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「人体600万年史-科学が明かす進化・健康・疾病<下>(ダニエル・E・リーバーマン)」という本は、とてもオススメ!

2016年09月30日 01時00分00秒 | 

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 「人体600万年史-科学が明かす進化・健康・疾病<下>」は、上巻に引き続き、特に人類がたった約600世代前の約1万年前に農業を始めたことによる糖質摂取増加等や、最近の産業革命による運動不足等により引き起こされる本来の数百万年間の狩猟採集の遺伝子からのミスマッチ病の内容や、それらを防ぐ具体的方策について詳しく書かれています。
 
 特に具体的な現代のミスマッチ病としては、2型糖尿病やガン、骨粗鬆症、親知らず、扁平足等について書かれていて興味深かったですね。
 
 ミスマッチ病にならないようにするには、以下の点について注意した方が良いようです。
 
・虫歯や糖尿病等を防ぐためにもデンプンや炭水化物、砂糖の摂取を控えめにする
・野菜や果実を豊富に摂る食事にする
・炭酸飲料やジュースなど食物繊維が含まれていない甘い飲食物は特に危険
・魚油や亜麻仁や木の実に含まれるオメガ3脂肪酸でできた不飽和脂肪は良い
・塩分控えめにする
・骨粗相症を防ぐためにも運動を十分にする
・夜の睡眠や昼寝などを十分にとる
・善玉腸内細菌を保護(殺菌消毒をし過ぎず、味噌やキムチ、ヨーグルトなどを摂れば良い?)
・喘息やアレルギー等を防ぐためには、体内の有益な微生物を殺してしまう殺菌消毒をし過ぎないことが大切
・母乳で育ち免疫系を強化することが大切
・子供の頃は近視を防ぐためには屋外で遊び、骨を鍛えるためによく運動し、暑さに耐えられるよう汗腺を増やすために暑さを経験することが必要、親知らずが痛まないようにしっかり噛むことが大切(無糖ガムでも可)
・扁平足にならないよう子供の頃は特に裸足で歩いたり走ることも大切
・仕事も含めてイスに座ることをなるべくやめて立つようにする
・喫煙や過度な飲酒は控える
 
 実はこれらの特に食生活の多くは以前読んだ「「いつものパン」があなたを殺す」と同じ内容ということに驚き、それらは進化論的にも裏付けされているんだと感じましたね。
 
 それから、最近は女性は少子化で昔に比べるとあまり妊娠しなくなりましたが、そのため高濃度の生殖ホルモンであるエストロゲンにさらされることにより、乳がんや子宮がんなど生殖器がんが増えているとは驚きました。
これも現代のミスマッチ病のようです。
 
 「人体600万年史-科学が明かす進化・健康・疾病<下>」という本は、健康のためにもとてもオススメな本です!
 
なお、本書の日本語訳は素晴らしく、違和感なく読めたのは良かったですね。
 
以下はこの本のポイント等です。
 
・農業は古くさい生活様式だと思われがちだが、進化論的な観点からいえば、これは比較的最近の、独特で、どちらかというと奇妙な生活様式である。しかも農業は、氷河期が終わってからわずか数千年のうちに、アジアからアンデス山脈までの複数のところで、それぞれ独自に興っている。農業が人間の身体にどんな影響を与えたかを考える前に、まず確認しておかなければならない問題は、なぜ農業がそんなにさまざまなところで、何百万年にも及ぶ狩猟採集生活のあと、そんなに短期間で発達したのかということだ。この疑問には一言では答えられないが、全世界的な気候の変化が一つの要因だったとは言えるかもしれない。1万1700年前に氷河期が終わって完新世の到来が告げられると気候は氷河期より温暖になったばかりか、安定度も増し、気温と降雨の極端な変動が少なくなった。氷河期の間にも、狩猟採集民はときおり植物を栽培してみようと試行錯誤を繰り返したが、この実験が根付くことはなかった。理由はおそらく、極端で急激な気候変化のせいで努力が立ち消えになってしまったからだろう。栽培実験の成功の見込みが大いに高まったのは完新世になってからで、このころになると地域ごとの降雨と気温のパターンが毎年ほとんど変わらなくなり、10年単位でもほぼ一定のまま持続した。予測のできる安定した気候は狩猟採集民にとってもありがたいかもしれないが、農耕牧畜民にとってはまさに不可欠なものである。だが、世界の異なる地域での農業の創始に拍車をかけたもっと大きな要因は、人口圧力だった。考古学調査によれば、約1万8000年前、最後の大きな氷河作用が止まりはじめたのと時を同じくして、野営地-人々の住んでいた場所-の数は圧倒的に増え、広さも増していったことがわかっている。極地の氷冠が縮小し、地球全体が温暖になるにつれ、狩猟採集民の人口は急激に増えていった。より多くの子供が持てるようになったのだから、けっこうなことではないかと思えるかもしれないが、人口密度が高くては生き残っていかれない狩猟採集民の共同体にとって、それは非常に大きなストレス源でもあった。気候条件が彼らに比較的優しいときであっても、増えた分の人間を食わせていかなければならないのは相当のプレッシャーであり、彼らはやむなく通常の採集に加え、補助手段として食用植物の栽培を始めることになった。しかしながら始まってみると、その栽培は悪循環を生んだ。食わせなければならない家族が増えるたびに、栽培へのインセンティブが高まるからである。そうして何十年、何百年という間に農業が発展していった様子は想像に難くない。それはきっと趣味が職業に発展していくときと同じような経緯だったのだろう。そもそも栽培を始めたのは食物を増やすためで、それは大家族に食料を供給するための補助的な行為だった。しかし食わせなければならない子供がますます増えるうえに、環境条件が優しくなったこともあいまって、次第に植物を育てることの費用に対する便益の割合が高まっていく。そして世代を経るうちに、栽培植物が栽培作物に発展し、補助用の菜園が農場に発展した。食料はますます予測の立つものとなった。
・1万2800年前に、突然の危機が襲う。世界の気候が急激に悪化したのだ。おそらく北米の多数の氷河期の水が大西洋に注ぎ込んで、メキシコ湾流をお一時的に分断させ、全世界の気候パターンを大混乱させたためだろう。「ヤンガードリアス」と呼ばれるこの出来事で、世界はいきなり氷河期のような状態に逆戻りし、寒さが何百年も続いた。ナトゥーフ期の人々にとって、この変化はどれほど深刻だったことだろう。彼らは永続的な村落に高い人口密度で暮らしてはいたが、生計は相変わらず狩猟採集に依存していたのだ。10年もしないうちに、その地域全体がとてつもなく寒く乾燥していって、食物の供給が徐々に減っていった。いくつかの集団はこの危機に対応して、もっと単純な移動式の生活様式に回帰した。だが、ほかのナトゥーフ期の人々はあきらめず、定住生活を守るための努力をさらに徹底したようだ。この場合、まさしく必要は発明の母だったらしく、一部の人々がどうにか食物栽培に成功し、現在のトルコ、シリア、イスラエル、ヨルダンを含む地域のどこかにおいて史上初の農業経済を生み出した。それから1000年以内に、人々はイチジク、オオムギ、コムギ、ヒヨコマメ、レンズマメを栽培品種化し、彼らの文化は新しい名前をつけられるに値するだけの変革を遂げた。それが先土器新石器文化A(PPNA)で。この農業先駆者たちは、ときに3万平方メートル(ニューヨーク市のよそ1.5ブロック分)にも及ぶ大集落に暮らし、土煉瓦の家を建て、内側の壁と床に漆喰を塗った。壁で有名な古代の町ジェリコ(エリコ)の最も古い層には約50の家があったとされ、そこに500人ほどが暮らしていたとみられている。さらにPPNA期の農民は、食料をすりつぶしたり叩いたりするためのよくできた石器を案出し、精巧な装飾用の小立像を作り、死者の頭部を漆喰で固めた。
・その後も変革は続く。まず、PPNA期の農民は食料調達の補助としてガゼルなどの動物の狩りもしていたが、1000年以内に、ヒツジ、ヤギ、ブタ、ウシの家畜化を成し遂げた。それからほどなくして、土器も発明された。こうした革新がどんどん積み重なって、新たな新石器文化の生活様式が繁栄し、中東からヨーロッパ、アジア、アフリカへと急速に広まっていった。今日あなたが食べているものが、この時代の人々が初めて栽培品種化し、家畜化したものであることは、ほぼ確実だ。そしてあなたの祖先がヨーロッパや地中海の出身なら、おそらくあなたにも彼らの遺伝子のいくつかが受け継がれているだろう。
