goo blog サービス終了のお知らせ 

[WWF]へーげる奥田の空談言説

サークル「WWF」主宰・へーげる奥田が適当に告知したり興味の対象について論じたりするウェブログである。

派遣村とか

2009-01-14 00:48:04 | Weblog
同人誌制作とかで忙殺されていたら1ヶ月以上さぼってしまいました。いかんですな。

で、このところ気になっているのは派遣切りとかそういうアレです。

確かに産業構造がここ数年で激変した部分があり、やむを得ず派遣社員の職に甘んじざるを得ない人も多々おられるのはわかります。実際、派遣社員や契約社員でも正社員以上の努力をされている人を私もたくさん見てきましたし。

ただ、このところのマスコミとかの報道はかなりバイアスといいますか、政治的ストーリーづけが露骨すぎてなんか気分が悪いですな。
だいたいにおいて派遣社員というのは、言い方悪いですが不況の際は切るために雇うわけですね。派遣社員は「労働単位」であって「人」ではないというのが基本精神です。だから、たとえばとても仕事のできるスーパー派遣社員がいたとしても、「あの人派遣してください」というのは違法です。派遣は「○○のスキルの労働力を○人」というもので、特定人物に対する指名は派遣法違反です。だからあまり長期にわたって雇い続けてはいけないわけです(業種にもよりますが)。

まあ私も派遣法とかはあんまりよく知らないので認識が間違ってるかもしれませんけど、派遣を切る企業がそんな人面獣心のオニのよーなものかといえば別にそういうことはないでしょうし、政府がそんなに猛烈に悪いという気もしません。だいたい派遣社員で寮を追い出されて住む家がないとかいいますけど、現代日本の生活において最もコストがかかるのは一般的には住居です。なので、寮とかに入れば生活費は浮きますが、そのぶん寮がなくなった場合の経済的反動が考えられますから、もし私だったら寮に住めなくなった場合のことを考えて必死に貯蓄するでしょう。なぜそういうことをしませんか? だいたい、派遣や契約社員というのは、法的に正社員より先に切らなくてはならないことになっている存在なので、常に切られる可能性を勘案しつつ、油断なく生きていく必要があるはずです。

いまや正社員だってかなり大変で、おまえ夜勤やれって言われればしなければならないでしょうし、おまえ青森行けって言われれば行かざるを得ないわけです。今までやって慣れていた仕事だって、いまの世の中そう長く続けられません。人材ローテーションだとかなんとか言ってぜんぜん得意じゃない業種に回されることも非常に多いですし、コンピテンシーとか資格とか、自分をアピールし得るスキルを必死で伸ばさないと生き残れないようなシステムをどこの会社も導入しています。そういうところから考えても、少しspoil気味ではないかと思うんですがね。
後期高齢者のときも思ったんですが、どうも報道の描くストーリーが、ああ切られた派遣かわいそう企業ひどい政府ワルモノ、という感じで何だか力道山対シャープ兄弟からあんまり進歩してねえなあと思いました。

それに、これもあまり詳しくないのでアレですが、そもそも切られた派遣社員に対して適切な仕事をあてがうのは、その派遣社員が所属している派遣会社の仕事じゃないんですか? 派遣法にも派遣元の義務としていろいろ決められていると記憶してますが記憶が曖昧だしググるのすら面倒なので断言しませんが。だいたい派遣会社って、ふだんから派遣会社の給与を何だかんだ言いながらピンハネしているわけですが、それは的確な研修を行ったり、派遣先の仕事を切られたときに迅速に次の仕事を探したりする業務に対する対価なんじゃないのか、などと思うところであります。昔出向先で派遣社員を打診したときに、そんな給与ではワタシドモの取り分が出ませんねえなどと嫌味を言われたことがあるのでどうも派遣会社ってキライなんですが、報道とかを見ても派遣会社の怠慢とか派遣会社というビジネスモデルについて批判する意見が全然でてないように見えるのが気に入りません。私が知らないだけかもしれませんけど。

まあそんなところでした。

タモガミ答弁

2008-11-11 23:58:28 | Weblog
タモガミ論文関連で、どうもいろんな報道とかを見ていてよくわからんですな。私は護憲論者(笑)なので、憲法第19条と第21条を遵守するべきだと思うんですが、ニュースとか見ていてもそういう論がほとんど出てきません。憲法の危機です。グンクツの音がいつか来た道であの頃の間違いを二度と繰り返してはナラナイのでさあ大変です。

まあ、軍のトップがあんまり恣意的な思想をもって職務上の意思決定をしたりすると、それこそ文民統制の観点から問題がありますけど、第一に自衛隊は軍隊じゃない(笑)ですし、第二にタモさんは自己の思想に拘泥するあまり政府の意思に反する行為をその職務上行った、というわけではないですよな?

