将人とともに together with Masato

For the parents in the world, whose children have autism.

家に帰るまでが遠足

2007年08月26日 | 将人
小学校の遠足の際、「家に帰るまでが遠足だからね。」とよく先生に言われていた。

将人に関して、トレーニングはよくするようになったし、用事もよくこなすようになった。ただ、その合間がいけない。

ぶつくさよけいな事ばかり言ったり、すぐ失踪してどこかに行ったり、まさに間断なく、隙間を埋めるように、何か課題を与え続ければいいのだろうが、休息も必要じゃないかと思うので、ここの対処に躊躇する。

ハツカネズミは、くるくる休む間もなく、回転車の中で回っているが、将人はまるでそのハツカネズミのようだ。だが、そのハツカネズミでさえ休むのだ。

どうしたものか・・・。



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相変わらずなもの

2006年12月09日 | 将人

まだ入学半年ちょっとだが、あまり変化がないもの、あるいは悪くなったもの、について書いてみたい。

何にせよ、以前と違い、ほとんど離れて生活している訳なので、細かな変化はわかりにくい。それと、帰省した時には嬉しくて興奮気味で、10日間貯めていたものを一気に吐き出すようなところもあって、パソコン三昧、ラーメン三昧、こだわり三昧のような面もある。なかなか見極めにくいが・・・。

はっきり言って、子供に関して悪くなったものは何もない。

敢えて言えば、今でこそマラソンするにもニコニコしながら5㎞を走りきるが、当初はかなり苦しそうにして、何回か逃げ出した。睡眠不足が大きかったように今では思うが、そういう時、「何も将人自身がサッカー選手になりたいとかオリンピックで活躍したいとか望んで走る訳でもなく、しかも同い年の健常児でもここまではやらないと思うようなトレーニングまでしている・・・。果たしてこれでいいのか。他に何かすべき事があるんじゃないか。」とかなり親の方が悩んだ。いや、今でも悩んでいるが、こういう悩みはこれまで味わった事がなかった「悪い事」かも知れない。親にとって新種の心配事が一つ増えた、という意味で「悪い事」なのだが・・・。

幼稚園、小学校時代を通じて様々な療育施設、教育機関にお世話になったが、どこも「平均的な、可もなく不可もなく、所詮は親次第です、思い出を作りましょう」という感じの、マシュマロタッチだったので、「もっと叱ってやって欲しい」、「しっかり教育して欲しい」といつも内心やきもきしていた。もちろん、年相応に優しくして頂いていたのは本当に有り難い事だが、親としてはついスパルタ式を望んでしまう・・・。

だから、光の村の強力な指導方針でそのやきもきは全く吹っ切れたのだが、逆に吹っ切れ過ぎて、心配になっている面がある・・・。これまでと正反対の悩みだ。これは言ってもしょうがないし、決めた以上は進むしかない。人生、すべからくこういうものだ。事故だけは注意して頂きたいが・・・。


変わらないものは、いっぱいある。少なくとも家に帰って来ている時は、相変わらずこだわりが強い。

どこに行っても時計をさすりたがるし、ジーと見ている事が多い。辛子明太子を湯水のように食べるし、インスタントラーメンも一日に何個も食べてしまう。気に入ったテレビのコマーシャルをパソコンで何度も何度も延々と繰り返し見ている。 お茶やポカリスウェットを水筒で何本もがぶ飲みしてしまう。

ただ、いずれも学校にいる時には全くできないはずで、それでも学校でパニックになる事もないようだし、以前と比較すると程度が軽くなっている。

カップヌードルを日に5個食べた事もあったが、最近はよく食べても2個程度でとどまっている。辛子明太子も業務用を月に3㎏買っていたが、最近は家にいる時間が少ない事をさっ引いても、相対的に少量ですんでいる。パソコンも他の用事があれば、あっさりやめられる。 お茶も大型ポットから500ccの小型水筒に代えたがパニックを起こす事もない。

また、今思い起こしていて気づいたが、消えたこだわりも少なからずある。家々のインターホンを触って歩く事だ、しかも数分間さわさわしているので、以前は何回となく道行く人が怪訝そうな顔をした。それが入学以来、ほとんど消えた。

こだわりの形は同じだが、薄まってきている感じだ。

もし可能なら、伸ばしうるこだわり、たとえば読書、絵、音楽などの創造的なこだわりに転化させたい・・・。

また、できうるなら、もう少し細かなやりとりのできる会話ができないか、自分で修正しながらある程度の作業がこなせないか、など1年前までは思っても見なかった事も考えるようになってきた。

ここまで変わったのだから、後もう一歩とばかりに欲が出てきたという事か。

先は長いけれど、また短くもある。

ある方が言ったが、砂浜に押し寄せる波と同じで、いい時もあるし、悪い時もある。それでも、だんだん満潮の波打ち際が干潮時のそれになって行けばいい。至言だと思う。

 

