NHKもぎたてラジオ便「北海道(もり)物語」 1月16日 の 原稿より
1、黒松内ぶなの森自然学校について
黒松内は札幌から車で2時間半ほど、渡島半島の付け根、道南の入り口に位置しています。「北限のブナの町」として町づくりが進められ、その流れの中で、ぶなの森自然学校は1999年に元小学校だった校舎を利用して開校されました。都市と農山漁村との交流事業やブナ林のガイド、子ども達への自然体験活動を展開しています。田舎の素敵な面をたくさん都会の人に知って欲しい、大げさに言えば、田舎の社会的価値を高めたいと考え、活動しています。
2、森の活動
黒松内といえば、天然記念物であり、北海道遺産の指定も受けた「歌才ぶな林」が有名ですが、町内にはまだまだ素敵な森があります。例えば、私達は森林管理所にご紹介を頂きながら、国有林の利用もさせて頂いています。自然学校のすぐ目の前に丸山という小山があるのですが、ここで春から冬まで様々な体験活動をしています。、ツタを取り除くボランティアをし、それをちょこっと利用してクラフトづくりをしたり、子ども達と森の中で遊ばせて頂いています。
3、精二郎ブナ
昨年初夏に管理官から、この山で大きなブナが見つかったとのお知らせを受け、早速子ども達と見に行って来ました。 車を降りて30分ほど山道を歩いてから出あったブナは、とても大きく、円周355cmもあり、道内4位の大木でした。子ども達、付き添いの大人達も感動しました。管理所より命名の機会を頂き、子ども達と相談して、「精二郎ブナ」と名づけさせて頂きました。
4、精二郎ブナのいわれ
この丸山の麓は、作開と呼ばれる地域です。その氏神様として、地域の熊野神社に精二郎は、祭られています。本名は、「小池精二郎さん」といいます。本殿には天照大神が祭られ、その左隣に、小池一族と小池精二郎さんが祭られています。 小池一族は、私達の住む作開地区の開祖の一翼なのです。 出身は 明治維新で会津藩が取り潰された後の復興で、東北下北周辺に領地を与えられた、斗南藩の士族です。一昨年なくなれた地域の古老の話では、小宮一族は「ちょんまげを結っていた」と聞きました。
5、これからの活動
黒松内に限りませんが、原生からの森はほんのわずかです。その中で、「精二郎ブナ」は、
200年以上生きて来ました。小宮一族がこの地を開墾する様子も見ていたかと思うと、なにか感慨深いものがあります。 次代へこのような景観を引き継げるような活動をこれからも展開してゆきたいと思います。
1、黒松内ぶなの森自然学校について
黒松内は札幌から車で2時間半ほど、渡島半島の付け根、道南の入り口に位置しています。「北限のブナの町」として町づくりが進められ、その流れの中で、ぶなの森自然学校は1999年に元小学校だった校舎を利用して開校されました。都市と農山漁村との交流事業やブナ林のガイド、子ども達への自然体験活動を展開しています。田舎の素敵な面をたくさん都会の人に知って欲しい、大げさに言えば、田舎の社会的価値を高めたいと考え、活動しています。
2、森の活動
黒松内といえば、天然記念物であり、北海道遺産の指定も受けた「歌才ぶな林」が有名ですが、町内にはまだまだ素敵な森があります。例えば、私達は森林管理所にご紹介を頂きながら、国有林の利用もさせて頂いています。自然学校のすぐ目の前に丸山という小山があるのですが、ここで春から冬まで様々な体験活動をしています。、ツタを取り除くボランティアをし、それをちょこっと利用してクラフトづくりをしたり、子ども達と森の中で遊ばせて頂いています。
3、精二郎ブナ
昨年初夏に管理官から、この山で大きなブナが見つかったとのお知らせを受け、早速子ども達と見に行って来ました。 車を降りて30分ほど山道を歩いてから出あったブナは、とても大きく、円周355cmもあり、道内4位の大木でした。子ども達、付き添いの大人達も感動しました。管理所より命名の機会を頂き、子ども達と相談して、「精二郎ブナ」と名づけさせて頂きました。
4、精二郎ブナのいわれ
この丸山の麓は、作開と呼ばれる地域です。その氏神様として、地域の熊野神社に精二郎は、祭られています。本名は、「小池精二郎さん」といいます。本殿には天照大神が祭られ、その左隣に、小池一族と小池精二郎さんが祭られています。 小池一族は、私達の住む作開地区の開祖の一翼なのです。 出身は 明治維新で会津藩が取り潰された後の復興で、東北下北周辺に領地を与えられた、斗南藩の士族です。一昨年なくなれた地域の古老の話では、小宮一族は「ちょんまげを結っていた」と聞きました。
5、これからの活動
黒松内に限りませんが、原生からの森はほんのわずかです。その中で、「精二郎ブナ」は、
200年以上生きて来ました。小宮一族がこの地を開墾する様子も見ていたかと思うと、なにか感慨深いものがあります。 次代へこのような景観を引き継げるような活動をこれからも展開してゆきたいと思います。