空華 ー 日はまた昇る

小説の創作が好きである。私のブログFC2[永遠平和とアートを夢見る」と「猫のさまよう宝塔の道」もよろしく。

青春の挑戦 4 (小説)

2021-04-30 14:44:10 | 文化


4
松尾優紀は広島で撮った映像詩にみがきをかけた。応接室で映写したのは十五分ほどであったが、完成品は三十分ほどの長さになった。その間、アリサの所に行ってアドバイスも受けた。それから、船岡理恵子との悪魔と妖精の話を伝えたら、アリサは「そういうのは内の寺では、幻と言っているのですよ。あなた自身の中に、不死の仏性という偉大な宝があるのですから、そういうものに惑わされないように」とも言われた。今や、アリサは優紀にとって映像詩の先生であった。彼女がいなかったら、映像にぴったりする音楽を入れることが出来なかったろう。かっての初恋の人という恋慕の情は消え、時々厳しいことを言う師となっていた。彼女の父の住職が言う仏性は難解だった。

土曜日には、優紀は、毎週きちんと工場長の家に通って道雄の家庭教師を熱心にやった。道雄は神を素直に信じる素朴な子であった。
彼は松尾優紀の核兵器禁止を訴える映像詩を見て、感動したと言い、そして目を輝かし自分も平和運動に参加したいということをつけ加えた。その日の夜、松尾優紀は不思議な夢を見た。
夢の中にあらわれた道雄が天使の姿をしていたのだ。
頭の背後に金色の後光を輝かせ、美しい白い羽を蝶のようにひらひらさせながら、優紀の方を見て、神秘な微笑を浮かべていた。
そしてこの世のものとは思えない美しい音楽のような声で語り始めた。
神の使徒として平和の道を人々に伝えるように告げたのであった。
夜中に目が覚めて、その夢の内容をあれこれ考えてみたが、松尾優紀はひどく不思議な気がしてならなかった。優紀にとっては、それはただの夢とは思えず、一種の啓示のように感じられもするのだった。
彼はその夢の内容を道雄に言ってみた。
「僕が天使の姿であらわれたのですか。不思議ですね。でも、松尾優紀さん、僕は神様を信じていますし、あなたのやっておられる平和運動も支持しております。ですから、そうした僕の願いが神様を通じて松尾優紀さんの夢にあらわれたのかもしれませんよ。」
松尾優紀は特定の神を信じていなかったから、道雄のことばをうのみにするわけにもいかなかった。といって、無視することもできなかった。

その頃はよく雨が降った。豪雨になることもあった。気象温暖化も優紀にとって気になることだった。雨が止み、晴れ間が見えたある日、松尾は何かの折りに工場長に奇妙な夢のことを話してみた。工場長は、しばらく考えてから言った。
「うん、前から言っているとおり、僕は君の平和運動を企業サイトで考えたいと思っているんだ。しかし、今の会社の現状では、会社がみんなで協力してその問題に取り組むことは出きない。そこでだな、僕が 勝手に思いついたアイデアなんだが、まず君の平和運動がどの程度会社のイメージアップになるかと いう点で社内で実験したいと思うんだ。もし、これか成功すれば君は宣伝課の方にまわってもらって、会社のピーアールという大義名分のもとに平和運動をやることができる。
どうだね? 会社の社内食堂で、君の啓示について話をし、それがどの程度、会社のイメージアップにつながるか実験したいんだ。」
「私のパフォーマンスと映像詩の二本で行くということですね。それで失敗した場合は、だめになるんですか?」
「いや、よほど失敗しないかきり、君のやる気を示して もらえばいいんだ。そうすれは、僕が君を宣伝課にまわす理由もできるという ものだ。君 がこの工場にいたら、そうし た活動はで きん だろう。つまり宣伝課にまわすための口実をつくるだけだから、君はやりたいようにやってもらえればいいんだ。ただ君がいつも考えていかねはならないのは、平和運動を進めるのはおおいに結構だが、君がうちの会社員であり君の活動が社のイメージアップにつながるように行動してほしいということなんだ。これは、個々の間違いや失敗を許さないということではないから誤解しないように。小さな失敗は、おおいにして良い。僕の言うのは、 君の活動が全体として社のイメージアップにつながれば良いんだ。やってみなさい。君の勇気をためすのだよ」
松尾優紀は、船岡道雄を教えている時、ふとこの工場長の言葉を思い出してみた。道雄が天 使として夢の中に出てきたのも不思議であれば、今ここですなおに自分の教えている内容について真剣に取り組んでいる彼の姿も妙に神 秘的だった。松尾優紀は、頭の中で、思考実験をしてみた。彼は自分をドラマの主人公にしてみた。その主人公は自分をある価値観の啓示を受けた詩人という風に考え ている。
ドラマの主人公は、現代の詩人のような存在としての自覚があるから、当 然のように平和問題と取り組んだ。彼はスペインのドンキホーテを夢想した。そして、新しい価値観の伝道者として出発しようと決意したのだった。
だが、彼が優れた詩人であるのか、それともただの風変りな世捨て人であるのかは、ドラマの中では誰にも分らぬ謎として表現された。
ドラマの中におけるドンキユーキの誕生である。彼はまず世界の平和にについて考えた。核兵器廃絶運動を立ち上げることであった。
これが今世紀最大の問題であると考えたからだ。世界の平和と福祉社会の建設と隣人愛が彼の三本の柱となった。松尾優紀は、こうしたドラマを頭の中で構想し、その主人公になってみたように演技してみようと思った。彼は自分の考えている平和問題がルミカーム工業という会社の問題として社員にとらえられれば、会社のネーム・バリューを使って日本全国ばかりでなく、世界に核兵器禁止による軍縮と平和をうったえる力を持っことになると考えたのだった。
だから、彼は真剣だった。彼は、工場長から言われたように宣伝課に入りたいと思った。そして、工場長の言うように実験を社内食堂でしてみることにした。そして実験してみる日を工場長に予告すると、宣伝課長がその現場に来て松尾優紀の実力を見てくれるように手配してくれるということになった。

