ハナママゴンの雑記帳

ひとり上手で面倒臭がりで出不精だけれど旅行は好きな兼業主婦が、書きたいことを気ままに書かせていただいております。

プリニッシュ陶器を入手

2016-05-26 21:27:51 | イギリスのあれこれ

仕事がオフだった今日は、例によって運動のため散歩に。

まず、数年前にできた住宅地の端っこを、距離をかせぐためムダに歩いた。

  

フットパスの終わりには小さな公園があったけど、人がいたので写真は撮らず。

家々の並び方は、緑が少なくてなんだか味気ない。

 

 

チャリティー・ショップに入って置物やグラスなどを眺めていたら・・・

ミニチュアの家の置物が気に入ってしまった。 また少し離れたところには、見覚えある柄のものが。

 

プリニッシュ修道院で作られた・・・ 花瓶! (ですよね?)  £2.50(¥400)なら安い! おトク!

でも最近めっきり物欲が減ったしな・・・ 置物や花瓶って、買ってすぐのうちは嬉しくて眺めていても、そのうちそこに

あるのが慣れっこになって忘れられちゃうものだしな・・・ と悩んだ末。

両方買っちゃった。 ミニチュアの家は£3.50(¥560)だったので、両方で£6.00(¥960)。

 

丘の麓のフットパスに入り、ちょっと散策。 眺めがよい。

遠望をズームイン。

フットパスの脇には、ラムソンが生えているところもあった。

 

下り道を歩いていたとき、よくケイトーと歩いた草原が遠くに見えた。

 

 

ミニチュアの家の置物は、さっそく他のと並べて窓敷居に置いた。 有名な英国製リリパット・レーン(Lilliput Lane

シリーズの品だから、これ、新品だったら£30(¥4800)くらい、いやそれ以上するかも。

もういくつか持っているから買うつもりはなかったんだけど、気に入っちゃって、つい・・・

所々小さくカケてるけど気にならない程度だし、良い買物をした。

   

プリニッシュ製の花瓶は、どこもカケてないし、洗ったらきれいになった。  大輪のバラでも挿したら面白そう。

今はもう製造されていないプリニッシュ陶器だから、いうなれば歴史の1ページ。 これも良い買い物だった。

  

 

ここでチャリティー・ショップ(Charity Shop)について説明をば。

チャリティー・ショップはイギリスのほとんどの町にあります。 チャリティー組織により運営されていて、売られている

品は、一般市民が持ち込んだ不用品。 そのため大半が中古品ですが、中にはプレゼントでもらったけど気に入らないため

持ち込まれた新品などもあります。 さらにはチャリティーに関連して製造された新品、あるいは普通の店からもらった売れ残りの

新品を売っているチャリティー・ショップもあります。 店員は高齢のボランティアの方が多いですが、マネージャーは

有償の雇われマネージャーなのは、やはり責任があるからでしょう。

 

売られているのは衣類、アクセサリー、靴、バッグ、おもちゃ、本、食器、置物、DVD、CDなどなど。 中には

家具を専門に扱うお店もあります。 売上げから必要経費(店舗賃借料、店内の設備維持費、

電気・電話料金など)を引いた利益はチャリティーに寄付されます。

 

中古品で値段が安いから、ケチな倹約家の私はチャリティー・ショップめぐりが大好き!

衣類はちょっと・・・ と思う人もいるかもしれませんが、チャリティー・ショップに持ち込まれた衣類は高温で洗濯されるので、

私は気になりません。 ムスメが幼い頃はすぐに衣類が小さくなってしまうので、よく利用させてもらいました。

(そういえば、私が今着ているトップもチャリティー・ショップで買ったやつだわ。

私も過去に、自分にはもう必要ないけれどまだまだ使える品や、プレゼントにもらったけれど

欲しくなかった品(オイオイ)を持ち込んだことがあります。

 

まだまだ使えるものを再利用し、資源のムダ遣いを抑えるチャリティー・ショップ。

日本にもできればいいのになぁ!

 

 

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“ケイトー俳優” 亡くなる

2016-05-25 21:01:53 | エンターテインメント

昨日、映画 『ピンク・パンサー』 シリーズでクルーゾー警部の使用人

ケイトーを演じた俳優さんが亡くなったそうです。

バート・クウォーク、享年85歳(敬称略)。

 

クルーゾー警部の隙を狙って襲いかかる面白い使用人だったけど、あれ実は、クルーゾー警部に

許可されていた、というより頼まれてしていたことだったんですね。

常に警戒を怠らないという訓練のために。

警部を油断させるため、予期せぬところに隠れていて不意打ちを食らわせるケイトー。

冷蔵庫から、そして洋服箪笥から。

 

二人の格闘のあと、クルーゾー警部の住居はいつもめちゃめちゃで・・・ 後片付けするのは、やはりケイトーだったんだろうなぁ。

 

 クルーゾー警部がすき焼きに舌鼓を打とうとしていたところに、着物姿のウェイトレスに変装したケイトーが

不意打ちをかけるなんてこともあったんですね。

 

 格闘の最中でも、電話が鳴ると冷静な声で応答するケイトーが面白い

 二人の格闘シーンの視聴はコチラ:                            


シリーズ第2作 『暗闇でドッキリ』 (1964年) でケイトーとして初出演したときは、33〜34歳だったことになります。

クルーゾー警部とケイトーの格闘が人気を博し、その後も続けて出演。

ピンク・パンサー4』 (1978年) ではクルーゾーの捜査助手を務めたって? それは大出世!

