今日8/15、61回目の「終戦記念日」を迎えた
そして今朝、小泉首相は、靖国神社を公式参拝した。
「”A級戦犯”を合祀する神社に日本の首相が終戦記念日に参拝した」
今後、中国、韓国などから、非難の声明が出されるのは予想できる。
最近、こんな事を妻と話した事がある。
「子供達に、”あなたのひいお祖父さんは、勲章をたくさんもらった立派な軍人だったのよ”ということを、自慢して話ていいものだろうか?」
すでに亡くなっているが、私の祖父は、職業軍人であり、先の戦争の時は、満州国に通信隊の中隊長として駐留していた将校であった。
武勲をたて、たくさんの勲章も頂き、現在、家宝のひとつとして床の間に飾ってある。
父も小学校の時に、満州に数年間暮らし、ロシア軍の満州侵攻と共に、命かながら逃げて帰ってきたのである。この苦労話は、私は幼少の頃から聞かされた。
祖父も、ロシア軍に捕まり、シベリア送りとなったが、戦後、捕虜交換で帰国を果たすことができたようだ。
私の祖父は私が6歳の時、他界したが、私は、祖父に本当に可愛がってもらい、そんな祖父が誇りに思った。祖父の死後も、祖父の部下が家に訪ねてくることが、しばしばあっただから、妻からこんな話しが出た時、
「何を言ってる!お祖父さんは、軍国主義の当時、お国のために、立派な仕事をされたんだ。それに、通信隊という後方支援の役目だから、何も残虐な事はなされていないと俺は信じているし、帰国後も、地元では、”先生”と言われ尊敬もされた。何も恥じることはないだろう。」
と答えたのである。
しかし、時代は変わった。というのは、私の親も戦争時は、まだ子供で兵隊としての経験はない。まして戦後、いわゆる”団塊の世代”も、もうすぐ定年を迎えるように、戦争から月日は経過、”戦争を知らない子供達”が国民のほとんどとなった。
だが、戦争の傷は未だ絶えない。
日本が戦時中に、中国や韓国にした残虐な行為に対して、戦後61年の今も、非難されている。実際、戦争を体験していない人が、自分たちの親や親族から先祖の受けた行為を聞かされ、それが現在、なお、憎しみとして残っているのだ。
それゆえ、「日本の首相が、靖国神社を参拝する」ということを非難するのだろう。
小泉首相の言う
「先の戦争で犯した過ちがあってこそ、今の平和主義を貫く日本があるのだ。そんな先祖を祀る神社に参拝して、何がいけないのだ!」
私の祖父もそうだ。当時の日本は、徴兵制度がひかれていて、兵隊になりたくないために仮病をつかって、徴兵検査を免れる人もいたと言う。それに比べ、私の祖父は自ら志願し、軍人となったのだ。
でも、それが理解出来る人は少なくなってきているのが事実であるのが今日だろう。
中東紛争・・・どうみても、「戦争の結果、平和な国家が築かれた」という実証をされているものではない。
市民に対する無差別攻撃、テロ・・・どれをとっても、
戦争をしている人=非人道的な、残虐な人間
と、今の若者世代、子供達の目には映っているのだ。
「でも、ひいお祖父さんの時の戦争は違うんだよ!」
と私は、言っているが・・・
上の娘が、先月、小学校の修学旅行で”広島”に行ってきた。
原爆資料館などを見学して、戦争の恐ろしさを学んだようだ。
「どうして日本人は、こんなバカな戦争をしたのだろう?」
この答えは簡単には説明出来ないものだ。そして私自身も、”ズバリこうだ”という答えを説明できない。
今、学校で日本の歴史を学んでいるようだ。自分自身でその答えを見いだすだろう。
”A級戦犯”合祀、靖国神社問題・・・
それぞれの人が、それぞれの考えでこの問題について考えている。
でも、”この答えが正しい”と言い切れるものは何もない。むしろ、そんな答えを出すこと自体が間違っているのではないだろうか・・・
そう、私は思う。