球の中に、小さなカエルの卵のような三次元世界がたくさん集まって、くっ付き合っていると言うイメージである。
三次元の小さな卵世界の中のおたまじゃくしは隣の卵へは移動できないし、隣に卵が有る事すら知らない。
しかし、卵の外の四次元に住む者は、卵全体を見渡し、どの卵の中にも行き来できる。
このような一匹のカエルが産んだ、無数の小さな卵を包んだ大きな球のような袋も、よくよく見ると隣り合っていくつも並んでいた。
なぜなら、小さな池にたくさんのカエル達がやってきて、込み合いながらそれぞれ卵を産み付けたからだ。
この全体の様子は、小さな卵の中のオタマジャクシ達や、その外側の大きな球の袋の中にいる者達には分からない。
その大きな球の袋の外にいる者、すなわち池と言う大きな世界に住む者達にして初めて分かる事である。
ちなみに、この場合、池が五次元世界、球の袋が四次元世界、卵の中が三次元世界と言う例えになる。
このように同じような形が繰り返されて大きくなっていく構造、例えば箱の中の箱のような「入れ子」構造もそうであるが、これ等を「フラクタル構造」または相似象と言う。
多分、宇宙全体も、このフラクタル構造になっているものと思われる。
さて、ここで重大な事に気づいた。
それは、今まで述べてきた上記の「池のカエルの卵」的な宇宙全体構造のイメージは、正確にはちょっと正しくない事に気づいた。
それは、誰もが分かりやすい百パーセント三次元的な発想に基づいているからである。
三次元的発想と言うのは物質的な発想の事である。
その物質的発想と言うのは、元を辿ると、同じ場所に二個以上の物が存在できないと言う発想である。
前に述べたように、すべての物質は粒子性と波動性を持っている。
私達が感じる「物質的」と言うのは、即ち粒子的と言う事で、粒子は同じ場所には一個しか存在できない。
私達が、物を手で触れて何かある!と感じるのも、光が反射して物が見えるのも、同じ場所に一個しか存在できず、ての指の原子や光をはね返すからである。
ところが、波動は同じ場所に何波でも同時に存在できる。
そして、物質も、全体象でなく、その構成物質である微小な素粒子や量子にまで目を向ければ、すべて波動なのである。
要するに、今までは、同じ場所に一個の粒子しか存在できないと言う、三次元物質的に考えたために、三次元世界をカエルの卵のように多数集まった姿として考えた。
しかし、粒子でなく波動と考えれば、同じ場所に無数の卵が同時に存在できるのである。
つまり、一個分の空間さえ有れば、皆が重なり合って存在でき、たくさんの卵を並べる空間は必要ないのである。
この「一個分の空間」、実は、それが、私達が望遠鏡で覗き見る事ができる、三次元の広大な大宇宙の姿である。
その「一個分」の空間に、皆、即ち、四次元世界も五次元世界もそれ以上の多次元世界も重なり合って同時に存在できる訳である。
繰り返しになるが、この地上界を含む三次元宇宙には、四次元も五次元も、その上の次元も混然一体となって存在していると言う訳である。
三次元四次元五次元と次元が高くなるにつれて、その世界を構成する微量氏の振動数や波動が高くなる事は前回で述べた。
振動数や波動が高くなると言う事は、エネルギーが高くなると言う事で、言わば光の輝きが増し、光がより強くなると言う事である。
なので、次元の下の者が、上のより高い次元の世界を見る時は、眩しく感じるそうである。
それに、三次元以外の四次元以上の世界は、住む人々は三次元ほど自由奔放で上下善悪清濁混然でないようだ。
そして、自分の振動数や波動を越えた場所への自由な移動はできず、順序や礼節が厳しいそうである。
三次元は肉体や物質的な制限があるだけで、それ以外は特別に自由な世界であるらしい。
なので、恐ろしい殺人や自殺なども、今も世界中で数えきれないほど行われている。
ここで、波動は同じ場所に多数が同時に存在できると言う事を、例を上げて、もう一度考えてみよう。
私は飛騨の木造民家の二階に住んでいるが、この部屋の中を無数の見えない電波が混然一体となって通り抜けている。
船舶航空無線、アマチュア無線、am、fmラジオ、テレビ、衛星電話、レーダー、室内電化製品の電波、各種宇宙線雷等々。
さらに、既に述べた数百兆個のニュートリノ、他にもさらに感知しにくい未知の様々な微細な霊的な量子?等々。
それ等は、部屋の中に同時に存在しているが、私は何も感じないので、何も無いと思って呑気に過ごしている。
しかし、もしどれかの受信機があれば、その電波を受信して聞いたり見たり話し合ったりして楽しむ事ができる。
また、振動数の超高い四次元五次元波動を察知できる能力があれば、そうした高次元からの発信を受け取る事もできるかも知れない。

もう一つの例は、大都市の地下街やホテルの大きな喫茶店である。
そこへ1人の生ねんが入ったとする。
店内の多数のテーブル席には大勢の客達が賑やかに話し合っている。
席に着くまで、また注文したコーヒーが来るまで、彼が周りを見渡すといろいろな客が見える
また見られた客達も、逆に彼を見る。
青年は同じ年頃の娘や綺麗な女性やその相手の紳士等に目が向き、他にはめもくれない。
しかし、もしその青年が空手や格闘技を習っていたら、客の中の強そうな男性に目が向き、女性達には目もくれない。
また、もし青年でなくお年寄りだったら、同じようなお年寄りに目が向く。
このように多様な人々が混然としている場所にいると、自分の波長に合う人だけに心や目が向くのである。
この「波長」こそ、四次元的な想念の精神世界である。
または、重なり合って存在している、前述の小さな「カエルの卵」的な世界かも知れない?
ちなみに、百パーセント三次元物質世界の構成要素は、この場合は喫茶店と言う空間と、客の何十人の男女の人間と言う事になる。

(つづく)

青々と夏草 「小満」の飛騨

2020-05-18 16:34:53 | 俳句日記の部屋

小満の 草、青々と 飛騨路かな  湧水

庭隅も みな埋め尽くし 草青き  湧水

野や山に 草青々と 田に早苗  湧水

主(あるじ)なき 庭のごとくに 「小満」草  湧水

うぐいすの 声無き山や 汗休み  湧水

太声の 来しこと告ぐる 夏鳥かな  湧水

来る夏を 想えば涼し 五月山  湧水

湿潤の 涼しき山路 雨近き  湧水

書き終えし 作家の気分 五月(さつき)雨  湧水

世界中の 人々想う 夏山中  湧水

五月山 膝をさすりて 長居かな  湧水

虫も蚊も 出ぬ五月の 飛騨の山  湧水

脂肪へり 細身のわが身の 五月かな  湧水

川柳

ネズミとて 命とりなる慢心かな  とうとう粘着シートにかかった!

猫ごとく 声の大なる 窮鼠かな  声が大きいので猫かと思った

音楽を 時間の浪費と 想いきし  で、今頃から音楽って、もう遅いかな?

気分も ぼやきもまるで 売れ作家  ただ原稿料と秘書が無いだけ?

皆山々で 散歩をすれば コロナ列島  都会から1人乗りカーで来たら?