ロイヤルモータースとその仲間たち

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有馬温泉「癒しの森」 孫達とハイキング  前編

2011-04-20 22:49:25 | ハイキングに行こう
4月5日 晴れたり曇ったり ハイおじさんと奥さん、娘、孫達と5人で最近できた、有馬温泉「癒しの森」をハイキングしました。


10時30分 ロープウエイ有馬温泉駅前駐車場を出発。 そこから紅葉谷コースを15分ほど登ると「癒しのもり」入り口



入り口に総合案内板があり、入るとすぐ休憩所がある。




シチダンカの説明文の横にヤマアジサイとシチダンカが繁茂しているらしいが季節がら今はわかり難い。



炭焼き窯の跡・・・六甲山には沢山ある。 炭を作るには沢山のクヌギなどの木がいる、有馬温泉や神戸の町が近い為、燃料となる木を乱獲したため明治初期に六甲山はハゲ山となった。 また入会権の問題で村と村が争ったりした。


ここから「ととや道」まで「炭屋道」と名づけられている。



ととや道と炭屋道の分岐・・・・・ここまで階段が多く登り一方の道です。 どこが「癒しの森」?



ベンチもあり一休み・・・・ここから先は癒されました。



アカマツ林・・・裏六甲は昭和30年ごろまでは「まつたけ」の産地で有野台、や藤原台のあたりは特にまつたけ山で歩いていたらその辺りはまつたけのにおいが充満していたそうで当時、有馬中学校の授業中「まつたけのすき焼き」の臭いがしたそうです。





休憩


峠の茶屋跡の休憩所


ハイおじさんのカレーとコーヒを作る(温める)


江戸時代「ととや道」は宿場のある名塩の道に対して裏街道であり名塩村と山口村が紛争を起こし何度も大坂奉行所に訴えていたが明治時代になるまで奉行所は判決を出さなかった。・・・・なんだか現代にも通じる役人感覚である。


このあたりに六甲山最古のトンネルがあったらしい・・・・この女性が現代人です。


ととや道から筆屋道の分岐


ゆるやかな下り道


六甲山は明治初期自然破壊が烈しく、植林、砂防などの工事も日本で最初に行われた。


オオバヤシャブシ林



つづく