 

 

ケイトー役で有名になる前も、『六番目の幸福』 (1958年) でイングリッド・バーグマンと共演していたとは

知りませんでした!

100人の中国人孤児たちを、日本軍から守りつつ安全な土地へと導いた伝説のイギリス人女性宣教師の実話を

基にしたこの映画。 若きクウォークは、彼女を助け、彼らを守るため自らを犠牲にした元囚人の役だったみたい。

  

  それになんと、2本の007映画にも出演していたとは! 007映画のパロディー作品も含めると、3本になります。

左から:  『ゴールドフィンガー』、パロディーの 『007 カジノロワイヤル』、日本を舞台にした 『007は二度死ぬ』。

            

 1980年代前半には、3年間続いたBBCのTVシリーズ Tenko (点呼)で日本軍のヤマウチ少佐を演じたそうです。

1942年のシンガポール陥落後日本軍に捕らえられた英国・オーストラリア・オランダ人女性たちの体験を描いたという、

31話からなるこのシリーズ(1話50分)。 戦争オタク?としては・・・ 内容が気になるわぁ〜・・・

  

そうして 『ピンク・パンサー』 後も、映画とテレビで活躍。

 

2002年から2010年までは、BBCの人気コメディー・シリーズ Last of the Summer Wine にも出演していたそうです。

1973年に始まり2010年に終わったこの長寿番組。 私は見たことなかったけれど、お爺さんトリオが主人公という珍しい設定で、

クウォークは最後の三人組の一人を演じたとのこと。 このシリーズ、王室メンバーもファンで、チャールズ皇太子は

今は亡きクイーン・マザーに勧められて視聴するようになったとか。

 

老人トリオを演じる俳優さんたちはもちろん高齢だから、最後の3人になるまでにもいろいろな役者さんが

トリオを演じたようです。

   

 

2011年には大英帝国勲章を受章。 勲章を授与する際、クウォークはチャールズ皇太子

「気分が沈んだときはピンク・パンサーを見るんですよ。 気分が良くなりますから。」 と言われたそうです。

私生活では1961年に結婚、1974年に息子さんに恵まれました。

 

訃報をきっかけに、いろいろと学ぶことができました。

バート・クウォークさんのご冥福をお祈りします。

 

*       *       *       *       *       *       *       *       *       *

 

ケイトーという名前は、我家には特別に愛着がありまして。 6年前に虹の橋に旅立った愛犬の名前だからです。

そのものズバリ、クルーゾー警部の使用人ケイトーからもらったもの。 (『名前の由来』)

ブログ記事にはしませんでしたが、今年もケイトーの命日はちゃんと覚えていましたよ。

ムスメが生まれるより先にうちに来て、ムスメが14歳になるまで長生きしてくれた愛犬ですから、

忘れようにも忘れられません。 (『三人と一匹に。』 『“My Hairly Brother”』)

 

さて、使用人ケイトーの名のスペルですが。

ケイトーが初めて登場した 『暗闇でドッキリ』 のときは Kato でしたが、次回作以降は Cato に変更されたそうです。

私たちがテレビガイドで見たスペルは Kato だったので、うちはそれと思い込んでいました。

これだと 『加藤』 さんと同じになっちゃうけど、まぁいいさ。 ケイトーはどちらだろうとお構いないだろうし。

 

ついでながら、ケイトーの遺灰は今も居間に(シャレではない)飾ってあります。

こうなったらやはり、私の棺に一緒に入れてもらうとしようかな・・・?

 


 

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“イギリスのシンドラー” を偲ぶ

2016-05-22 22:40:13 | ひと

3日前の5月19日(木)、故ニコラス・ウィントン氏の追悼礼拝が、ロンドンであったそうです。

日本でなら一周忌に執り行うところでしょうが、そこはイギリス。

故人の生涯や功績を讃えるという発想から、命日ではなく

ウィントン氏の107回目の誕生日になっていた日が選ばれたようです。

これってすごくポジティブな、グッド・アイディアでは?

 

 

ウィントン氏については、以前の記事に詳しいです。


“イギリスのシンドラー”


“イギリスのシンドラー”

 

チェコ、スロバキア、英国政府の代表を含む約400人が参列。

 

スピーチをする、故人の息子のニック・ウィントン氏(下右)。

 

 

1988年に “That's Life !” のプレゼンターとしてウィントン氏と彼に救われた“元子供たち”を再会させた

エスター・ランツェンが、思い出を語ります。

 

「二人の女性を命の恩人と再会させた、あの瞬間のインパクトといったら・・・ 私は長いキャリアの中でただ一度だけ、

席を立ってカメラや客席から見えない所に引込み、涙を拭いてから戻らなければなりませんでした。」

 

 

当時の思い出やウィントン氏への思いを語る、“元子供たち”。

 

