卵管がんとハロハロ日記

団塊の世代の主婦の気まぐれブログです。
夫婦揃って大病したあと のんびり暮らしています。



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腎ろう造設 2

2012-08-14 10:48:46 | 卵管がん 手術から腎ろう造設まで

≪ 2011年9月6日 ≫

午後 3時半、病室のベッドごと手術室に出発。
ナース ステーション前で 看護師さん達に 笑顔で
「ガンバッテー!!(^^)」
となんだか盛大なエールを送られる。
やっぱり笑顔はうれしくてベッドから手を振ってでかけた。

昨夜 K先生に向かって今までの病院対応の不満や
心細さを吐き出させてもらい、気持ちもラクになっていたと思う。


手術室。
手術台に乗っかるのも慣れました
今回二度目だからね。f^_^;)
局所麻酔なので 準備をしたり段取りしたりの手術台周りの声は全部聞こえる。
台に乗るなり執刀医のT先生が冗談をいって笑わせてくれた。

顔のところだけ穴の空いた手術台で うつぷせ一時間、
手術そのものは 30 分くらいだった。
管を入れる背中の辺りだけは空いているが
あとはスッポリ頭から腰の方までタオルやらシートやらを掛けられ
まゆの中にでもいるような感じ。
バンザイした左手には点滴。
自動の血圧計 がシュパーッシュパーッと音を立てている。

「はい 息を止めてー」
「 はい ちょっとここだけがまんよー」
「あと一息だからねー」

覚悟して大緊張でいたけれど 誘導もとても上手で
手術はなんとほとんど痛くなく終わった。

「 うまく入ったよー。バッチリだー。」

ああ 良かった~( ´ ▽ ` )ノ

きのうとのステントとはうって変わって の順調さで腎ろう造設は終わった。
うまくいく時ってこんなふうなんですかねえ(´・_・`)

執刀医によるとわたしの腎臓は
「そんなに腫れて?なく水腎も小さい。だから管を命中させるのは大変だったよ」
ということだった。

久しぶりに聞くプラスの情報。
一寸先はひかりぃ~


*****☆****☆****



病室に帰り、看護師さんに当面の注意や面倒な取り扱いのあれこれを聞いたりしてすごす。

夜、一人になって自分の体の現実に改めて面と向かった。
おへその上から20センチ以上ありそうな生々しい手術跡。
左側の腰からぐるっとチューブ管が出ている。

サイボーグみたいだわたし。
どうしよう、とうとうこんな体になっちゃった。。。\(//∇//)\

腰から出ている管から赤いおしっこがウロバック(蓄尿バック)に流れていくのを見ながらきのうからの急展開と今の状況に改めて 呆然としました。



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腎ろう造設 1

2012-08-12 16:00:14 | 卵管がん 手術から腎ろう造設まで


≪ 2011年9月5日 続き ≫

泌尿器科Dr.が腎ろうの説明をする。

背中に穴を開け、カテーテルを腎臓まで入れ おしっこを外に出す。
そして おしっこの袋をぶら下げるのだ。

日常生活は ……消毒は………ウンヌンカンヌン。。。(; ̄ェ ̄)

いったいなんの話をしているんだろう。。。。
にわかには 信じがたい話しが耳を通りすぎてゆく。




わかりやすいかと載せてみました。気持ち悪いですよねf^_^;)


腎ろう造設には局部麻酔で一時間程度の手術をしなければならない。
手術をしなければこの状況では腎機能障害になってしまうらしい。。。(゜o゜;;
わたしの後ろで長男と、若い婦人科Dr.が一緒に話を聞いていた。

何でもいいからこの痛みを早くとってくれ。。。。\(//∇//)\
とはいうものの一気の展開のあと、いきなり 腎ろう などという新奇なものを受け入れなければならないのか。。。(ーー;)

仕方ない。。。

受け入れ難きを受け入れ手術同意書にサインした。
手術は翌日になった。



************



病室に帰ってから、泌尿器科に暖かく付き添ってくれた婦人科Dr.に、具合が悪かった退院のあと三度も病院と自宅を行ったり来たりして不安だったこと、心細い心境だったことを話しました。
そういう話を親身に聞いてくれる先生でした。

「 見捨てられたかと思った。。。」とまでわたしはいいました。

主治医だった教授は この頃アメリカに行っており不在だったそうです。
このあと、婦人科部長で多忙な主治医に替わってこの若いK先生が実質的にわたしの主治医になりました。

この先生のお陰でその後の治療は 、いろいろありましたがずいぶん 落ち着いたものになりました。

残念ながら K先生は今年7月末に 実家の病院に帰られお辞めになりました。(-。-;
部長だった教授先生も 今年3月で退官されました。

信頼できる先生がいて 見守られているという安心感が患者には絶対に必要だとおもいます。
同じ治療を受けるのでも全然違ってきます。
人間は機械じゃないですから。。。。


