ハナママゴンの雑記帳

ひとり上手で面倒臭がりで出不精だけれど旅行は好きな兼業主婦が、書きたいことを気ままに書かせていただいております。

ゾフィー・ショルを偲ぶミュンヘン ①

2017-10-17 20:20:17 | ひと

 《 今回からタイトル記事を少しずつ書いていきます。書き足す度に投稿日時を更新し、字数制限いっぱいになったら

次の章に・・・という形式を取りますのでよろしくお願いします。 》

 

 “白バラ”のメンバーとして非暴力でナチスを批判しナチスに抵抗し、21歳の若さで処刑されたゾフィー・ショル

今度ミュンヘンを訪れたら、ぜひゾフィー・ショルが眠る墓地を訪れたいと思っていました。ミュンヘン訪問が決まったのでいろいろ調べていたところ、他にもゾフィーを偲べる場所があることがわかったので、一日かけてゾフィーの足跡をたどりながらミュンヘンを探訪してきました。

最初に訪れたのは、Franz-Joseph-Straße。

 

 ミュンヘン大学の学生だったゾフィーはこの通りの13番地の裏側の建物で、

 

 同じくミュンヘン大学で学んでいた兄ハンスとともに暮らしていたそうです。

 

建物1階に掲げられた表示は、私のシロウト意訳だと以下の通り。

“白バラ”の名称で第三帝国に抵抗したゾフィーとハンス・ショルは、1942年6月から1943年2月22日に処刑されるまで、ここの裏側の建物に住んでいた

逮捕されるきっかけとなったビラの入ったスーツケースを持ち出したのも、ここからだったそうです。

  

 大通りに戻りミュンヘン中心部に向かって南下してゆくと、間もなく凱旋門(Siegestor)が見えてきます。ルートヴィヒ1世の命で1852年に完成した門のようです。

 

 門の上を飾る大理石の彫刻は、バイエルン州を擬人化した女神バヴァリアと、4頭のライオンが引くクアドリガ。通常の馬の代わりにライオンが使われているのは、長期にわたってバイエルン王国に君臨したヴィッテルスバッハ家の紋章のライオンに由来するようです。

 

 凱旋門を過ぎて100mも歩かないうちに、ルートヴィヒ通りの東西に位置するミュンヘン大学に到着します。大学の正式名称はルートヴィヒ・マクシミリアン大学ミュンヘンLudwig-Maximilians-Universität München)、略してLMU

 ありました。Geschwister-Scholl-Platz、ショル兄妹広場。

 

 広場名の表示の下に、小さく説明がついていました。

ナチスの独裁に反対した学生の抵抗グループ“白バラ”のメンバーだった1919年生まれのハンスと1921年生まれのゾフィーは、1943年2月22日にミュンヘン・シュターデルハイム刑務所で処刑された

 

 街の中心部に向かって右側(西)の建物が本館で、その前に広がる広場がショル兄妹広場でした。それゆえ大学の住所は Geschwister-Scholl-Platz 1 (ショル兄妹広場1番地)!

 

 本館への入口に近い広場の地面に、“白バラ”の記念碑。

 

 “白バラ”が作成・配布したビラを模した記念碑が、処刑されたメンバーの画像や略歴を記したものとともに地面にはめ込まれています。一部がなくなっている(下左)のは修理のためで、心無い人間がこれを記念品として力づくではがして持ち帰ったのではないことを祈ります・・・

  

 この記念碑は、定期的に内容を変更されるそうです。ネットで見ていたゾフィーの画像つきのが見られなかったのはちょっぴり残念でした。

 

 大学本館を背にして見た“ショル兄妹広場”。この噴水もショル兄妹に捧げられているそうです。通りを隔てて相対する広場と噴水は、同じく“白バラ”のメンバーとして処刑されたミュンヘン大学のフーバー教授に捧げられているそうです。

 

 《 つづく 》

 

 

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憧れの住まい

2017-10-15 19:18:51 | ドイツのあれこれ

ヘルマンの家は、ミュンヘン南郊の町の外れにある。ミュンヘンの中心マリエン広場駅からヘルマンの家の最寄駅までは、Sバーンで40分くらい。

最寄駅から30分毎に出ているバスに乗れば5分ほどで最寄のバス停に着き、そこから歩いて数分だが、最寄駅から歩いたって25分くらいしかかからない。ヘルマンの家は3軒がくっついて立つ、イギリスで言うところのテラス・ハウスの一番手前だ。

  