・世界のほかの地域でも、氷河期が終わったあとに農業が進化したが、状況は場所によって異なる。東アジアでは、約9千年前に揚子江と黄河の流域で、コメとアワが最初に栽培化された。ただしアジアでは、農業が始まる1万年以上も前から狩猟採集民が土器を作りはじめており、食料を茹でたり貯蔵したりするのに使っていた。メソアメリカでは、約1万年前にカボチャが最初に栽培化され、続いて6500年前ごろにトウモロコシが栽培化された。メキシコでは徐々に農業が確立されるにつれ、マメやトマトなど、ほかの植物も栽培化されていった。トウモロコシ栽培はゆっくりと、しかし着実に新世界全体に広まっていくようになる。そのほか新世界では、アンデス山脈と合衆国南東部も農業発明の中心地だった。アンデスでは7000年以上前にジャガイモが栽培化され合衆国南東部では5000年前までに種子植物が栽培化されていた。アフリカでは、サハラ砂漠の南で6500年前ごろからトウジンビエやアフリカ原産のコメ、モロコシなどの穀類が栽培化されはじめた。そしてニューギニア高地では、およそ1万年前から6500年前の間にヤムイモとタロイモ(デンプン質の根菜)が最初に栽培化されたと見られている。
・栽培化された作物が普及していって植物を採集する必要がなくなったように、動物も家畜化が広まるとともに狩る必要がなくなっていった。家畜化がさかんだった地域の一つは南西アジアである。中東では1万500年前ごろにウシが家畜化され、ヨーロッパとアジアでは1万年前から9000年前までの間に、それぞれ独立にブタがイノシシから家畜化された。その後、ほかにも多くの動物が世界中で家畜化され、アンデスでは約5千年前にラマが、南アジアでは約8千年前にニワトリが家畜化された。人間の最高の友であるイヌも、実は最初に家畜化された種の一つである。人間は1万2千年以上前ににオオカミからイヌをつくったが、この家畜化がなされた時期、場所、経緯については(及びどの程度までイヌが人間を実質的に家畜化したかについても)いまもかなりの議論がある。
・すべての人間はかつて狩猟採集民だったが、わずか数千年で、狩猟採集民は孤立した一握りの集団しか残らなくなっている。この変化の大半は、農業が始まった直後に起こった。なぜならどこでどう始まろうと、農業はつねにとこでも流行り病のように広まったからだ。この急速な広まりのおもな理由は、人口成長にあった。一般に現生人類の狩猟採集民の母親は、子供を3歳で乳離れさせ、3年か4年ごとに子供を産むが、生まれた子供の乳幼児期の死亡率は40%から50%にものぼる。したがって健康な平均的狩猟採集民の母親が生涯に産める子供の数は6人か7人、そのうち成人になるまで生き残れそうなのは3人である。ほかに事故や病気などが原因で死亡することもあるから、概して狩猟採集民の人口は、とくに妨げがなくともきわめて遅いペースでしか成長しない(年間およそ0.015%)。この割合では、人口が2倍いなるのに約5千年を要し、4倍になるには1万年かかる。対照的に、自給自足農民の母親は子供を1歳から2歳-狩猟採集民の子供の場合の半分-で乳離れさせられる。それは母親にたいてい十分な食料があって、穀物や家畜の乳汁や消化のしやすい各種の食物により、一度に多くの子供を養っていけるからだ。したがって農民の乳幼児死亡率が狩猟採集民のそれと同じぐらいだとすれば、初期の農民の人口成長率は狩猟採集民の2倍にはなる。そのぐらいの増加率でも、人口は約2千年ごとに2倍になるから、1万年後には32倍にもなる。実際のところ、農業が始まってからの人口成長率には変動があり、ときにはもっと高い割合になることもあったが、いずれにしてもこれが人類史上初の大きな人口爆発だったことは疑いない。
・初期の農民人口が増え、拡大するにつれて、必然的に農民は狩猟採集民と接触することになった。その間で戦いが生じることもあったが、たいていの場合、両者は協力し、交易を行い、交配して、遺伝子と文化の両方を交換した。今日、世界にさまざまな言語と文化が混在しているのは、おもに農民集団が広まって狩猟採集民を交流したことの名残である。いくつかの見積もりによれば、新石器時代の終わりまでには世界には1000種類以上の言語ができていたとされる。
・もし農業が「人類史上最大の過ち」で、進化的ミスマッチ病の多くの原因がそこにあったのだとすれば、なぜ農業が「人類史上最大の過ち」で、進化的ミスマッチ病の多くの原因がそこにあったのだとすれば、なぜ農業はこんなにも急速に、こんなにも徹底的に広まったのだろう。最大の理由は、農民が狩猟採集民よりも速いペースで次々と子供を産めたことである。今日の経済学では、繁殖率の高さはしばしば出費という不穏な意味をともなう。養う口が増えるほど、払わなくてはならない大学授業料がかさむということだ。子だくさんは貧困の原因となりうるのである。しかし農民にとっては、子が多いほど富が増えることになる。子供は有益な素晴らしい労働力だからだ。何年か育てれば、農民の子供は畑仕事も家事もできるようになり、作物の世話、家畜の番、弟や妹の子守り、食物の加工などを手伝わせられる。実際、農業の成功はかなりの部分、農民が狩猟採集民よりも有効に労働力を育てられることにあり、その分のエネルギーがシステムに送り返されて、出産率を上げることにつながる。こうして農業は指数関数的な人口成長を生み、それがまた農業を広めるのである。農業の広まりを促進するもう一つの要因は、農業が付近の生態を変えてしまうことだ。その変化によって、もう狩猟採集ができなくなるとまではいかなくとも、やりにくくはなるのである。
・あなたの祖先が狩猟採集を放棄したのは、そう馬鹿げたことではなかったということだ。同じ状況に置かれれば、たぶん私もあなたも同じ選択をするだろう。ただし何世代ものちになると、農業は一連のミスマッチ病などの問題を生み始める。それは何百万年もかけてなされてきた旧石器時代への適応が、人間の身体を農民となるのに完全に備えさせてはくれなかったからだ。それらの問題の多くに、私たちは今も直面している。
・農産物による食生活はミスマッチ病の引き金ともなりうる。最大の問題の一つは、栄養の多様性と質が損なわれることだ。狩猟採集民は、食用になるものなら何でも食べることによって生存を維持する。従って狩猟採集民の食生活は、必然的にきわめて多様なものとなり、植物だけでも何十種類もの種を季節にあわせて摂取する。対照的に、農民は食物の質と多様性を犠牲にして量を優先し、わずか数種類の主食作物を大量に生産することに労力を傾ける。主食作物の大きな欠点の一つは、狩猟採集民やほかの霊長類が摂取する野生の植物の大半に比べ、たいていビタミンとミネラルが圧倒的に少ないことだ。主食作物ばかりに依存している農民は、肉や果実やほかの野菜(特にマメ)を補助的に追加しない限り、栄養不足に陥る危険がある。そのため農民は、狩猟採集民と違ってある種の病気にかかりやすい。たとえば壊血病(ビタミンCの不足による)、ペラグラ(ビタミンB3の不足による)、脚気(ビタミンB1の不足による)、甲状腺腫(ヨウ素の不足による)、貧血(鉄分の不足による)といった病気である。
・農民の食生活を原因とするもう一つのきわめて重大な健康問題は、デンプンの摂り過ぎによって起こる。狩猟採集民も炭水化物をたくさん摂取するが、農民が育てて加工する穀物や塊茎やその他の植物に豊富に含まれているのはデンプンである。デンプンはたいへん美味なのだが、摂りすぎるとさまざまなミスマッチ病を引き起こす。なかでも最も一般的なのが、虫歯だ。食事をするたび、歯にくっついたデンプンや糖は口内の細菌を引き寄せ、その菌が増殖して口内のタンパク質と結びつき、白っぽい膜となって歯の表面に張りつく。つまり、歯垢が形成される。そこに細菌が糖を消化するときに排出した酸が取り込まれると歯冠のエナメル質が溶けて虫歯が発生する。狩猟採集民が虫歯になることはまれだが、初期の農民の間で虫歯はきわめて一般的だった。近東では、農業が始まる前は虫歯を持った個人の割合が約2%だったのに、初期新石器時代には約13%へと跳ね上がり、時代がくだるとさらに高くなった。ここで強調しておかなくてはならないが、抗生物質と近代歯科医療が発明される前の虫歯は、決して些細な問題ではなかった。歯冠の奥の象牙質まで達した虫歯は、身もだえすような痛みをもたらすだけでなく、場合によっては命にもかかわるような深刻な感染症を引き起こし、あごから頭部全体に転移することもあるのだ。