米マサチューセッツ州からやって来たエヴァさん(80歳・下左)は、1939年当時3歳でした。

「家族とともに今日ここに来ることは、私にとってとても大切なことなのです。」

ロンドン・ハーロウ区在住のクルトさん(92歳・下右): 「必要ならば、海を泳いで渡ってでも来たでしょう。

私の人生のすべてが彼のおかげなのですから。」

 

 

追悼礼拝には、ウィントン氏に命を救われた28人の “元子供たち” が参加。

はるばるイスラエル、チェコ、アメリカから駆けつけた人もいました。

ウィントン氏の偉業から77年後の今、すでに亡くなった “元子供” も少なからずいて、その代理として出席する遺族もいたそうです。

 

 “元子供たち” の多くが、彼らの命綱だった旅行許可証をその後も大切に保管しています。

 

 

 

今回またあれこれ読んで、新たに知ったことが。

ウィントン氏は奥さんとの間に3人の子供を授かりましたが、うち一人は幼くして亡くなりました。

そこまでは知っていたのですが、

亡くなったお子さんは次男のロビンさんで、ダウン症をもって生まれてきたそうです。

当時はダウン症児は施設で暮らすのが一般的でしたが、ウィントン夫妻は家庭で育てたいと主張。

そうこうするうちロビンさんは髄膜炎にかかり、6歳の誕生日を迎えることなく亡くなってしまいました。

その後のウィントン氏が障害者や高齢者といった社会的弱者のサポート活動に傾倒していったのは、

ロビンさんの死が深く影響していたから。 と、娘のバーバラさんは考えています。

 

 

 

2014年11月のインタビューでの、ウィントン氏の言葉。

 

『我々は歴史からたったひとつのことしか学んでいない。 それは “我々は歴史から何も学ばない” ということだ』

と言ったフランス人 [注: 実際はドイツの哲学者ヘーゲル] がいたが、まさしくその通りだ。

それどころかひどくなっている。 我々は、ひどい事をより上手くやってのけることを学んだだけだ。

 

 

ひどい事をより上手く。 確かに。

最初の原子爆弾が日本に落とされてから71年後の今、核兵器の威力ははるかに強力になっていますよね?

(科学に弱いし知りたくもないから調べませんが。)

人類は相も変わらず人種や宗教や思想や慣習や肌の色などの違いを理由に対立し、殺し合っています。

このままだと、いずれは人類は、対立を悪化させて自滅するのでは。

 

誰かを迫害するためではなくお互いを助け合うために、少しだけでいいから皆が努力するような世の中になれば、

この世はずっと安全でずっと暮らし易くなるのにな。

残念ながら今の世の中は、その逆の方向に少しずつ進んでいるように思います。

 だからウィントン氏のような人のことを回想しお手本にして自らを励ますことは、

とても大事。

 

ニコラス・ウィントンさん。

あなたがこの世に生を受けたおかげで、669人の子供と彼らの子孫が救われました。


 107歳の誕生日、おめでとうございます!  

 

 

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新しい扇風機

2016-05-20 23:45:01 | 日記

仕事がオフだった昨日。 午後はあるブツが配達されることになっていたため、

午前中に買物を兼ねた散歩に出掛けた。 画像で見ると、ダーズリーの町もなかなか綺麗。

なぜUPされた画像って、実物よりよく見えるんだろっ? (自分の画像は例外

タウン・ホール(下左)と、我家からも見えるカム・ピーク丘(下右)。

  

 脇道に入ると、突き当たりは教会の脇腹。 その教会を、タウン・ホールのアーチ下から見てみた。

  

実は一昨日、ヘマをやらかしまして。 扇風機を壊しちゃったのです。 風呂上りに汗ばんだので、今年初めて

扇風機を使おうと思い首を上向きにしたら、翼のひとつがケージ部分?の前面と後面の間に挟まってしまい、

すでにスィッチが入っていたものだから、翼は3枚ともバキバキと分解。 どうやら私が、久しぶりだったもので加減を忘れ、

限界を超えて首を上向きにしちゃったみたい・・・

 

買ってまだ数年だったのになぁ。 そりゃ安物だったから簡単に壊れたのかもしれないけど、もう少し丁寧に

扱っていたら壊れることはなく、まだ数年は使えたんじゃないかな。 大雑把だからなー、私。 今後は気をつけよう。

・・・としっかり反省したので、過去は水に流し、昨日の朝早速ネットで新しい扇風機を注文。

すると昨日の午後2時から6時までの間に配達できるとのことなので、朝のうちに散歩に出たというわけです。

 

午後2時40分に、新しい扇風機到着! 早速組み立てに取りかかった。

 

またまた安かろう悪かろう(英語で cheap and nasty)の品物なので、薄っぺらなプラスチック製。

『安物買いの銭失い』 という諺が頭に浮かぶけど、私は基本安いと嬉しいし、イギリスの夏は短くて

長く使うものでもないので、これでいいのだ。 (そうしてまた来夏、勢い余って壊したりして

組み立ては10分で完了。 よ〜し、これでもう大丈夫。 どーんと来い、熱波! 英語で Heatwave !

 

裏庭に出て、夕飯に使うため隅っこに生えているワイルド・ガーリックを収穫。

これ、日本ではラムソンっていうみたい?

