ハナママゴンの雑記帳

ひとり上手で面倒臭がりで出不精だけれど旅行は好きな兼業主婦が、書きたいことを気ままに書かせていただいております。

ティー・ダンス

2016-06-30 21:26:09 | イギリスのあれこれ

今月20日(月)は、遅番で病院に出勤したら “ティー・ダンス” に行く患者さんたちの

付き添いを頼まれ、申し送りを途中で抜けてお出掛けした。

(私は高齢の患者さん専門の精神病院でヘルスケア・アシスタントの仕事をしています。)

ティー・ダンス会場。

 ただでさえ気が滅入る入院生活。 インド人有資格ナースのシャーリーン(下の画像のワンピース姿の女性)は、精神科病棟にいる

高齢患者さんたちの気晴らしのため、熱心にあれこれと外へのお出掛けを計画しては実行に移す。

蒸気列車での遠足もそうだったし、これもそのひとつ。

6人の患者さんに、シャーリーンとデイジー(インド人、下左・中央)と私が付き添った。

ティー・ダンスには先月も来たそうで、前回は100人近くの(一般の)参加者がいたそうだ。 今回はすごく少なくて残念。

 

(以上の3画像はシャーリーンのスマホで撮影されたものです。 ちなみに私はスマホを持っていません。)

 

ところで、ティー・ダンスって何? 社交ダンスとかジャズダンスとかみたいに、ダンスの一種??

とダンスにはまったく縁のない私は思ってしまったが。

ティー・ダンスとは 『午後のお茶とケーキつきの社交ダンス』 のことだそうだ。

1880年代にアフタヌーン・ティーの習慣から発展したもので、20世紀初めに流行。

1950年代までは若者の社交と出会いの場としてその人気は続いたが、60年代に入るとナイトクラブなどで

一人で踊るダンスが主流になり、ティー・ダンスは過去の遺物となったかに見えた。

それが近年リバイバルを果たし、各地で定期的にティー・ダンスが開催されいるそうだ。


ここ10年以上もBBCテレビで Strictly Come Dancing という、ダンスのプロではない有名人(俳優、ニュースキャスター、

スポーツ選手など: アンディー・マリーの母親も出演しました)がプロのダンサーをパートナーにダンスを特訓してきて

その成果を競い合うという番組が人気を呼んでいるから、その影響かもしれない。 (以下はネットから拝借したティー・ダンス画像です。)

  

フロアの中央部はダンス用だが、壁際にテーブル席が作られている。 ダンスして疲れたらティー・ブレイクを取るもよし、

ティーを楽しみながらダンスを眺めるもよし。 そしてティー・ダンスには、生のバンド演奏がつきものだそうだ。

 

人目を気にせず、自由に気軽にダンスを楽しめるティー・ダンス。 私はウドの大木だからダンスに縁はまったくないけれど、

ダンスが好きな人には楽しそう。

 

ティー・ダンスの広報ポスター。

  

 

ちなみに私達が行ったティー・ダンスの会場は、チェルトナムのタウン・ホール。

病院のミニバスを入口に乗りつけられたのでラクだった。 (これらもすべて拝借画像。)

  

 

 チェルトナムのタウン・ホールは1902年から03年にかけて、上流階級の社交イベント会場とするべく建設された。

ハイ・ストリート(=メインのショッピング・ストリート)にあったそれまでの集会場が、銀行建設のため

撤去されてしまったからである。

通常タウン・ホールというとお役所のことだが、チェルトナムの場合は例外で、お役所は数百メートル離れた建物に入っている。

タウン・ホールは社交的/文化的なイベントの会場として、コンサート、会食、会合、ダンス、舞踏会、展示会、会議、

チェルトナム・フェスティバル会場として使用されている。 (・・・そうです。 ウィキより。

2013年には、これもBBCテレビの人気番組 Antiques Roadshow (一般の人が古い品を持ち込んでプロに鑑定

してもらうという番組) が、ここチェルトナム・タウン・ホールで開催され収録されたそうだ。


チェルトナムのタウン・ホールでのティー・ダンス(下左)参加費は一人£5。 これにはコーヒーか紅茶とビスケット好きなだけが含まれる。

患者さんの入場料は病院もち。 私達3人の入場料は、介護者ということで無料だった。

 

音楽にも文化にも縁の薄い私は今回初めてチェルトナムのタウン・ホールに入ったが、なかなか装飾的な、凝った内装だった。

あまり広くはないものの。 メイン・ホールの天井は28m x 16m、天井の高さは16mで、1000人収容できるそう。

 

チェルトナムで英国生活をスタートさせておきながら、在英25年目にして初めて入ったタウン・ホール。

こんな機会でもなければ一生入らなかったかも。

 思いがけずタウン・ホールの内部を見られて、トクしちゃった!

