hakuunの未来ノート

将来のため、人生やビジネスに関して、考えたこと、感じたことを綴ります。

我以外皆師

2013-10-11 | 人生観

この言葉は、吉川英治氏の作品「宮本武蔵」に出てくる言葉である。

今回のブログは、この言葉から始まるのではない。

いろいろと考えていた結果、この言葉に到達したと言っても良い。

 

●人に対する接し方

 

事の発端は、他人に対してどのように接するか、ということを考えていた。

人の良いところを見るか、それとも人の欠点を見るか、ということである。

よく人の良いところを見て、褒めなさい。

そうすれば人間関係が良くなる、と言われている。

 

なぜそうなのだろうか?

人間誰でも長所もあれば欠点もある。

もし、上から目線であれば、人の欠点が目につく。

上司であれば、若い部下の欠点や未熟な点も見えてくる。

普通に考えれば、経験豊富な人と未熟な人を比べれば、自ずとその差が見えてくる。

差が見えれば、愚痴となり、ひどい時には粗探しに発展する。

 

出来た人は、未熟な人に対しても、優しさがあり、フォローする。

多少のミスをしても、「スピード感があってよい」など良い面を強調してくれる。

その結果、若い人でもやる気を持って次の仕事に当たることができる。

  

●同じ人間はいない

 

人間、この世で同じ人間はいない。地球上70億人以上いるが、

自分と同じ姿、同じ価値観、同じ考え方をしている人は誰一人としていない。

自分以外の人は、自分と違う姿であり、違う価値観であり、違う考え方である。

このことは、親子・兄弟・姉妹においても言えることである。

元々他人であった夫婦はなおさらである。

会社の同僚、上司、部下、等々、みな違う。

この「みな違う」ということをどのように捉えるかである。

 

違うのは当たり前、それがどうしたの?

という人もいるだろう。

違うから諍いがあるのだよ、

同じだったら、気持ち悪い、

などなど、意見もあろう。

 

●違いを認めるとは

 

大切なことは、価値観が違う、考え方が異なる、ということをまずは認めることである。

当たり前のことであるが、本当に違いを認める意味を理解しているかどうか、疑問である。

恥ずかしい話だが、私自身表面的な意味での違いは理解していたが、本当の意味でその違いを理解していたとは言い難いのである。

 

●成長のヒント

違いを認めるとは、自分に無い才能を認める、と言えばいいだろうか。

大人と子供を比べたらどうだろうか?

大人には、子供に比べたくさんの知識や技術を有している。

しかし、子供の純粋さや素直さは、大人にはあるだろうか?

「昔のオレも、あの子のように純粋だったな」と思う大人もいるだろう。

この場合、子供の純粋さを認めることができるかである。

子供の考え方を尊敬できる人は、子供から学び成長することができるだろう。

 

●謙虚に学ぼう

同様に、親・兄弟・姉妹をはじめ、上司、部下、友人、さらに街を歩いている人々、TVや新聞に出ている人々、等々、みな価値観や考え方が異なる。

であるならば、これらの人々から学ぶことができるだろう。

謙虚になることで、上から目線が改まり、尊敬する目線に変わる。

今まで見えなかったモノが見えるようになり、気づくことも多くなる。

その結果、成長することができる。

同じ人生歩むならば、どのような目線で歩むかで、その成長は異なる。

 

「我以外皆師」という意味を理解した次第である。