たとえば、「日の丸は国旗で君が代は国歌だ」という政府見解があったとして、「それを認めない」という論文を公立校の教師が発表しても私は別にいいと思います。ただ、それで「卒業式で日の丸掲揚を拒んだり、生徒に君が代を歌わせない」となると、これは懲戒しないといけませんね。

タモガミさんは、まあ細かい問題はいろいろあるみたいですけど、基本的にちょっとトンデモがかった論文書いただけなのに、懲戒免職だの退職金没収だのとか言ってる人はいったいどういう根拠で言ってるのか教えてもらいたいところです。

で、野党とかも大変な悪みたいな物言いで質問とかしたみたいですが、テレビの報道を見たところ何ですか。野党の連中みんな論破されちゃた…ほどじゃないですけど、少なくともぜんぜん言い負かせないじゃないですか。タモさんなんだか大勝利顔ですよ? そりゃそうで、論文の中身はともかく、表現の自由や思想信条の自由は保障されるべきという憲法の理念を恣意的に無視している野党が旗色悪いですよな。ほんと日本の政治家って論戦弱いよなあ。

まあ、いちばん平和なのは退職してから書けばよかったんでしょうが、タモさんたぶん確信犯なので計算どおり、というか計算以上の戦果で大満足、ってな感じですね。

東京を歩きながら押井作品について考える(下)

2008-10-26 11:43:19 | Weblog
 どうして私たちは東京の地名をそんなふうにしか知らないのだろう?
 それを考えるのは後回しにしよう。もう一つ、築地を通り抜けて隅田川の岸辺に立って気がついたのは、押井作品の東京には具体的な地名がほとんど出てこないということだ。
 具体的な場所が描かれていないわけではない。逆で、劇場版『パトレイバー』シリーズに関するかぎり、緻密なロケハンを経て描かれているだけあって、「東京風だけれどもじつはどこにも実在しない場所」というのはあまりないのではないだろうか。『パトレイバー2』では、東京駅、渋谷駅前、西武線の踏切などが具体的に細かく描かれていた(現実の二〇〇二年にはもう見ることのできなくなっていた景観も含まれているのだけど)。また、押井守自身やスタッフが設定を明かしているばあいもあるし、映像を見れば場所が特定できるところもある。南雲しのぶの家は世田谷区の成城だという話を聞いたこともある。ほんとうにそういう設定かどうかは知らないけれど、起伏があって一戸建ての住宅が多い地区となると、世田谷区か目黒区あたりの高級住宅地だろう。東京をよく知り抜いている人ならば、『パトレイバー1』や『2』に出てくる場所をもっと多く特定できるだろうと思う。
 けれども、『パトレイバー2』で具体的な地名が出てくるのは、ほんのちょっとだけ駅名標が映る場面などを除くと、飛行船が墜落する新宿と、埋め立て地に突入する結節点になっている新橋ぐらいではないだろうか。篠原重工の工場がある八王子は、地名としては出てくるが、篠原の工場以外の場所は描かれない。
 押井守作品の東京は、詳細な具体性をもって描かれながら、そこがどこかということに明確に言及されることのない場所―そういう場所の集積体なのだ。



東京駅近くの常盤橋



首都高の橋脚で目立たなくなっているが、なかなか端整な橋である。江戸時代にはここには常盤橋門という門があったそうで、上はその遺構である。常盤橋門から江戸城までのあいだに、いま東京駅が割りこんでいるわけだ。



その常盤橋近くに建つ渋沢栄一の銅像。渋沢栄一は東京開発に熱意を燃やした人で、藤森照信さんにたしか「東京を私造したかった人の伝」という伝記があったと思う。



 私たちは東京の地名をいくつも知っている。東京から遠いところに住んでいて、東京を一度も訪れたことのない人でも―かつて私もそうだった―、渋谷、新宿、池袋、上野、浅草、秋葉原、有明ぐらいは知っているだろう(いや、まあ、秋葉原と有明は知っている人は限られるかも知れないけど)。しかし、そうやって名まえだけを知っている東京の土地がじっさいにどういう位置関係に並んでいるかは、あんがい知らない。東京に十年や二十年住んでいる人でも、名まえだけはよく知っている東京の土地がじっさいにどこにあるのかをそれほどは熟知していないのではないか(例題。地図を見ないで牛込と馬込と駒込の位置関係を説明してみましょう)。「ポストモダン」思想用語を使えば、東京は、地名という「シニフィアン」(指し示すもの)と、その土地がどこにあって他の土地とどういう位置関係にあるのかという「シニフィエ」(指し示されるもの)がなかなか一致しない都市なのかも知れない。
 そうなった理由というのは、しかし、わりと容易に考えつく。
 まず、東京は日本の他の都市と較べて格段に広いということがある。山手線の一周が三五キロ程度、それに対して、同じように大阪市の中心部をめぐっている大阪環状線が二一キロだ。しかも山手線の東側にも広く江戸時代以来の街区は広がっている。都営地下鉄大江戸線の環状部分が二八キロほどだが、大江戸線は池袋など山手線の北半分をカバーしていない。
 そういう広い都市なので、通勤・通学で東京を移動している人でも、その人が動いているのはその東京の一部分に過ぎないことが多い。渋谷や新宿を乗換駅にしている人は上野のほうにはなかなか行く機会がないかも知れない。もしかすると、新宿から山手線で一〇分以内で行ける池袋にもめったに行かないかも知れない。しかも、渋谷、新宿、池袋などは、その街だけで何でも揃う街なので、他の街に行く必要がない。それも通勤・通学で東京を移動する人たちの動く範囲を限定してしまっているかも知れない。



