電通:女性社員過労死から見える権威主義をムチとした封建時代さながらの自律性なき上下社会

2016-11-05 10:29:18 | 事件

 電通で思い出すのは小泉政権時代に行った各政策に関して住民の意見を聞き、それに閣僚が答える対話集会のタウンミーティングであるが、小泉内閣は「国民対話」と銘打っていた。

 その集会開催は一般競争入札ではあったが、当初は電通一社のみが契約会社となっていて、空港又は駅で閣僚を迎える係の報酬経費が1万5千円、会場入り口で閣僚を出迎えて、エレベーターまで案内する係の経費が4万円、エレベーターを動かして目的の階にまで案内する係の経費が1万5千円、エレベーターから控え室まで誘導する係の経費が5千円といったふうに一連の役目を一人が行って一人分の報酬経費とするのではなく、役目を一つ一つに小分けして、小分けしたそれぞれの役目に要した時間から計算すると常識外の経費をつけて、まるで随意契約の体を成していたカラクリとなっていたことである。

 要するに表向きは競争入札であったとしても、談合という手続きを経なければ、こういった常識外の法外な値をつけることはできない。談合が随意契約の形式を許すことになる。

 しかも2003年12月に岐阜県で開催したタウンミーティングでは会場入り口で閣僚を出迎えてエレベーターまで案内する係は一人ではなく、8人の人間を雇って行い、一人頭4万円✕8人=32万円の報酬としていたという。8人の人間に出迎えられた大臣は大名のような気分になったのではないだろうか。

 タウンミーティングの集会開催は内閣府が主催した。内閣府の役人が無知だったから常識外れの経費に気づかなかったのか、天下りとかの何らかのキックバックがあったから、気づかぬ振りをしていたのか、いずれかであろうが、少なくとも電通という広告会社はデタラメな金儲けをするインチキ会社だなという印象を持った。

 その電通が今度は2015年に入社9カ月の24歳女性社員の過労自殺を出して労災認定され、マスコミと世間を賑わすことになった。しかも今回が初めてではなく、1991年にも入社2年目の社員が過労自殺している。

 この件について「Wikipedia」が次のように記述している。

 〈遺族は、会社に強いられた長時間労働により鬱病を発生したことが原因であるとして、会社に損害賠償請求を起こした。これは、過労に対する安全配慮義務を求めた最初の事例とされ、この訴訟をきっかけとして過労死を理由にした企業への損害賠償請求が繰り返されるようになったといわれる。2000年、この裁判は同社が遺族に1億6800万円の賠償金を支払うことで結審した。〉

 皮肉な言い方とすると、電通は企業一般に対して過労に対する安全配慮を義務づける先駆けの会社となった。にも関わらず、先駆けにふさわしくなく労働環境を改善できずに同じ過ちを繰返すことになった。

 労働環境の改善に何ら努力していなかったことが2016年11月3日付「NHK NEWS WEB」記事、《電通社員過労自殺 残業時間を過少申告し削減か》を読むと十分に理解できる。   

 入社9カ月の24歳女性社員の2015年10月の所定外残業時間は69.9時間、11月は69.5時間で、労働組合との協定の上限となる70時間内に収まっていたが、本社ビルのゲートを通った入退館の時間を基に計算した残業時間は月100時間を超えていて、この過酷な残業時間が労災認定の決め手となったという。

 いわば彼女は実際の残業時間よりも申告する残業時間を協定内の残業時間に収めることができるように減らしていた。

 電通は一人ごとに長時間労働を課すという搾取と労働時間を削るという搾取、二重の搾取を行っていた。

 しかもこの搾取は彼女一人に対してではなく、一般的に常態化していた。

 先ず限られた時間内に多くの仕事をやることが評価に繋がるという空気があった。と言うことは、評価を餌に、あるいは評価を鞭として、会社側がそういう空気をつくっていたことになる。