ワイルド・ガーリックの名の通り、ニンニクみたいな匂いのする野草だ。

 

 小さな白い花は、なかなか可愛らしい  若そうな葉を何枚かハサミでちょん切ってきて洗った。

(夕飯時にオットーに指摘されたけど、これ、花も食べられるそうだ。 今度試してみよう!)

  

次は、2階のオットーの部屋へ。 在宅イラストレーターをしていたとき、仕事部屋だった部屋。

なまめかしいピンクの光を放つ箱にご注目。

 

オットーは、この箱の中でミズナを育てている。 このミズナからも、何枚か葉を頂戴した。

ピリッとした辛みがあるので、それほど量はいらない。

  

オットーは実験的に、同じときに種蒔きしたミズナを、窓敷居でも育てている。 ピンクの人工光で育てられているやつの方が

窓敷居の(下右)よりずっと育ちがいいのは、一目瞭然。 居間の窓敷居では午前中しか日を浴びられないからだろう。

その後裏庭にも種を蒔いてくれたので、そっちは大丈夫なはず。

 

昨日の夕食は、鮭のから揚げ粉焼きと、ワイルド・ガーリックとミズナとレタスのサラダと、ごはん。

我家のディナー皿は、先月スーパーで見つけて新調したばかりの一見陶製に見えるメラミン製。

電子レンジや食洗機(うちにはないけど)には入れられないけど、軽いし落としても割れないので気に入っている。 

 

我家は基本、一皿料理。

オットーはかなりの少食で、これ以上作っても 「食べられない」 と残す 人なので。

面倒臭がりで料理も得意でない私は、とても助かるのです。



《 オマケ 》

前回の 『岡崎選手をさがせ!』 の正解です。

  

 

(あ、最後のは必要なかったですね

 

 

 

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レスターはお祝いムード!

2016-05-18 22:50:11 | トピック

132年のクラブの歴史上、初めてプレミア・リーグ優勝を果たした  レスター・シティー・フットボール・クラブ

私がボートンに出掛けた16日月曜日、レスターの町ではクラブの面々がオープン・トップの2階建てバスで

市内をパレードし、市民から熱烈な祝福を受けたそうです。

   

通りに出てチームに歓声を送った市民の数は、推定で25万人とのこと。 (ホンマかいな!?) 

 

時計塔も周囲を埋め尽くされたうえ、登られちゃってます。

 

エース・ストライカーのジェイミー・ヴァーディーとラニエリ監督(下左)。

 

『岡崎選手をさがせ!』  ヒント: 紺色のキャップをかぶっています。

  

・・・岡崎選手イター!  ヽ(^▽^)ノ

  

レスター・ブルーに染まったファンたち。 赤ちゃんまでブルーでカワイイ

 

老いも若きもラニエリに。

 

パレード後、お祝いの舞台は市の南部にあるヴィクトリア・パークへと移ります。 2月に私も歩いた公園。

公園はレスター大学に隣接しているので、ムスメの案内で私も上ったアッテンボロー・タワーが見えます(下左・中央)。

 

煙は上がるは、炎は噴くは。

  

クラブのオーナーはタイの方(下右)だそうです。 まさかの優勝、嬉しいだろうなぁ。

 

お祝いの花火も。 リーグに残留できれば御の字だった低迷チームが優勝したんですもんね。 思う存分喜びを味わって! 

 

  

100年に一度あるかないかの、とんだ番狂わせ優勝を成し遂げたレスター・シティーFC。

そんなときにレスターに居合わせたムスメは、なかなか運が良かったかも?

ということで、スポーツには縁も興味もないムスメも、友達とお祝いムードに浸りに出掛けたそうです。

  

「髪にビールを浴びたけど気にしないわ」 とのこと。

おいしそうなドーナツ! 私も食べたい!! 

  

 

5000対1の勝率(でいいのかな?)をひっくり返し、見事優勝を成し遂げたレスター・シティー。

まさにアメリカン・ドリームですね。 アメリカじゃないけど。

 

「頑張れば不可能と思われることだって可能になることがある」 と実感させてくれてありがとう!

 

  本当におめでとう、レスター・シティーFC!

 

 

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ボートン・オン・ザ・ウォーター再訪

2016-05-17 23:24:40 | イギリスのあれこれ

先月アグネスにおつきあいして久々に訪れたボートン・オン・ザ・ウォーター

とてもよかったので、もう一度行きたい気分になっていました。

天気が良くて、でもあまり暑くない日に。 (暑がりの私にとっての「暑い」は18℃以上。)

そこで4日連続の遅番勤務を終えた昨日(5月16日月曜日)、ぱっと思いついて行ってきました。

川の上に小さい英国国旗が連なってはためいていて楽しい。 女王陛下の90歳のお誕生日祝いの一環かな?

日中でも点灯しっぱなしらしい街灯

前回歩かなかった、平らな方の歩行者用橋(Footbridge)。

ウインドラッシュ川と、モーター博物館。

 

その先のベーカリー・オン・ザ・ウォーターは、かなり混んでいました。 さすがトリップ・アドバイザーで第1位のレストラン! (26軒中;今日の時点で)

 

川からほんのちょっと引込んだだけで、とても静かです。 下左手前はツーリスト・インフォメーション。

 

かわいい家もありました。 チューリップの赤がアクセントになっていてグー! (グーって死語?

