浜名史学

歴史や現実を鋭く見抜く眼力を養うためのブログ。読書をすすめ、時にまったくローカルな話題も入る摩訶不思議なブログ。

【本】study2007『見捨てられた初期被曝』(岩波書店)

2015-12-29 17:04:38 | 社会
 これは、日本近現代の歴史の中で、軽視され、踏みにじられてきた「いのち」の問題だ。

 ボクはこの本も、そしてもちろん著者も全く知らなかった。発売は今年6月。知ったのは11月だ。著者であるstudy2007さんが亡くなったという知らせを、あるメーリングリストで読んだからだ。

 study2007さんは、原子核物理学の研究者だ。本名は知らない。彼は、ずっと本名ではなく、study2007で通している。この本についてもだ。

 彼の死因は癌だ。厳しい闘病生活の中で、この本に記された内容が書かれた。彼の指導をした教官も、癌で亡くなった。そして大学院時代に指導してくれた助手の先生も、同様に癌で亡くなった。
 研究する上で、被ばくは織り込み済みだ。だからできるだけ被ばくしないように、研究施設は厳しく被曝量が統制されている。しかしそれでも彼や彼の指導教官らは、癌になった。微量の被ばくでも、癌を発症してそれが原因で亡くなる・・そういう事実を彼は十分に知っている。

 癌との闘病生活の中で、彼は病院に行く。そこで癌で苦しむ人びとを見る。彼は特に子どもとその親たちをみつめる。心と体の痛みに耐える子どもたち、そして癌になったことの原因をみずからの責任であるかのように責め続けながら看病する親たち、を。
 
 みずからが癌を発症していること自体苦痛であるのに、そういう親子の姿を見るのも苦しい。

 2011年3月11日、東日本大震災。原発には多重の防護があるから「絶対に」安全だと言っていた電力会社、政府、学者たち。しかし、あっという間に、原発は過酷事故に。大量の放射能がまき散らされ住民たちに降りかかった。

 ところが、「絶対に」安全だという架空の作り話を本当に信じていたために、住民たちの避難について、政府も、電力会社も、自治体も、学者たちも誰も考えていなかった。

 住民たちは、被ばくした。被ばくを軽減するような方策は立てられなかった。
 本当なら、被ばくしてしまった住民たちの被ばくの状態をきちんと調査し、さらに被ばくが重ならないように、また被ばくが健康破壊の引き金にならないように、政府、自治体などは、渾身の対策を講じなければならなかった。

 だが、被ばくの状態を調査もしない、被ばくした地域で産出された食物を食べさせる、そして被曝量の基準を危険な方向に引き上げる、そういうことを堂々とやる。
 放射線業務従事者の被ばく限度は年間20ミリシーベルトとされているが、福島では「100ミリシーベルト以下の場合、被ばくと発がんの因果関係の証拠はない」と、学者がいう。

 study2007は、そうした現実に対して、人間的な怒りをもつ。みずからがもつ知識を動員し、そして様々な情報を集め分析し、初期被曝が「見捨てられた」事実を示しながら、どうすれば初期被曝を避けることができるかを考えた。

 それがこの本だ。

 study2007さんについては、名前は勿論年齢その他も何も分からない。しかし、study2007さんの生き方、人間としての誠実さを追体験するために、ボクはこの本を買い読んだ。

 あなたの意思と、あなたの人間としての真摯な研究を、学ばせてもらいました。ありがとう。
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