・糖質の豊富な食事は、新陳代謝にも影響を及ぼす。デンプン質の食物、とくに食物繊維を除去した加工食物は、すぐに糖に変わるので、血糖値をたちまち急上昇させる。そもそも人間の消化器系h、大量の糖に急速に対処できるような機能を備えていないので、デンプンの割合が高い食事をずっと続けていると、いずれ2型糖尿病などのさまざまな問題を引き起こしかねない。
・近代的な人口調査が行われる以前の世界人口については正確なデータが存在しないが、十分な研究からの推定によれば、生きている人間の数は1万2千年前の500万~600万人からイエスの誕生時までの間に6億人へと、少なくとも100倍に増えている。そして19世紀の初頭までに、世界人口は約10億人に達しているのだ。
・人口密度の高い大きな共同体で暮らすことは社会的にも刺激があるし、経済的にも利益があるが、その一方、そうした社会は命に関わる健康問題を引き起こす危険がある。なかでも最大の脅威は病原菌だ。感染症には多くの種類があるが、どれをとっても原因は、宿主に寄生する微生物である。宿主の体内に侵入してその身体をむしばみ、繁殖したのち、また別の新たな宿主に移って、同じサイクルを繰り返す。こうして農業は、伝染病の時代の先駆けとなった。結核もハンセン病も、梅毒も、ペストも、天然痘も、インフルエンザもみな農業の創始とともに流行りだしたものである。もちろん狩猟採集民も病気にかからなかったわけではないが、農業創始以前の人間を襲っていたのは、おもにシラミなどの寄生虫や、汚染された食物から取り込まれる蟯虫やほかのほ乳類との接触から得られる単純ヘルペスウィルスなどのウイルスや細菌だった。マラリアやフランベジアなどの病気も狩猟採集民の間で発生していただろうが、農民社会に比べれば発生率はずっと低かったはずだ。
・農業の進化と、それに伴う村や都市の発展は、致死的な病気を伝染させる多くの虫に、願ってもない生態学的条件を贈呈することにもなった。なかでも最悪なのは、農民があたりの草木を切り払い、作物を育てるための用水路を引くことで、蚊にとって申し分のない生息環境が生まれてしまうことだ。蚊はよどんだ水たまりに卵を産みつけられるし、涼しい家屋や近くの茂みに身を隠せば、苦手な熱や日光からも逃れられる。しかも理想的なことに、すぐそばに人間がいるわけだから、いつだってその血が吸える。マラリアは大昔からある病気だが、理想的な繁殖場所と、寄生する大量の人間が得られたことで、新石器時代の間に劇的に蔓延した。そのほか黄熱病、デング熱、フィラリア症、脳炎なども、やはり蚊によって媒介される病気であり、農業の創始以降に広まってきたものだ。加えて、潅漑用水路をゆっくり流れる水により、住血吸虫症などの寄生虫病の広まりも助長された。住血吸虫の原因となる寄生虫の生活環は、淡水産の巻貝のなかで始まり、その後、水中を歩いてくる人間の脚に虫が入り込んで、そこを棲みかとしながら続いていくのだ。また、いくつかの病気にとっては人間の衣服がありがたいものとなる。そこはダニやノミやシラミにとって、実に快適な環境だ。
・人間は、動物と密接に生活することによって取り込まれる忌まわしい病気を、恐ろしいほど続々と-50種類以上も-我が身に降りかからせてきた。これらの病気は、人間に深刻な危険をもたらす最もおぞましい、最もたちの悪い病原菌のいくつかから引き起こされる。結核、はしか、ジフテリア(ウシから)、ハンセン病(スイギュウから)、インフルエンザ(ブタやカモから)、ペスト、チフス、そしておそらく天然痘もそうだ(ネズミから)。たとえばインフルエンザは、絶えず突然変異を繰り返していくタイプのウイルスで、水鳥から納屋の庭にいるブタやウシなどの動物に飛び移り、そこでさらに進化して、新種の再集合体ウイルスに変化する。そのうちのいくつかが、人間に対してとくに強い感染力を持つ。人間がこれをうつされると、鼻や喉や肺の細胞に炎症反応が生じて咳やくしゃみが起こるので、そのたびに、何百万ものコピーされたウイルスがまわりの人間にばらまかれる。
・この数百世代の間に生じた突然変異のほとんどは、さほど自然選択にさらされておらず、とくに正の選択を受けてきたわけでもなくて、むしろ新しく生じた突然変異の86%以上は負の効果を持っていると見られる。とはいえ、これだけ多くの新しい突然変異があるからには、最近の自然選択によって選ばれてきた遺伝子があったとしても不思議ではなく、実際にさまざまな研究の結果、そうした遺伝子が100個以上も特定されており、その選択の多くには農業が関わっていた。それらの遺伝子を詳細に調べるには、さらに何年かの研究を要するだろうが、おそらくお察しのとおり、それらの大部分は、免疫系に関わる遺伝子で、農業が創始されてから人間を苦しめるようになってきたとりわけ致命的な病原菌のいくつか-腺ペスト、ハンセン病、腸チフス、ラッサ熱、マラリア、はしか、結核など-に人間の体が対抗できるようにさせている。もっとも研究の進んだ事例を一つ挙げると、マラリアへの免疫をつけるのを助ける遺伝子というものがある。
・また、別の適応として、炭水化物を大量に摂取することで引き起こされる血糖値の急上昇に農民が対処できるようにするための適応も進化した。たとえばTCF7LCという遺伝子は、食後のインスリン分泌を促進させる機能を持つが、この遺伝子のいくつかの変異は、ちょうど新石器時代のころにヨーロッパと東アジアと西アフリカのそれぞれで進化した。これらの遺伝子変異は今日においても、当時の農民の子孫たちを2型糖尿病から守る役割を果たしている。
・いい例がペラグラで、これはビタミンB3(ナイアシン)の不足から生じる恐ろしい病気だ。これを放置しておくと、下痢、認知症、皮膚発疹などの症状が出て、しまいには死にいたる。ペラグラは、トウモロコシを主食とする農民の間で一般的な病気だ。トウモロコシに含まれるビタミンB3は別のタンパク質と結合して、人間の消化器系には受け付けられないものになってしまうからである。ネイティブアメリカンの農民は、ペラグラに対する耐性を与える遺伝子をまったく進化させてこなかったが、彼らはずっと昔に「マサ」という特殊なトウモロコシの粉をつくることを学習した。これはトウモロコシをあらかじめアルカリ溶液に漬けてから挽いて粉にする。この処理(ニシュタマリゼーション)はビタミンB3を消化のために遊離させるだけでなく、トウモロコシに含まれるカルシウム成分を増やすことにもなる。マサの製粉のほかにも、農業によってもたらされた変化に対する文化的進化の反応は何千とある。
・産業革命以前に比べ、現在の人間の身体活動は実際にどのぐらい少なくなっているのだろうか。全体的なエネルギー支出を測る単純な指標は、身体活動レベル(PAL)である。これは一日あたりに消費するエネルギーと、一日中ベッドに横たわって何もしないでいる場合の消費エネルギーとの比率だ。成人男性の平均値で見ると、一日中座っていることの多い事務職や管理職に就いている人のPALh、先進国で1.56、発展途上国で1.86となる。ちなみに狩猟採集民のPALは平均1.85で、農業など、活発に動くことが必要とされる仕事に就いている人の数値とほぼ同じである。従って、典型的なオフィスワーカーが典型的な一日の活動において消費するエネルギーの総量は、この一世代か二世代で15%ほど減少したことになる。これは些細な減少ではない。仮に、一日あたり約3千キロカロリーを消費する平均的な体格の農民や大工が、引退して座っているばかりの生活様式にいきなり切り替わったら、この人のエネルギー支出は一日あたり約450キロカロリー低下する。食べる量を減らすか、もっと激しく運動するかによって相殺しないかぎり、この人はしだいに肥満していくだろう。