その日、彼は心臓をドキ ドキさせな から社内食堂に入った。食堂は、けっこう混雑していた。社員の前には紅茶が出されていた。
「うまい」という声もあった。彼は、自分のつくった映像詩のビデオ作品でその場 にふさわしい ものを選び、食堂に器具を設置した。前のより原爆の悲惨性をリアルに出したものだった。
まず大型のテレビに映写しなから彼は、説明を加えていった。
中には「ハハハ。何だ。あの若造は。まともな広告の才能があるのか」という大きな声もあった。だが、誰かがその声を静止させたのだ。利益だけでなく人権問題を会社の柱としたルミカームの歴史があるという声は小さいがしっかりした声だった。
松尾優紀は平和がわが企業にとってどれほど大切かということをうったえたのだ。食堂にいた多くの社員は、また宣伝課のやつがおもしろい企画をしているというくらいにしか考えなかった。そして社員の多くは、自分達の会社の企画であるゆえにけっこう関心を持って見ていた。
「平和か。そりゃ大切さ。だがそれがわが企業の活動に結び付くのかね」という声も松尾優紀の耳に入ってきた。それに答えるかのように彼は、 マイクを使って話をした。
「みなさん、人類にとって今ほど危機の時代はないのです。まず核兵器をなくすことであります。これによって莫大な金額を人類は福祉にまわせる。その中で、わが社の作っているペット用のロボットも電気製品も売れる。こんな素晴らしいことはないではありませんか。
私は、 アニミズム論者です。いのちがこの世界を支配し、 いのちの運動がこの世界のさまざまな現象をひきおこしているのだと思っております。
科学の立場で言うと、 物質という概念が一番重要なのは、皆さんのご存じの通りです。
ですけど、物質の本質はいのちなのです。いのちが物質になるのです。私は、キリストが神の子と自分を定義したように自分をいのちの子として、 皆さんと一緒に平和問題に取り組むことをうったえたいのです。神という言葉はすでに骨董品として偉大な力を失ない、現代では、物質という言葉が幅をきかせています。 しかし、 この物質はかっての神のような偉大な美しさを今だに出していません。 ダイヤモン トは、 磨けば美しく輝く。 物質も同じです。 物質という言葉は、 磨かれる時かっての神以上の偉大さで輝き、いのちが現れてくるのです。 その時、みなさん、私達はみないのちの子です。自然の子と言うべきかもしれません。いのちの子としての人間の偉大さを 現すためにも私達は立ちあがりましよう。 このことは会社のためにもなるのです」