日本橋川と神田川の合流点。『パトレイバー2』で、しのぶは柘植の部下にこのあたりまで連れて行かれたものと思われる。



ジェイアール御茶ノ水駅、遠くに日本一の「萌え」街秋葉原が見える。ちなみに聖橋のすぐ近くにこの本の印刷所である日光企画お茶の水店がある。いつもお世話になっています。



六本木ヒルズから見た新宿。




 また、東京は城下町だったこともあって、道が込み入っている。道どうしが直角に交わっていないところもたくさんある。
 近代都市も、京都や大阪のような古代都市も、街は「碁盤の目」状に作られている。京都ならば、三条通とか四条通とかの東西の道は必ず東西に走っているし、烏丸通りのような南北の道は必ず南北に走っている。ところが東京は必ずしもそうはなっていない。東京の道は、同じ名まえの道が東を向いたり北を向いたり南を向いたりする。浅い角度で分岐したはずの道がいつの間にかまったく違う方向に向かっていることもある。自動車で移動するばあいには、さらに一方通行規制がかかるので、迂回しなければならなくなり、それが土地勘を狂わせる。だから東京では方角や距離がつかみにくいのだ。
 さらに、東京の地名は日常的に全国に向けて多く語られている。ニュース番組でも娯楽番組でも、東京で起こったことは「六本木」とか「神楽坂」とかいう地名つきで流されることが多い。明治時代の文学作品から時代小説、現代の小説やエッセイまで、東京の地名は数多く出てくる。自分自身がかかわりを持つことなどまずないであろう土地の名に、ニュースや文学作品を媒介にして、私たちは頻繁に接している。でも、そういう接しかたでは、六本木の南が麻布に、北が赤坂に、北西が青山につながっているということはなかなかわからない。
 東京の地名を知る機会は多いが、じっさいに訪れて実地にその土地を知る機会は少ない。道が入り組んでいるので場所どうしの関係もつかみにくい。それが、東京について「名のみ語られて実体の定かでない土地」を増やすきっかけになっている。名まえは知っていてもそれがどうつながっているかわからないダンジョンのような都市なのだ。
 押井守は都市としての東京のそのダンジョン的性格を作品づくりに利用している。








文京区茗荷谷の庚申坂。『紅い眼鏡』で紅一が上る坂である。前に見えるのは東京地下鉄の茗荷谷の操車場だ。紅一が見上げるとこの坂の上に少女の巨大な看板が見えるのだが、実際にはこの坂の上には中学校がある(上の写真の奥のほうに見えている)。なお、撮影日記にある「キリシタン坂」というのは正確には線路をはさんで反対側の坂の名まえである。




 押井守は、『パトレイバー』シリーズや『紅い眼鏡』で、東京に住む人や東京によく来る人ならば見慣れているはずなのに、どこだか思い出せない景観を多用した。それをつなぎ合わせることで、「見慣れているはずなのにどこだかわからない街」を映像として作り上げたのだ。
 『紅い眼鏡』では、押井守は、東京のいろいろな土地の景観をひと続きにつなげることで、魔都的な異様な空間を演出している。たとえば、紅一が「紅い少女」の大きな看板を見上げるのは、地下鉄丸ノ内線茗荷谷駅近くの庚申坂、「紅い少女」に出会ってそのあとを追いかけるのは中央線三鷹駅の操車場の陸橋である(そのほかに、映画館は山形県上山市、ホテルは横浜、空港の一部は新百合ヶ丘など、東京以外の都市も使っているが)。この二つの場所は電車で一時間近く離れているし、続いて出てくる新百合ヶ丘の新興住宅地もかなり離れている。遠く離れた場所をひと続きの場所として見せること自体は、映画やドラマではよく行われる方法だ。ただ、『紅い眼鏡』では、そういう都市の景観を、セリフのないままに連続してつなげて観せることで、「よく知っているはずなのによそよそしい街」、「三年ぶりに帰ってきた者が入りこむことのできない街」の感覚を演出している。
 また、『パトレイバー』シリーズでは、水路を使うことで、ふだん見ている東京とは違う見知らぬ場所の感じを演出している。水路沿いの風景は、東京に住んでいれば、橋を渡るときなどにちらっと見かけはするが、たぶんすぐに忘れてしまう。そのすぐに忘れてしまう風景を中心に据える。『パトレイバー2』の決起前夜のしのぶの道行きの場面では、水路からの風景だけを見せ、私たちがふだんから見慣れている都市の風景は見せていない。しのぶが連れて行かれた水路が日本橋川だとすれば、兜町証券街のすぐ裏を通り、三越の下を通り、東京駅と神田駅のあいだを抜け、おそらく後楽園近くまで行っているのだけれど、そういう都市の景観はまったく描かれていない。それによって、押井守は「他人の街」としての東京を描き出したのだ。
 押井守が描く東京は、親しみを感じるが入りこむことのできない都市、自分の街のように思っているけれどもじつは自分の居場所のない都市のように思える。それを支えているのが、場所の固有名を出さず、多くの人が見ている視点以外から、しかし多くの人の目に接しているはずの東京を描くという方法だった。
 その方法が、『攻殻機動隊』・『イノセンス』・『Avalon』のような実在しない都市の描写や、『Stray Dog』(『ケルベロス地獄の番犬』)の台湾の描写にどう引き継がれているのかは、これから考えてみたいと思う。
 ともかく、道に迷ったことから始まった、東京を歩きながら押井作品を考える旅で考えたのはこんなことだった。