・食物をすりつぶして小さな粒子にし、繊維を取り除いて、デンプン質と糖分の含有量を増やすような食品加工は、人間の消化器系の機能を変質させる。人はものを食べるとき、それを消化して分子に分解し、栄養分を胃腸から体内のほかの部分に運搬するために、ある程度のエネルギーを使わなくてはならない。ところが食べるものの加工度が高ければ高いほど、そしてそのサイズが小さければ小さいほど、このコストは大幅に-10%以上も-削減される。ステーキ肉を挽いてハンバーガーにしたり、一山のピーナツを砕いてピーナツバターに変えたりすれば、あなたの身体は食品1gあたりから、より多くのカロリーを、より少ないコストで取り入れられる。なぜかというと、胃腸が食物を消化するのに使われる酵素というタンパク質は、食物の粒子の表面に結合して、その粒子を分解する。小さい粒子は単位質量あたりの表面積が大きいから、粒子は小さいほど効率よく消化されるというわけだ。加えて、精白小麦粉や白米のように食物繊維を少なくした加工食品であれば、消化に必要な段階が少なくてすみ、かかる時間も短いから、血糖値が早く上がりやすい。そうした食品(高GI食品と呼ばれる)はすばやく簡単に分解されるが、いかんせん人間の消化器系は、迅速な消化によって生じる血糖値の急速な上昇に十分に適応していない。膵臓が急いで十分なインスリンを産生しようとすると、その働きがしばしば行きすぎて、インスリンのレベルを上昇させてしまうため、今度は血糖値ががくんと正常以下のレベルに下がって、結局また空腹を感じるようになる。このような食品は、いわば肥満と2型糖尿病のもとなのである。
・典型的な狩猟採集民の食事にまあまあ近いものと、典型的な現代アメリカ人が食べていると思われるもの、そしてアメリカ政府による一日あたりの推奨栄養所要量(RDA)とを比較することはできるだろう。それをまとめたのが以下の表である。狩猟採集民に比べ、工業製品化した食物を食べている人々は、炭水化物-とりわけ糖と製粉デンプン-を比較的高い割合で摂取している。また、工業製品化した食物はタンパク質が比較的少なく、飽和脂肪が多く、繊維質が格段に少ない。そして最後に、食品製造者は製品にカロリーを満載させられるにもかかわらず、できあがった食品におけるビタミンとミネラルの含有量は非常に低く、塩分だけが明らかな例外となっている。
1日のエネルギーの割合 狩猟採集民、平均的アメリカ人、RDA
炭水化物  35~40%、52%、45~65%
糖類    2%、15~30%、<10%
脂肪    20%~35%、33%、20~35%
飽和脂肪  8~12%、12~16%、<10%
不飽和脂肪 13~23%、16~22%、10~15%
タンパク質 15~30%、10~20%、10~35%
1日の量 狩猟採集民、平均的アメリカ人、RDA
食物繊維    100g、10~20g、25~38g
コレステロール >500mg、225~307g、<300mg
ビタミンC   500mg、30~100g、75~95g
ビタミンD   4,000IU、200IU、1,000IU
カルシウム   1,000~1,500mg、500~1,000mg、1,000mg
ナトリウム   <1,000mg、3,375mg、1,500mg
カリウム    7,000mg、1,328mg、580mg
・狩猟採集民、牧畜民、自給自足農民の睡眠習慣についての資料集によると、人類は最近まで、自分一人で孤立した状態で寝ることはめったになく、たいてい親子兄弟でベッドをともにしており、昼寝も毎日していたし、全体の睡眠時間も長かった。今日でも、狩猟採集民のハッザ族は一般に、毎日、夜明けとともに起きて、正午に1時間から2時間の昼寝をし、午後9時には執心する。また、かつては夜から朝までぶっ通しで眠るのも一般的ではなく、いったん夜中に目を覚まして、それから「二度寝」するのが普通とされていた。伝統文化では、ベッドはたいてい固く、ノミやトコジラミなどの寄生虫にたかられないように、寝具hごくわずかしか使わない。そして睡眠環境は、いまよりずっと感覚刺激に満ちていた。たいがい近くで火がおこされていて、外の音が聞こえ、そばで寝ている人のたてる音や、動きや、場合によっては性行為をも許容しなくてはならなかった。睡眠習慣がどうしてこうも変わったかについては、多くの要因が考えられる。まず一つは、産業革命によって時間の概念が変わり、明るい照明、ラジオやテレビなどのさまざまな娯楽が、それまでの通常の就寝時間のずっと後まで私たちを刺激するようになったことだ。人類の数百万年の歴史において初めて、世界の大部分が夜更かしできるようになり、ますます睡眠を奪われてしまっているのである。それに加えて、今日の多くの人は、過度な飲酒、貧しい食生活、運動不足、不安、憂うつ、その他もろもろの心配ごとなど、身体的要因と心理的要因が微妙に絡み合ったストレスのために、不眠症に陥っている。そして歴史的に普通ではないが、今日では当たり前となっている感覚刺激の遮断された睡眠環境が、不眠症をさらに促進しているとも考えられる。眠りに落ちるというのは段階的なプロセスで、身体が浅い眠りの段階をいくつか経るうちに、脳がしだいに外界の刺激に気づかなくなっていき、やがて深い眠りの段階に入ったところで、完全に外界のことがわからなくなる。人類の進化の大部分において、このゆっくりとしたプロセスは、近くをライオンが徘徊しているような危険な環境の中で深い眠りに落ちないようにするための適応だったのかもしれない。一晩の間に睡眠を二度に分けることも、やはり適応的だったのだろう。ひょっとしたら不眠症の原因は、いまの私たちが外界と絶縁した寝室にいて、炉のはぜる音や、隣の人のいびき、遠くでハイエナが吠える声など、進化の過程において聞こえるのが当然だった音が聞こえないようになっているために、万事正常だとの安心感を脳の意識下の部分に与えてやれないからかもしれない。
・私たちの睡眠はどんどん短くなっていて、先進国では少なくとも人工の10%が定期的に深刻な不眠症にかかる。睡眠不足で死ぬことはまずないが、慢性的に睡眠を奪われていると脳が適切に機能しなくなり、健康がむしばまれる。睡眠不足が長期にわたって続いた場合、体内のホルモン系の反応が追いつかなくなるのだ。それらの反応は、もともと短期間のストレスに対してだけ適応的だったものだからである。通常、人間の身体は睡眠中に成長ホルモンを分泌し、このホルモンが成長全般と細胞修復、免疫機能を促進するが、睡眠が不足していると成長ホルモンが十分に放出されず、代わりにコルチゾールというホルモンが多く産生されるようになる。コルチゾールの値が高くなると、身体の代謝機能は成長と投資の状態から、恐怖と逃避の状態に転じて、警戒の強まりにより血流中を糖が行ったり来たりする。この切り替わりは、朝ベッドから起き上がるときや、あるいはライオンから逃げるときには有益だが、慢性的にコルチゾールの値が高いままでいると、免疫が弱まり、成長が阻害され、2型糖尿病にかかるリスクが増大する。さらに、慢性的な睡眠不足は肥満も促進する。通常ならば睡眠中の身体は休止していて、その間はレプチンというホルモンの値が上がり、グレリンという別のホルモンの値が下がる。レプチンは食欲を抑制し、グレリンは食欲を増進させるので、このサイクルが働いていれば睡眠中に空腹にならなくてすむ。ところが、睡眠が足りていない状態がずっと続くとレプチンの値が下がり、グレリンの値が上がってしまって、栄養が足りていようといまいとかかわりなく、脳に飢餓状態の信号が送られることになる。したがって睡眠不足の人は食欲が旺盛になり、特に炭水化物の豊富な食物を欲するようになる。産業化時代の睡眠のなんとも痛ましい皮肉は、十分な睡眠が金持ちの特権になっていることだ。高収入の人ほどたっぷり眠れるのは、その眠りが効率的だからである。おそらくその理由は、裕福な人ほどストレスが少なく、したがって難なく眠れるからだろうと考えられる。収支合わせに必死になっている人の場合、毎日のストレスと睡眠不足が悪循環につながってしまう。ストレスが眠りを妨げ、その不十分な眠りがまたいっそうストレスを高めるのである。
