空華 ー 日はまた昇る

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青春の挑戦 18 [小説 ]

2022-01-05 14:09:37 | 文化

18
松尾優紀は物語を喋りながら、島村アリサとゴンドラに乗って、旅する様子を空想していた。春の息吹が横溢するゴンドラの上。彼女は愛に満ちた瞳を彼の方に向けながら、やさしい春の光がヴェニスの運河の水を黄金色に縁どる中で、使命を持った伝道者のように、ヴェニスの風景の描写とその感想を織り交ぜながら、真理の到来とユートピアを築こうとする熱情にあふれているようだった。仏性。空、神仏を知れば、人は自然と良いことをしたい、経済格差社会をなくしたい、人類の危機を救いたいという気持ちになるようだと、彼女は言う。核兵器を地球からなくし、同時に世界の軍縮を進めることが当然と思うようになる。そうしたアリサの断片的な言葉だけが、空想の中の美しい詩のように、彼の耳に入ってきた。
彼女は首から胸にある赤い花模様の入ったスカーフを整えると、花のような微笑をして、松尾の詩を聞き終わると言った。
「あら、詩がふんだんにあるのね。叙事詩ですね。映像詩にする予定なんですね」
「ええ、そうなんです。オオカミ族が繁栄したこの惑星Mで原発に事故が起きて、それが原因で、ある女性の父親が自殺する。ただ、ここの会社は原発だけでなく、車もパソコンも作っている総合会社なんです。地球では、こういうのはありませんけど、それだけに、この惑星Mの唯一の巨大な会社なので、傘下に色々な部品会社がある。その下にも影響力を行使できる商店もある。そのために、会社が国家のようになっているんです。他にも色々大きな会社はあるけれども、この会社にはかなわいから、この会社が手をつけてない食品とか、家具とか服とか靴とか別のものでビジネスしているのです。この父親が追い詰められたのは、内部告発することにより、国家のような巨大チェーン店のようになったこの巨大会社から、にらまれるとどういうことがおきるかということですね。まず、この父親の顔の写真がこの会社の従業員全員に配られ、正確に覚えられるのですよ。
これ自体、本人の同意のない管理が目的なのでしょうから、ファシズムの前兆を感じさせるものではなかったでしょうか。

この星Mの原発の事故では、死者は出なかったが、十人ぐらいの重傷者が出たし、その人達の寿命が短くされたことが
確かなのに、この巨大会社は世間に隠したのです。それは、許せないことなんだ。そんな事故が外部にもれないなんてことは、ありえないことなんです。
金が動いたんですね。内部告発したその男性はその巨大会社の社員であって、この事故は世間に知らせるべきだと、直言した。それで退職金を多く支払われはされたけれど、辞職に追い込まれることになり、そのあと、男性はこの巨大会社の悪と原発事故の内容を書き、脱原発の旗印を鮮明にした本を出版した。しばらくして、この会社の息のかかった所にいくとどこでも、嫌がらせと中傷に悩ませられたということらしい。社長は奇妙きてれつな宗教にこっているという噂のある人物である」
『なんだか、伊方浜市の原発に、その物語に似たようなことが起きて、堀川はその調査に伊方浜に行ったように思えますわ。』
「堀川さんとは、最近連絡とることが少ないのですけど、事故が起きて、それを隠すという心理はけっこう普遍的ですから、創作する人が空想で書いたことと現実がよく似ているということはよくあることですよ。そうですか。僕もZスカルーラの噂は聞いていますが、原発事故のことは、聞いていませんでした。何しろ大きな会社ですし、内部のことは外から分かりにくいのですが、うすうす何かを感じていて、小説に似たようなことを書いたのだと思います」


松尾優紀は自分のウネチア物語を話していく内に、アリサと自分は伊方浜の原発に堀川が行ったのは星Mと似たようなことがこの日本にも起きていた可能性があるという共感に達したのは不思議なことであると思った。その共感に導くものが二人の心に何か愛に似た小川のようなものがせせらぎの音となって響いていたからかもしれぬという直感が働いているようにも思われた。

