原発容認派、反対派に限らずすべての人に読んでほしいコラム。
以下転載↓
国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.144
by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)
平成23年4月28日
原発の安全保障が世界の軍事課題に
普通の日本人でも9・11同時テロが米国を変えたように、3・11東日本大震災が
日本を変えるだろうと予感している。
西暦2001年からちょうど10年の間隔があるが、世界の軍事関係者はこの順序が逆だっ
たらもっととんでもないことになっただろうと戦慄している。
もし福島原発の大事故が先にあったなら、国際テロ組織アルカイダは必ずハイジャッ
クした旅客機の体当たりの対象に、巨大原発を含めたに違いないからである。
その恐れをうっかり口にしてしまったフィリップ・フォール駐日仏大使は、「フラン
スが開発中の次世代原子炉は9・11のような航空機テロも想定している」と、自国産
業擁護の予防線を張った(読売4/22)。
同大使は前任の外務次官のときに、国策会社である原子力産業最大手アレバ社の役員
を兼任していたというから、フランスと世界の原発の技術水準にも詳しいはずである。
その専門家が「開発中の次世代原子炉」と打ち明けたのは本当であろうが、それが
事実であればあるほど、裏の意味として「既設の原子炉はみな9・11型の攻撃に耐え
られない」と認めていることにほかならない。
ここが問題の中心である。世界に400基以上ある既設の原子炉と建設・計画中の百数
十基も含め、そのすべてが上空からの体当たりテロは「想定外」とみなしているのだ。
40年ぐらい昔、日本に原子の灯がともったころ、原子炉はジャンボ機が墜落しても
安全だと聞かされていたものだ。それは完全なウソだったのである。
原子炉の格納容器は設計上、大型旅客機の直撃に耐えられるのかもしれないが、多数
のパイプと電装品が貫通しているので、その部分は極端に強度が落ちる。したがって意
図的に攻撃する場合は本体でなく冷却装置を破壊すればいいのである。
今回の福島原発大事故は、冷却機能の脆弱(ぜいじゃく)さを完璧に公表したことに
なる。
日本に限らず原発は立地条件が限られるので、一ヵ所に原子炉を数基まとめて設置す
るのが普通だ。福島第1では、6基にプラス2基の増設を計画していた。
これがテロにとっては都合のいい対象になる。第1に上空から小さな目標には体当た
りしにくい。9・11同時テロではホワイトハウスも目標だったが、小さすぎて断念
し、巨大なペンタゴン(5角形の国防総省ビル)に向かったのだろうと推測されてい
る。
第2に、人口密集地に近い巨大原発がテロで破壊されれば、その被害は計り知れない
ものとなろう。
旧ソ連の崩壊後、核兵器や核物質の流出が懸念されてきた。オバマ大統領がノーベル
平和賞を受ける理由ともなったプラハ演説「核なき世界」も、その本当の狙いは核テロ
を防ぐために米国主導で核物質を完全管理することだと理解されている。
日本の3・11フクシマは、テロリストに「入手困難な核テロよりもずっと手軽な原
発テロがあるではないか」と教えてしまったのである。
この恐れをさらに突き進めると、「体当たりの物理的テロよりハイテクで原子炉を暴
走させてしまえばいい」というアイデアに行き着く。これはフクシマより早く、すでに
実用の域に達していることが分かってきた。
実に恐ろしいことだが、いわゆるサイバー攻撃はテロ組織よりむしろ各国の政府機関
で秘密裏に研究開発が行われ、日常茶飯事に攻撃と防御が繰り返されていると理解すべ
きだろう。
かつてイスラエルは、イラクのオシラク原子炉を稼働直前の1981年6月に、またシリ
アが北朝鮮の協力を得て建設中の核施設を2007年9月に、それぞれピンポイント爆撃し
て破壊した実績がある。しかし、もはやそういう物理的破壊は必要なくなったと言えよ
う。
イスラエルはイランのウラン濃縮施設も爆撃するべく米国に同意を求めていたが、
ゲーツ米国防長官は別の方法を提案したらしい。それがサイバー攻撃だったことが明ら
かになった。
国際暴露サイトのウィキリークスなどによると、2009年4月にイランに向けて出荷さ
れた独シーメンス社の産業用コントローラーに高度のコンピュータ・ウィルス(マルウ
エア)が送り込まれたという。
その部品がイラン・ナタンズ核プラントに装備され、遠心分離器に微妙な狂いを生じ
させ始めた。
約1年半後の昨年末、アフマディネジャド大統領は核開発計画が何らかの理由で後退
していることを認め、それを追認する形で米国とイスラエルが今年1月、「イランの核
開発は数年前の状態に逆戻りした」と公表した。
つまり今年に入って初めて、原発が上空からの物理的テロとサイバー攻撃の両方で、
危機にさらされる可能性が表面化したわけである。その偶然には意味がある。
原発の安全保障は軍事の問題だ。軍事は軍が執行する。原発で重大事故が発生すれば
直ちに軍が執行権を握る。政府は司令官を任命し全権を与える。
「フクシマはどうしてそういう体制にならないのか?」
世界の常識は日本の非常識、という具体例が今回も示された。
地下鉄サリン・テロも軍事課題として世界は受け取った。日本はどうだったか?
