空華 ー 日はまた昇る

小説の創作が好きである。私のブログFC2[永遠平和とアートを夢見る」と「猫のさまよう宝塔の道」もよろしく。

銀河アンドロメダの猫の夢想  37【ブラック企業】

2019-02-09 09:20:14 | 文化

 

 カラスの声が一声大きく鳴いた。

黒く大きく逞しいカラスがみかんの樹木の上の方を飛び立った。

地球のよりかなり大きい。

「すごいカラスですね。あんなのに襲われては、ヒトもケガするでしょうね」

「そうですね。でも意外に温厚なんですよ。ヒトを襲うことは滅多にありません」とリス族の若者は微笑した。

吾輩は地球のカラスがこのレベルの大きさになったら、猫などやられてしまうと思ったほどだった。

「やあ、皆さん。今日は。と言ったんだよ」とハルリラが豪快に笑った。

吟遊詩人は「そうかもしれません」と微笑した。

【里山の虚空の道に来てみれば

    からすのいのち カア今日は】

 

頬のふっくらした目の細い小柄なリス族の若者の話によると、彼は宝石を探して暮らしをたてているのだそうだ。この惑星は黒い色の大地であるけれども、ダイヤ、エメラルド、サファイアなどの宝石が大地の浅い所に隠れているのだそうだ。そうは言っても、簡単に宝石は見つからないから、その間はアルバイトをしてなんとか生きているのだそうだ。最も、宝石探しよりは本当にしたいのは皆がばらばらになっているのをまとめて一つの大きな力にする組合づくりなのだそうだ。それを聞いた時は、吾輩は驚きもし、感心もした。

 

「この僕の生き方を、僕は「夢見る詩人」と自分で思っているのですよ。僕自身食っていくのが大変な状態ですからね。仲間をつくるのが大変なのですよ。それでやむなく、宝石探しに熱中するのです。宝石はこの惑星にはけっこうあるのです。もっとも、見つけて売っても、相当の税金がかかりますから、大金持ちになることは出来ませんけれど、まあ、組合づくりの資金にはなると思います」

ここでは会社に入れない若者はそういう宝石を求めて彷徨うことが多いが、中には山中で餓死することもあるという。

 

 そんな話を聞いていると、向こうに赤煉瓦の三階建てのビルが見えてきた。緑の葉がその赤煉瓦の壁にまつわりつき、上の屋根にまで伸びていた。

リス族の若者と別れ、我々は弁護士事務所に入った。玄関の横の大木にとまっていた大きな茶色のふくろうが大きい目と愛くるしい瞳をくるくる回すようにこちらを見ていた。

八人の弁護士と十人の事務職員がいた。

「ああ、よく来てくれました。ウエスナ伯爵は銀河鉄道の旅に出た時の出会いで知り合った友人でして、何か今度は、革命に失敗し、隣国で介護士になられたとか聞いております」と新品の背広を着た小柄で引き締まった感じのする首の長いキリン族の弁護士が言った。

 

「ええ、私達はこちらの惑星はどんな所かと、興味しんしんの銀河鉄道の観光客です」

「そうですね。わが国の法律は国王と裁判所の判事の判例によるので、基本的人権が保障されていないのです。ですから、理由なく突然逮捕されることがあるのです。

税金は国王の意向を受けた大臣と官僚が決めますから、議会はあっても、それを追認する形式的なことしか出来ないのです。

ですから、我々弁護士は、スピノザ協会がアンドロメダ銀河に広めようとしている基本的人権などを保障した憲法と戦争放棄を条文化したカント九条の素晴らしさを日々、勉強し、その素晴らしい人類史的な深い意味に感動して、ぜひアンドロメダ銀河の全ての惑星にこの精神を広げる運動を密かにやっているわけです。

 