  

 

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画像でたどる女王陛下の90年 ④

2016-06-28 20:45:29 | 王室

からの、何となく、続きです。


エリザベス2世女王陛下は馬がお好き。 それを画像でたどってみましょう。

 

幼いながらもなかなかきまった乗馬姿。

 

カッコイイ

 

息子のチャールズ皇太子にも乗馬を教えたようですね。 そういえば王室の男性は馬に乗ってポロ競技を行うのが伝統ですものね。

 

以前はご自分の公式誕生日のパレードに、自ら騎馬されていました。 これは60歳のお誕生日を最後にやめられ、その後は

馬車に乗られるようになりました。

1981年の公式誕生日のパレードはチャールズ皇太子とダイアナ妃の結婚式の6週間前に行われましたが、

その際 「有名になりたかった」 という17歳のマーカス・サージャントが女王に向けて6発の空砲を発砲(下右)。

馬は驚いて行動を乱したものの、女王様はすぐに馬を落ち着かせ、そのままパレードを続けました。

ジョン・レノン、レーガン大統領、ヨハネ・パウロⅡ世の暗殺/暗殺未遂に影響され 「世界一有名なティーンエイジャーに

なりたかった」 という犯人は5年の刑を宣告されたものの、3年後に20歳で釈放されたそうです。

 

 

スコットランドのバルモラル城かな?(下左)。 レーガン大統領と(下右)。

 

1999年、ベアトリス王女と(下左)。 1999年といえば、女王様は73歳になられた年です。

 

90歳になられた今は、さすがに乗馬はされていないのでは? でも馬は、相変わらずお好きみたいですね。

 


それから女王様は、コーギーにはじまる犬もお好き。

 

犬にまみれて成長されたようですね。 うらやましい。

 

英国王のスピーチ』 のジョージ6世お父さまと(下左)。

 

  

 

家族団欒のシーンにも、ちゃんとコーギーが入っています。

女王様は18歳のときに、初めて自分のコーギーをプレゼントされたそうです。 (それがこの犬かどうかは不明。)

 

自分に子供ができると、今度は子供たちに犬を馴染ませたんですね。

 

これは珍しい! スカーフをかぶってなにやら忙しげな女王様です(下中と右)。

  

常に複数匹のコーギーを飼われてきたようです。

 

また国内旅行には、できるだけ同伴されるそうです。

  

1974年、スコットランドのアバディーン空港に到着した女王様とコーギーたち(下左)。

  

「私のベイビーたちは大丈夫ざますか?」 と言・・・ おっしゃっているっぽい女王様(下右)。

  

コーギーあるところに女王様あり。

  

 

もちろんあのときも例外ではありませんでした(下左)。 あのとき出演したコーギーたちは、正真正銘女王様のコーギーたち

だったそうです。 ご自分の年齢を考えて近年は新たにコーギーを飼うことをおやめになるご意向だそうですが、

コーギーと一緒の女王様が見られなくなるのは寂しい気も・・・。

 


最後に、女王陛下のコミカル画像です。

まずは、ワイルドな女王様。 英国の運転免許証は女王陛下の名において発行されており、陛下ご自身は

免許証なしに公道を運転できるそうです。

女性の運転を禁止するサウジアラビアの王族が公式訪問したとき、女王陛下はサウジ国王を乗せて

敷地内をわざとワイルドに運転したそうですよ。 女王様、グッジョブ!

 

王位にあったって気分がのらない日もあるさ(下左)。

 

ゴルゴ(古すぎ!?)・エリザベス・アレクサンドラ・メアリー・ウィンザー(下左)。 平民に身なりをやつして 潜入捜査!?(下右)。

 

女王をしていたって女ですから。

 

カラー・コーディネートした傘と帽子とコート(下左)がカワイイ   いったい何をそんなに驚かれた(下右)のか・・・?

 

珍しい、爆笑される女王様です。 ハイランド・ゲームズの袋競争か何かを見ていたもよう。

 

種々の記録を現在進行形で塗り替えている女王様。

 


 90歳のお誕生日、おめでとうございました! これからもますますお元気で!! 



《 おわり 》


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Brexit 決定!

2016-06-25 09:19:31 | ニュース

老兵の 気骨をみたり 脱EU

24日の午前2時半頃トイレに起き、国民投票の結果が気になったので、階下に降りてTVのスイッチを入れたんです。

開票が始まってまだそれほど経っていなかったけれど、離脱がややリードしていました。

ベッドに戻ったもののその後しばらく寝つけなくて、あれこれとりとめもなく考えていたとき、

上の一句が浮かびました。 脱EUはその時点ではまだ決定的ではありませんでしたが。


私は脱EUに傾いていたようです。 でも残留になると予想していたから、深く考えたくなかったのでしょう。

昨日の朝のニュースでEU離脱決定を知ったときは、嬉しく思いました。

本当に接戦でした。 地域別の結果を眺めていて、大雑把にいうと

富裕で何不自由なく暮らしている地域 = EU残留

貧しくて現状打開を望む地域 = EU離脱

に投票したように思いました。


 

 

面白いと思ったのは、チェルトナムとグロスター。 どちらもグロスターシャー州内にある、10kmほどしか

離れていない私にお馴染みの2つの町ですが、もと貴族の保養地で現在も洗練された雰囲気のあるチェルトナムは

離脱43.8% / 残留56.2%でした。 一方垢抜けない庶民の町グロスター(すみません、完全に個人的感想です)は

離脱58.5% / 残留41.5%と、正反対の結果でした。 (都市・町別の結果はこちら。)