 外から見る限りそれほど広そうには見えないが、これがまた、中に入るとビックリ!手品かと思うくらいに広い。ヘルマンの許可を得て「日本の人にドイツの家を紹介」させていただきます。「こんな家でいいの~?」とヘルマンは笑っていたけれど、「こんな家」なんて!ばちが当たりますよ!? ずっと私が憧れていた、私のドリーム・ホームなんだから。 (注: 写真は折に触れて追加撮りしたので、天気や照明の具合がまちまちなのをご了承ください。)

 

 ヘルマンは目が悪くなってしまったため、もう車の運転はできない。でも車庫にはまだ車が入っている。息子クラウスの家に行く(ミュンヘンなう⑦)とき下宿人ちゃんが運転したのはその車。(上左画像の車は下宿人ちゃんのです。)下右は家の横の塀から覗き込んだ脇庭。

 

 玄関を入ると左手に下宿人ちゃんのバスルームのドア、正面に下宿人ちゃんの居間・キッチン・寝室に通じるドア。ヘルマンの住居へと通じるのは、右手のガラスの入ったドアである。

 

 まっすぐ進むと居間兼ダイニング・ルームに通じるガラス入りのダブル・ドア。右手にあるのはキッチンへのドア。居間兼ダイニングは広くて左手に居間空間、中央奥にダイニング・テーブル、その手前に大きな陶製のストーヴがある。もちろんセントラル・ヒーティング完備だが、寒い時季にはこのストーヴに薪をくべると、ほんわか温かみを発散してくれる。

 

 下左はダイニング・テーブルから見た居間空間。2階のこの部分は吹き抜けになっていて、広々感がハンパない。2階の通路にいる人と手すり越しに会話もできる。

 

 右手奥にルイゼを偲ぶコーナーが見える。

 その右側に、食器やカトラリーやテーブルクロスなどキッチン関連グッズの収納戸棚。戸棚の間の戸口はキッチンへと通じる。キッチンの窓からは、玄関先に立つ来訪者が確認できる。

 

 居間の隣はヘルマンの書斎、私が眠らせていただいた部屋。

 

 左手の壁沿いにソファ・ベッドがあり、ベッドにしなくともソファのままで十分な幅があったのでそのまま眠った。

 

 ヘルマンの愛する故郷ドレスデンの絵(下左)。以前は居間に掛けてあったものだ。ヘルマンは写真が趣味で、これまで使ったカメラもきちんとディスプレイされていた。

 

 ミニ博物館といった風情。キャノンのEOSもあった。

  

  

 廊下の突き当たりはバスルーム。洗面台が2台も並んでいる。左に浴槽、右手にトイレとシャワー。

 トイレの上に、例のスティッカー。

 2階に通じる階段脇には、近年歩行が困難になっていたルイゼのために取り付けたという電動階段椅子があった。ヘルマン自身は現在のところ、自力で階段を昇降できている。

 

 2階の階段の突き当りには寝室、その反対側にバスルーム。

 

 2階の通路から見下ろした居間兼ダイニング。

 

 2階のバスルームにも、洗面台がふたつ。どこを見てもきれいに整頓されていた。(ウチよりきれい。

 

 図々しい私だけど、寝室の撮影は遠慮させていただきました。

 

 1階に戻り、今度は地下室を拝見。

 

 降りてほぼ突き当たりの小さめの部屋はもともとはワイン・セラーだったけど、これほど大きいのは必要ないのでコート類を収納するよう改装したそうだ。

  

 その右手にある、もとダンス・ルーム。ここにもソファ・ベッドがあり、ヘルマンに「書斎かここか好きな方を選んで」と言われたけど、地下にはトイレがないので書斎に泊まらせていただくことにした。

 

 ヘルマンとルイゼは町のダンス愛好会に所属し、定期的にダンスを楽しんでいたそうである。

 ヘルマンの写真アルバムは、年代別にきちんと整頓され収納されている。滞在中時間があるとき何冊か見せていただいた。頑張ってアルバムを支えるカエル の本立てが、個人的にものすごくツボにはまった。

 

 元ダンス・ルームの向いにあるのは、元スポーツ・ルーム。大きな卓球台がどんと中央にあり、その上には最近地下室を片付けたときに出てきたというアリシア(娘)の品々が載っていた。隅の壁には複数のバックパック。「ドイツ人は目的によって異なるバックパックを使うんだよ。短い散歩用、長い散歩用、サイクリング用、スキー用といった具合にね」とヘルマン。 (・・・・・ドイツ人はドイツ人でも、それは《経済的に余裕のあるドイツ人》では。

 

 反対側の隅には、アリシアがバイエルン風の模様を描いたという箪笥があった。もったいない、使えばいいのに~!(もしくは、私にちょうだい~!)