こちらの惑星の特徴は国家が三つあって、それが互角で対立しているが、特に大きな紛争問題はない。過去にはいくつもの戦争があったようだが、人々は戦にあきている。それでも、政府は、軍事力を拡大しようとしている。その影で、税金を国民から取るために、国民をごまかして自衛よりも攻撃に適した軍隊につくりかえようとしている。ブラック惑星を回る二つの衛星、我らは赤い月と白い月と言っているのですが、最近そこにもヒト族が住んでいるということが分かったので、そのヒト族に備えるために必要だというのが口実なんですがね。確かに月には原始的な人類がいるようですが、彼らは星を見て、星座をつくっているようなのんびりした状態であろうと天文学者が言っているのですから、大砲だの機関銃だの戦車だのという兵器は必要ないのに、それをつくりたがるんですね。理由は軍備をつくって、儲けたがる巨大ブラック企業があるのです、そしてそこと結びついて大金を得ようとする連中もいるんですよ。こんな風に産軍共同体というのは大きな勢力ですからね。いわゆる死の商人の問題です。これが第一の問題点。」

 

 その時、銀色の鳥かごに入っていた赤と緑と黄色のまだらの羽を持った大きなインコが喋り出した。

「ですから、我々は、カント九条は宇宙の宝だと呼んでいるのです。」

「ですから、我々は、カント九条を宇宙の宝だと言っているのです。軍備を縮小し、世界に平和をもたらす優れた条文なのです」

 

我々はインコの素晴らしい喋り方に驚いた。

「綺麗な鳥ですね」とハルリラが言った。

「ハハハ。時々、こんな良いことも言ってくれるのです」と弁護士は笑って、さらに話し続けた。

「もう一つは、企業がこの惑星には何万とあるのですが、我々の調査によると、有良企業はその内の二割程度、あとは労働における過労や低い賃金それに

ハラスメントと、問題のあるブラック企業が殆どなんですよ。」

「そうすると、お仕事は沢山あるというわけですね」

「そう山ほどありますね。どんな企業をご覧になりたいですか」

「お手伝いもしたいのですが」

「いや、お言葉はありがたいですが、アンドロメダ銀河鉄道からいらっしゃるお客さんは特別待遇しなければならないんですよ。そういう方が見に来ているというだけでも、ブラック企業の従業員は励まされ、経営者は緊張します。

ですから、我々弁護士としても、そういうお客さんを会社案内するのはブラック企業を良い方向に変えるチャンスになるのです」

 

最初に案内されたのは、製紙工場だった。弁護士が川の汚染問題に取り組んでいる相手の工場だった。この国の三分の一の紙を生産しているという大企業でもある。川に垂れ流しにされる汚染物質と工場の煙突から出る煙それから働く人の過労死の問題など、案内される道々で、キリン族の弁護士は我々に説明した。

 

 工場の門をくぐると、大きな建物があり、その周囲に広い芝生が一面に植えられ、外見は綺麗で、ただ煙突からもくもくと巨大な煙が気にはなったが、それすら、白く青空の上の方に綺麗に伸びていた。

生産工場長室の隣の部屋に、通された。

ドア越しに聞えるのは男の声だ。中年の狐族の声だと、吾輩は猫の直観で分かった。

「お前、何だ。成績が一番低いじゃないか。仕事の能率が悪い。悪けりゃ、残業でおぎなうんだな。しかし、その残業代は払わないよ。

会社で決めた残業は一時間だからね。それ以上、残業やるのは能力がないからだな。それは賃金なしの残業でおぎなうのさ」

「はい、でも、」

その声は中年ぽい男の声だった。

「残業は既に一ケ月で八十時間。過労死寸前の残業と言われているほどやっていますし、それは私だけではありません。そういう状態の社員は百人以上はいると思います」

「お前な。よくそういうことを言えるな。お前の仕事はひどく能率が悪いから、残業でおぎなうだよ。それであんたが死ぬかどうかは会社には一切関係がない。それが嫌なら、あんたみたいなグズはタコ部屋に行くのさ」

タコ部屋というのは仕事のない狭い部屋だった。

吾輩は非人間的なひどい言葉だと思った。

その時、ハルリラが小声で言った。「あの言葉には魔性の響きがある。魔性のけものの響きがある。もしかしたら魔界メフィストの影響力が再び強まったということもありうる。中世には魔界の影響はひどいものだった。しかし二百年前から、メフィストの軍団はどういうわけかかなり弱まった。それがまた、強まるということはある」