都市や町だけでなく人も、大雑把にいって同じだったのでは。 著名人の大半、つまり富裕で不自由なく暮らしている

人々は、残留派だったような。 リチャード・ブランソン(は実業家だから脱EUの混乱を嫌ったのは当然といえば当然

ですが)、JK・ローリング(ハリー・ポッターの作者)、ベネディクト・カンバーバッチなどなど。

でも勝敗を分けたのは、英国人の大多数を占める、家計のやりくりに頭を痛めながら日々を暮らしている、

私のような名もない (いや名前は一応ありますが) 庶民でした。

 

離脱派の勝利が決定的になり大喜びの “Leave” キャンペーンのサポーターたち。 対照的に、破れた “Remain” キャンペーン用の

プラカードが、チャーチル首相の銅像の背後に物悲しげにうち棄てられています。

 

 

敗北演説で辞任の意志を表明するキャメロン首相。 当然でしょうね。 「EUからの離脱は災厄になる」 と散々脅してきたのだから。

 

 

EU離脱の顔だったボリス・ジョンソン前ロンドン市長は、昨日の朝家を出ようとしたとき残留派だった市民から

罵られ悪態をつかれた(下左)そうですが、けしからんっ!  民主主義の多数決で決まったことなのだから、脱EUを決めたのは

過半数の国民なのだから、一個人に怒りの矛先を向けるのは不当もいいところ。 黙ってろよっ! と思います。

彼の勝利演説は、まず辞意を表明したキャメロン首相への感謝とねぎらいの言葉で始まり、私は

なかなかよかったと思いました。 (政治家としての資質は全く知らないけれど、私はこの人、結構好きです。)

 

 

EUも、経済上の協力関係だけならよかったんです。 でもいつ頃からか、やたらと理不尽な規則や規制をつくって

それを押し付けてくるようになって。 英国内のルールすら、英国が独自には決められなくなった。

英国のルールがEUのルールと異なる場合は、EUのルールを優先させなければならなくなった。

EUに巨額を拠出しても、リベートとして戻ってくるのはずっと少ない金額。 移民の流入も規制させてもらえない。

あれやこれやで、英国民の我慢が限界に達していたのでしょう。

ドイツのメルケル首相は英国のEU離脱決定にショックを受けたそうですが、

それならば英国の要望にもっと親身になって耳を傾けるべきでした。

 

 

スコットランドは62%が残留に投票しましたが、それはやはり多額のリベートを受け取っているからでしょうね。

英国のEU離脱決定を受けてニコラ・スタージェン・スコットランド相は “スコットランドの(英国からの)独立

を再度住民投票にかける可能性を示唆しました。 もしスコットランドが独立したら、世界地図が変わりますね。

英連合王国の崩壊は残念ですが、それが民主主義の結果なら仕方ないでしょう。

私は彼女のこの反応は性急すぎたと思います。 政治家は感情で発言すべきではない。 それにもしスコットランドが

多額のリベートを受け取っていなかったら、同じ発言をしますかね? 結局は誰もが、自国第一なんですよ。

それはEU加盟国だって同じこと。 英国というATMに抜けられると、他のATM国への負担が増えます。

そうなったとき、それらの国々の国民は黙認できるのでしょうか?


英国はEU加盟国のうち、EUに渡す金額の方がリベートとして受け取る金額より多い10ヶ国のうちのひとつだそうです。

今後もEUは成長を続ける予定で、現在アルバニア、マセドニア、モンテネグロ、セルビア、トルコが

加盟を待っています。 これらの国々が加盟を果たせば、英国へのリベートはさらに少なくなるだけだったのでは?

 

というわけで私の結果予想は見事に外れたわけですが、嬉しい驚きでした。 この結果は、英国民が

“不満を持ちつつも現状維持” することよりも “痛みを伴う不透明な未来” を選んだことを示しています。

これは言い方を変えれば、経済が停滞し困難な状況に陥ることを承知のうえでもEUを離脱したいほど、

EUに属していることにウンザリしていた。 ということになるわけで。


これって個人レベルで考えれば夫婦と同じでは? 結婚当初はうまくいっていたものの、だんだん

伴侶が支配的なパワハラ・モラハラ伴侶へと変貌してきた。 離婚したいが離婚後の生活が不安なので踏み切れない。

子供の将来だって考えなければならない。 ひたすら耐えて現状のままでいくか。 困難に陥っても、自分のプライドと尊厳を

守り自分らしく生きるため離婚するか。 私だったらきっと後者を選ぶので、 「英国人、よくやった!」 と思うのでしょう。

 “欧州の異端児” 上等です。


だって・・・ 思いませんか? “押し付けられた不幸せよりは、自分で選んだ結果の不幸せの方が、納得できるし耐えられる” って。

現状維持を選んでずっと後になってから (もしあの時ああしていたら・・・) と思いを馳せて後悔するよりは、

自分の選択の結果苦しむことになる方が、まだ納得できると思うんです。

 

安定した現状の維持よりも、自国のイニシアティヴの奪還を選んだ英国民。

 私はそんな彼らを見直したし、誇らしく思います。

 (今後生活が苦しくなったとき、同じことを言える保証はありませんが・・・


 