二人の関係は松尾の思春期の頃の激しい恋とは違った人間愛に近いもので、それは彼が島村アリサの禅寺へ一週間に一度、土曜日の夜に行っていたことから来るのかもしれない。
船岡工場長の息子の家庭教師は既に、工場長から「忙しいだろう」という言葉があり、辞めていた。その代わりの時間を使い、アリサの所に行き、座禅をし、道元の本も読むようになっていた。

その頃、大山道長が禅寺に顔を見せた。彼は松尾が以前に通い、中退した高校の保護者会長をやったことのある男だ。自分の発明した電気自動車で世界遍歴の夢を持っていたが、平和な時代が来ないと無理と思い、その間、困った人達に手を差し伸べるNPOニヒリスト克服同盟を作って活動していた。松尾のやっている平和産業というのに、興味を持ったせいだろう。誘われたわけでもないのに、大山は松尾の通っているアリサの禅寺にも興味を持ち、時々顔を出すようになった。

確かに、大山の中にも島村アリサの夫堀川と同じ脱原発と自然エネルギーマグネシウム社会それに、水素社会というユートピア志向はある。しかし、大山と親しい専門家によれば、そういうユートピアは直ぐには無理で、原発の安全性は高度の技術に守られていると、大山は聞いているらしく、そのようにつぶやく。Zスカルーラは超一流会社だ。嘘は言うまい。優れた技術者も沢山いる。そう信じることを男の度量と考えているふしが、大山にはあったようだ。
しかし、その寛容さが大山の主催するニヒリスト克服同盟をあやうくすると堀川弁護士は思っていた。松尾優紀もこの堀川の感じ方に同意していた。脱原発と自然エネルギーマグネシウム社会の方に舵を切るべきなのだというのが二人の意見だった。事故が起きなければ、専門家の意見が正しいと思っているのが大山だ。専門家だって、色々いる。例えば、水俣病の問題の解決が長くかかったのも、その専門家の意見が割れていて、現場の医師と住民の感覚が大枠として正しかった。この科学時代にもどちらの意見を取るのかは、素人市民の力量が問われている。
堀川にしてみれば、ニヒリスト克服同盟に失望したということらしい。大山に助言する専門家は秘かに、原発派と通じていたという噂がある。何故、それほど、原発にこだわるのか。原発派の一部に、プルトニウムを確保しておけば、いつでも核武装できると思って、原発に積極的になると堀川は推察していたふしがある。
日本の右寄りの人達のある層にもそういう層がいることは、松尾も知っていた。フランスだって、核武装もしているし、原発も稼働させている。
しかし、松尾も堀川もその点に関して言えば、日本は世界一の地震国であること、安全保障に関して言えば、日本がそのようなことをすれば、中国を始めとして、警戒度が高まり、軍拡が始まり、この東アジアで戦争が始まると、何か偶発的なことで、核のボタンが押される危険性が高まると心配することでは、お互いに共感していた。

大山は、松尾よりも政治には敏感の堀川の高い倫理観に対して、困ったということだろう。
引きこもり、高齢者、ホームレスと弱い者を助けるNPOニヒリスト克服同盟もエネルギー問題では、堀川と意見がかなり違うようだ。
その後も堀川は脱原発をして、自然エネルギーの活用、出来れば、マグネシウム社会の実現、それが出来れば、原発もいらないし、
核武装なんて、物騒なことは、控えることができる、そういう欲望を抑えることは、軍縮の始まりだという点で、松尾優紀は共感していた。