この課長はGSウトパラのメンバーだという。

GSウトパラは勢力の大きな社交クラブだそうだ。ただ、謎めいた社交クラブで、評判はよくない。彼らが政界の上流階級とここで、歓談するという。そのためか、何故か法人税が免除されている。

社交クラブはこの国で、沢山あり健全なものが多いが、法人にしている場合は当然、法人税をとられている。GSウトパラは例外ということだろう。

課長のこんな説法は二人目に入っていて、内容はさらに残酷なものに聞えるのだった。我々はなんとなくいらいらしていた。

 

その時、吟遊詩人がふと立ち上がり、ヴァイオリンをかきならした。

最初は激しく情熱がこめられ、弦の響きは人の心を正しい方向に向ける。すると、音色は急に優美になり、春の日差しの中に美しい花園が目に浮かぶようにやわらかく優しく色彩に満ちた弦の響きはこちらの部屋の中から、隣の部屋にまで届く。

 

 

 課長の声が響いている。相手の人物は三人目になったようだっだ。

「私はきちんと仕事をしていますから、残業代をもう少しもらいたいのですけど」と部下の男は言っていた。

「お前な。よくそういうことを言えるな。そういうことを会社に言う人間は会社にとつて、ゴミなのよ。分かる。ゴミはリストラするのが会社の決まりなの」

ヴァイオリンの音色は優美で、日常から美しい非日常の異世界に人の心を吸い込むような激しい弦の響きがあった。

隣の部屋では、ふと、沈黙があった。

しばらくして、急に、隣の課長の声の調子が変わった。

「なんだか、いい気分になってきたな。」

ふと気がつくと、インコの声がした。インコはいないのに、インコの声がする。

不思議だと思い、ハルリラの顔を見たら、ハルリラはにやにや笑っていた。

「人として一番大事なことは真心。誠実さ。愛。」とインコの声がして、何度か繰り返すのだ。

課長はしばらくぼおっとしていたが、インコの声を聴き終えると、思い出したかのように、「あなたが頑張っていることは私も知っているわよ。あなた、少し顔色悪いわね。いつも長時間労働ですからね。確かに大変ね。なんとかしましょうよ。」

「仕事が多くて、時間内に終わらないんです」

「確かに仕事が多いわね。仕事を減らしましょうよ」

「そんなことが出来るのですか」

「出来るかどうかは分からないけれど、このままじや、あなた、身体を悪くしますよ」

「そういう仲間はたくさんいます」

「困ったわね。この会社は大きいのにね。それに儲かっているのよ」

「内部留保に、儲かった金をまわしてしまうのですよ」

「ま、あたしの口からはそういうことは言えないわ。課長としてはね、リストラを命令されているの。でも、リストラの人数を減らすように、上司に言います」

 

隣の応接室で聞いていた吾輩はテーブルに置かれた花瓶の赤い花を見ていた。そして、何故かほっとした。首の長いキリン族の弁護士は微笑した。

「恐ろしい言葉が聞こえてきましたけれど、ヴァイオリンの音色で、課長の話の内容が、悪霊を追い出されて、慈悲の光が差し込んだように、変化しましたね。不思議なヴァイオリンだ。ですけど、インコがいないのに、インコの声がするというのも摩訶不思議ですな。この中に魔法を使う方がおられる」

中々鋭い弁護士だと、吾輩は思った。

 

「私達弁護士は悪徳管理職や、それを許す経営者との戦いを常にしているのですけど、これ程 劇的に人の魂を和らげた状態を見たのは初めてです」

 

部屋の中は綺麗だ。素晴らしい絵は飾ってあるし、ソフアーは高級品だし、建物の壁は美しい。先程の怖ろしい人間の言葉など無かったかのように、優雅な日差しが窓から差し込んでいる。

地獄は人間がつくっている場合があるのだし、弁護士の言うようにヴァイオリンの威力にも吾輩、寅坊は驚いた。

 