 

 降りてきた階段に向って方向転換すると、突き当たりに食糧貯蔵室、パントリーというんだっけ、があった。その周りにはたくさんの収納戸棚。クリスマスの飾りとか靴とかが入っているそうだ。

 

 パントリーには、ここに閉じ込められても1~2ヶ月は生き延びられそうな食糧が詰まっていた。下右は、パントリーから見た地下通路。

  

 さらに乾燥室(下左)と洗濯室(下中・右)とあって、・・・

  

 ・・・最後の地下室はDIY室。修理中だという庭用椅子が真中にあった。無造作に自転車を置いても全然余裕あるって何!?ウチには屋内のどこにもそんなスペースはないぞ?

 

 窓の横のウォールポケットは、私はすっかり忘れていたけれど、その昔私がルイゼのお父さん(は当時、今下宿人ちゃんが住んでいる住居で暮らしていた)にプレゼントしたものだそうだ。便利でいいのでルイゼのお父さんが亡くなったあとここで使わせてもらっているとのこと。役に立ってよかった

 

 オットーが見たらものすごく羨ましがりそうなほど広いDIY室だった。へルマンの家は、地下室だけでも我家の総床面積より広いと思う。

 庭には先日切り倒したばかりというリンゴの木が転がっていた。これから少しずつ片付けるそうだ。クラウスが手伝いを申し出てくれるけど、「体の機能をキープするため、できることはなるべく自分でやるようにしているんだ」とヘルマン。

 

 庭は狭いけれど、すぐ外に自然が広がっているから大きな庭が必要ないのがよくわかる。

 夏にお邪魔したときは、このテラスで食事したこともあったっけ。

 

  

 ストーヴ用の薪も、もうたっぷり蓄えてあった。

  

ヘルマンの家はドイツでもかなり高級な住宅なのだろうが、それを差し引いてもドイツの家は、イギリスの家と比べるとずっとどっしりと堅固にできていると思う。ヘルマンの家といい、クラウス(息子)の家といい、アリシア(娘)の家といい。我家では自分の家の2階や壁を隔ててくっついたお隣さんの足音・話声・笑い声などが響いてきてしまうが、ドイツではまず聞こえてこない。ドイツの家にいると、イギリスの家に関して浮かぶ言葉は『安普請』、これに尽きる。  よぉ~し、宝くじが当たったら、ドイツの建築会社に頼んで地下室つきの強固なドイツ風住宅を建ててもらうぞ~!

 

*       *       *       *       *       *       *       *       *       *

ヘルマンとルイゼがこの家に引越してきたのは36年前、1981年のことだったそうだ。私が初めてここを訪れたのは1984年だったから、当時は引越してまだ3年しか経っていなかったことになる。そして約1年前にルイゼが亡くなるまで、二人はこの家で35年もの長い間、多くの幸せな時間を過ごしてきた。そのためだろう、子供たちに「自分たちの近くのアパートメントにでも引越してくればいいのに」と勧められても、ヘルマンはそうする気にはなれないそうだ。「この家は私のパラダイス。できるかぎりこの家で暮らし続けたい」と。

現在のヘルマン(85歳)は視力と聴力が衰え、車の運転は断念せざるを得なくなった。でも脚力はまだかなり残っており、2本のウォーキング・スティックを使って毎日ルイゼのお墓参りをする。(「1本だと年寄りだが2本だとスポーティーだからね」とジョークを飛ばしていたっけ。)雨の日や雨になりそうな日はウォーキング・スティックを1本に減らし、代わりに傘を使う。娘のアリシアが見つけてくれたお手伝いさんが週2日、午前中だけ4時間ずつやって来て、家事と買物をサポートしてくれる。下宿人ちゃんもアリシアが選んだ子で、水道光熱費・電気代・インターネット使用料など必要経費はもちろん自分もちだが、《ヘルマンに気をつけていてもらう》ことを条件に、家賃はタダだそうだ。「ミュンヘン市内や近郊はものすごく家賃が高いから、私は本当にラッキーだったわ」と下宿人ちゃん本人も言っていた。ヘルマンの必要なところにサポート体制が整っているのを見て、私も本当に安心した。

ヘルマンは、これも大昔に私がお土産に持参したという浮世絵コースター(厚紙製)をまだ使ってくれていた。「孫が分厚いコースターをプレゼントしてくれたが、これの方が使い勝手がいいんだ。薄いから、目が悪くて飲物を置き損ねてもこぼさずに済むからね。」 (なるほど、覚えておこう。人にプレゼントをするときの参考になるわ。)