・幼児期を無事に生き延びられた狩猟採集民は、概して長生きする。もっとも一般的な死亡年齢は68歳から72歳の間で、ほとんどの人は孫を持ち、中には曾孫まで持つ人もある。大半の人の死亡原因は、胃腸か呼吸器への感染症、マラリアや結核などの病気、さもなければ暴力や事故である。また、いくつかの健康調査から、先進国の高齢者の死亡や障害の原因となっている非感染症の病気のほとんどは、狩猟採集民の中高齢者にはまったく見られないか、見られたとしてもかなり珍しいことがわかってい。もちろん調査の数が限られているとはいえ、とりあえず報告されているかぎり、狩猟採集民の中で2型糖尿病や、冠情動脈性心疾患、高血圧、骨粗鬆症、乳がん、喘息、肝疾患を患っている人は皆無に近い。さらにいえば、痛風、近視、虫歯、難聴、扁平足といった、ありふれた軽い疾患に悩まされている人もほとんどいないように思われる。
・私たちの消化器系は、そんなにたくさんの糖をそんなにすぐに燃やすようには進化していない。だから、身体にできる唯一の方法で対処する。過剰な糖をひたすら内蔵脂肪に送り込むのだ。内蔵脂肪は少しの量なら問題ないが、残念ながら、あまりにも多くなりすぎると一連の症状を引き起こす。これがいわゆるメタボリックシンドロームだ。たとえば高血圧、高脂血症と高血糖症、高比重リポタンパク質(HDL、いわゆる善玉コレステロール)の不足、低比重リポタンパク質(LDL、いわゆる悪玉コレステロール)の過剰といった症状である。これらの症状が3つ以上出ていると、さまざまな病気のリスクが大幅に高まる。なかでも重大なのが、心臓血管疾患、2型糖尿病、生殖器組織がん、消化器組織がん、腎臓疾患、胆嚢疾患、肝臓疾患である。
・霊長類の視点から見れば、人間はみな痩せている人でさえ、比較的太っている。総じてほかの霊長類は、成体になってからの体脂肪が平均6%前後で、その子供は約3%の体脂肪を持って生まれてくるが、人間の狩猟採集民の体脂肪の典型的な割合は、新生児で15%もあり、幼少期にはさらに増えて25%、大人になると少し下がって、男性では約10%、女性では約20%に落ち着く。進化論的な観点からすると、脂肪をたくさん蓄えるのは筋が通っている。簡単にいえば、人間はとても大きな脳を持っていて、その脳が、安静時代謝量の約20%もの大量のエネルギーの供給を絶えず必要としている。したがって人間の赤ん坊は、脂肪をたっぷり蓄えて生まれてくるおかげで、その大きな脳につねにエネルギーを補給することができるのだ。この前提に加え、人間の母親は子供を比較的早い年齢で乳離れさせるので、大きな脳を持った自分の身体だけでなく、大きな脳を持った乳児にも、その兄や姉、つまり、さらに大きな脳を持った年上の子供たちにも栄養を与えなければならない。乳を出すだけでも母親には1日20%から25%よけいなカロリーが必要だが、十分な食料が得られないときでも母親は乳を出し続けなければならない。従って母親の予備の体脂肪は、子供を無事に生き延びさせるためのきわめて重要な保険なのだ。
・女性は妊娠中、自分と胎児に栄養を与えられるだけの十分なカロリーを必要とするが、出産後もたくさんの乳汁を出すために、やはりエネルギー的に多くの出費を迫られる。生きていくのがやっとの生活では、食料が限られているうえに、身体もめいっぱい動かさなくてはならないので、体重が減っているときの女性は妊娠しにくいようになっている。通常体重の女性が1ヶ月の間に0.5kgでも体重が減れば、彼女の妊娠する能力は、その翌月には大幅に落ちるのだ。多くのエネルギーを脂肪として蓄えている女性ほど、より多くの子を生存させられる見込みが高いのだから、当然ながら自然選択の結果として、女性は男性よりも5%から10%多くの体脂肪を備えることになった。
・私たちはたくさんの炭水化物を摂取して、効率よく貯蔵するように進化してきたが、それを炭酸飲料やジュースのような甘味飲料(そう、フルーツジュースはしょせんジャンクフードだ)、あるいはケーキ、フルーツロール、キャンディバー、その他無数の工業生産食品に含まれているような直接的なかたちで大量に摂取するようには適応していない。産業化された食事によってもたらされた問題点は、世界中のさまざまな農業社会で独自に発展した伝統的な食事の多くが、いずれも体重増加を防ぐ有効な働きをしているように見える理由を説明する。たとえばアジアと地中海地方の古典的な食事に共通点はほとんどなさそうで、どちらにもデンプンがたっぷり含まれているが(一方はコメ、一方はパンとパスタ)、どちらの料理も、食物繊維を含んだ生野菜をたくさん取り合わせに使っていて、魚やオリーブオイルなどからタンパク質と健全な脂肪も豊富に摂れるようになっている。これらの食事は大体において、健康を促進するほかの栄養素も豊富に含んでいる。要するに、加工していない果物や野菜をふんだんに使った昔ながらの常識的な食事から炭水化物を得るようにしていれば、なかなか過体重にはならないし、容易に体重を増やさずにいられるのである。
・私たちの環境は多くの面で、食事以上に変わってきている。大きく変わった面の一つは、私たちがより多くのストレスにさらされるようになったこと、そして睡眠時間が少なくなったことである。この二つの関連する要因は、体重増加に関して有害な影響を及ぼしている。
・あなたが今すぐ立ち上がって5kmほど走ってくれb、あなたは約300kカロリーを燃焼するだろう。このよけいに消費したカロリーが体重を減らすのに役立つと期待するかもしれないが、無数の研究で明らかになっているところでは、そこそこ激しい運動を定期的に行っても、体重はそこそこしか減らない(大体は1、2kg程度)。その理由の一つは、一週間に何度か300kカロリーをよけいに燃焼させても、その合計数はあなたの身体の全体的な代謝量に比べて比較的小さく、ましてやあなたが過体重ならなおさらだからだ。しかも運動は、食欲を一時的に抑えるホルモンを刺激する一方で、空腹感をもよおさせる別のホルモンも刺激する。従って、もしあなたが1週間に16km走ったとしても、エネルギー収支を保つために1000kカロリー分(大体マフィン2個か3個)よけいに食べたり飲んだりしたくなる自然な衝動に打ち勝てなければ、体重は減らない。加えて、ある種の運動は脂肪を筋肉に置き換えるから、体重の正味はまったく減らない。
・最後の環境的要因は、まだあまり解明されていないが、私たちの食べた食物を糧にしている生物が私たち以外にもいるということである。あなたの腸内には何十億という細菌がいて(つまり微生物叢ができていて)、タンパク質と脂肪と炭水化物を消化し、身体がカロリーと特定の栄養素を吸収するための酵素を提供し、さらにビタミンまで合成する。これらの細菌はあなたの環境の自然で不可欠な一部であり、その意味で、あなたが毎日見ている植物や動物となんら変わらない。そうした人体の微生物叢を不自然に変えてしまう広域抗生物質の使用も、食生活の変化と並んで、肥満の一因であるかもしれないという強力な証拠も出されている。実際、産業飼育される動物が抗生物質を投与される理由の一つは、それが体重増加を促進するからなのだ。
・1975年から2005年までの間に全世界で2型糖尿病の発生率は7倍以上に増え、先進国だけでなく発展途上国においても発生率は急激に上がり続けている。2型糖尿病は確かに糖の摂りすぎによって生じるが、そのほか多すぎる内蔵脂肪と少なすぎる身体活動も発症の原因となる。根本的には、脂肪と筋肉と肝臓の細胞がインスリンの効果に反応しにくくなったときに2型糖尿病が発生する。この感受性の弱まりをインスリン抵抗性といい、こえを契機として危険なフィードバックグループが発動する。通常なら、ものを食べたあとに血中グルコース濃度が上がり、それを受けて膵臓がインスリンを産生し、そのインスリンが肝臓と脂肪と筋肉の細胞に働きかけて血中のグルコースを取り込ませる。ところが、それらの細胞がインスリンに十分に反応しない場合、血中グルコース濃度がいつまでも高いままとなって(そしてまた食べればさらに上がって)、埋め合わせにもっとインスリンを作るようにと膵臓を刺激する。したがって2型糖尿病の患者は血糖値が高くなり、その影響で頻繁に尿意をもよおし、過剰に喉が渇き、目がかすみ、動悸が起こり、その他もろもろの症状に悩まされる。糖尿病の初期段階では、食事と運動によって病気の進行をくい止めたり回復に向かわせたりすることも可能だが、負のフィードバックグループが長いこと続くと、やがて身体中でインスリン抵抗性が強まり、インスリンを合成する膵臓細胞が働きすぎによって疲弊してしまう。そして最後にはインスリンを作らなくなるので、2型糖尿病の患者は血糖値を抑えるために定期的にインスリンを注射しなければならなくなる。さもないと心臓疾患や腎不全、失明、手足の感覚喪失、認知症など、深刻な合併症を起こす危険があるからだ。いまや糖尿病は多くの国で、死や障害の主要な原因として医療費をかさませている。