 

下記リンクの記事が、政治バカの私にはとても参考になりました。

  イギリスがEU離脱した理由

英国がEU国民投票で離脱を決断 ― 疑問点をまとめてみました


痛みを伴う大きな変化ではありますが、別に戦争が始まるわけじゃないし。 (EU諸国はそう捉えている可能性はあるものの。

ナチス・ドイツの侵略にさらされたときに英国民が感じたであろう恐怖を思えば、大抵のことは耐えられるはず。

それに予測不可能だった最悪の事態に陥ったとしても、“道端で人が死んでいるのに誰も見向きもしない” という

どこかの国のような状況にまで落ちることは、まず、ないでしょう。

明けない夜はない。 なるようになるさ。

進路は決まったのだから、イバラの道が待っていようとも、後は進むのみ。


退職年齢が年々近づいてきているオットーと私なので、不透明な未来はできれば避けたいところでしたが、

それでも英国民の勇気ある選択に、私は拍手を送ります。 (ちなみにオットーは “Leave” に投票したそうです。)


  Well done, UK!  

 

 

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ペーパーフラワー

2016-06-23 19:42:15 | 暮らし・生活

数週間前から仕事がぐっとヒマになりまして。

それをいいことに、家でペーパーフラワー作りに凝っています。

ポルトガル人の同僚に、とても上手な女性がいるのですよ。 クレープ・ペーパーをカットしてくるくると器用に巻いて、

あっという間にバラの花にしてしまって。 (そういえばムスメの部屋にクレープ・ペーパーがあったな) と思い出し、

挑戦してみました。 私にしてはほんと珍しいことです。 普段工作にはまったく興味ないから。


YouTube の動画も参考にしながら同僚のやり方を真似て、バラもどきを作ってみました。 初心者感満載のバラができ上がりました。

(画像だとわりとマトモに見えますが、実際はマトモからは程遠いです。)

 

赤いバラも作ってみたんですが、葉っぱがないと物足りないですね。 葉っぱは難しそうだから

未来の課題として残し、当座は造花でごまかしておきます。

アネモネもどきも作ってみました。 これは花びらを一枚一枚貼りつけていくやり方。

時間はかかるけど、始めてみたらなかなか面白い。

  

折り紙でカーネーションも作ってみました。 ムスメの部屋にあった色つきティッシューペーパー(ラッピング用のやつ)も

使ってみました。 紙よりティッシューペーパーの方が透明感があっていい感じです。

 

ペーパーフラワー作り、しばらく病みつきになりそう

(私がやると、優雅な趣味というよりは、封筒貼りと並ぶ “昭和の内職” の造花作りですけど・・・


土曜日オットーと散歩中に見た景色。 大麦畑のずっと向こうに、我家からも見える丘が見えます。 (我家はここと丘の間。)

面白い形に刈り込まれた植木が並んでいました。

 

 

左端はケロヨンみたいだからカエル? 残りは不明。 でも微笑ましいからいっか



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Brexit or not ・・・?

2016-06-22 22:04:47 | トピック

いよいよ明日に迫りました。 EU離脱の是非を問う国民投票。

あ、ちなみに私には投票権はありません。

日本が二重国籍を認めないため、私はまだ日本人だからです。

日本国籍を捨てる覚悟で英国籍を申請すれば問題なくもらえると思いますが、

少なくとも母が存命のうちは、日本人のままでいたいので。

それに日本国籍を捨ててしまうと、年金も支給されなくなるんですよね。

私は20代のときに10年近く厚生年金を納めていたので、年金がもらえるようになるまでは日本人でいて、

もらえる金額をみてからその後を決めようと思っています。


イギリスで暮らす中、日本国籍であるがために資格が与えられないことはふたつあります。


選挙権がないこと。

裁判に陪審員としてお呼びがかからないこと。


このふたつ以外はまったく不自由はありません。


ちなみにこれ  が、オットーに来た明日の投票案内状です。 (いつも同じ形式。)



裏には明日の投票時間内に投票できない場合はどうすればいいか(郵便による投票、代理投票など)の手順。



結果の予想はほぼ五分五分で、本当に接戦になりそうです。

もし私に投票権があったら? ・・・ 難しいなぁ。 双方の言い分を聞けば聞くほどわからなくなってしまうので。

経済面ではEUに属していていいと思うんです。 でも政策や司法の分野にまでEUの権限が拡大されているのには

ものすごく不満! 英国内で起きた犯罪は、英国の司法制度で裁かれるべき。 なのに欧州人権法廷が

横槍を入れてくると、そちらに従わなければならない。

EUって経済的な結びつきから始まったと思ったけど、いつの間にこんな状態になったんだろう?


私の明日の結果の予想は 『残留』 です。

最後の最後になって、離脱による混乱に不安を覚えた人々が残留にまわると思うから。

「現状維持でいんじゃね?」 の若年層は、大半が残留を選ぶと思うから。


もちろん私も離脱による社会不安や経済の混乱は怖いですが、ちょっぴり残念な気もします。

斜陽老大国のイギリスにまだまだ独立心が残っていたところを、老いの一徹を、見せてもらいたかったから。

って、これは私の予想でしたね。 結果どころか投票自体が、まだ始まってもいませんでした。


Brexit (= Britain + exit = EU離脱) となるか否か。

心静かに投票結果を待ちたいと思います。


(もし離脱となったら、フランスやドイツの国民もEU離脱を問う国民投票を求めてきたりしてね!?)