紅一が少女を見かけ、追いかける三鷹の陸橋。私が行ったときには、ご近所のお子さまたちが親御さんといっしょに電車を見ていた。私も、子どものころ、最寄り駅の陸橋に連れて行ってもらい、汽車(蒸気機関車)を飽きずに眺めていた思い出がある(そういう時代だったのだ)。それにしてもこうやって見ているとどうしてジェイアールの電車はたくさん来るんだろう? 駅で待っていてもちっとも来ないのに。左は三鷹駅。いわゆる「M駅」である。この本には関係ないけど。それでは、ごきげんよう!


(終)

東京を歩きながら押井作品について考える(上)

2008-10-26 11:41:28 | Weblog
清瀬 六朗

中央大橋の橋脚を見上げる。




日本橋の「道路元標」(複製)。




勝鬨橋。船が通り抜けられるように中央部が跳ね橋形式になっている。今日では船が通ることはないだろうけど。その跳ね橋部分が高くなっているのもわかる。




 まだ梅雨が明けていない七月某日、私は勝鬨橋のたもとにいた。川の両側がアーチ式で、まん中が跳ね橋式になっている橋だ。
 銀座から東京駅方面に歩いていたはずだったのに、九〇度違う方向に歩いていたらしい。あいかわらずの迷い癖で、困ったものだ。
 そのとき、まだ今回の「押井学会」の原稿を書いていなかった私は、この偶発事件をきっかけに、「東京を歩きながら押井作品について考える」という企画を考えついた。以下は、そのときに考えたことの記録である。

 勝鬨橋まで行く途中で、築地の中央卸売市場の建物が昔ながらの町並みの向こうに見えたとき、たしかに道をまちがったような予感はしていたのだ。
 ふと緑に変色した銅板で覆われた店舗に出会い、私は思い出した。
 このというと、以前は「看板建築」で有名な一帯だった。有名な看板建築で「築地のナンデモヤ」というのがあったと思う。
 「看板建築」というのは、普通の店舗の二階の屋根を屋根裏部屋にして、前面を銅板などで覆って装飾を施し、建物全体が看板のように見えるようにした店舗建築だ。関東大震災後の東京復興のときに多く作られたという。できたころは銅板があかがね色に映えて面映ゆい家だったのだろう。でも、いまではその銅板の全面に緑青がふいて、地味な、けれどもまわりの家とはやはり違う、独特の味のある家になっている。よく見るとかつては銅板の上に輝いていたであろう装飾がそのまま緑青の色に埋没して残っている。


佃大橋



中央大橋



永代橋






 そういう店舗建築を、建築史家・建築家の藤森照信さんが「看板建築」と名づけた。私は、imaginary press incの登坂正男さんが劇場版『機動警察パトレイバー』(一作め)の評論で採り上げていたことでその存在を知った。押井守の生家がじつは看板建築だったのではないかという話も登坂さんの本に出てくる。
 その劇場版『パトレイバー1』(第一作には「1」という番号はついていない)で、シゲさん(シバシゲオ)が下宿していたのがたぶんこの一帯だ。謹慎中の遊馬といっしょにHOSに仕組まれたウィルスの引き金を探っているあの部屋である。
 特車二課は埋め立て地にあるという設定だった。そこへの通勤を考えれば、海に近いこのあたりに住むのが理にかなっていたのだろう。もっとも、シゲさんの仕事や気質を考えればどれだけ下宿に帰れたのかはわからないけれど。ときどき不定期に下宿に帰ってはいろいろとぼやきながらPCを操作し、すぐに二課に戻ったのではないかと想像する。
 現在でもこの築地の一帯に看板建築はいくつか残っている。八丁堀の近くでも見かけた。
 現在、東京の建物は「都心回帰」の流れや規制緩和のおかげで盛んに建て替えられつつある。バブルのころと較べてどうかはわからないけれど、東京の景観はいま大きく変わっているところなのだ。その象徴が、押井守がオープン記念映像の製作にかかわり、いまでも毎年の二月二六日イベントの会場になっている六本木ヒルズだろう。