 

こうしてヘルマンは住み慣れた広い快適な家で暮らし続けていられるわけだが、でもヘルマンは、「どんなに素敵な家でも一人では意味がないね・・・。愛する人が一緒にいてくれるのでなければ・・・」としみじみ言っていた。

ヘルマンの言うとおりだ。彼の素敵な家は長いこと私のドリーム・ホームだったけれど、その通り、私が独居するには広すぎる。あの広い家でルイゼとの思い出を噛みしめながら、今日もヘルマンは大半の時間を一人で過ごしているのだろう。朝も一人で朝食を用意し、ダイニング・テーブルに一人分の仕度を整えて。

高齢のヘルマン宅に泊まらせてもらうなんてホテル代わりに利用しているようで気が引けたし、実際それはある程度まで事実であったわけだけど、ヘルマンは重ねて言ってくれた。「ルイゼが逝ってしまったあと各地の友人に声をかけたんだ。『ミュンヘン観光がしたくなったらぜひ我家にお泊まりください』とね。でも誰もが『はい、いずれそのうち・・・』と曖昧に濁すばかりで、『行きます、いつからいつまで泊まらせてもらいます』と言って本当に来てくれたのは○○(私の名)だけだ。楽しみにしていたしこうして再会できて嬉しいよ。」

50代になった今でさえ20代のときと変わらずお世話になるばかりだったけれど、私の訪問がヘルマンの一人の日常に多少のアクセントを加えられたならいいと思う。

そして今月25日のルイゼの命日には、ヘルマンの妹さんがヘルマン宅に滞在してくれていますように。

 

 

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永遠の愛の物語

2017-10-13 20:29:13 | ドイツのあれこれ

ルイゼとヘルマンは、1955年12月に結婚したそうだ。当時ルイゼ20歳、ヘルマン23歳!

 

息子クラウスと娘アリシアが続けて生まれて4人家族になり、その子供たちも成人。

 

35年前のクリスマスの家族写真。ルイゼ、アリシア、ヘルマン、クラウス夫婦、ルイゼのお父さん、ヘルマンのご両親が勢揃い。このときのヘルマンは50歳で、今の私より5歳も若い。

しかし時は流れ、昨年10月25日、ルイゼは永遠の眠りについてしまった。結婚61周年を目前にして。(参: 悲しい知らせ

 

ルイゼが眠るのは、ヘルマンの家のある小住宅地に隣接する墓地。ヘルマンの家から歩いて200mほどの距離にある。屋根のある門を押して入って20mも歩くと、

ルイゼの墓碑(下左・真中)が見えてくる。

 

常時灯りつづけるローソクは3~4日もつそうだ。ヘルマンは念のためつねに交換用のローソクを持参し、灯が消えていたら新しいのと交換する。

 

花が枯れてしまわないよう、晴れた日にはお水もたっぷりあげる。ルイゼが亡くなったのは昨年10月25日だが、これまでにヘルマンがお墓参りに来れなかったのは、たったの5日だそうだ。その5日も、悪天候のため危険と判断したとき、あるいは息子か娘に招かれて家を空けていたときだけ。ヘルマンの家に滞在中、私もできるだけヘルマンに同行した。私にとって、ドイツのお母さんを象徴する存在だったルイゼ。いつも笑顔で親切にしてくれた。・・・

 

ドイツの墓地は明るくてカラフルな花がたくさんあってよく世話が行き届いていて、墓碑がなければまるで公園。お墓の周りでピクニックもできそう。家族や友達が傍で楽しそうにピクニックしたら、亡くなった人も喜ぶんじゃないかな?あ、規則で禁止されているかもしれないか。

 

以前は金属製の十字架を立てられたけれど、近年はそれは禁止され墓石のみになったそうだ。「禁止されていなければ十字架を選んだところだが」とヘルマン。禁止されたのはなぜだろう。金属は環境に悪影響を及ぼすとか・・・?でもこうして毎日のように通ってもらえるなら、墓碑が何でできているかなんてルイゼにはどうでもいいことだろう。ルイゼは本当に愛情深い夫に恵まれたと思う。

 

ヘルマンの家の居間の一角、キッチンの入口の近くには、ルイゼを偲ぶコーナーが設けられていた。額入り写真と愛用していた時計と、ルイゼの80歳の誕生日に孫娘がプレゼントしたというルイゼの写真集など。私が今年始めに送ったペーパーフラワーも飾ってくれていた。丸いガラスの花瓶に入っているのは、ヘルマンの娘アリシアの手作りだそうだ。これも素敵。額入り写真のルイゼの服に色がマッチしている。