・体型がリンゴ型の人、つまり腹まわりに集中して脂肪が蓄えられている人のほうが、洋ナシ体型の人、つまり臀部や太股に脂肪が蓄えられている人よりも、概して糖尿病になる危険性が高いのである。
・炭酸飲料やジュースなど、フルクトースをたっぷり含んでいながら食物繊維をまったく含んでいない甘い飲食物は、とくに危険な存在である。そのフルクトースはほとんどが肝臓ですぐさまトリグリセリドに変換されて、肝臓内に蓄積したり、まっすぐ血流に放出されたりするからだ。さらに、運動不足と不飽和脂肪の少ない食事も内蔵脂肪を生む要因だから、やはりインスリン抵抗性の原因となる。
・実際、体重を減らして精力的に運動すれば、少なくとも初期段階においてなら2型糖尿病を治癒に転じられることが、いくつかの研究から明らかになっている。ある極端な研究では、11名の糖尿病患者を対象に、1日たったの600kカロリーという非情なまでの超低カロリー食を8週間続けさせた。600kカロリーの食生活は、たいていの人が音を上げるであろう極端なものである(1日およそツナサンド2個といったところ)。しかし2ヶ月後、食を徹底的に制限された糖尿病患者たちは平均13kg体重が減っており、そのほとんどが内蔵脂肪の減少分で、膵臓のインスリン産生量は2倍に増え、インスリン感受性もほぼ標準レベルまで回復していた。
・エネルギー収支のもう一つの主要な決定因である食生活も、アテローム性動脈硬化と心臓疾患に対処するうえで効力を持つ。一般には、食物に含まれる脂肪の過剰摂取がLDL(いわゆる「悪玉」コレステロール)の増加とHDL(いわゆる「善玉」コレステロール)の減少、およびトリグリセリドの増加につながると考えられており、この3つの症状を総称して、脂質異常症という。この考えが広まっているため、ほとんどの人が、脂肪の多い食事は不健康なのだと思い込んでいる。しかし実際のところ、脂肪はそう単純にアテローム性動脈硬化の一因となるわけではなく、もっとはるかに複雑な事情が絡んでいる。なかでも少なからず重要なのが、脂肪はすべて同じではないということである。脂肪には、炭素原子と水素原子が長い鎖状になった脂肪酸という分子が含まれている。この鎖の構造における違いによって、決定的に異なる特性を持った別種類の脂肪酸ができあがる。水素原子が少ないほうの脂肪酸が、室温で液体となっている不飽和脂肪油であり、水素原子がひととおり組み込まれているほうの脂肪酸が、室温で固体となっている飽和脂肪である。この一見するとなんでもない違いが、消化後に重要な影響を及ぼす。飽和脂肪酸が肝臓を刺激して、不健康だと思われているLDLをより多く産生させるのに対し、不飽和脂肪酸は健康的なHDLをより多く産生させるからだ。この違いが、飽和脂肪の多い食事をしているとアテローム性動脈硬化のリスクが高まり、ひいては心臓疾患のリスクも高まるという一般的な合意のもとになっている。また、不飽和脂肪が摂取することの明らかな利点も、この違いで説明される。その意味で、特に身体によいとされるのが、魚油や亜麻仁や木の実に含まれるオメガ3脂肪酸でできた不飽和脂肪だ。不飽和脂肪酸を豊富に含むそれらの食物を中心にした食生活は、確かにHDLの値を高め、LDLとトリグリセリドの値を低めて、心臓血管疾患に関わる危険因子を減らすことが確認されている。存在しうるすべての脂肪のなかで最悪なのは、高温高圧のもとで工業的に飽和脂肪に変換された不飽和脂肪だ。この人工トランス脂肪は、腐敗しないが、肝臓の働きをめちゃくちゃにする。LDLを増やし、HDLを減らし、体内でのオメガ3脂肪の利用に干渉する。トランス脂肪は本質的に、一種の緩慢な毒だと言っていい。
・あなたはこう思っているかもしれないーふーん、じゃあ、アフリカやほかのところの狩猟採集民は、どうやってオリーブオイルだのイワシだの亜麻仁だの、心臓によい脂肪を含んだ食物を手に入れていたの?彼らはたくさんの赤身肉を食べていたんじゃなかったの?この問いには、2つの答えがある。第一に、狩猟採集民の食事の研究によると、彼らの食生活は実際には不飽和脂肪が中心で、オメガ3脂肪酸もしっかり摂取されていることが明らかになっている。これらの脂肪酸は種子や木の実に豊富に含まれているし、狩猟採集民の食する肉からも摂取される。トウモロコシではなく草や葉を食べる野生動物は、その筋肉に不飽和脂肪酸を蓄えているからだ。草を食べている動物の肉は、トウモロコシを餌とする動物の肉よりも脂肪が少なくて、飽和脂肪は5分の1から10分の1にもなる。加えて、たとえイヌイットのような北極地方の狩猟採集民が大量の動物性脂肪を食べているとしても、彼らは健康的な魚の油もたくさん食べているので、コレステロールの比率を健全な範囲に保てるのである。
・あなたの食事に含まれている炭水化物もすべて同じではなく、多くの炭水化物は変換されて脂肪になり、その脂肪がアテローム性動脈硬化のリスクを高めるかもしれないということだ。大量のグルコースを血流に、フルクトースを肝臓に急速に送るような食物は、肝臓の機能を弱め、血中トリグリセリドの濃度を高めるという点で、とくに致命的な危険性を持つ。こうしたジャンクフードは過剰な内蔵脂肪を蓄積させる最大の要因だが、実は、この過剰な内蔵脂肪こそが真の大敵で、最終的に動脈壁に炎症を起こさせてアテローム性動脈硬化を誘発するトリグリセリドは、おもに内蔵脂肪から血中に放出されるのである。したがって、新鮮な野菜と果物を豊富に取り入れた食事は、炭水化物を含んではいても、食物繊維やほかの栄養素もたっぷり含まれ、なおかつ糖質がわずかしか含まれていないので、疑いなく健康的なものだと言える。こうした食物は内蔵脂肪の蓄積を予防するだけでなく、炎症の軽減につながる抗酸化剤を提供してもいるのである。
・私たちが食べる唯一の岩石-すなわち塩の摂りすぎであう。大半の狩猟採集民は、1日1gから2g程度の十分な塩分を肉から得ており、海のそばでも住んでいない限り、ほかの天然資源からはこのミネラルをほとんど得られない。今日、私たちの身近にはありあまるほおの塩がある。食物の保存にも使えるし、あまりにもおいしいので、多くの人が2日3gから5gも摂取する。しかしながら、過剰な塩分は最終的に血液に入って、身体中から水分を吸収する。風船にさらに空気を入れると圧力が高まるように、循環器系にさらに水分が入ってくれば、動脈内の血圧が上昇する。その慢性的な高血圧が、心臓と動脈壁にストレスをかけ、やがて損傷を受けた動脈壁が炎症を起こして、プラーク形成にいたる。感情面での慢性的なストレスも、血圧を高めることによって同様の効果をもたらす。さらにもう一つの問題は、過度に加工された食品の食物繊維の少なさだ。食物繊維がたっぷり摂取されていれば、消化されたあとの食物繊維の働きで、食物が下部消化管を迅速に通過し、飽和脂肪が吸収されるので、LDLの値が低く保たれるのだ。そして忘れてはならないのが、アルコールとその他の薬物である。アルコールの適度な摂取は血圧を下げ、コレステロールの比率を改善するが、過剰な摂取は肝臓を弱らせ、脂肪とグルコースの値を適切に調整する肝臓の機能を停止させてしまう。喫煙も同じように肝臓を弱らせてLDLの値を高めるとともに、吸い込まれた煙の毒素が動脈壁に炎症を起こさせて、プラークの形成を促すことになる。