 

川と、それに並行してはしるハイ・ストリートです。

下右写真のもやっぽいものにご注目。

 

(こんなところに、なぜ煙が?)と思ったら、使い捨てバーベキューからの煙でした。

 

幸せそうに満ち足りたひとときを過ごす人々。 ちなみに川の水は澄んでいます。

 

戦没者慰霊碑とハイ・ストリート。

 

  

昔からある建物を、そのまま銀行・商店・スーパーなどとして使用しています。 古い建物だから趣があっていいんですよね。

これが全部撤去されてモダンな建物になってしまったら、ボートンの魅力は激減することでしょう。

 

 

ベーカリー・オン・ザ・ウォーターはあきらめて、先月と同じレストランでランチにすることに。 空いていて「どこに座ってもいい」と

言われたので窓際のテーブルについたけど、間もなく中国人の女の子が二人連れで入ってきたので 「よかったらどうぞ」 と

テーブルを譲りました。 窓からの眺めがいい席だけど、私はもう先月楽しめたもんね。 (私っていいヤツ。

  

がっつり食べたい気分だったので、ボードにあった本日のスペシャルのひとつ、スロー・クックト・ポークなんとかを注文。

温野菜とマッシュポテトつきで、すごいボリューム。 半分を過ぎた頃からは、惰性で食べてました。

20代の私だったらぺろっと完食していただろうに・・・  完食はしましたけどね。

添えられているフルーツは、リンゴの薄切り。 ポーク・クラックリングはものすごく堅くて、なかなか切れ割れませんでした。

あ、クラックリングは2口で降参したから、完食してないか

このポーク料理のお値段は、£14.95(¥2350)。 イギリスはほんと外食が高い。

 

先月心魅かれたピーター・ラビットのミニチュアのティーセット、テーブルに載った方のやつ。 まだショーウィンドウにあったので、

お店に入って一応値段を聞いてみたら・・・・・ £39(¥6123)。 写真で満足することにしよう。

 

陶製に見えるのに陶製でなくメラミン製!だから落としても割れない!!という食器もありました。

実は私、メラミン製のファン。 我家の普段使いの食器は、ずっと前からメラミン製です。

ソーラーパワーで飛び回る蝶々なんてのもありました。 中央の緑色の柱の周りをぐるぐると飛び回り続けるんです。 オモシロイ。

 

アンティーク・ショップでは、Egg Coddler なるものも見つけました。 coddle は 『とろ火で煮る、ゆでる』。

『柔らかい半熟卵作り器』 みたいです。 前にも見たことあるけど、これ実際に使っている人、いる・・・ んでしょうね、きっと?!

 

 

川沿いにあった観光案内板。 読みにくくて申し訳ありませんが、ご参考までに載せておきます。

トイレは有料(20p=¥32)ですが、まずまず綺麗でした。

 

 

 

コッツウォルズの町(村)間距離チャート。

ちなみにダーズリーからボートンまでの走行距離は36マイル、58km。 小一時間(54分)で到着しました。

 

こうしてボートンひとりあるきを楽しんだ私でしたが、帰宅途中から頭痛が始まって・・・・・

帰宅後鎮痛剤を飲んだけれど治まらず、私はお腹が空かなかったのでオットーにだけ夕食を作り、

我慢してネットしていたけれど集中できないので午後8時頃しばらくのつもりでベッドに入ったらそのまま寝入ってしまい、

次に目覚めたら午前2時45分!

こうして昨日UPするつもりだった記事は今日に持ち越されることになったのでした。

 

車を運転中、陽光がほんと眩しかったんですよね。 それが頭痛の原因になったのかな。

それに4日連続で働いたから、疲れもたまっていたのかな。

いずれにしても、トシはとりたくないものだわ・・・・・

 (単に食べ過ぎだったりしてね。


 

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プリニッシュの目ざわり

2016-05-13 22:46:51 | イギリスのあれこれ

プリニッシュ修道院から北に500mほど。

鳥と鹿公園からは北に200mほどの距離に、その大きく近代的な建物はある。

 

自然美豊かな周囲の景観にそぐわない、学校?それとも病院?みたいな建物。

 

 

 私も今回初めて知ったのだが、これ、新しい修道院だったんだそうだ。

より大きな修道院が建設されることになり、1939年にカンタベリー大司教により礎石が置かれた。 しかし第二次世界大戦が

勃発し、建設は中断。 戦後も建設資材の高騰によりなかなか建設が再開できず、ようやく再開にこぎつけたのは

1960年代に入ってからだった。 新しい修道院は1972年に完成し、同年修道士たちはこの新しい修道院に引越した。

 

古い(そして現在使われている)方の修道院は、屋根を新しく葺かれ内部を改装され St. Peter's Grange と

名づけられて、修道士たちの会合や黙想の場として使われることになった。

 しかし建設開始から完成をみるまでの30余年の間に、70人いた修道士は48人に減っていた。


 

 

 

その後も修道士の数は年々減少。

とうとう12人という少人数になってしまったため、2008年夏、修道士たちは St. Peter's Grange に戻った。

たった12人のために大きな建物を維持管理するのがあまりにも不経済となったためだった。

 

 

 

  後に残された、4階建ての大きな建物。 私に言わせれば、コッツウォルズの自然美の中につけられた汚点!