 

 

「ルイゼは完璧だった。彼女を亡くした寂しさは本当にこたえるよ・・・・・」

ルイゼの話になると、瞳が潤んでしまうヘルマン。ヘルマンは、できればルイゼに見守られて自分が先に逝きたかったのでは。そしてルイゼは、後に残すヘルマンのことが本当に心配だったのでは。死してなお、これほど愛されるルイゼ。二人は本当にソウルメイトだったのだろう。ここまで愛し愛される夫婦って、めったにいないと思う。オットー両親とは対極的で、心が洗われる思いがした。

ヘルマンは、近々妹さんがミュンヘンの歯医者に来るついでにしばらく滞在していく予定だと言っていた。今月25日のルイゼの初めての命日には、できれば妹さんがヘルマンと一緒にいてくれるといいと思う。大きな家に一人ぼっちでは、ヘルマンが気の毒すぎるから・・・・・

ルイゼ、貴女ほど愛されている妻は滅多にいません。貴女は本当に幸せな結婚生活を送りましたね。

頃合いを見計らって、どうかヘルマンを迎えに来てあげてください。・・・・・

 

 

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ドイツの和食材

2017-10-11 20:37:12 | ドイツのあれこれ

ホリデーが終わればすぐまた普段の生活に戻り、仕事と家事が再開する。あ~あ、好きなことだけして暮らせたらなぁ~!

それにデジタル写真は好きなだけ撮れていいけれど、その代わりつい撮り過ぎて、あとの整理が大変。

帰宅後写真の整理を始めたけれど、まだ半分しか終わっていません・・・

 

今回の7泊8日のミュンヘン行きの主目的は、30年以上前、当時20代だった私がお世話になった恩人へルマンに再会することでした。

ヘルマンの奥さんルイゼが、昨年10月に亡くなってしまったので。

一昨年あたり、ミュンヘン訪問を考えたことはあったんです。でも難民の大量流入に意志を挫かれてしまって。

“難民の移送のため列車予約がキャンセルされ、一般市民や旅行者の移動に支障が出ている”なんてニュースで聞いたもので。

(ヘルマンもルイゼも80前後になったけれど、二人とも健康そうだしまだ大丈夫だろう)と勝手に思い込んでいました。

そして昨年10月末に受け取った、突然の悲しい知らせ・・・

 

しばらくは話をすることも辛いだろうとお悔やみカードだけ送ったら、ルイゼの旦那さんへルマンが春先、「お悔やみカードをありがとう。久しぶりにミュンヘン観光をしたくなったらいつでも泊まっていいよ」と手紙をくれたので、お言葉に甘えることにしました。ヘルマンにも11年前に会ったのが最後だったから、とても会いたかったので。

本当に今年あたりはグルーバー家の皆に会いたいと思っていたんです。なのにルイゼとの再開は叶わなくなってしまった。ヘルマンだって今年6月に85歳になったので、もう(遅すぎた)という後悔はしたくない。それで決めました。

さて、過去に何度もミュンヘンを訪れながら、ミュンヘンの北西郊にあるダッハウ強制収容所を訪れたことはなかった私。でも自分だってもう55歳、いつ何がどうなるかわからない年齢ですから、今回のミュンヘン訪問の際、ダッハウにも行くことにしました。ミュンヘン到着後にまずそちらを片付けてしまうことにし、7泊8日のうち最初の2泊はダッハウ強制収容所近くのホテルを予約。友人宅からダッハウに日帰りももちろんできましたが、友人宅は強制収容所まで片道1時間半ほどかかるミュンヘン南郊にあるため、あえてホテルに泊まりました。強制収容所見学にはたっぷり時間をかけたかったので。友人宅にまるまる7泊お世話になるのも気が引けたし。(5泊も7泊も変わりなかったかもしれないですが。

ホテルから強制収容所までは1km弱、軽く歩ける距離でした。強制収容所への道すがらには小規模なショッピング・センターがあり便利。とくに到着日が日曜日だったため近所にいくつかあるスーパーはすべて閉店しており、このショッピング・センターの3階にあるアジア・レストラン“古都”で夕食がとれてほんと助かりました。(参: ミュンヘンなう ①

2日(月)、ダッハウ強制収容所からの帰り道、ショッピング・センター内のスーパー(午後8時まで営業)に入ってみたら、アジア食材のコーナーがけっこう充実していて嬉しいオドロキ。我家の近所のスーパー・テスコよりずっと品数が多いぞ!