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追悼の臨時国会

2016-06-21 23:12:05 | トピック

5日前、非業の死を遂げたジョー・コックス下院議員。

明日が42歳の誕生日だった。

凶行現場となった町の中心部は、市民からの献花で一杯に。

 

現在国会は閉会中だが、昨日(20日月曜日)、コックス議員を追悼するための臨時国会が開会された。

 

追悼のための白バラを胸につけた議員たち。

「彼女を我々から奪った恐ろしい行為は民主主義への攻撃であり、それはわが国全体を衝撃と悲嘆に包みました」

と、コックス議員が所属していた労働党首のジェレミー・コービン。

 

「ジョーとは2006年に、ダルフールで初めて会いました。 ポジティブでエネルギーに溢れ、骨の髄まで人道主義者でした」 とキャメロン首相。

 

コックス議員の席には白と赤のバラが置かれた。

  

コックス議員の人となりを語る同僚の議員たち。 親しい友人でもあったレイチェル・リーヴス議員(下中)は、

「彼女の選挙区は代わりの議員を選出できます。 でも母親の代わりは誰にもできません・・・」 と涙ながらにスピーチを終えた。

  


コックス議員を助けようとして犯人に刺されたバーナード・ケニー氏(77歳)を表彰すべきとの提案もあった。

ケニー氏は昨日退院したという。 彼を知る人は口々に語る。

「彼が77歳だと信じる人は少ないだろうね。 毎日泳いで体を鍛えている。 (コックス議員を反射的に助けようとしたのは)

まったくもってバーナードらしい行為だ。」

炭鉱夫だったケニー氏は、1973年にロフトハウス炭鉱事故が起きた際、救助隊の一員だった。

地面の下228mのところにいた7人の炭鉱夫が突然の大量洪水に襲われ、結局一人の遺体しか収容できなかった。

事故30周年のとき、ケニー氏はこう語ったという。

「ひどい状況だった。 ガスが高濃度で充満していたから、呼吸器をつけて首まで水に浸かって救助・捜索にあたらなければ

ならなかったんだ。 でも誰かがやらなくちゃならない。 6日後に救助活動が打ち切られたときは悲しかったよ。」


臨時国会閉会の際には、議員総立ちのスタンディング・オベーションが2分以上続いた。

議員たちの中には、一般席にいる遺族――コックス議員の夫、子供たち、両親、妹など――を見上げて

拍手を送る者もいた。


つづけて議員たちは、近くの聖マーガレット教会での追悼礼拝に。

 

コックス議員の両親は礼拝には参加せず、代わりに彼女に捧げられた弔辞や献花を見て歩いた。

 


・・・死ねば誰もが「良い人だった」とされることは重々承知していますが、コックス議員という人は

人権の向上や難民の救済に本当に情熱的だったようです。 議員になる前はオックスファムで活躍

していたというし。 もっと効率的に人助けをしたくて政治の道に入ったのでは。

 

隣人愛と互助の精神に溢れていたという彼女。 地域に溶け込んでいた様子がうかがわれます。

 

事件前日に学校を訪れたときの画像(下右)が、(わかっている限りで)彼女の最後の画像となってしまいました。

 

昨年議員に当選した際、両親と(下左)。 ハウスボート内で、子供たちと(下右)。

 


追悼のため彼女の友人たちが立ち上げた募金には、すでに総額百万ポンド以上が集まったそうです。

寄せられた募金は、彼女が情熱を注いでいたチャリティーに寄付される予定。



コックス議員の遺児は、5歳の男の子と3歳の女の子だそうです。

ご主人も立派な方のようだから、お子さんたちをしっかり育ててくれることでしょう。

二人が大きくなったとき、お母さんがどれほど素晴らしい人で、どれほど多くの人に好かれ、どれほど多くの人に

その死を惜しまれたかを、十二分に認識してくれますように。


ジョー・コックスさんのご冥福を、重ねてお祈りいたします。 ・・・・・



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女性議員殺害事件

2016-06-19 23:26:41 | 事故・事件

3日前に起きた、女性議員殺害事件。

ジョー・コックス議員は去年下院議院入りしたばかりの41歳で、5歳と3歳の子供の母親でもあった。

  

 


事件が起きたのはウエストヨークシャー州バースタール(Birstall)の図書館の側。

午前中に学校と老人ホームを訪問したコックス議員は、

午後12時45分頃、EU離脱関連の集会会場に車で到着したところを、待ち伏せていた男に襲われた。

 

野球帽をかぶった男が彼女を掴み、殴り、地面に蹴り倒し、大きな狩猟用ナイフで何度も刺した。

図書館に立ち寄った妻を外で待っていたバーナード・ケニー(77歳)は本能的に止めに入ったが、腹部を刺された。

続けて男は古めかしい銃を取り出し、至近距離からコックス議員を三度撃った。

襲撃の際、男は “Britain First, keep Britain independent, Britain always comes first,

this is for Britain” などと繰り返し叫んでいたという。

  