この建物、内装はまだいいとしても、外観が・・・・・。 どうしてこんな不恰好で味気ない近代的なデザインが選ばれたんだろう?

修道院らしさがまったくない。 もう少し柔らかさ、親しみ易さがあればよかったのに。

 

ステンドグラスは好き だけど。

 

うーん、やっぱり内装も直線的すぎるわ。

 

修道士数60人を念頭に設計されたという新しい修道院。 5分の1の12人になっちゃったのでは、確かにムダに広すぎる。

客用寝室も20室あったらしいし。 (20室が満室になったことなんて、あったのかな?)

 

 

空っぽになった修道院は、テットビュリーに本拠をおく住宅開発会社 Edward Blake Ltd. に売却された。

そして昨年9月。 空っぽになった醜い修道院を取り壊し、10軒の “贅沢な” 住宅を建設する計画が、

ストラウド・カウンシルに提出された。

 

 

 目障りな元修道院を取り壊し、青で囲われた土地に小さな住宅地を建設するという計画。

 

「元修道院を取り壊して住宅地にすれば、大半は木々に隠れるから  ずっと周囲に溶け込みますよ 」 ということらしい。

   

  “贅沢な住宅”・・・ こんな平穏で自然美豊かな場所なら、私も住みたいわぁ  とても資金が足りないだろうけど。

 

ほんの10軒ほどなら、まぁいいんじゃないの? と思う一方で、一度住宅地が建設されてしまえば、

今後はなし崩し的に周辺の土地も開発が進んでしまうのではないかという懸念も。

それに隠れ里のようなこんな場所は、修道院の修道士と鳥と鹿だけのものであり続けて欲しい気もする。

(他にもぽつぽつ住宅はあるケド。)

 

あれこれ読んだが、住宅地の開発計画が許可されて開発にゴーサインが出たというニュースはなかった。

だからおそらく、まだ審査中。 どっちに転ぶんだろう?

それにしても、500年も前に建てられた修道院はそのままで、たったの44年前に完成した新しい建物を取り壊すって・・・

なぁんてムダなっ! 建設にかかった費用を思うと、目障りではあるけれど、何とかそのまま利用できないものかとも思う。


建築物の魅力度からいうと、私の個人的意見では、現在修道院として使われている建物の方が100倍素敵。

そういえば近年の建築物って、妙ちくりんなのが多過ぎる。 たとえばウォーキー・トーキーにはじまるロンドンの最近の建築物。

それぞれが奇異をてらったデザインで、調和性は皆無。 数世紀あとの未来の人に (20世紀から21世紀にかけての

建築物は妙なのが多いな! いったい何を考えてたんだか ) なんて笑われそうで心配。・・・・・


イギリスはやはり田舎がいい!     この歳になると、余計にそう思う。

緑の田園風景は、将来もできるだけ保護してね〜! 



《 オマケ 》

人々の宗教離れが進み、年々減っているという聖職者人口。

修道士になろうなどという男性も、近年はごくごく少数なのでは。

でもたとえばホームレスになりそうな人が、それよりはましだからと修道士志願してきたら?

ふと気になったので、プリニッシュ修道院のウェブサイトで調べてみたら、修道士になるには

独身の成人男性 であり、

最低2年間は持続してローマ・カトリックの教えを実践 しており、

何人をも扶養する義務がない

ことがまず必要だそう。

そうか、じゃあいくら神の家とはいえ、そしていくら人出不足だとはいえ、どこの馬の骨ともわからない男を

簡単に受け入れることはないわけだ。 それに独身でなきゃならないのなら、オットーのような妻子もちもダメなわけね。

でも例えば、高齢で弱ってきている親がいて、自分が一人っ子だった場合はどうなるんだろう?

個人主義のイギリスだけど、必要が生じた場合に親の世話をする義務はないの?

それに例えば、修道士になった時点では元気だった親が、認知症を発症してあれこれサポートが必要になったら?

だいいち修道士って、どのくらい自由に外出できる時間があるんだろう?

好奇心は尽きないわぁ。


どこかで読んだけど、修道士が祈りに捧げる時間は一日平均3時間だそうだ。

(私にはできない・・・ ネットに3時間なら簡単だけど・・・

 


 

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プリニッシュ修道院

2016-05-10 22:49:55 | イギリスのあれこれ

プリニッシュの鳥と鹿公園についてはわかったので、詮索好きなオバハン好奇心旺盛なブロガーは、

プリニッシュ・アビイ(Prinknash Abbey)つまりプリニッシュ修道院についても調べてみた。

 

修道院は、A46号道路を折れて鳥と鹿公園を横目にさらに谷間へと緩やかに下っていくと、あるようだ。

昔の領主や貴族の館にも見える。

 

900年近くにわたってプリニッシュとして知られてきたこの土地は、1096年にグロスターのベネディクト修道院長だった

セーロ(Serlo)に贈られた。 建物の大部分は、1520年頃に建てられた。 ヘンリー8世の修道院解散令後は

狩猟用の館として使用され、その後何世紀にもわたって主を変えた。

 

下右の部分は礼拝堂。

 