 

 

 

 下戸な私が飲める数少ないアルコール、梅酒を発見! ヘルマンへのお土産に買いたかったけれど、重いから運びたくない・・・ でも待てよ、オンラインで買えるんじゃないか?と思い後で調べてみたら・・・

 

 ・・・買えました!アマゾン・ドイツから、ヘルマン宅に送ってもらえました。

 

実は私、ヘルマンに「お土産は何も要らないから。来てくれるだけで嬉しいから」と言われていて、本当に何も持参していなかったんです。何か持参しようにもドイツ製品は高品質だから、イギリスから持っていって喜ばれるようなものを何も思いつかなかったし・・・オットー両親の引越しを見ていて、ほんと人間、全盛期を過ぎたらモノは増やすのではなくどんどん処分して減らさなきゃな、とつくづく思い知らされもしたし・・・。でも梅酒のような消耗品なら話は別!我ながらグッド・アイディアでした。届いた750ml入り x 6本の梅酒をすべてへルマンにプレゼントしたところ、私が密かに願っていたとおり、ヘルマンは自分と息子夫婦と娘夫婦で2本ずつ分けることにしました。よかった、皆梅酒を好きになってくれるといいな。

 ホテル近くのスーパーでは白菜と大根も売っていました。うちの近所のテスコでは、冬にたまに白菜を見るけど、大根は見たことがありません。いいな~。

 

 ずっと大きなテスコに行かないと買えないコアラのマーチもありました。MIKADOという名のポッキーは近所のテスコにもありますが。“ライトな感覚”のGeisha Mixというスナックは、初めて見ました。

  

 おいし~いリントのチョコレートの品数が多くてうらやまし~!

 

 HARIBOはさすが本国だけあって、種類の豊富なこと!

 キッチン用品コーナーには、かわいいこけし柄のマグが。

 

 帰国時空港の免税店で、Geishaという名のチョコレートも見つけました。(外国の人って、どうしても好きみたい?ゲイシャって言葉。)トランク型のお菓子缶には地味ながらKYOTO HOTELと入っていて、ちょっと嬉しくなりました。

  

 

 で、自分が買ってきたものですが。ソーセージ用の甘いマスタード(チューブ入り)、プレッツェル型サラミ、インスタント・ドレッシングの素5種。このドレッシングの素は、32年前(!)に8週間ミュンヘンでホームステイしたときにその家の奥さんが愛用していて、私もハマったものです。パウダー状のドレッシングの素に油と水を混ぜるだけでいいから、ものぐさな私にピッタリ。

ドイツ系のスーパーで種類は少ないものの欧州のお菓子も買えるから、甘いものはほとんど買いませんでした。買ったのはオットーの好物のhanutaと、イギリスであまり見かけないタイプのリントのチョコレートと、チョコレートでコーティングされたスパイス・ビスケットだけ。あ、それからオットーがたまに食べたくなるようなので、空港でサラミも買いました。写真撮り忘れたけど。

 

 

 下左はヘルマンからいただいたミュンヘン定番のお菓子。下右はハイジ(ヘルマンの息子クラウスの奥さん)からいただいた、彼らが住む地域のガイドブックの英語版です。ヴィース教会に近い、とてもいいところに住んでいるんです、クラウス夫妻は。(参: ミュンヘンなう ⑦

  あっという間のミュンヘン訪問だったけれど、旧交を温められて嬉しかった

11年ぶりだったけど、やっぱり好きだわ~!ミュンヘン!!

 

 

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ミュンヘンなう ⑧

2017-10-08 23:37:02 | ドイツのあれこれ

 11年ぶりのミュンヘン。7泊8日はあっという間に過ぎ、帰る日が来てしまった。

近所のバス停まで送ってくれた友人とお別れし、最寄駅に数分で到着。

 

Sバーンを2本乗り継いで、1時間ほどで空港に到着。一週間前に着いたときに見たカウベル型ライトシェードの近くをまた通ったので、また撮影。好きだわ~、こういうの 売ってたら買っていって自分の家に下げるのになぁ・・・と、ホリデー・ハイになっている自分に気がつく。あれが似合うような家に住んでないもんね、残念ながら。

 

iPhone 画面のボーディング・パスを使って初めて自分で預け荷物のチェックインをしてみたけれど、成功したので良かった。

往きの荷物は4.3kg、帰りは5kgに増えていた。お土産の分だろう。ちなみに『荷物はできるだけ軽く』が私のモットー。

 