六本木ヒルズ森タワー。すぐ下から見上げるとほんとうにバベルの塔のような感じがする。六本木ヒルズのオープニングイベントでは、押井監督の『TOKYO SCANNER』と、野田真外監督の『東京静脈』が上映された。また、このビル内の「アカデミーヒルズ」では、毎年2月、押井監督と軍事評論家の岡部いさくさんを招いて「PAX JAPONICAプロジェクト」のイベントが開かれる。2005年度には、映画『ローレライ』の公開をひかえていた樋口真嗣監督もゲスト参加した(後半のみ)。



アカデミーヒルズから東京タワー越しに隅田川下流方面を見た風景。2005年のPAX JAPONICA Projectイベント時に撮影した。ガラス越しの撮影のため、よく見るとイベント会場の内装が反射して映っている。





 それを考えれば、一九九〇年代まではもっとたくさんの看板建築がこの地区には残っていたのだろうと思う。
 この通りをさらに東南に向かって歩くと隅田川に出る。勝鬨橋のすぐ近くの公園だ。振り向いて見上げれば聖路加病院の高いタワーが並んでそびえ立っている。
 隅田川ではこの勝鬨橋が最下流にかかる橋で、その上が佃大橋である。その上流で吊り橋式の中央大橋を過ぎたところで晴海運河と合流し、その上が永代橋だ。
 劇場版『機動警察パトレイバー2』で柘植の決起部隊が武装ヘリで爆撃して壊していったのが、この隅田川にかかる橋だった。
 同じ『パトレイバー2』で、その柘植に決起前夜に呼び出された南雲しのぶは、東京湾岸か隅田川の河岸まで自動車で行き、そこから柘植の部下の船でおそらく日本橋川をさかのぼっている。日本橋川は日本橋の下を流れている川だ。永代橋のすぐ上流で隅田川から分かれる―というのは下流からさかのぼった言いかたで、上流のほうから説明すれば、永代橋のすぐ上流で隅田川に合流する。
 六本木ヒルズで公開された野田真外さんの『東京静脈』(押井守監修)でもこの川をさかのぼっている。しのぶが連れて行かれたのは東京湾岸のほかの運河ではないかという感じもするのだが、道行きの長さから考えるやはりこの川だろう。それに、この川だと考えれば、柘植の決起部隊がにわざわざ日本橋を爆撃して破壊する意味も生きてくる―いや、べつに意味が生きなくてもいいんだけど。ただ、この映画での東京攻撃の場面のうち、ほぼこの日本橋の爆破の場面だけ、破壊される前の橋と照準をつけるヘリのパイロット(武装ヘリってパイロットと狙撃手は別?)を描いてから橋の破壊を描くという描写のされ方をしていることには注意したほうがいいだろう。


柘植の決起部隊の武装ヘリはミサイルでこの日本橋を落としているが、実際には、この高速道路の狭いすき間からミサイルを撃ち込み、しかも麒麟像の左右に一発ずつ命中させないといけないので、実行するのはかなり困難だと思う。




日本橋中央の麒麟像。この翼のある龍のような動物が本来の「麒麟」なのだろう。ちなみに「幻の空爆」に出てきた「ワイバーン」も翼龍のことだったはずだ。柘植部隊は、この「幻の空爆」の際の「ワイバーンを殺せ」という命令をここで実行したわけだ。ちなみに橋の両側は獅子像である。



 こういうことを考えてみて、気がついたことが二つある。
 一つは、私たちは東京の地名をバラバラに知っているけれども、その互いの位置関係をよく知らないということだ。
 『パトレイバー1』のシゲさんの下宿のすぐ先に隅田川が流れていて、『パトレイバー2』で柘植の決起部隊が攻撃したあたりと隣り合っていたということは、私はこの日まで―銀座から歩いて勝鬨橋まで行ってしまった日まで気がつかなかった。
 たしかにあとで地図を確かめてみれば知識としては昔から知っていたことではあるのだ(ちなみに勝鬨橋を渡ってさらに進むと、昔コミケをやっていた晴海の国際展示場の跡地に着く。もっとも、いまコミケに参加する人のどれだけが晴海を知っているだろう? ビッグサイトに移ってもうすぐ一〇年だからな……)。しかし、築地と隅田川の近さというのは、その場に住んででもいないかぎり、なかなか気づくことはない。だいいち、私にとっては、隅田川とは両国や浅草のあたりを流れている川であって、銀座や築地のあたりを流れているのはどうも「場違い」な気がするのだ。しかし、もしかすると、築地や勝鬨で育った人は、まったく逆に感じるのかも知れない。
 私たちは東京の地名を―もっというと東京の土地を―せいぜい鉄道の駅名の並びでしか知らない。川の流れもその鉄道の車窓から見た順番で覚えている。だから、たとえば、たまに北区のほうに行き、荒川と隅田川がすぐ近くを寄り添って流れているのに出会うと、「え? 何で?」などと違和感を感じるのだ。もちろん、これも北区に住んでいる人にとってはあたりまえのことなのだろうけど。