 

 

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マラソン以外の変化

2006年12月07日 | 将人


ここまで書いてきてふと思ったが、まるで年がら年中走ってばかりいるみたいに聞こえるかも知れない。実際、離れて生活している親から見るとそういう事だけが目立つが、帰省してみて4日間一緒に過ごしてみると、「長く速く走れるようになった」以外にも、やはり「前とは違う」というのが月ごとに感じられる。

マラソンする勇姿を見るのは実に頼もしいが、もとより、それが目的で入学させてもらった訳ではなく、是非とも他が変わってくれなくては困るのだ。

大人になっても高等数学を日常的に使う人はごく限られ、ほとんどの人が小学校の算数程度で生活しているが、それでもみんな中学校以降も延々と「数学」を勉強したのは「理論的な考え方」をする練習になるからだそうだ。光の村では「体育」がその数学に当たり、理論的な考え方が「情緒」に相当するという事か。


まず手伝ってくれるようになった。もちろん「できる」「できない」はものによるが、少なくとも手伝いを頼めば、違和感なく手を差し出してくれる。そして、こっちが持てないような重いものでもあっさりと担ぎ上げたりして、「本当に役に立つ」のを実感することが珍しくなくなった。

次に、忍耐力が出てきた。できなくて、いらいらして軽いパニックになる事は時にあるものの、以前ほど尾を引かず、比較的切り替えができやすくなった。

これは、多動がほぼなくなったという事にも通じている。

小学校低学年の時には目も当てられないくらい、電車、レストラン、等々あらゆる所でそわそわうろうろしていたが、歳が上がるにつれ落ち着きが出てきて、合目的的なうろうろに変わり、寮生活を始めるようになってからは我慢する事も加わって、気になる時計を触りたい見たいなどという、それなりの理由でうろうろしたくとも、敢えてそれを我慢できるようになったようだ。

また、たとえ帰省中でも昼夜逆転する事もなく、ほぼ学校と同じ時間帯で生活できるようになった。以前は、午前3時まで起きていたり、家族全員が睡眠不足で数日間体調を崩す事がしょっちゅうあった。

ただ、仕事の関係もあって親の生活が夜にシフトしているので、帰省中は敢えて1時間ずらして午前6時50分起床、午後10時半就寝、にしている。

1学期は、とにかく何とか学校の生活リズムを維持しようと、どんなに遅く寝ても、朝は強引に午前5時50分に起こして一緒にランニングしていたが、睡眠不足は親はともかく、子供にはすこぶる危険で、途中顔が青ざめて吐いたりした事もあった。普段はかなり走っても息も切らせないのに、とにかくつらそうにして逃げ出す事もあった。そのため深く反省し、以後は寝た時刻から逆算して起床時間を少し柔軟に考えるようにしている。


一方、指示、命令を「受ける」事が多いためか、これまで家でさんざん手こずった「駆け引き」に伴う自己主張、妥協、約束、抵抗を通した様々なコミニュケーションが少なくなり、一見やりやすくなった反面、そこから醸成されるはずの「言葉」が少し少なくなったように感じる。

とはいえ、寮生活をしている以上、やはり集団生活が優先されるのは当然の事なので、それはそれとして、家庭学校の間だけに限定して、敢えて我々がその我がままの受け皿になろうと思っている。また、その間は一歩進めて、積極的にその駆け引きに応じてやるようにしている。

単に我がままを通させるのではなく、硬軟使い分けつつ、態度や言葉で駆け引きさせて、「自己」の実現をさせるようにし向けているつもりだ。

簡単に言えば、「お散歩行きたい。」と言っても、(百マス計算を1ページしてから)と条件を出してみたり、それを「嫌だ」と言えば、(じゃ半ページにして、その代わりに刺し子をしてもいい)と折れたりする、といった具合だ。

普通の子供なら当たり前のやりとりだろうが、今まではこれがなかなかできなかった。今でもできない事が多いが、「したい事をする」ために何とか努力するのが見られるようになった。こういう、本人から見た必死の要求のために、あらん限りの言葉を駆使しようとする努力の芽は摘み取らないようにしたい。


こういう様々な変化は、先生方はもちろんの事、学校職員すべての皆さんが24時間の寮生活を通して陰に陽に生徒たちに語りかけ、親身に接して下さっているおかげとしか考えようがなく、少年期の寮生活は教育上大変意義深いものだと改めて痛感している。公立養護学校がそれをしないのは教育上意義がないからではなく、費用上、マンパワー上できないだけだと思う。もちろん、必要のない子も多いからだろうが、少なくとも将人にとっては本当に良かったとここまでは確信している。

 

 

 

コメント (2)
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