 

襲撃後、男は足早に現場を立ち去り、目撃者のうちの勇敢な数人が後をつけたという。

まもなく男は駆けつけた二人の警官に発見され、抵抗することなく逮捕された。

  

現場では近くにいた人々がコックス議員の救命にかかり、数分で到着した救急隊員が15分間心肺蘇生を施し、

議員は救急ヘリで病院に搬送されたが、午後1時48分、死亡が確認された。

重傷を負ったケニー氏も病院に収容されたが、幸い命に別状はないという。


コックス議員襲撃の容疑者は、ティモシー・メアー(52歳)。 警察は公営住宅である彼の住居を家宅捜索した。

この家はメアーが子供の頃から暮らしてきた家で、20年ほど前に祖母が亡くなってからは一人で住んでいた。

メアーは近隣の町に住む母親を週に二度ほど訪れ、庭仕事や買物を手伝っていたという。

 

 議員になる前は人道支援団体オックスファムで精力的に活動していたというコックス議員。

小柄ながらもエネルギーに溢れ、笑顔を絶やさず、地元のみならず議会内でも多くの人に好かれていたようだ。

 

地元の人々は彼女のために献花し、教会では追悼礼拝が行われた。

  

 首都ロンドンでも人々が黙祷。

 

  

コックス議員と家族が暮らしていたというロンドン・テムズ川に浮かぶハウスボートにも、多くの献花が寄せられた。

  

国内各地のランドマークも、追悼の意を表して半旗に。

  

 

 “Britain First” は移民と文化の多様化と英国のEU所属に反対する極右団体の名称。

メアーがどの程度極右活動に関わっていたかは現在捜査中である。

彼の自宅からは、コックス議員に関する記事や極右・白人至上主義関係の資料が見つかっている。

メアーは 「過去に精神疾患を患い治療を受けていた」 と弟。

コックス議員の殺害およびケニー氏の傷害、武器の携帯などで起訴されたメアーは、

出廷して氏名を問われたとき “Death to traitors, freedom for Britain” と名乗ったという。

 

女性議員の殺害は、英国史上初めてのこと。

議員の殺害も、1990年にIRAが仕掛けた爆弾により死亡した保守党のイアン・ゴウ議員以来26年ぶりだそうだ。

 

危機的状況が続くシリア。 今年3月、政府はシリア難民の受け入れを否決した。

4月25日、ジョー・コックス議員は3000人のシリア難民の子供を受け入れる 『ダブス修正案』 を支持するスピーチを行った。

(ダブス修正案のダブスは、アルフ・ダブス議員の姓。 自身がかつて “イギリスのシンドラー” によって救われた、あのダブス議員である。)

その後ダブス修正案は可決され、3000人のシリアの子供たちが英国への門戸を開かれた。

以下スピーチ全文。

 

We all know that the vast majority of the terrified, friendless and profoundly vulnerable child refugees scattered across Europe tonight came from Syria. 

We also know that, as that conflict enters its sixth barbaric year, desperate Syrian families are being forced to make an impossible decision: stay and face starvation, rape, persecution and death, or make a perilous journey to find sanctuary elsewhere. 

Who can blame desperate parents for wanting to escape the horror that their families are experiencing? 

Children are being killed on their way to school, children as young as seven are being forcefully recruited to the frontline and one in three children have grown up knowing nothing but fear and war. 

Those children have been exposed to things no child should ever witness, and I know I would risk life and limb to get my two precious babies out of that hellhole.

I am deeply proud of the Government for leading the way internationally on providing humanitarian support to Syrian civilians. Their commitment in terms of finances and policy to help people in the region, and across the middle east and north Africa, will save lives. 

However, in the chaos caused by the Syrian conflict and many other conflicts, many thousands of already deeply scarred children have become separated from their parents and carers, and they are already in Europe. The Government's generosity to date has not extended to those vulnerable children.

We know that identifying the exact number of unaccompanied minors is difficult, but the latest estimates suggest that there could be up to 95,000 such children in Europe tonight—four times the number we thought. 

That means that, if we decide tonight to take 3,000 of them, that will be just 3% of the total. That is our continent's challenge, and we must rise to it.

I recognise that this is not easy, but tonight we are being asked to make a decision that transcends party politics. 

Any Member who has seen the desperation and fear on the faces of children trapped in inhospitable camps across Europe must surely feel compelled to act. 

I urge them tonight to be brave and bold, and I applaud Stephen Phillips for an incredibly principled, personal speech.

In the shanty towns of Calais and Dunkirk, the aid workers I spent a decade with on the frontline as an aid worker myself, tell me that the children there face some of the most horrific circumstances in the world. Surely we have to do the right thing tonight and support the Dubs amendment.

