豊かさを考えるとき、人はいろいろなことを思い浮かべます。人は自分の置かれた状況や環境を前提にして豊かさをとらえています。豊かさは、100人いれば100とおりの豊かさがあります。この豊かさも時間の経過とともに変化していきます。このように豊かさはとらえどころのない考え方といえましょう。
一般的に、豊かさは、心の感じる精神的な豊かさと、物質的な面からの経済的な豊かさに分けてとらえているように思います。
精神的な豊かさを感じるのは、夢に描いていた人とめぐり会い結婚できたときの感動、赤ちゃんが生まれすくすくと健やかに成長している姿をみたときの感動、子どもが希望する大学受験に合格できたときの感動、希望していた家を持ちえたときの感動、スポーツ大会で優勝したときの感動、資格試験に合格できたときの感動など幸せと感じたときに起こるのではないでしょうか。精神的な豊かさは心の持ち方といってもよいのではないでしょうか。
経済的な豊かさは、経済的にみれば、国民所得の大きさで測定されたり、多くの物を所有している状態ではかられることが多いです。個人の視点からみれば、希望する家が買えたり、好きな自動車が買える状態、素敵な洋服が買えたり、美味しい食事ができたり、好きなときに旅行ができたりする状態のことをいうのではないでしょうか。つまり、自分がしたいと思うことを何時でもできるというお金の状態のことを意味していると思います。
豊かな暮らしを実現するという視点から考えると、人が考える豊かさを実現するには、精神的な豊かさと経済的な豊かさの両面を達成することといえそうです。経済的に豊かでなくとも心が豊かであれば善しとする考え方もありますが、人々が望む豊かな暮らしを実現するには経済的な裏づけが必要です。
日本人の考え方の根底には、心が豊かであれば経済的豊かさを必要としないという清貧の思想があって、この考えを美徳とするところがあるように思います。しかし、この考え方で人々が望む豊かな暮らしが得られるのでしょうか。日本で暮らしている人であれば、余り衣・食・住に困っている人は少ないと思います。しかし、地球上の人々の暮らしを考えれば、充分に衣・食・住が足りているとはいえません。そのような状況にある人たちにとっては、精神的な豊かさも重要ですが、経済的な豊かさをより求めているといえます。その人が置かれている状況や環境によって異なるものといえましょう。
シンプルライフを考えるときも、日本人が持っている清貧を善しとする潜在意識が強く現れているように思われます。シンプルライフを一般的に自然と調和しながら生活することと強調する考え方があります。このことを考えるとき何も特別に強調する必要があるのかと思うのです。
人間は地球という自然の一部ですし、地球も宇宙の中の一部にしか過ぎません。このことを視野にいれていない人が使う言葉のように思われるのです。自然を無視した生き物は滅びざるを得ないのは過去を振り返れば明らかです。
豊かな暮らしを実現するためには、精神的な豊かさと経済的な豊かさの両面が必要です。しかし、自然を無視した豊かさの追求は許されるはずもありません。豊かさ実現の方法としては、競争によって達成する方法でなく、人間に与えられた智慧を最大限に発揮して得ることです。