1928年になってようやく、プリニッシュはベネディクト修道士たちに返還されることになった。

それまでウェールズ南西に位置するカルディー島(Caldey Island)の修道院で暮らしていた修道士たちが経済的窮地に陥り、

修道院はベルギーのシトー会修道士たちに売り渡され、行き場を失くしてしまったためだ。

1928年10月26日に6人の修道士がカルディー島から到着し、館を修道院へと改造した。 残りの19人も、やがて到着。

貧困に耐えた彼らは数年後にはプリニッシュ修道院の周辺の土地を買い取ることに成功した。

 

 


ベネディクト会に属するプリニッシュ修道院は、聖ベネディクトゥスの戒律に従って共同生活を送る修道士たちの 『家』 である。

修道士たちは、祈り・勉学・労働から成る規則正しい日常生活を送る。

    

他所の修道士たちとの交流会などもある。

 

一般人も参加できる礼拝はもちろん、ミーティング、読書クラブなども開催されている。

   

 

以前プリニッシュ修道院では陶芸もやっていた。 1942年に所有地で粘土が発見されたためだ。

道路沿いの観光案内版には Prinknash Abbey and Pottery となっていた。

近年観光案内板から Pottery が欠落していたので (どうしたんだろ?) と思っていたが、なんと1997年に彼らの陶芸業は

ウェールズの陶器会社に売却されてしまったそうだ。 残念・・・ なかなか素敵な陶器だったのに。 って、今調べて知ったんだけど。

  

このクリーマーとシュガーポット 私好み! でも売り手はアメリカにいて、現物は£15.56(¥2443)、

英国への送料は£28.29(¥4443)。 現物より送料の方が高いって・・・  残念ながら見送りだわ、こりゃ。

 底にはちゃんと PRINKNASH POTTERY ・ GLOUCESTER MADE IN ENGLAND と入っている。

  

ベネディクト会の標語は 「祈り、かつ働け」 で、自らの労働によって生活しつつ修道生活を営むことがモットーだそうだ。

下左は昔の、洗濯のあとの手動式脱水? それとも何か作ってる? 下右は・・・ 養蜂かな??

 

ここで作られる香料は世界中に輸出されているそうだ。

  

下左は、昔の絵葉書かな? 修道院の部屋のひとつみたい。 重厚でそれらしいので載せておこっと。

鐘を鳴らすのも日課のひとつ? ちょっとやってみたい気も

 

 

一般人でも男性はゲストルーム(下左はそのうちのひとつ)に宿泊滞在が可能らしい。 女性や家族連れは不明。

(興味ある方のお問い合わせ用メールアドレスは: guestsprinknash@waitrose.com)

下右は、一日(午前9時−午後4時)£100(¥15700)で借りられるミーティング・ルーム。

修道院も生活の場。 いくら修道士だって、霞を食っては生きていられない。 収入が必要ですからね。

  

修道院の収入源のひとつであるショップとカフェ。

 

  

小ぢんまりした静かなカフェっぽい。

 

メニュー。 パン付スープやホット・サンドイッチもあるからランチもできそう。

食べものはすべて、「地元で採れた材料を使って注文を受けてから用意される」 とのこと。

   

スコーン、各種ケーキ、タルトもすべてお店の手づくり。 おいしそう!

  

   

ショップではハンドバーム、宗教色の濃いカード、香り袋、キャンディーなどを売っているらしい。

 

 

 

修道院から続く庭園は、自由に散策していいそうだ。 入場料や拝観料などは一切なし。

隠れ里のようなこんな空間で、しばし日常を離れて瞑想するのもいいかも。 (ウェブサイトはコチラ。)

 

 

位置関係です。    鳥と鹿公園     修道院   下右: 修道院の(小さい)拡大画像

     

は何かって? それは次回のお楽しみ ♪

 

 

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プリニッシュ・バード&ディア・パーク

2016-05-08 22:15:46 | イギリスのあれこれ

A46号道路をたまに使うのでプリニッシュ・アビイ(僧院)とバード&ディア・パーク(鳥と鹿公園)の存在は知っていたものの、

出不精のためこれまで行ってみる機会をつくったことがなかった。

近くで起きた老夫婦の車の転落事故について書いたのをきっかけに、どんな所なんだか調べてみることに。


A46をストラウドからチェルトナムに向けて北上していくと、カーブが多くなった森の中、プリニッシュへの左折路がある。

(Prinknashは「プリンクナッシュ」ではなく「プリニッシュ」と発音するみたいです。英語の発音はほんとややこしい!

    

僧侶と女の子が鹿に餌をやる画像(下右)を表紙にしたパンフレットをずっと昔に見たから、てっきり僧院がサイドビジネスとして

公園を運営しているのだと思っていた。 しかし調べていて発見。 両者はまったく関係ないそうだ。

アビイ(僧院)と公園が一緒に観光案内板に記載されているのは、単に隣り合っているからだったとは・・・ 

  

老夫婦の車の転落事故について調べていたとき、行楽シーズンが訪れたからか、ポストに無料の

《グロスターシャー州のお出掛け先案内》 みたいなパンフレットが放り込まれた。 中に偶然、プリニッシュの鳥と鹿公園のページが。

上にもある通り、ウェブサイトはコチラ

 

鳥と鹿公園は、池あり散歩道ありの、家族連れにはなかなか良さげな行楽地みたい。

 

珍しい鳥がたくさん見られそう。

下右は Wendy House (子供が中に入って遊ぶための家)。 頭でっかちなところからトップラー小城

連想したけれど、比べてみたら全然似てなかった!?