・昔の医師たちは、修道院の尼僧が乳がんにかかる確率が既婚女性に比べてはるかに高いことに気づき、どうしてなのか不思議に思った(何年もの間、乳がんは「尼僧病」と呼ばれていた)。後年、この観察は大規模調査によって裏付けを得た。女性が乳がん、卵巣がん、子宮がんを発症する確率は、その女性が経験した月経の回数に比例して高まり、出産した子供の数に比例して低まるという有意の相関関係が見られたのである。現在では、何十年もの研究の結果から、高濃度の生殖ホルモン、とくにエストロゲンにさらされ続けることが、この相関関係の主要な原因であろうと推察されている。エストロゲンは身体中の様々なところで働くが、特に女性の乳房、卵巣、子宮で、細胞分裂の強力な刺激剤として作用する。月経が巡ってくるたびに、エストロゲンの濃度は上昇し、子宮壁の内側に並ぶ細胞を増殖、拡大させて、受精した胚の着床に備えさせる。このエストロゲンの高まりは乳房にも押し寄せて、乳房細胞の分裂を促す。従って、女性は月経周期が続いている間、繰り返し高濃度のエストロゲンを浴びて生殖細胞を増殖させるから、そのたびに発がん性の突然変異の起こる確率が上昇するとともに、あらゆる突然変異細胞のコピーの数が増えていく。しかし女性が母親になった場合には、妊娠と授乳によって、生殖ホルモンにさらされることが少なくなるから、乳房やその他の生殖組織のがんが生じるリスクも低まっていく。また、母乳を出すことも、乳管の内側の細胞を流し出すことによって潜在的な突然変異細胞をなくす作用を果たしている。
・エネルギー余剰と生殖器がんとの関係は、女性ほど顕著ではないとはいえ、男性にも当てはまるものかもしれない。男性の主要生殖ホルモンであるテストステロンには多くの機能があるが、その一つは、前立腺を刺激して、精子を保護する乳白色の液体を作らせることだ。前立腺はつねにこの液体を産生している。いくつかの研究から、生涯にわたって高濃度のテストステロンにさらされていると前立腺がんのリスクが高まることがわかっており、とりわけ先進国に住み、エネルギー収支がプラスになっていることの多い男性は、その傾向が顕著となっている。
・第一にがんは意外と予防可能な病気である。生殖器がんの場合なら、身体活動を多くして食事を変えることで発生率をかなり下げられるし、発がん性物質を吸入したり摂取したりすることによって生じる種類のがんならば、私たちが本気で汚染を規制するなり、喫煙をやめるなりすれば、劇的に発生率を下げられるのだ。そして第二に、がんというのは基本的に、突然変異細胞が体内で際限なく繁殖するという意味で、暴走した進化のようなものである。細菌に抗生物質をぶつけると、抵抗力のある変種の菌の進化を促してしまう場合があるように、がんを有毒性の化学薬剤で治療しようとすると、その薬剤に耐性のある新しいがん細胞が生き残ってしまうことがある。その意味で、がんを進化論的観点から考えることは、この病気を克服するためのもっと効果的な戦略を考案する一助となるかもしれない。一つの手は、良性の細胞が有害ながん細胞との競争に打ち勝てるように誘導することだ。あるいは、ある化学薬品に対して感受性の高いがん細胞を増やさせておいてから、それが無防備な状態になったところで攻撃するという手もあるだろう。がんは体内で起こる一種の進化なのだから、進化のロジックは、きっとこの恐ろしい病気を撲滅する方法を見つけるための役に立つはずだ。
・2型糖尿病、心臓疾患、生殖組織がん以外にも、裕福病はいろいろある。たとえば痛風や、肝脂肪症候群だ。過体重が原因で起こる悩ましい症状もたくさんあって、睡眠中に呼吸障害が起こったり(無呼吸)、腎臓や胆嚢の病気にかかったり、背中や腰や膝や足を痛めやすくなったりする。世界中の人々がますます運動しなくなり、ますます多くのカロリーを、特に甘いものと単炭水化物から摂取するようになってきて、これらの裕福病-人間の進化の大部分においてはめったに見られなかったミスマッチ病-は今後もさらに、これまでと同じペースで増え続けていくだろう。
・健康にとって最も重要な問題は、脂肪そのものではない。健康と長命のもっと重要な予測因子は、脂肪をどこに蓄えているか、どんなものを食べているか、そしてどれだけ身体活動をしているかだ。ある画期的な研究で、あらゆる体重、体格、年齢の2万2千人近くの男性を8年にわたって追跡調査したところ、運動をしていない痩せた男性は、定期的に身体活動をしている肥満の男性より、脂肪リスクが2倍も高いことが判明した(喫煙、飲酒、年齢などほかの要因を調整したうえで)。つまり元気でいるということは、太っていることの負の効果を軽減できるのだ。したがって元気ではあるが過体重で、やや肥満でさえあるという人のかなりの割合は、そうでない人より早死にするリスクが大きいわけではないのである。
・身体の多くの器官は、自らにかかる負荷に反応しながら成長することを通じて、自らの能力を要求に適応させていく。たとえばあなたが子供のころに、たくさん外を走りまわっていたなら、あなたの脚の骨にはそれだけ負荷がかかるので、しっかりした太い骨に成長するだろう。もう一つの、あまり知られていない例は汗をかく能力だ。人間は生まれつき何百万もの汗腺を持っているが、暑いときに何割の汗腺が実際に汗を分泌するかは、あなたが生後数年の間にどれだけ暑さに負荷をかけられたかによって左右されるのである。一方、大人になったあとでも調節が可能な、生涯を通じて環境負荷に動的に反してなされる順応もある。たとえばあなたがこれから数週間、定期的に重いものを持ち上げていれば、あなたの腕の筋肉は疲労しながらも、次第に太く、強くなっていくだろう。反対に、何ヶ月も何年も寝たきりでいれば、筋肉も骨も次第に痩せ衰えていく。
・私たちはまさしく「使うか、さもなくば、なくすか」の方向に進化した。身体は設計から作られるのではなく、成長、進化するものなので、のちのちふさわしい発達を遂げるために、成長期に身体にある種の負荷がかかるのは当然であり、また、必要はことでもある。こうした相互作用の一例として、広く知られているのが脳内の働きだ。もし子供から言語や社会的交流を奪ったら、その子の脳は適切な発達を遂げられない。だから外国語やバイオリンを習得したいなら、若いうちから学ぶのが一番なのだ。同じように、相互作用を重要な特徴としているのが、たとえば免疫系や、食べたものの消化を助ける器官、体温を一定に保たせている器官など、外の世界と密接に相互作用する系である。こうした見方をすると、多くのミスマッチ病は、自然選択の流れからして当然かけられるべき負荷が、成長期の身体に十分にかけられなかった場合に生じるのだと予測される。
・骨格がいかによく力学的環境に適応するといっても、そこには一つだけ残念な制約がある。いったん骨格の成長が止まったあとでは、もう骨はそれより太くは成長できないのである。大人になってからどれだけテニスボールをひっぱたき始めても、おそらくあなたの腕の骨は、十代のテニスプレーヤーのように大幅に太くなることはないだろう。実際、骨格の大きさがピークを迎えるのは大人になった直後のころで、女性なら18歳から20歳、男性なら20歳から25歳といったところである。それをすぎると、どうがんばっても骨は大きくならないし、むしろまもなく、人生の終わりに向けて骨は一直線に衰え始める。
・骨粗相症は加齢による病気なのだから、人間の寿命が延びれば有病率も上昇するのは当然ではないかと思える。しかしながら、骨粗相症による骨折と見られる事例は考古学上の記録にほとんどなく、農業が始まってからでさえ見つからない。むしろ証拠から察するに限り、骨粗相症はおおむね現代のミスマッチ病であると言ってよく、私たちの受け継いだ遺伝子といくつかの危険因子との相互作用から生じている。その危険因子とは、すなわち身体活動、年齢、性別、ホルモン、食事である。これらをあわせた最悪のパターンは、若いときにあまり運動をしてこなかった、座ってばかりの生活をしている閉経後の女性が、十分なカルシウムを摂取せず、体内にビタミンDが足りていない場合である。さらに、喫煙もこの病気の悪化を早める。
・骨粗相症というミスマッチ病は、人が若くして思春期を迎え、なおかつ長生きするようになったうえの副産物だという面もあるが、十分なカルシウムを摂取していて、なおかつ若いときに活発に身体を動かしていた人ほど、骨格を頑健に育てられ、したがって骨粗相症になりにくいという面もある。しかも、年をとっても活発な身体活動を続けていれば(もちろん十分なカルシウムも摂りながら)骨量低下のペースを大幅に抑えられる。閉経後の女性は誰しもリスクが高くはなるが、進化的に標準とされる負荷を若いときからずっとかけ続けていれば、骨格が十分な安全率をもてるようになる。