 

 コックス議員のご両親と妹さんは献花が集まった場所を訪れ、気丈にも悲しみに沈む地元民を励ましたそうです。

 

 

3日後の22日が42歳の誕生日だったというコックス議員。

 5歳と3歳のお子さんたちの成長を、どれほど見守りたかったことでしょう・・・・・。

 

 惜しい人を亡くしました。

ジョー・コックスさんのご冥福をお祈りします。・・・・・

 

 

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画像でたどる女王陛下の90年 ③

2016-06-16 21:46:31 | 王室

の続きです。

さて、前回 ② に含まれていた昭和天皇の来英ですが。

その後接近画像が見つかりました。 せっかくなのでここに載せておきます。


昭和天皇の来英は1971年10月5日からの4日間だったそうです。 (動画もありました。)

 

下左のこちらを向いているカップルは、マーガレット王女ご夫妻。

  

エリザベス女王の後を継いで王になる予定のチャールズ皇太子は、1981年、32歳にしてようやく結婚。

下右はダイアナ妃の命日の記事にも載せた画像です。

  

チャールズ皇太子とダイアナ妃のその後を知っている今となっては、一抹の苦味を覚えるロイヤル・キス。

ダイアナ妃はすんなりご懐妊し、翌1982年には王位継承者となるウィリアム王子が誕生しました。

 

1986年、中国訪問。

 

1991年、女王陛下の65歳の公式お誕生日に英空軍の分列飛行を見物する王室メンバーたち。

 

1992年11月、女王の居城のひとつであるウィンザー城が大火事に遭い、修復費は3650万ポンドに上ったそうです。

今日のレート£1≒¥148で単純計算すると、・・・54億円! 

その結果、修復費用の足しにするため女王様は所得税を支払うことになり、またバッキンガム宮殿も

一般公開され(て入場料を徴収して費用に充て)ることになったそうです。

  

1993年のダイアナ妃と女王様と、同年93歳のお誕生日を祝われるクイーン・マザー

 

1995年5月8日、50回目の欧州戦勝記念日の女王・母君と妹君(まるで信号機、というツッコミはさておき)。 同年、南アフリカを訪問。

  

1996年3月、スコットランドのダンブレイン小学校で無差別殺傷事件が発生。 女王陛下はアン王女とともに事件現場を慰問しました。

  

1997年8月31日、ダイアナ妃がパリで事故死。 その際の女王様は 「対応が遅い」 「民心から遠ざかってしまっている」 と

激しく非難されました。 女王様の人気が最も落ち込んでいた時期でした。

 

撮影年月不明ですが、一族の集合写真。 クイーン・マザーもおられます。 ウィリアム王子の背が高いこと!

2000年8月4日、クイーン・マザー100歳に! このときエリザベス女王は74歳、マーガレット王女は

あと17日で70歳でした。 半世紀前(1951年頃)の母娘三人の画像も並べておきます。

  

下左は、2001年の9/11の犠牲者のため聖ポール寺院で行われた追悼礼拝の際、涙を拭う女王陛下。

翌2002年2月9日、妹君のマーガレット王女が71歳で亡くなりました。 故人の生前の希望に沿って、

ウィンザー城で執り行われたお葬式は、親族とごく親しい友人のみの内輪のものとなりました。

 

娘に先立たれたショックのためか、7週間後の3月30日、クイーン・マザーが101歳と7ヶ月で死去。

妹と母親を相次いで亡くしたこの時期は、女王陛下にとっては辛い日々だったことでしょう。

しかし同2002年2月6日、女王様は即位50周年を迎えられました。

(即位50周年は妹君が亡くなる3日前だったんですね。 画像の順番が間違っていてすみません。)

 

2005年、チャールズ皇太子と長年の恋人カミラ夫人が結婚。

大伯父のエドワード8世は離婚歴のある(その上アメリカ人の)ウォレス・シンプソン夫人と結婚するため王位を

退かなければならなかったのに、次期国王が離婚歴のあるカミラ夫人と結婚て・・・

時代は変わった? それともチャールズ皇太子は王位につかず、ウィリアム王子が次期国王になるのかなぁ???

  

10年前、80歳の誕生日を迎えられた女王陛下。

 

女王ご夫妻、2007年には結婚60周年のダイヤモンド婚を迎えられました。

“お前百までわしゃ九十九まで、ともに白髪の生えるまで” ・・・・・

 

現在95歳と90歳のお二方。 来年2017年は結婚70周年で・・・ プラチナ婚!

 

あの日から今年で69年になるんですね。 こうなったらプラチナ婚も、ぜひとも祝っていただきたいものです。

2011年には、孫のウィリアム王子が結婚。

下右は2015年、訪問先のドイツで踊るロボットがお気に入ったらしい女王様です。 メルケル首相の表情が可笑しい

  

2015年9月9日には、ヴィクトリア女王を抜いて在位最長記録を達成

そして今年4月21日には、90歳のお誕生日を迎えられました。 史上最高齢君主の記録も更新中です。

 

 

こうして脈々と受け継がれてゆく英国王室。

この図  で見ると、エリザベス女王とフィリップ殿下が遠戚関係にあるというのが、

何となくわかったような、わからないような。

 

 

エリザベス女王の洗礼式の画像も出てきました。 せっかくなので貼っておきます。 90年前の画像ということになりますね。

 

アタマの回転が鈍り始めた50代(え~?誰のことぉ~?)を助けるべく、★印で同一人をマーク。 

 

  

 

・・・とこれで終わりそうですが、なぜか終わらず。

 

《  につづく 》

 

 

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女王さま見っけ!

