新イタリアの誘惑

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上野歴史散歩⑯ 東照宮の社殿。戦争や大震災などにも耐えて400年を生き抜いた「金色殿」

2022-10-07 | 上野歴史散歩

上野東照宮の中に入ろう。ここは有料なので、唐門脇の料金所で支払いを済ませてからの入場になる。

  ここが東照宮の社殿だ。1651年造営で、これもまた金ピカだ。

 社殿正面から振り返ると、唐門の裏側が見える。

  裏側にも様々な動植物模様の細工がなされていて飽きない。

 唐門を裏側正面から見ると、こんな感じ。裏側でもなかなか豪華だ。

 柱の角に付いた獅子の彫刻。にらみを効かせて見はるかす目玉の存在感がすごい。

 社殿中央にはこんな金色の扉。「金色殿」と呼ばれるのも道理だ。

 徳川家の葵の御紋もしっかりと刻まれている。

 角の組細工がなんとも華麗で、日光の陽明門を思い出してしまった。

 内部は非公開で見ることはできなかった。でも、後日たまたま見ていた有吉の散歩番組で映されていたものを拝借。

 扉を開けると「東照宮」の文字が中央に浮かび上がる。

 当代随一の描き手だった狩野派の狩野探幽による障壁画「獅子像」が現れた。

 

 そして家康を中心に左に8代将軍吉宗、右に15代将軍慶喜の廟が並んでいた。勿論ここの部分は家光の時代ではなく、後世に付加されたものだろう。

 この東照宮は、上野の杜が壊滅状態になった上野戦争の時も奇跡的に被害を免れ、関東大震災でも倒れず、第二次世界大戦時の東京大空襲では、弾丸が撃ち込まれたものの爆発しなかったという、まれな経緯を経て今日に至っている。 

 改めてその強運には、徳川家の持つ何かを感じざるをえない気がする。

 

 

 

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