去年の6月に、15歳になったテリーのこれまでを追うドキュメンタリー番組 “Extraordinary People: The Girl with 90% Burns” が放映された。(同番組は、こちらで視聴できます。)
番組のクライマックスは、テリーの初めてのアメリカ旅行。それも初めての、親が一緒でない旅行である。熱傷の被害に遭った子供たちをサポートする組織の計らいで、テリーはアメリカで、自分と同様熱傷の被害者であるティーンと交流することになったのだ。
サフォーク州イプスウィッチの準一戸建てに、父親ポール、継母ニッキーと共に暮らすテリー。出発の朝は、瞳を潤ませて二人とお別れ。
両親の代わりにテリーに同行したのは、元看護師のパット・ウェイド。現在は熱傷被害に遭った子供たちをサポートする組織 “Burned Children's Club” に深く関わっている。その13年近く前、瀕死の火傷を負ったテリーが熱傷を専門とする病院に運ばれたとき、パットはその病院で働いていた(下右)。つまり二人は、13年近く前からの知り合いということになる。
パットはテリーに、あるサプライズを用意していた。熱傷被害に遭ったアメリカのティーンとの交流を前に、パットがテリーを連れて行ったのは・・・
人毛から作ったウィッグを扱うヘアサロン。髪を失うという不幸に自らも見舞われた店主が始めたお店だ。テリーの頭に載せられたウィッグは、さすがに自然に見える。
鏡の中の自分を見て、瞳を潤ませるテリー。スタイルを決め、初めて「髪をカットしてもらう」経験をした。
一方テリーの留守宅では、あの不運な火事以来、テリーを自分の生活の中心に据えて生きてきた父親ポールが、テリーのいない日々に慣れようとしていた。
アメリカ滞在中、実の母親について、テリーはパットに胸の内を明かす。 ―――母親が久しぶりに「会いたい」と連絡してきていた。
テリーの実の母親ジュリーは、火事の後しばらくは病院に来てテリーの世話をしたが、徐々に足が遠のき、やがてまったく来なくなった。その後両親は離婚した。
テリーは言う。
「母のことを怒ってはいないわ。人は過ちを犯すものだもの。ただ、母の不注意で起きた火事でひどい火傷を負わされたことよりも、母が私から遠ざかってしまったことの方が、許すのが難しい。
私はあの晩に起きたことを、母の口から聞きたいわ。何が起きたのか、どうして私を助けられなかったのか。でも母はこれまでのところ、話せないか、話そうとしないの。」
テリーの両親のポールとジュリーは、火事が起こる2ヶ月前からすでに別居していた。ポールはテリーと、フラットの1階に暮らしていた。火事の夜、ポールは夜勤があったため、ジュリーがテリーの世話をしに来ていた。生後23ヶ月だったテリーは、その夜、どうしても寝つこうとせず、泣き続けたという。
「テリーをベビーベッドに横にしたけど、泣き止もうとしなかった。しばらく付き添っていたけれど、どうしても泣き止まなかったので、部屋を出て居間に戻ったの。そのうち泣き疲れて眠るだろうと思って。吸っていたタバコを、なぜテリーのベビーベッドの側に置き忘れたのか―――あれ以来何度も何度も頭の中で繰り返し記憶を辿ったんだけれど、どうしても、わからない。そんなこと、それまでしたことなかったのに。
テリーが尋常でない泣き方をしたので、異常に気がついたの。部屋に駆けつけてドアを開けたら煙と炎がものすごくて、何も見えなかったしとても入れなかった。外に回って窓を壊そうとしたけれど、どうにもならなくて、『赤ちゃんが!赤ちゃんが!』と叫ぶことしかできなかったわ。」
テリーが泣いているうちは、まだ大丈夫。ジュリーは思った。しかしやがて、テリーの泣き声が聞こえなくなった。 ・・・・・
全身の85%(90%という情報源も)に重症の火傷を負ったテリー。おむつに覆われていた部分だけが唯一、火傷を免れたという。
自らの不注意のため我が子に瀕死の火傷を負わせ、取り返しのつかない重い傷を負わせてしまったジュリー。罪悪感は、たとえようもなかった。