セキュリティーを通過したのが午後2時40分頃。さすがにお腹が空いてきたので、美味しそうなディスプレイに誘われてお寿司を注文。

 

でも実際に出てきたのはパック入りでガッカリ。ってか、セルフサービスだもの。当たり前だったさ。

 

さらにパスポート・コントロールを通過したら、その先にラーメン屋さんがあった。次回はここで食べてみようかな。それと、サラミ!オットーとその家族へのお土産にサラミを何本かもう買ってしまっていたけれど、パスポート・コントロール通過後に似たようなサラミが通過前の免税店より安く売られているのを発見。くやし~!次回からお土産は、パスポート・コントロール後に買うようにしなくちゃ。

 

またまた小さい飛行機。

 

昨日オンライン・チェックインしたときに最後列の窓側一人掛け席を選んでいたのだが、しまった、トイレの隣だった。空いていそうだから別の席に移っていいかフライト・アテンダントさんに訊こう・・・と思っていたら、アテンダントさんの方から移るよう勧めてくれたのでありがたくお言葉に甘えた。やさし~

  

 最後列の私の席は18Aだったから、18 x 3で計算すると、54人乗りということになる。お腹は空いていなかったのでサンドイッチは断ってコーヒーだけいただいた。色が赤だし味噌汁みたいですが。

 

ブリストル空港到着近くに、セヴァーン川にかかる橋とブリストルの市街が見えた。うん、イギリスだって、住めば都さっ。

 

無事ブリストル  空港に着陸。

入国審査を通過して荷物を見つけて駐車場までのシャトルバスを待って、カーナビをセットして運転して。自宅に到着したのはほぼきっかり午後7時、ドイツ時間の午後8時だった。ミュンヘン郊外の友人宅からグロスターシャーの私の家まで、ちょうど8時間かかったことになる。すぐに友人に電話して無事着いたことを報告し、泊めてくれたことを重ねて感謝した。

ということで、7泊8日のミュンヘン行きは無事終わりました。旅のハイライトは、今後ちょこちょこ記事にしたいと思います。

(そうして未完の連載の続きがまた遅れていく・・・

 

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ミュンヘンなう ⑦

2017-10-07 21:55:37 | ドイツのあれこれ

現在泊めてもらっている友人の息子さんは、友人宅から1時間強の距離に住んでいる。

実は大昔、ドイツに憧れていた20歳そこそこの私が最初に知り合ったのは、息子さんの方だった。ドイツが好きなあまり、息子さんのみならずそのご両親宅にまで図々しくもお世話になるようになったわけで・・・

今日はその息子さん宅にランチに招かれたので、下宿人ちゃんの運転で三人でお邪魔した。

 

彼女、高齢の友人のためゆっくり安全運転をしてくれたので、私も心おきなく車窓の景色を楽しむことができた。

 

33年前(!)に初対面したときは28歳だった息子さんも、今や61歳。そういう自分も22歳だったのが55歳。時が経つのってほんと早い。下右画像は友人父子の60年近く前の家族写真。(友人父の奥さんは、昨年81歳で亡くなっている。- 『悲しい知らせ』)

 

美しい居間兼ダイニング・ルームに、すでにテーブルが素敵に整えられていた。 ・・・我家との何たる違い・・・

ドイツに来てからお腹が空くヒマがないような・・・ でもホリデー中だからダイエットは忘れて完食。美味しかった (画像の肉はターキーで、さらにラムとビーフが続きました。)

 

セルフィーを撮ってみたけど、慣れていなくてぎこちないこと。お目汚しご勘弁願います。

明日は帰国か・・・やれやれ・・・

 

《 オマケ 》

友人父宅のトイレに貼ってある面白スティッカー。

ドイツでも男性の座姿勢での排尿が奨励されているらしい。いいことだわ。

 

 

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ミュンヘンなう ⑥

2017-10-06 22:35:07 | ドイツのあれこれ

⑥って・・・ もう6日目?7泊8日しかないのに!?・・・楽しい時間はほんと過ぎるのが速い。

30年前、20代だった私もドイツに来るたび帰りたくなかったっけ。できればドイツに暮らしたいと憧れたっけ。(遠い目)

 

今日は一人でミュンヘンに行き、テーマのある散策(ときどきは競歩に近かった?汗)をしてきた。

ずいぶん歩いて疲れて眠いので、画像だけでご勘弁~

広い道路を挟んで東西に鎮座するミュンヘン大学。

この西側の建物がメインみたい。

 