 それが行き過ぎた効率至上主義に姿を変えていた。

 だから、残業時間をあまりつけないよう上から指導する部署も現れることになった。

 社員の1人は次のように証言している。

 「残業時間を協定で決められた時間内に抑えろということはたびたび言われていたが、残業が多い人だと確実にそれ以上働いているし、私自身、上限を超えたことがある。限られた時間で多くの仕事をやることが評価につながるので、残業時間を減らすことは往々にして行われていた」

 結果、社員の方から働いた時間の一部を「自己啓発」に充てたといった理由で申告し、残業時間を意図的に減らすケースが生じることになった。

 このような電通内に於ける上司と部下の人間関係は明らかに上が下を言いなりに従わせ、下が上に言いなりに従う支配と従属の権威主義を力学として、その関係性によって仕事を動かしていることになる。

 いわば上司・部下共に自律性を欠いた関係を築いていた。

 具体的に言うと、上司は部下が自ら学んで自ら成長していくことも、あるいは逆に何も学ばず、成長していかなかろうと自身の問題として任せることができなかった。

 部下の方も自らの学びと自らの成長に任せることができなかった。

 このような自律性の欠如は上記記事が伝えている電通の中興の祖と言われている4代目社長の吉田秀雄が65年前の昭和26年に考案した10項からなる「鬼十則」に現れている。

 1.仕事は自ら「創る」べきで、与えられるべきでない。
 2.仕事とは、先手先手と「働き掛け」ていくことで、受け身でやるものではない。
 3.「大きな仕事」と取り組め、小さな仕事はおのれを小さくする。
 4.「難しい仕事」を狙え、そしてこれを成し遂げるところに進歩がある。
 5.取り組んだら「放すな」、殺されても放すな、目的完遂までは……。
 6.周囲を「引きずり回せ」、引きずるのと引きずられるのとでは、永い間に天地のひらきができる。
 7.「計画」を持て、長期の計画を持っていれば、忍耐と工夫と、そして正しい努力と希望が生まれる。
 8.「自信」を持て、自信がないから君の仕事には、迫力も粘りも、そして厚味すらがない。
 9.頭は常に「全回転」、八方に気を配って、一分の隙もあってはならぬ、サービスとはそのようなものだ。
 10.「摩擦を怖れるな」、摩擦は進歩の母、積極の肥料だ、でないと君は卑屈未練になる。

 こういったことは上から教えられることではなく、向上心を糧に自分から考え、学んでいくことであろう。電通という難関を突破している以上、誰もが向上心を持って入社しているはずだ。向上心が積極性という姿を取り、難題への挑戦や計画性や仕事への執念を生み出していく。

 だが、会社は社員の自分から考え、学んでいく向上心に任せることができずに手取り足取りするように社員はこうあるべきだと上が指示しなければならない。社員は上の指示に従う。

 例えそこに向上心が存在したとしとも、自分から考え、学んでいく自律性を持たせた性格のものではなく、上司に尻を叩かれて、その指示する目標を達成する非自律的な向上心に姿を変えていることになる。

 そういった向上心だから、いわば自分から考え、学んでいく性格を持たせた向上心ではないから、一つの仕事に長時間の労働が必要になり、会社は効率を求めるために自発的という形を取らせて残業時間を削らせることになる。

 「鬼十則」は65年前の昭和26年に考案したと言うが、戦後間もなくの頃で、封建時代の家父長制に代表される権威主義の人間関係がまだまだ強かった時代である。その頃につくった権威主義性を色濃く滲ませた規則を現在も使っている。

 封建時代さながらに人をこき使うに便利であっても、社員それぞれが自律して相互に自由に力を発揮しなければならない時代の規則としては時代錯誤も甚だしい。

 頭に「鬼」という字を当てていること自体が如何にも象徴的である。何でも言いなりに聞けという権威主義性を含意している。

 いわば電通は上下社会を構造とした古臭い権威主義性を現在も引きずっていて、現代化することができなかった。

 自殺した女性社員は入社9カ月でその犠牲となった。

 多分会社側は、自殺するのは負け犬のすることだぐらいに思っているに違いない。


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