しばらくして、出て来た工場長は満面に笑顔を浮かべ、我々を歓待した。

隣の部屋の課長の面接は次の男に対して、行われているようだった。

工場長はまゆをひそめ、笑った。

「わが社も競争が激しくて、リストラをすることになりましたので、解雇する人を選んでいるんですけど、皆、生活がかかっているから、中々やめようとしない。そこであんな課長のような厳しい言葉が出て来る。競争が激しいので仕方ないですよ。

全社で五百人の解雇。この工場だけでも、百人解雇するノルマが課せられているのでね」

 

その時、会社の窓の向こうに、スカイツリーと五重の塔の合いの子ような巨大な建物がすくっとそびえ、上の方に銀河鉄道のようなものが見えた。

皆、そちらの方を見た。吾輩は鉄道に一番注意をひかれた。守護列車ではないかと思ったからだ。このブラック惑星に来るとき、空から見た守護列車はまさに絢爛豪華そのもので、帝釈天も梵天もいらしたではないか。しかし、今は遠目のせいか、お二人とも見えないし、あのハレルヤと言って、手を振ったサルも見えない。ともかく輝く宝石と美しい金色の車体だけが慈悲の光のようなその美を四方に放っているのだった。

 

 「蜃気楼ですよ。この惑星では、時々見られるのです。塔というのは珍しいです。銀河鉄道の蜃気楼もたまに見られることがあります。金色に輝いているでしょう。もしかしたら、先ほどのヴァイオリンが招きよせたのかもしれません」と工場長は言った。

「ヴァイオリンの音、聞きましたか」と弁護士が言った。

「ええ、私の工場長室まで、静かに聞こえました。私もあの時、何か心に空白があるような時間でしたので、聞いたのでしようね。普段の忙しい頭でしたら、あのくらいのボリュームですと、気がつかないこともあります。それにしても、不思議な美しい音色でした。内の娘に聞かしてあげたいような音色でした」

 

「素晴らしいことです。巨大で美しい塔が見える」とハルリラが突然のように、目を輝かせて言った。

「美しい蜃気楼だね」と吾輩は微笑した。

「宇宙の大生命があの塔に凝縮したような美しい光を放っている」と吟遊詩人が言った。

「宇宙の大生命ですか。わしは五十年間生きて来て、そういう言葉は初めて聞きます」

「宗教はないのですか」

「あの課長はプロントサウルス教ですから、ないとは言えません」

「あれは確か、熊族の宗教。課長さんは狐族のようにお見受けしましたけれど」

「熊族のロイ王朝が革命勢力を倒してから、独裁はますます強まり、プロントサウルス教も相当変質してきましてね。アンドロメダ空間にまで勢力を伸ばそうと、我が国を標的にしているみたいですよ。ですから、色々の民族の人が強いプロントサウルス教に入ってきているのですよ。だいだい、我が国は伝統的に無宗教なんです。それで狙われたのでしょうね」

「あの課長の最初の言葉は道元の教えた愛語に反する。『正法眼蔵』という素晴らしい本を書いた道元は座禅と法華経と同じように、愛語を重視した。思いやりのある言葉だ。その反対の言葉を使うのは 堕落した宗教の証拠だ。ロイ王朝のように、権力と金の虜になれば、昔の純真な宗教心を忘れ、堕落する。」と吟遊詩人が言った。

   

   

                         【つづく】

 

 

 

 

【作者より】

誤解のないために、コメントしておきます。富士山のそばにある工場とこの物語のブラック工場は何の関係もありません。この物語にピッタリの写真は不可能な状態なので、見て楽しく、しかも物語のイメージに合うものを選んでいるだけですので、よろしくご理解願います。

 

 

 

 (ご紹介)

久里山不識のペンネームでアマゾンより短編小説 「森の青いカラス」を電子出版。 Google の検索でも出ると思います。

長編小説  「霊魂のような星の街角」と「迷宮の光」を電子出版(Kindle本)、Microsoft edge の検索で「霊魂のような星の街角」は表示され、久里山不識で「迷宮の光」が表示されると思います。