 

 

 

 

あいにく降り出した雨の中、白いバラを5本買って墓地へ。

 

特別な人たちに敬意を表するために。

 

墓地の近くのレストランで遅めのランチ。午後3時40分頃だったと思う。雨になる前にできるだけ散策をしてしまおうと頑張ったので。今日もジャガイモ団子。3日続けて!(もちもち感が、画像からでもおわかりいただけるでしょうか。)こんなに好物なんだもの、いつかレシピを探して自分で作ってみようかな。

 

午後半ばからは降ったり止んだりの天気の中、友人宅の最寄駅に到着。自分自身はお腹が空いていなかったけれど、今日は友人とその下宿人のため、カレーを作らせてもらった。

 

友人が高齢で心配だからと、友人の娘さん(も私の友人)が探してきたという20歳の下宿人。すごくカワ(・∀・)イイ!!し、友人が同じ話を繰り返してもニコニコ笑顔で楽しそうに聞き続け、話を切り上げてするべきことがあるときはやんわりと促してくれ、申し分なし!(しかも彼女がWiFiをシェアしてくれたため、こうしてノートブックから投稿できるようになった。ありがとお~

彼女、前から欲しかったバイエルンの民族衣装をとうとう買って、終わったばかりの今年のオクトーバーフェストに着て行ったそうだ。すごく似合っているので、画像をUPさせてもらった(ホントに皆さん、テーブルの上で踊り出すのねぇ。)民族衣装は本当にお高くて、彼女の場合、ブラウス抜きで290ユーロ、ブラウスが100ユーロで合計390ユーロしたって!

オクトーバーフェスト、今年も大盛況だったみたい。

・・・寝落ちしそうなので、今日はこのへんで。おやすみなさ~い

 

 

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ミュンヘンなう ⑤

2017-10-05 20:50:34 | ドイツのあれこれ

ミュンヘンのグロッケンシュピール、撮りたてのほやほや。


今日のランチ。肥えてイギリスに戻ること必至の私。これで一人前って‼️


友人も私もジャガイモ団子も食べたかったので、メイン一人前を二人で分けることにしてジャガイモ団子を二つずつ注文。

これで大正解。またまた満腹に・・・😭


ミュンヘン中心部では地下を走るSバーン。


これはイギリスではめったに乗れない市電。珍しくて楽しい

最後尾からの眺め。


友人の地元のスーパーで、インスタント・カトッフェル・クネーデル(ジャガイモ団子)・ミックスを見つけた。以前買って帰ったことあるけど、そのうち作ろうと思っていて賞味期限を切らせちゃったから(それでも作って食べたけど)、今回はパス。ちなみに隣のはゼンメル・クネーデルといって、言うなればパンくず団子。(‟くず”というのは細かいという意味で、屑という意味ではありません。)


ブティックの店先にあったカラフルな自転車。 カワ(・∀・)イイ!!

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ミュンヘンなう ④

2017-10-04 18:24:30 | ドイツのあれこれ

今日は友人宅から7kmほど離れた森の中の池の畔のレストランへランチに行った・・・連れて行っていただいた。


友人は車の運転をやめたため、週2回午前中に来てもらっているというお手伝いさんインゲさんの車で。
インゲさんはお手伝いさんとはいえ友人の娘のお友達で気のおけない仲なので、運転してくれたお礼に一緒にランチ。
私の大大好物のジャガイモ団子😍🥔😍🍡😍が添えられた、鴨のローストで満腹に。


食後は池の周りを散歩した。


天気が良くてよかった🌤 黄葉も綺麗だし🍂🍁


満腹なままだったにもかかわらず、さらにケーキとホット・ドリンク。私はブラック・ティーを頼んでみたら、ティーバッグとお湯が出てきた。面白い😏

私にご馳走させてくれるようお願いしたけれど、友人が「今日は自分が!」と譲らず三人分のランチとケーキの支払いをしてくれた。

明日一緒にミュンヘンに出、別行動するけどランチは一緒にする予定だから、そのときこそは奢らせてもらわなくちゃ!

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ミュンヘンなう ③

2017-10-03 12:48:51 | ドイツのあれこれ

雨のダッハウの眺望。


ダッハウのタウン・センターと、


タウン・ホール。


駅近くのベーカリーでブランチ中に、


雨が上がってくれた、ラッキー✌️


Sバーンで友人宅に移動。新しい靴が漏れてショック・・・😭



無事友人宅に着いて、ミュンヘン名物白ソーセージで夕食😋


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