下流側から見た日本橋。日本橋川の上には、箱崎から上流にはずっと首都高の道路が走っている。



日本橋川と隅田川の合流点附近。艀船が繋留してある。この川がいまも「静脈」として生きていることがわかる。



押井作品のことを考えながら歩いていると頭の上から鈍い轟音が……顔を上げるとなんと飛行船だった。飛行船はあんがい気づきにくいし、のんびりしている外見からするとけっこう速い。「Ultima Ratio」とか書いてないかなと思ったが、残念ながら(?)「Yokoso JAPAN! 愛・地球博」だそうで。そういえば愛知万博もそろそろ見に行かないとな……。


(下につづく)

喧嘩の弱い日本の政治家

2008-09-30 00:36:33 | Weblog

なんかこのところ日本の政治がいろいろあるみたいですな。

特に気になったのは辞任した中山国交相。何を考えてんだかってところです。
ネットバトルでもなんでも、喧嘩売るなら勝てるロジックに誘い込む方向で売らなきゃダメですよね。
私も日教組はかなり碌なもんじゃないと思います。でもその根拠に「日教組が強い地方は成績が悪い」などという定量的でもなければ反論不可能でもない話をもってくるあたりでダメです。

私だったら、日教組のウェブサイトの「親子で学ぶおもしろ算数教室」から
http://www.jtu-net.or.jp/education/sansu/series/07.html
とか
http://www.jtu-net.or.jp/education/sansu/series/08.html
とかもってきて、「算数教室と称してこういった政治的主張を展開するような組織は間違いなくいかがわしい」と言うでしょう。私自身中学で共産主義礼賛教育を受けたし。


ぜんぜん関係ないけど、贅沢微糖のCMでカツ丼出してる人ってほんとに船場吉兆の囁き婆本人? おくさんと「あれ本人だよねえ」とか言ってるんですが、ググッてももうひとつよくわかりませんな。

ウリナラ論調行ったり来たり

2008-08-24 00:51:38 | Weblog

ウリナラ関係のイシューとして、ウトロ問題というのがあります。

実はWWFNo.14(1995)で表紙を書いてくれた青ひょん氏なんかはたしかウトロの専門家
だったらしいのですが、私は当時はウリナラウォッチャーではなかったのでぜんぜん意識
しませんでしたねえ。

ともかく、これはけっこうデリケートというか、意識的な誤解の蓄積で彩られた問題なので、
この件に報道姿勢によってその報道機関がどういうスタンスなのか計れるという部分があり
ます。つまり、日本国内で言えば、とにかく日本は悪くてウトロの住人は強制連行で日本が
悪いので生活が苦しいのに日本が悪いから土地を取られそうで日本が悪い、というのが
「良識的」「進歩的」なメディアです。

実際のところは、ウトロの住人は別に強制連行とは関係ないみたいだし、土地の所有権は
在日韓国人のホ・チャングとかが売り逃げみたいなことをしたためにまたまたもめることに
なったわけですが、詳細が知れ渡ることになるまで、みんながとりあえず日本が悪いみたいな
こと言ってたみたいですね。

これについて、ちょっと前(2007/09/21)の韓国の新聞であれっと思いました。

http://www.chosunonline.com/article/20070921000039
>京都ウトロ地区問題:住民たちは追い出されてしまうのか
(略)
> しかし、この地で働いていた韓国人労働者1300人は、当時の徴用令により連れて来ら
>れたわけではない。ウトロ国際対策会議ホームページには「いくつかの誤解について明
>らかにする。(ウトロ地区の韓国人労働者たちは)銃剣による直接の武力により移住し
>たわけではなかったとしても、故郷で生活ができなくなった植民地の国民が、経済的問
>題などさまざまな理由により、自らの思いとは関係なく植民地宗主国へと移住したケー
>ス」と説明している。