梅の花が咲き始める頃、宇宙人の話がまた、広まった。平和産業では、町に平和の使者として、アンドロイドロボットや会社のスタッフを町に出してそれなりに、効果を感じていた頃だった。
「核兵器を全ての国から、なくそう。そうすれば、莫大な金が浮く。それを福祉にまわそう。」と言うアンドロイドロボット紀美子が薔薇の花が咲き乱れる町中に出た。
松尾も田島も出た。ロボット菩薩は、この時は修理、改善で、本社に戻されていた。
中野静子はヴァイオリンを弾いた。中々の名手である。
黒髪は長く、白みがかった薄茶の肌色の顔に殆ど目を軽くつむったような両目は赤みがかった唇と似た形であり、詩人として夢のようなイメージを吐露する時の激した時とは正反対の優美さが感じられた。市民の皆さん、目を覚まして下さいという祈りに似た静寂さが彼女の身体全体にみなぎり、けがれのない美しさに松尾優紀は今までとは違うものをヴァイオリンを弾く彼女の姿に発見した。
そこは町の中心にあり、広場になっていた。西側に商店街のアーケード、東に古い寺院がある。南には幼稚園と小型のビル、北にはレストランや蕎麦屋などの飲食店やカフェが並んでいた。そうした東西南北の建物の前には花壇があり、カフェの前だけはテーブルや椅子が並び、何人かの人達が座っていた。
広場の真ん中に彫刻と一本の噴水から噴出される水が空中へのびていた。
彫刻の前に、中野静子はヴァイオリンを持っていた。あと、二人とアンドロイドはその横にやはり立っていた。

そこに、いきなり舞い降りてきたかのように、例の銀色のドローンが空中を滑走路のようにして、とまった。
アンドロイド瑠璃子が言った。
「あたし達はあなたが変な噂するから、ここに派遣されたのよ。何で私達のことを邪魔するのよ」
「邪魔?」それがドローンが発した言葉だった。
「我々は宇宙の善人だ。君たちのような邪悪な心を持ち、美しい地球を破壊している連中とは違うのだ。
平和産業も口では、平和というが、今までに何が出来た?
結局、温暖化も核兵器も事態は悪い方向に進むばかりではないか。
君達が核兵器をなくそうと、叫んでも、政治家が動かなければ逆に増えるばかりではないか。
君達のやっていることは、気休めであり、事態は深刻化するばかりだ。
無駄なことはやめろ。自然にまかせるということだ」
「人間が誠実に努力する時、いつか実を結ぶものです」
「君はロボットではないか。ロボットは結局人間の奴隷だな」
「そんなことはない。我々は人間の良心をもらって仕事をしているです。人間の歴史には仏陀、キリストのような真実を悟った人が出ている。
日本では、道元、空海、、最澄、法然、親鸞。日蓮、白隠、良寛のような宇宙の真実を発見した人も現れています。
君達は善人と言うが、真実を発見したのですか」
松尾は叫んだ。
「世界を見れば、人類の中に偉大な人は沢山 でて、この何億という人類が争いのない格差のない科学の進んだ豊かで愛に満ちた社会をつくるように呼びかけてきたし、今もそういう素晴らしい方が人類の中にはいらっしゃるのだ。それに、我々は希望を抱いている、平和産業はその先頭にたって、行動しようと、努力しているだけです」

【つづく】


【久里山不識のコメント】
謹賀新年
今年もどうぞよろしくお願いします。
今年は寅年。私は動物の中では鳥と並んで好きなのは、猫科の動物ですが、猫の次に虎を見るのが好きです。虎を詩に歌った優れた詩人がいます。
ブレイクです。知っておられる方も多いと思いますが、ご紹介しておきたいと思います。
   Tiger tiger burning bright
In the forest of the night
What immortal hand or eye
Could frame thy fearful symmetry
   トラよ、トラよ、
   夜の森の中で
   燃えるように、輝いている
   何という不生不滅の手と目が
   汝の恐るべき均整をつくったのか  【この後も続きます】 


寅年といえば、映画「寅さん」も好きで、随分とDVDで見ました。「サラダ記念日」は以前、感想文を掲載したことがあるかと思います。

寅さんを見ても、パウロと仏教の有名な言葉を思い出すことが多いです。
【大慈悲を室とし、柔和忍辱を衣とし、諸法の空を座とす】
【あらゆる神秘とあらゆる知識に通じていようとも、愛がなければ無に等しい、 】
愛と大慈悲心が宗教と哲学の最終目的地ではなかろうか。それがない場合は、その価値観がまだ未熟ということではないだろうか。
そんなことを新年に思いました。

昨年は胃と年令による色々な故障に悩まされ、体調の悪化が進みましたが、今年も歩くことで【幸い、足は丈夫ですので】なんとか、この体調を回復させて、書くことがうまく行きますように願っています。今年もどうぞよろしくお願いします。




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