「あのままテリーに会い続けていたら、おそらく私は自殺していたと思う。言葉は悪いけれど、簡単だったの・・・会わないことが。会わなければ、罪悪感にもさいなまれずに済むから・・・。」
2008年に、ジュリーは自ら希望してテリーに会った。その後の数ヶ月間二人は定期的に会ったが、それもやがて自然消滅した。その後はお互いにテキスト・メッセージを送るだけの関係になっている。
そのため久しぶりにジュリーからまた「会いたい」と連絡をもらったテリーは驚き、パットにもそのことを打ち明けた。パットにどうするつもりか訊かれたテリーは答えた。「勉強も忙しいし、ニッキーという新しいママもできたから、今は会おうとは思っていないの。でもおそらく、将来に、会いたい気持ちになる日が来ると思う。そうしたら、ね。」
熱傷被害に遭ったアメリカのティーンたちとも、物怖じせず積極的に交流するテリー。
両親抜きのアメリカ行きは、テリーの自立心をさらに高めたようだ。
ひとまわり大きく成長して帰宅したテリーは、両親と祖父母に迎えられた。 テリーは将来、動物と関わる仕事に就きたいという。
テリーが18歳になり身体が完全に成長したら、鼻の再形成手術が予定されている。
「17歳になったら車の運転を習って、特別に改造された車を運転できるようになりたいわ。20代前半には、独立して自分の住居で暮らしたい。結婚して、子供も持ちたい。私にだって普通の暮らしができるということを、証明したいの。」
持ち前の明るさ、率直性、芯の強さなどに、たっぷりの自信が加わったテリー。
自分に課せられたマイナス状況を、ここまでプラスに転換できる人は少ないでしょう。
テリー・カーヴェスバートさんの未来に幸多からんことを!
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テリーさんは、10歳の時にも他の二人の10歳とともにドキュメンタリー番組で紹介されたことがありました。動画はこちら。
私が一番驚かされたのは、幼かった彼女の笑い声です。全身をケロイドに覆われて、包帯でグルグル巻きにされて、(痛いだろうな、辛いだろうな・・・)と思って見ていたのに、ケラケラと、それは明るい楽しそうな声を上げるんだもの!
他人の私が(あんなにかわいい赤ちゃんだったんだから、火事に遭わずに済んでいたら、どんなにかわいい女の子に育っていたことか・・・)という思いを禁じ得ないのに、テリーさんはそんなこと、一度も口にしません。口にするだけ無駄だとわかっているからだとしても、達観しているというか、何というか。
実の母親の気持ちもわからないではないですが、もし私だったら、瀕死の火傷を我が子に負わせた上にその子から疎遠になるなんて、・・・考えられません。どんなになじられ、けなされ、非難されても、側についていたい。痛みを、辛さを、できることなら分かち合いたい。そう思うと思います。
もっともこの母親、まだ赤ちゃんだった我が子の部屋に火のついたタバコを置き忘れた時点で、ワタシ的にはアウトですが。赤ちゃんの側でタバコを吸った上、火がついたままのタバコを、その部屋に置き忘れるって・・・ そこまで不注意に、どうしたら、なれるんだ~っ?!
父親のポールさんの献身には、もう言葉もありません。あの人がお父さんで、本当に良かった。新しい伴侶を得たポールさん。これからは、自分の人生を楽しんで欲しいです。
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最後に、リュリルとその母親に一言。 「トラウマという言葉を簡単に使わないように。テリーさんのポジティブさを見習いなさいっ!」
あの母娘、テリーさんのこれまでを学んだ後では、本当に薄っぺらな人間に思えます。
友達になるなら、もとい、ムスメの友達になってくれるなら、私は絶対、テリーさんの方がいいな!
≪ おわり ≫