将人とともに together with Masato

For the parents in the world, whose children have autism.

馬鹿者!

2009年09月26日 | 父兄
先日、交通事故の患者さんが救急車で私どもの病院に搬送されてきた。聞くと、養護学校に通う中学生で、その子が自転車に乗って信号のないT字路を渡る際、横から自動車に追突されたらしい。お互いスピードはあまり出ておらず、その自転車も横倒しになった程度で、本人の怪我も軽そうだった。

手首と頭が痛いということなので、腕のレントゲン写真と頭部CTを撮る指示が出た。将人よりはるかに話の通じる子だったが、CT室に入り撮影ドームの中に入れられると、緊張するのか、じっとできない。将人のような尺取り虫運動こそないものの、頭を右に動かしたり、起き上がろうとしてみたり・・・。そこで、お父さんに頼んで、少し本人に付いていてもらう事にした。

すると、どうだろう・・。まもなく、CT室の中から怒鳴り声が響いてきた。検査台に乗ったその子の顎を両手で押さえつけ、「馬鹿者、動くなと言っているのがわからんのか!じっとしろ!」 近寄ってよく見ると、その子はもう涙で顔をゆがめ、押さえつけられた顎は真っ赤になっているではないか。

病院に来た時には、頭と手が少し痛いだけだとほとんど意に介せずといった風のおとなしそうな子が、検査のために押さえつけられ痛がっている!

交通事故でほんの少し痛いのを痛くなくするために検査したり治療したりしようとしているのに、検査のために押さえつけられ怒鳴られて涙をぼろぼろ流して顔をゆがめている!!

それを外で聞いているお母さんもいつものことなのだろうか、全く気にしていない。

各家庭によって障害児の扱いには雲泥の差があるのは百も承知だが、仕事がらみでこういう場面に直面すると、あらためて考えさせられた。

お父さんは、その子がたとえ動いたとしても、病院側に言われたから一生懸命している事をアピールしたいのだろう。じっとできないわが子にまたかと積年のいらだちを凝集して発散している面もあるだろう。

動くなと言っても動くのだから、できる範囲で検査してくれればいい、たとえ検査漏れがでても苦情は言いませんから、などと交渉する考えもないし、そういう発想自体持つ機会がなかったのだろう。

よくわかるが、何か違う、と思った。

将人を叱ったり、叩いたりすることは自分もよくあるが、そんな時、自分もああいう風に人に見られているのかと思うと悲しくなった。
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ケンタッキーフライドチキン

2009年09月08日 | 社会生活
今でこそ、ずいぶん行く回数が減ったが、以前は毎日のようにケンタッキーフライドチキン通いをしていた。そういう時、将人を一人で列に並ばせ、自分で注文させるのだが、店員はお決まりの接客言葉で対応する。                       
                                        
店員:「店内でお召し上がりですか。」                      
将人:『フ、フライドチキンと、フライドポテトと、・・ 、烏龍茶を下さい』            
店員:「 ・・・・。店内でお召し上がりですか。」                 
                                        
将人のしゃべり方と態度で障害児というのはすぐわかりそうなものだ。それなのに、また同じ文章で再度聞き返す。どうして、「はい、フライドチキンですね。お店で食べますか」とか「中で食べますか」、あるいは「お店、チキン、食べる?」とでも言いなおせないのだろうか。もちろん、将人に関して一番いい聞き方は、「家で食べる?ここで食べる?」という聞き方だろうが、それは親しか知らないのはわかるが・・・。                           
                                        
知的障害者に限らず、身体障害者、幼児、ご高齢者、または外人など、いくらでもこの手の事は起こりうる。健常者とて、体調の悪い時、寝不足の時、酔った時など、誰でもそれに近い状態になりうる。というか、長い人生でほとんど誰でもが必ずそうなっていく運命だとさえ言える。

その時、いかに工夫して反応できるかは、ひとえにその人その人の性格、資質に依存する。だが、自分とて将人がいるからこそ、こういう経験をしてきた。普通の人はなかなかわからないだろう。しかし、少し範囲を広げれば、何らかのコミニュケーション障害は100人に一人ではきかないだろう。

外国人に慣れている欧米社会では、絵や身振り手振り(ボディーランゲージ)を活用する。一方、たとえ疲れているからといっても、頬杖をついたり、よそを向いての会話が許されるのは親しい友達同士の間だけだ。そういうのは、ネガティブボディーランゲージと言うらしい。                                     
                                        
仕事上の会話でもそういう事をするのが珍しくない 職種がある事は情けない・・・。私 の就いている業界がその最たるものかもしれない。特に疲れている時には、知らず知らずのうちにそうなりがちだ。気をつけよう。

                                  
コミニュケーションは繊細で、とても難しい。だが、将人レベルの言葉に回帰する時、根源に戻った、本来シンプルな意思疎通というものは決して困難なものではなく、それは母国語だろうと外国語だろうと同じだとさえ言えると思う。


相手の意図を確認する。自分の欲しい物を伝える。これに尽きる。

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