次は腎ろう造設 の手術のことを書きます。



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尿管ステント 失敗

2012-08-10 17:00:21 | 卵管がん 手術から腎ろう造設まで


≪ 2011年 9月5日 ≫


前夜 遅くに入院した。

朝撮った造影剤付きCTの結果を聞きに泌尿器科に呼ばれた。

診断は尿管が途中で詰まり、腎盂が 破裂しているという。
そのため、 おしっこがお腹にもれているらしい。
おなかが 水っぽくてピチャピチャ音がするのはそのせいだった。
この10日あまり、波のようにやってきた気持ち悪さの正体と疼痛の原因がやっとわかった。!(◎_◎;)

わたしは俄かに重病人扱いになった。
病棟の若い医師が 泌尿器科にずっと付き添ってくれたのは有難かった。
長男も一緒にいてくれた。

パソコン上の映像を見ながら泌尿器科Dr.の説明を受けた。
手術一週間後、8月17日に撮ったCTには しっかり 左右の尿管が写っている。
けれど 今回の映像では 左の尿管が途中から消えていた。

尿管の詰まり ➡左水腎症 ➡ 左腎盂破裂 ➡尿の漏出 ということだ。

腎盂が破裂すると熱が出るらしいが わたしは熱はでていない。

手術一週間後の映像にはしっかり尿管が写っているので
手術で傷つけたわけではないらしい。
尿管の詰まりの原因は解らないという。

わ 「 がんが尿管に転移したのでは?」
D 「考えにくい。」 と言うことだった。

とにかく直ぐに
≪ 経尿道的尿管ステント留置術 ≫という舌を噛みそうに長い名前の施術を受けることになった。

つまり尿道からカテーテルをいれて
尿道 ➡ 膀胱 ➡ 尿管 ➡ 腎臓 と通路を作り
尿流を確保するのだ。



**************



いきなりの展開にうろたえつつも処置室に移動した。

泌尿器科の処置台?は やはり婦人科のと同じような、いやーな格好をしたやつだ。
尿道口から小さいカメラを入れてモニターを見つつ探りながらカテーテルを奥に進めていく。
ジェリー状の麻酔を使ったらしいが わたしには 何にもしてないように そりゃ~痛かった。
今まで経験した事のない痛さだ。☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆
因みに男性は麻酔をするらしい。
ほんとうならうらやましい。

施術台の頭の上でラジオかなにかが かかっている。
気を紛らわすための ものだろうか 落語かなにかやっている。
耳になんぞ入らない。
痛い!痛い!と 声を上げつつなんとか辛抱した。

カテーテルを入れ終わると しっかり入っているかどうかを見るためにレントゲン室に車椅子で移動。
車椅子に乗り移るのもレントゲン台に登るのもとてもとても痛かった。

ああ……それなのに 。。。

「 うーん、入ってないな……(゜o゜;; 」

カテーテルの先は腎臓の手前で横っちょにルートを逸れむなしく渦巻き状になっていた。

痛そー((((;゜Д゜)))))))。。。。痛いよそりゃもう(~_~;)

また、えらい思いをしてもう一度、台に登ってカテーテルを引き抜いた。

( あとで簡単に入り痛くなかったという人の話を聞いたが わたしは信じられない。なにが違うんだろう。 やはりうまく入らなかったから痛かったのか。。)

息もたえだえ絶望的に気分が悪い中、診察室で次の手だてを説明された。
背中から管を入れ 尿を排出して袋にためる「 腎ろう」の説明だ。

またおしゃべりが長くなりそうなので今日はここまでにします。
やさしい家族の皆んなを右往左往させる日がまだ続くのです。
(ーー;)





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三度目の正直

2012-08-06 19:00:52 | 卵管がん 手術から腎ろう造設まで

夕方の西の空


子ども達のアドバイスで日記をつけていました。
それを元に思い出して書いています。



≪ 2011年9月4日 ≫

自分が患者となって救急車に乗ったのは初めてだった。
救急隊員の方がどうやってマンションの部屋に入ってきて
救急車に乗せられたのかよく覚えていない。
不自由な体の相方が一緒に乗り込み付いてきてくれた。
行き先は退院したばかりの大学病院。

堪え難い痛みだった。
ところが病院に着いて救急外来で点滴を受ける内
なんとまた痛みが薄らいできた。
レントゲンを撮り 婦人科の若い美人先生がやってきて
写真を手に説明する。

「 ほら、ここにいっぱいガスと便がたまっています(^^) 」

わからないがそう言われればそのように見える。
わたしは腸を切っているので 手術直後はこういうこともあるのかとも思う。
それにしても、未明の鈍痛から始まった激烈な痛みは違うような気がする。
痛みは去ったが 気持ちがわるいのはそのままだった。