3・11フクシマを日本は軍事課題として認識を改めるだろうか。戦後最大の試練を
受けて日本がほんとうに変わるかどうか、そのカギになりそうだ。
(おおいそ・まさよし 2011/04/28)
「国際政策コラム【よむ地球きる世界】No.144」より
以下転載↓
国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.144
by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)
平成23年4月28日
原発の安全保障が世界の軍事課題に
普通の日本人でも9・11同時テロが米国を変えたように、3・11東日本大震災が
日本を変えるだろうと予感している。
西暦2001年からちょうど10年の間隔があるが、世界の軍事関係者はこの順序が逆だっ
たらもっととんでもないことになっただろうと戦慄している。
もし福島原発の大事故が先にあったなら、国際テロ組織アルカイダは必ずハイジャッ
クした旅客機の体当たりの対象に、巨大原発を含めたに違いないからである。
その恐れをうっかり口にしてしまったフィリップ・フォール駐日仏大使は、「フラン
スが開発中の次世代原子炉は9・11のような航空機テロも想定している」と、自国産
業擁護の予防線を張った(読売4/22)。
同大使は前任の外務次官のときに、国策会社である原子力産業最大手アレバ社の役員
を兼任していたというから、フランスと世界の原発の技術水準にも詳しいはずである。
その専門家が「開発中の次世代原子炉」と打ち明けたのは本当であろうが、それが
事実であればあるほど、裏の意味として「既設の原子炉はみな9・11型の攻撃に耐え
られない」と認めていることにほかならない。
ここが問題の中心である。世界に400基以上ある既設の原子炉と建設・計画中の百数
十基も含め、そのすべてが上空からの体当たりテロは「想定外」とみなしているのだ。
40年ぐらい昔、日本に原子の灯がともったころ、原子炉はジャンボ機が墜落しても
安全だと聞かされていたものだ。それは完全なウソだったのである。
原子炉の格納容器は設計上、大型旅客機の直撃に耐えられるのかもしれないが、多数
のパイプと電装品が貫通しているので、その部分は極端に強度が落ちる。したがって意
図的に攻撃する場合は本体でなく冷却装置を破壊すればいいのである。
今回の福島原発大事故は、冷却機能の脆弱(ぜいじゃく)さを完璧に公表したことに
なる。
日本に限らず原発は立地条件が限られるので、一ヵ所に原子炉を数基まとめて設置す
るのが普通だ。福島第1では、6基にプラス2基の増設を計画していた。
これがテロにとっては都合のいい対象になる。第1に上空から小さな目標には体当た
りしにくい。9・11同時テロではホワイトハウスも目標だったが、小さすぎて断念
し、巨大なペンタゴン(5角形の国防総省ビル)に向かったのだろうと推測されてい
る。
第2に、人口密集地に近い巨大原発がテロで破壊されれば、その被害は計り知れない
ものとなろう。
旧ソ連の崩壊後、核兵器や核物質の流出が懸念されてきた。オバマ大統領がノーベル
平和賞を受ける理由ともなったプラハ演説「核なき世界」も、その本当の狙いは核テロ
を防ぐために米国主導で核物質を完全管理することだと理解されている。
日本の3・11フクシマは、テロリストに「入手困難な核テロよりもずっと手軽な原
発テロがあるではないか」と教えてしまったのである。
この恐れをさらに突き進めると、「体当たりの物理的テロよりハイテクで原子炉を暴
走させてしまえばいい」というアイデアに行き着く。これはフクシマより早く、すでに
実用の域に達していることが分かってきた。
実に恐ろしいことだが、いわゆるサイバー攻撃はテロ組織よりむしろ各国の政府機関
で秘密裏に研究開発が行われ、日常茶飯事に攻撃と防御が繰り返されていると理解すべ
きだろう。
かつてイスラエルは、イラクのオシラク原子炉を稼働直前の1981年6月に、またシリ
アが北朝鮮の協力を得て建設中の核施設を2007年9月に、それぞれピンポイント爆撃し
て破壊した実績がある。しかし、もはやそういう物理的破壊は必要なくなったと言えよ
う。
イスラエルはイランのウラン濃縮施設も爆撃するべく米国に同意を求めていたが、
ゲーツ米国防長官は別の方法を提案したらしい。それがサイバー攻撃だったことが明ら
かになった。
国際暴露サイトのウィキリークスなどによると、2009年4月にイランに向けて出荷さ
れた独シーメンス社の産業用コントローラーに高度のコンピュータ・ウィルス(マルウ
エア)が送り込まれたという。
その部品がイラン・ナタンズ核プラントに装備され、遠心分離器に微妙な狂いを生じ
させ始めた。
約1年半後の昨年末、アフマディネジャド大統領は核開発計画が何らかの理由で後退
していることを認め、それを追認する形で米国とイスラエルが今年1月、「イランの核
開発は数年前の状態に逆戻りした」と公表した。
つまり今年に入って初めて、原発が上空からの物理的テロとサイバー攻撃の両方で、
危機にさらされる可能性が表面化したわけである。その偶然には意味がある。
原発の安全保障は軍事の問題だ。軍事は軍が執行する。原発で重大事故が発生すれば
直ちに軍が執行権を握る。政府は司令官を任命し全権を与える。
「フクシマはどうしてそういう体制にならないのか?」
世界の常識は日本の非常識、という具体例が今回も示された。
地下鉄サリン・テロも軍事課題として世界は受け取った。日本はどうだったか?
3・11フクシマを日本は軍事課題として認識を改めるだろうか。戦後最大の試練を
受けて日本がほんとうに変わるかどうか、そのカギになりそうだ。
(おおいそ・まさよし 2011/04/28)
「国際政策コラム【よむ地球きる世界】No.144」より