トナカイやピグミー・ゴートも見られるうえ、かなり人に慣れた鹿と触れ合えられる!

超小さいロバまで!

“マジカル・ジプシー・キャラバン” (下左)は、子供が喜びそう。

 

2014年にオープンしたという新しいビジター・センターにはショップとカフェあり。 カフェでは食事は出さず、

飲物とお菓子のみ(ビスケット、チョコレート、アイスクリーム、ポテトチップスなど)みたい。

 

 古いミシンがテーブル代わり? グッド・アイディア!

下左は、完成当時のビジター・センターっぽい。 ここ、お弁当持参で行けば一日楽しめるかも。

 

 

入園料は・・・ 大人£7.80(¥1201)、2歳以上16歳以下£6.90(¥1063)、2歳未満無料?! たっかー!

うん、これだけ取られるのならお弁当持参で一日居座ってモトを取らなきゃだわ。

 

 

 

 

《 同公園の歴史 》

 

この公園は1974年に漫画家のフィリップ・ミー(Philip Meigh)によって創設された。

ミー(1926−2008)は第一次大戦中に出会った英国人の父とフランス人の母との間にノルマンディーで生まれ、

一家は1937年からチェルトナムに住んだ。 ミーは兄二人とともに、バースのローマ・カトリック系寄宿学校で教育を受けた。

第二次大戦での兵役から戻った彼は、ウィンブルドンの美術学校、続けてロンドンの王立美術学院で学んだ。

1954年に結婚し、やがて新聞や雑誌に彼の漫画が掲載されるようになった。

  

  

水鳥を愛好するようになったミーは、クラナム(Cranham : プリニッシュから東にすぐの村)の自宅で種々の水鳥を飼うようになった。

1974年に僧院の僧たちから “僧侶の池” の整備を依頼された彼はそれを引き受け、苦労の末整備が

終わると、自宅の水鳥を公園に移して1975年から一般公開した。 その後動物や魚も増え、僧院からは

完全に独立した施設として運営されている。 ミーは2008年2月に肺炎で死亡するまでその運営に携わった。

     

  

「鳥は自然の中にあるときは美しいが、閉じ込められると美しく見えることはめったにない」

というのがミーの考えだった。 そのため彼は、鳥たちが幸せに暮らせてその結果美しく見えるような、できるだけ

自然に近い環境をつくることに専念した。 ミーの死後は娘のメラニーが、ミーの信念を守りつつ

公園の発展を見守っている。

  

  

・・・ うん、なかなか楽しそう

夏休みにでも、ムスメと二人の甥っ子を連れて、いっちょ出掛けてみようかな・・・?

   

  

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お手柄一家

2016-05-06 23:27:09 | 事故・事件

 前回の記事の続きになるけれど。

転落した老夫婦の車を発見して警察に通報したお手柄一家に関する続報をば。

 

通報したのは、ストラウドに住むヴァンス一家。 ローナン(父親)、テレサ(母親)、ダギー(16歳の息子)の3人。

5月1日(日)午前10時過ぎ、チェルトナム・ジャズ・フェスティバルに行く途中にキャンピング・カーで現場を通りかかった。

 

キャンピング・カーはフィアットの Hymer motorhome というモデル。

運転席が高いうえ左ハンドルなので、運転していたローナンが転落していたホンダ・ジャズの底部を見留め

(イギリスは日本と同じ左側通行)、テレサが警察に通報した。

 

お手柄一家の、ローワンとダギー父子

・・・と、一家のキャンピング・カー

 

一家は後になって警察から電話をもらい、通報したことを感謝されたという。


「車内に人がいたと聞いて、本当に驚いたよ。 一晩も閉じ込められていたなんて。 キャンピング・カーを

運転していて運が良かった。 普通車に乗っていたら見つけられなかっただろうね。」

 

ダギーが学校のメンバーと一緒に演奏するため、ジャズ・フェスティバルに向かっていた一家。

はじめはフォルクスワーゲンのビートルで行くつもりだった。 しかしダギーのサクソフォンが車内に収まりきらなかったため、

普段はホリデーか長距離旅行にしか使わないキャンピング・カーで行かざるを得なくなったという。

 

 《資料画像: 同じモデルのキャンピング・カー》

 

 

・・・A46号道路は森の中のクネクネ道なので、そんな道路にキャンピング・カーなんて珍しいとは思ったんです。

なるほどそういう事情があったとは。

 

それにしてもこの一家がキャンピング・カーに乗っていて、警察に通報してくれて、本当に良かった。

もし彼らが普通車で出掛けていたら、老夫婦の発見はさらに遅れていたことでしょう。

もしかしたら丸24時間も車内に閉じ込められる羽目になっていたかも。

脱水症状とか低体温症とか起こして大変だったかも。

 

重傷の奥さんはお気の毒だけど、それでも命に別状がなくてよかった。

終わりよければすべてよし! 

 

 

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