・細菌の現代的な頭骨をいろいろ見ていると、親知らずは進化的ミスマッチのまた一つの例なのだということがすぐにわかるだろう。私の仕事場の博物館には、世界中から集められた古代の頭骨が何千と所蔵されている。ここ数百年の頭骨の大半は、歯科医にとってはまさに悪夢だ。多数の虫歯と感染症にむしばまれ、ぎゅうぎゅう詰めになった歯があごに食い込み、約4分の1の頭骨が親知らずを持っている。産業革命以前の農耕牧畜民の頭骨もたくさんの虫歯といかにも痛そうな膿瘍にむしばまれているが、親知らずが見られる頭骨は5%未満だ。そしてこれらと対照的に、狩猟採集民の頭骨のほとんどは、歯の健康の面では完璧に近い。これなら石器時代には歯列矯正医も歯科医も要らなかったことだろう。つまり何百万年ものあいだ、人類はなんら問題なく親知らずを生やしてきたわけだ。ところが食物加工技術が革新的に発達したことで、咀嚼による力学的負荷と遺伝子との相互作用で歯と顎をともに適正に発達させてきた昔ながらのシステムがめちゃくちゃになってしまったのである。実際、親知らずの有病率の上昇には骨粗相症と多くの類似性がある。歩いたり走ったりといった身体活動で骨に十分な負荷をかけておかないと手足や背骨が丈夫に成長しないように、食物をしっかりかむことによって顔に十分な負荷をかけておかないと、顎が大きく成長せず、歯が適正に生えそろうだけのスペースがなくなって、歪んだ生え方をするようになってしまうのである。
・歯の形状はおおむね遺伝子によって決まるが、歯が顎のなかの適正な位置に生えているかどうかは、かむ力によって大きく影響を受ける。ものをかむたびに、歯と歯肉とあごにかかる力が歯槽の細胞を活性化させ、それによって歯が適正な位置に動かされるからだ。逆にいえば、かむ力が十分に働かされていないと歯並びは悪くなりやすい。豚やサルを使った実験でも、すりつぶした柔らかい餌で育てられた動物は、餌をしっかりかむ必要がないために、顎が正常な形状に発達せず、噛み合わせの悪い乱れた歯並びになることがわかっている。
・歯科医の間では前々から、無糖ガムで虫歯の発生率を減らせることが知られている。加えて、いくつかの実験から、固い樹脂のガムをかんでいる子供は相対的にあごが大きく発達し、歯がまっすぐになることがあきらかになっている。今後さらなる研究は必要だが、私の予測では、ガムをかむことがもっと普及するにつれ、次の世代は美味しいものを親知らずで食べられるという一挙両得を実現できるのではないだろうか。
・進化論的観点から見ると、身体と身体の触れるすべてのものを殺菌消毒しようとする昨今の傾向は異常であって、場合によっては有害な影響すらもたらすこともある。理由の一つは、あなたの身体が「あなた」だけのものではないからだ。あなたは微生物の宿主なのである。あなtの消化管や呼吸器官や皮膚やその他の器官には、ほかの何兆もの生物が自然に生息している。いくつかの見積もりよれば、あなたの体内にはあなたの細胞の10倍もの数の微生物がいて、それらすべてを足し合わせれば1キロ前後の重さになる。私たちはそれらの微生物とも、ほかの多くの種のぜん虫とも共進化しながら数百万年も経てきたのであり、したがってあなたの体内の微生物のほとんどは、無害であるか、さもなくばあなたの消化を助けたり、皮膚や頭皮を掃除したりといった重要な機能を果たしている。それらの微生物があなたに依存しているのと同じぐらい、あなたもそやつらに依存していて、それをあなたが撲滅してしまったら、当然あなたは具合が悪くなるのだ。幸い、抗生物質も駆虫薬(虫下し)も、あなたの体内の微生物を全滅させることはない。しかし強力な薬を使いすぎれば、一部の有益な微生物やぜん虫が根絶されてしまい、それらがいないことによって新たな病気を引き起こされたりもする。
・視界に入るすべてのものを消毒したり、抗生物質などの薬剤を使いすぎたりするべきでない理由としてもう一つ挙げられるのは、ある種の微生物やぜん虫が免疫系に適度な負荷をかける非常に重要な役割を果たしていると思われることである。あなたの骨が成長するのに負荷を必要とするように、あなたの免疫系も適正に栄塾するのに病原菌を必要とする。体内のあらゆる系と同様に、免疫系も要求に適切に見合った能力が備わるように、環境とつねに相互作用しながら発達していかなくてはならない。有害な侵入者に対する免疫系の反応が十分でなければ死にもつながるが、過剰な反応もまた危険であって、その弊害はアレルギー反応か自己免疫疾患のかたちであらわれる。いずれも免疫系が誤って自分の身体の細胞を攻撃してしまう症状だ。さらにいえば、やはりほかの系と同様に、免疫系にとっても生後数年間はとくに重要な訓練期間となる。比較的安全に守られていた母親の子宮内環境を出て、外の非情な世界に遭遇したったん、あなたはたくさんの新奇な病原体に襲われる。ほかのあらゆる赤ん坊と同様に、おそらくあなたも絶えずちょっとした風邪や胃腸の不具合にさらされてきたことだろう。こうした風邪は苦しいものだが、適応力のある免疫系の発達を助けるものであり、その過程であなたの白血球は有害な細菌やウイルスなど、様々な異物を認識して殺すことを学んでいく。もしあなたが母乳で育てられていたなら、あなたの健康はその母乳によっても守られていたはずだ。母乳には抗体などのさまざまな防御因子が詰まっていて、あなたの身体を免疫によって保護してくれる。典型的な狩猟採集民の子供は、生後3年ほど母乳を飲んで育つので、その間に未熟な免疫系が母乳からの保護を受けながら、病原菌やぜん虫のいる世界に適応できるように成長していく。農耕牧畜民は子供をもっと早くから乳離れさせるようになったため、より有害な病原体のいる環境をつくっておきながら、さらに子供の免疫防御力まで弱めさせてしまったわけである。
・新たに出てきた考えが、「旧友」仮説である。多くのアレルギー症状をはじめとした不適切な免疫反応が増えているのは、私たちの微生物叢に深刻な異常があるためだという考えだ。何百万年ものあいだ、私たちは無数の細菌やぜん虫など、体内環境のいたるところに存在する微少な生物と共生してきた。これらの微少生物は必ずしも全面的に無害ではないが、おそらく過去においてはそれらを許容することが適応的だったから、本格的な免疫反応でそれらを撃退するのではなく、牽制するだけにしていたのだろう。もし自分がつねに病気の状態で、自分の微生物叢のなかのあらゆる生き物と大戦争をしていたなら、と想像してみてほしい。そんな人生はきっと悲惨で、しかも短命に終わるに違いない!そう考えると、私たちの免疫系と、私たちと共進化してきた病原体とが、一種の冷戦状態のような均衡を保って互いを牽制しあっているのは理にかなったことなのだ。この観点から見れば、アレルギーをはじめとする多くの不適切な免疫反応が先進国で増えている理由は、私たちの免疫系と多くの「旧友」たちを共進化させてきた長きにわたる均衡関係を、私たちが揺るがしてしまったためなのかもしれない。抗生物質や漂白剤やマウスウォッシュや水処理工場など、さまざまなかたちでの衛生向上のおかげで、私たちはもはや多様なぜん虫や細菌に遭遇しないようになっている。ぜん虫や病原菌への対応から解放されたため、私たちの免疫系は過度に活動的になり、ともすると面倒な問題を引き起こす-ため込まれたエネルギーの建設的なはけ口を持たない不安定な若者のようにだ。この「旧友」仮説なら、動物や土や水などを介してさまざまな病原体にさらされていることがアレルギー発生率の低さと関連している理由も説明される。加えて、ある種の寄生虫にさらされていることが、多発性硬化症や炎症性腸疾患などの自己免疫疾患の治療に役立つという証拠が集められているところだが、これもやはり旧友仮説で説明できそうだ。
・ふだんから裸足でいる人と靴を履いている人とを比較した研究によると、裸足でいる人はめったに扁平足にはならず、高すぎもせず低すぎもしない非常に安定した形状の土踏まずができているという。私もこれまでに多数の足を調べてきたが、習慣的に裸足でいる人の間で扁平足はほとんど見たことがなく、やはり扁平足は進化的ミスマッチの一つであるという確信を新たにしたものである。
 
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