一人の若いオフィスガールが松尾優紀に近づいて来た。
「あら、 松尾優紀さんじゃないの?まだ平和問題なんかにこっているの?こんな所まで出張してやるなんて大変な度胸ね」
「ああ、 大内さん、 工場からこちらに 来てどうですか?」
「まあ、 おもしろいわよ。それにし ても今日は大変な演説をしに来たのね。きっと、あなたのこと社内で評判になるわよ」
「そうですか、 それは良かった。 それで目的ははたしたというものです。大内さんは、世界の平和について考えたことあるでしよう?」
「そりや、あるわよ。 でもあたし一人じゃ、どうしようもないわ」
「そうなんですよ。 一人じゃ何の力もないから、 みんなで力をあわせてやるのですよ」
「でも、あなたの話、 天使からの啓示だのなんのって、ちょっと考えすぎじゃないの」
「ええ、そうかもしれません。でも、僕は宣伝課に入り、ぜひこの平和問題を会社の営業サイド
で検討し、日本全国のみならず全世界にうったえたいと思っているのです」
「あら、松尾優紀さん、宣伝課に入るつもりなの,・それでこんな風に自己宣伝しているのね。あら、うわさをすれはかげとやら、宣伝課長の木下さんがやってきたわよ」
宣伝課長の木下勝次という課長は、温厚な雰囲気を持っており、色白で少々小肥りの中肉中背の男であった。彼は松尾優紀に近づいてくると言った。
「おお、松尾優紀君、工場長から君の話は聞いた。そして今日の君の活動は隠しカメラで全部見せてもらった。大変面白い。ぜひ、宣伝課で、君をスカウトしたい。人事課長の方にも連絡しておくから、明日からでもこちらの方に出勤してほしい。」
木下課長は、ゆったりした雰囲気の男で部下からの信頼も厚い男だった。その微笑はまるで仏様のようだと言われもしたのだった。松尾優紀も木下課長を見るとなごやかな気分になるのだった。 「課長、平和問題は、わが社のイメージアップになると確信しております」
「そうか、人権問題では、わが社はよその会社の模範となったものだ。平和問題も同じ。君の信念でやりたまえ。君には今度わが社が開発した。アンドロイドロボットを貸してあげるよ。人間に近くなったアンドロイドだ。それを連れて電気製品のセール と平和を訴えた映像詩、両方やってくれたまえ」
「アンドロイドを連れていくんですか?」

「そうだ、知能ロボットでね。名前は君がつけたまえ。人間とある程度のコミュニケーションが出来る、わが社の世界に誇るロボットだ。君が活用してほしいんだ。ロボットを操作するために、技師の田島君を君の協力者としてつけてあげる。まあ、がんばってくれたまえ」
松尾優紀はロボットについては空想もしたことがあるし、工場にある産業用ロボットを見たことはあるが、今、課長の紹介しているような知能ロボットはまだSFの世界の出来事であると考えていたから、び'っくりした。
「いつの間に、 そんな優秀なアンドロイド をわが社はつくっていたのですね」
木下課長は笑って言った。「確かに、わが社の技術の粋をこらしてつくったものだがね。まだ色々不備が多くてね。君に実用になるかどうかためしてもらいたいという気持ちもあるんだ」
松尾優紀はまず学校からまわってみるこ とにした。ロボットには「菩薩」という名前をつけた。なぜそんな名前をつけたかというと、そのロボットを見た時、なんだかひどく愛嬌のある可愛らしい顔をしているにもかかわらず、平和をうったえるのにふさわしいきまじめさと誠実さを持っているような気がしたからだ。
菩薩は小柄な大人程度の大きさで顔も身体も全体に曲線が少なく、かどばった感じで銀色に輝いていた。
松尾は菩薩に電気製品などの商品のパンフレットを持たせ某中学校の校門をくぐった。 秋の陽ざしがそそぐ花壇には、赤い彼岸花が咲いていた。
ロボット技師の田島が運転する車はロポットが乗るのにふさわしい若者の憧れる最新の流行型だった。映写機は優紀が運んだ。学校を最初に選んだのは校内暴力などでマスコミにさわがれている教育現場にのりこみ、中学生に平和の大切さをうったえた いと思 ったからだ。彼は大手の会社、ルミカーム工業のセールスマンということで簡単に職員室に人ることを校長 から許可された。彼は昼食時を選んで入ったので当然のことな から多くの教員 が弁当を食べていた。教師や生徒は ロ ボッ トを見て驚きの表情をしていた。彼は各職員の机の上に「よろしく」と言いながら、商品のパンフレットと自分の価値観を披露した小冊子を置くと全体が見わたせる位置に陣ど った。
                              (つづく )








                            
コメント