今度は入院とならず帰宅して様子をみるようにという。
えっ! 帰宅っ!! と思ったが しかたない。

相方は病院の車椅子を器用に操って あちこちに行きいろいろな手続きを済ませてくれた。
お昼にお嫁さんのMちゃんが迎えにきてくれ帰宅した。



ところが
その日の夕方、 またもや左わき腹が痛みだす。
今朝、救急車で運ばれ 帰ってきたばかりだ。
病院に行ってもまた同じことの繰り返しかもしれないし……。
どうしたものか……(~_~;)
あれこれ思う内また耐えがたくなってきた。
このまま朝まで我慢できそうもない。

わたしはオーバーな狼おばさんじゃないぞ(`_´)ゞ( 誰もそんなことは言ってませんけど……^^;)

夜、9時 迷いつつ病院に自分で電話する。
だって、他にどうすることもできないじゃない。
夜勤の婦人科ドクターが電話に出た。
「でんわで話せるのならタクシーで来てください(´・_・`)」
ほんとは息もたえだえなのだが……。

今度は長女に迎えにきてもらい車で相方と三人、またしても病院に向かった。
………車に横になり 痛みに耐えつつ考えた。
いったいわたしの体になにが起きているんだろう。
絶対におかしい。
痛いのは腸じゃない。
今度はもっとちゃんと説明して検査してもらおう。

夜 10時半、病院到着。
一週間で三回目の救急外来だ
しかも今日は二度目だ。
電話に出た若い婦人科ドクターが待っていた。
今までの経緯と症状を必死に説明する。
わたしの訴えを聞いて若いドクターはエコーでくわしくみてくれた。
検尿もしたような気がする。

「 水腎症の疑いがありますね(ーー;)」

はあ。。。(゜o゜;;。。。。
水腎症ってなんだろう。
……ざっと説明されるがよく分からない。
なんでも腎臓に水が溜まっているらしい。
そうか、この痛みは腎臓だったのか。
何だか分からないけどとにかく病名がついて入院することができるようだ。
よかった~(⌒-⌒; )

深夜 12時、暗闇の婦人科病棟に車椅子でしずかに上がった。
痛み止めのボンタレンと点滴をしてもらい
これからどうなるんだろうと思いながらも
看護師さんにやさしく労わられなんとか眠りについた。

長い一日だった。







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救急車

2012-08-05 17:10:21 | 卵管がん 手術から腎ろう造設まで

ルリマツリ


≪ 2011年8月29日 ≫

大騒動で緊急入院し レントゲンをとったが
とくに変わったところがなく便が溜まっているといわれる。

前夜は補液を点滴してもらっただけで不快感が改善された。
ただ お腹が水っぽくて ピチャピチャ音がするのが氣になる。

朝の回診時には 気分は嘘のようにケロッとしていた。
まるで 狼少女ならぬ 狼おばさんみたいだ。



≪ 8月30日 ≫

マグミット( 便秘薬 )とガスモチン( 胃腸薬 )を処方されただけで
とくに触診もなく、この二泊三日の入院中 主治医に会うことはなく退院となった。

9月1日に延期されていた抗がん剤治療がさらに 9月8日に延期された。

相変わらず波のような不快感がやってくるが
入院中はそれほど激烈ではなかった。

わたしより後に手術をし 、仲良くなった同じ卵巣癌の人が
一回目の抗がん剤が終わり退院するところだった。
すこしあせる。


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


退院して 今度は 思い切って我が家に向かった。
長女と孫にに送られ、久しぶりの 我が家ゆえ 途中大量の食料を買って帰宅。
病院から我が家は 車で一時間くらいだ。
気分がわるいため 道が遠い。

やっと到着。
ピンポーン。

おかえり~。相方在宅。

4月からお互いの入退院で入れ違い
二人のホームベースで 久方ぶりの合流。

入院前に支柱を立てていった風船カズラが ずいぶん伸びて 風に揺れている。

夕方 簡単な食事を椅子に座りながら作る。
もう彼に あれ取って~ とか これやって~とか言えない。

半身不随の夫と 癌の妻の食事。

感慨深し。。。



≪ 8月31日~9月2日 ≫

相変わらず波のように具合の悪さがやってくる。
ほとんど ベッドにいる。

長男のお嫁さんのMちゃんが仕事をヤリクリして
いろんな食べ物を持って やってきてくれた。
スープや おかずを作ってくれる。

相方を車で治療院に送ってくれて帰った。
と、また現れビックリ。。。
わたしに「 氣 」をプレゼントしに戻ってきたと。。。
目に涙を浮かべている。
ああ わたし そんなに弱々なんだな~と思いながらあったかい手を握った。



≪ 9月3日 ≫

夜寝る前に 左わき腹に 引っかかりを感じる。
排便はしっかりあったので よくある腸の通過痛ではないようだ。
気になりながら就寝。

朝方3時ごろ 左わき腹の鈍痛で目がさめる。
だんだんひどくなる。
これはなんだろう、経験したことのない痛みだ。
ガマンできない。
夜が明けるのを待って 相方を起こし 救急車をよんでもらった。






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