> 韓国の国務総理傘下「日帝強占下での強制動員被害者の真相究明委員会」も昨年末の
>報告書で、「強制徴用者ではなく、日本に居住していた朝鮮人がほとんど」と明らかに
>した。1930年代末、さまざまな理由で植民地朝鮮の経済的貧困を避けるために日本に渡っ
>た人たちだったということだ。
(略)
> しかし、この過程で恥ずべきことが起こった。日産車体からウトロ地区の土地を買い
>取って西日本殖産に転売した個人とは、ウトロに住む在日韓国人、A氏だったのだ。売却
>金は3億円。A氏に資金を融資したのも在日韓国人団体である在日本大韓民国民団(民団)」
>の幹部B氏であり、そのB氏がウトロ地区を買い取るために急きょ設立したのが西日本殖
>産だった。A氏は日産からウトロ地区の土地を買い入れた直後、「土地を4億円で買い取っ
>た」と主張し、西日本殖産(B氏)から4億4500万円を受け取り転売した。このように同
>胞をだまして巨額を手にしたA氏は夜逃げし、B氏もまた西日本殖産を1988年に日本の企
>業に売却、ウトロから手を引いた。当時B氏がいくらで西日本殖産(ウトロ地区)を売っ
>たのかは明らかではない。

って、なんかちゃんと取材してるじゃん、という感じです。もしかするとウィキペディアの
丸写しかもしれないけど。とにかくこの記事では、現在状況は韓国政府らが買い取るかどうか
にかかっているのだ、という結論を提示しています。まあ公平な見方のように思えますな。

要は、やっぱり韓国のメディアといえども、「常識だから」というだけでなく、今までの報道
姿勢を変更して公平なスタンスで報道するということもできるんだ、ちゃんと進歩してるじゃん、
と思ったわけです。

しかし私は甘かった。

http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=103572&servcode=A00§code=A10
>韓国の子供ら「私たちもウトロを助けたい」/日本・京都
(略)
> 子供らは有名校の制服を脱ぎ、光復節(解放記念日)を迎えるにあたり準備された“愛国
> 希望キャンプ”に参加し、ウトロ(京都府宇治市伊勢田町内地域のこと)を訪れた。ウト
>ロの町は第2次世界大戦中の1941年に日本政府が京都に軍飛行場を建設するために、
>朝鮮人を強制動員したことから生まれた。韓国から渡って行った約1300人が合同宿所を
>建て、住み始めた。日本の敗戦で飛行場建設は中断されたが、祖国に家もなく帰る船賃もな
>かった人々がここに残った。彼らは今でも下水道施設が取り付けられていない劣悪な環境に
>住んでいる。4年前、土地を所有している日本の企業が立ち退きを要求し、強制撤去されそ
>うになった。韓国政府の支援金と市民団体の募金によって危機を克服したが、土地を購入す
>る金額が足りず、71世帯の住民(178人)は相変らず気苦労が多い。
(2008.08.15)

なんか相変わらず強制動員とか言ってます。まあこれは中央日報で、上の朝鮮日報とは違うから
いいのか。

でも同じ朝鮮日報の方も、

http://www.chosunonline.com/article/20080815000032
>京都ウトロ地区問題:「上下水道なしに60年過ごした」
(略)
> 面積2万1157平方メートル(約6400坪)のウトロ地区は、日本人の地主が71世帯・178人の
>在日韓国人を立ち退かせようとして問題になっている所で、在日韓国人の苦しい立場を象徴
>する場所だ。
>
> 子どもたちがまず目にしたのは、「ウトロで生きてきたわれわれは、ウトロで死にたい」
>とハングルで書かれた立て看板だった。住民団体役員のイ・ムユルさん(39)は、「ここの
>人たちは第2次大戦中の1941年、軍の飛行場建設のためにこの地へ来た人たちの子孫で、10人
>中2‐3人が65歳以上の高齢者だ」と語った。
(2008/08/15)

と、「強制連行」という言葉は巧みに避けつつ「なんとなく日本が悪い」という雰囲気を醸し出す
記事にしあげています。また戻っちゃってるじゃん。こういうの読んだウリナラの子供たちとかが
「チョッパリは悪いニダ!」とか思っちゃうんですよね。

このところ竹島なんかでも、日本人に徹底的に論破されちゃって「もしかすると独島はやっぱり
日本の領土なのかもしれない」などという韓国人もけっこう散見するようになってきていますし、

http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=103500&servcode=400§code=400
>独島本部「独島問題の根源は韓日漁業協定」

> 独島(ドクト、日本名・竹島)が固有の領土であることを立証する資料が新たに発掘され
>ている中、独島本部が「古地図や過去の文献だけでは独島を守れない」と主張した。
>
> 独島本部は13日の声明で、「現在の独島危機は1999年の韓日漁業協定から始まり、
>この条約のため独島に関する権利は韓国と日本が共同で行使するしかない」とし、このよう
>に明らかにした。
(略)
> 独島本部は「韓国側の過去の証拠が少ないため独島危機に直面しているのではない」とし
>「国際法に関する無知と誤解がむしろ独島を危機に陥れている」と主張した。

と、なんか「古地図があるからウリナラのものニダ」とか「ウリの嫁はウリの嫁ニダ」とか非論理的
なことを言いまくっていた論調に冷や水を浴びせるような意見が「独島本部」から出ちゃってます。