2016-06-14 21:14:07 | トピック

誰も待っていなかったかもしれませんが、前々回の答えです。

女王さまイター! ヽ(´∀`) /

パンダ、イター!

ネコ、イター!

パンダ、イター!

またまたパンダ、イター!

 

 

隠れたアルファベット大文字の正解は:

 

 

 

 

 

いかがでしたか? 暇つぶしになったのなら幸いです。

ちなみにちょっと趣味のよろしくないこんな  パズルもありました。

この画像の中に女王さまのお顔が90(!)あるそうです。

でも画像が小さすぎて、とても全部探し出すのは無理ですよねぇ。

これには解答はありませんので、チャレンジしたい方は自己責任でどうぞ。

 

 参考用に、こんな拡大画像がくっついていました。

 

 

 ・・・ね? 趣味、よろしくないでしょう?

 

 

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祝・女王陛下の90歳の公式お誕生日

2016-06-12 22:44:51 | 王室

4月21日に90歳の誕生日を迎えられた女王陛下。

でも女王様には、実際のお誕生日の他にもうひとつ、公式お誕生日があります。

昨日がその公式お誕生日だったので、昨日今日はそのお祝い行事がロンドンでありました。

 

まずは昨日(6月11日土曜日)

バッキンガム宮殿へとつづくザ・マル大通りでのパレードです。

フィリップ殿下はすごい帽子をかぶらされて・・・ 暑い日でなくてよかった。 暑かったら熱中症ものですよ。

 

下左は左からチャールズ皇太子、ウィリアム王子、アン王女だそうです。 あの帽子・・・ なぜにあのサイズでなければならないのか。

カミラ夫人とケイト妃は涼しげに車上の人。

 

女王様の末っ子エドワード王子夫妻とハリー王子も騎馬せずに済んで楽ちんです。 王の座から遠いから? (と勘ぐってみる。

カッコイイことに、お若い頃は女王陛下ご自身も騎馬されていたんですよね。

 

 

このパレードは、じつは軍隊の分列行進  を見学してからのバッキンガム宮殿への帰り道でした。

  

祝賀行事はざっとこんな感じだったそうです。

バッキンガム宮殿入りした王室のメンバーは、バルコニーで恒例の、英空軍による分列飛行を見物。

ジョージくんとシャーロットちゃんがカワイイ

 

昨日の女王陛下のお召し物は蛍光黄緑色。 ちょぉ~っと明るすぎたかなぁ・・・ と私は思うんですがいかがでしょう。

シャーロットちゃん、疲れてきちゃった? まだ1歳と1ヶ月だから無理ないですね。 

  

レッド・アローによる国旗の3色の放射飛行。

 

飛行士は気持ちいいだろうな!

 

最後に飛んだレッド・アローばかりが注目されがちですが、実際はこんなに飛んだそうです。

国内各地の空軍基地からやってきたみたい。

 

そして今日6月12日(日)。 あいにくの天気予報に、女王様も今朝は気をもまれたみたい?

でもパレード中は天気がもってくれたようです。

 

  

在位期間最長記録のみならず、在位最高齢記録も更新中の女王様。 さらには君主の婚姻期間最長記録も更新中の、95歳と90歳です。

女王様の今日のお召し物は明るいピンク。 (私はこっちの方が好きだな。)

フィリップ殿下とウィリアム王子、今日は馬に乗らなくていいし変な帽子もかぶらなくてもいいのでラクだったのでは。

 

アンドリュー王子が両親抜きで (いいのか?オイ) 集合写真を撮影。

 

今日はザ・マル大通りにおいて、1万人を招待してのチャリティー・ストリート・パーティーが予定されていたんですが・・・・・

 ・・・・・パレードのあとで降り出しちゃったみたいです 

 

ストリート・パーティーはチケット制で、一人£150(≒¥22,650)。 豪華ランチボックスの中には豪華?な食べ物が

入っているそうですが、私はこの豪華ランチボックスより150ポンドの方がいいな。

 

雨はイギリスには年中つきものですからね。 皆さん雨にもめげず思い思いに楽しんだようです。

 

 

ストリート・パーティーは10時から16時半まで。 その間さらにパレードがあったようです。

 

 

 

ところでチャールズ皇太子とカミラ夫人が見当たらないと思ったら、今日はお二人はグロスターシャー州ブリムスフィールド(Brimpsfield)村で、

カミラ夫人が主催した祝賀パーティーに参加したそうです。 ブリムスフィールドって、調べてみたらプリニッシュ修道院から

東に3km程度の位置にあり、皇太子の別邸ハイグローヴ・ハウスからだと車で30分ほどみたい。

 

祝賀行事に先駆けて、信号機を一時的に外したり、道路両側にパーティー席を設けたり。

いろいろ準備が大変でしたね。 当然ながら。

 

テロ対策もあるし。 ワンコは爆弾探知犬でしょうね、きっと。 右端の女性はBBC朝のニュースのお天気お姉さん、

キャロル(Carol Kirkwood)さん。 笑顔が素敵な54歳 (に見えない!) で、私もファンです。

  

 

無事終わって何よりでした。 皆さんお疲れさま!

 

 

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