ところが、夏休みの時期になったら、またまた「独島は完全に韓国の領土なのに日本のものだと
言い張る日本は侵略国家」とかなんとか、すっかり振り出しに戻っちゃった投稿がいっぱいです。
思うに中学生とか高校生が新たに掲示板デビューしてるんでしょうが、マスコミの論調からして
行ったり来たりしているのだからもうしょうがないですな。

まあなんともかんとも。



コミックマーケットの規制とか

2008-08-11 00:28:12 | Weblog
さて、まずオリンピック。チャイナのオリンピックが派手にやってますが、ウリナラの方々はなんだかとっても悔しい感じが掲示板ににじみ出ている感じでお疲れさまという感じですね。ああいう国にはまだ「大きな物語」とやらがなんとか生きているんですが、韓国の場合はそろそろその「大きな物語」が壊れ始めている過程という感じがします。う~ん、東浩紀氏へのインタビューがペンディングになったままで、快諾してくれた東氏に申し訳ないと思っているのですよ実際のところが。
でもまあウリミンジョクでも元気なひとは相変わらず元気で、韓国の動物愛護団体が韓国人は犬を喰うのはやめろとか言って日本の国旗とか焼いているのはもう何が何だか全然わかりません。いいなあこういうの。

あと、コミックマーケット。私んところにも緊急告知とかメールが来ましたが、「開催期間中の一部エスカレータ運用停止のお知らせ」はまだわかります。ワンフェスのアレがあったばっかりだし。ただ、なんですか「参加者の手荷物確認等のお願い」って。なんか脅迫とかあったらしいが、手荷物検査ってけっこうシャレになんないのではないかと思いますよ。まあ、コンサートなどで普通に行われているものだから、軽くちゃっちゃとやればそんな大した時間取られないのかも知れませんが、午後のフリー入場なんかが大きなダメージを受けることでしょう。最悪入場できない人が出るかも。たぶんそんなことはないと思いますが。サークル参加者はどの程度足止めを喰うんでしょうかね。そのへんもちょっと読めません。一番困るのは武器とか持って行けないじゃないですか(笑)。
とにかく脅迫とかやった奴はなんとか逮捕していただきたいところですな。
とりあえずリンク。
http://www.comiket.co.jp/info-a/C74/C74Oshirase.html

竹島騒動(笑)

2008-07-17 00:51:16 | Weblog
さて、久々にウリナラが香ばしい状況になってまいりましたね。いわゆる炎上って感じですね。フクダさんってアジアびいきとか言ってたらしいけど、ウリナラビトのメンタリティを全然理解していないんじゃないのかな? とか思ってしまいましたよ。
というか日本の政治家はもう少しウリミンジョクとか特亜ビトの精神構造を研究したほうがいいですよな。
なんか「固有の領土」って言わないのが配慮だとか、そんな「配慮」なんか完全無視でしょ。靖国神社のときも同じですね、へたに日付ずらしたりしてもスルーされて、結局保守系の人からも文句言われるし、配慮なんて100%意味なしということはわかりきっているのにまた同じ事やるんだからなあ、といったところです。


ウリナラビトはもう大変状態でさわいでいますし、彼らは本気で独島はウリナラの領土に決まっているニダと思っているみたいですが、意外と国際的にはどう見られているのか知らないみたいです。ただ、国際司法裁判所に行くと分が悪いということはなんとなくわかっているようですね。彼らはその理由を、「日本人の裁判官がいるから」「日本人がロビー活動をして判決を金で操作するから」とか言います。
http://www.chosunonline.com/article/20060428000034
「国際司法裁で争う場合、結果を100%確信できない」
とか、ちょっと弱気です。

韓国人は、自分でいろいろ調べてみて、「独島ってほんとは軍事独裁政権の李承晩がドサクサに紛れて国際法無視してしでかしちゃった件なんかもしれないなあ」とか思っても、そんなこと言ったら社会的に抹殺されてしまうので言えません。そのへんが社会的にいなかっぺいなところなんですが、日本だってほんの10年ぐらい前まで愛国心なんて言葉を使おうもんなら「ウヨクだ!」とか言われちゃう社会だったので人のことは言えませんね。

それでも、翻訳掲示板なんかで日本人と韓国人が議論すると、かなりの確率で日本人が勝っちゃうもので、最近は韓国国内の「常識」に疑問をいだく若い韓国人もけっこう目につくようになってきました。

http://www.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=ttalk&nid=1090231&tab=five

とか。

ところで、こたびの竹島騒動で、いつもは無条件に韓国の味方をしてくれる日本国内の「良心的勢力」(笑)が今回は沈黙している、と韓国メディアは報じているんですが、アサヒとかのスタンスはどうなんでしょうかね。なんかこの問題自体なかったことに、みたいな感じで最小限しか報道していないように思えるし、どうも全体的に小さい声でもごもご言ってるようにしか見えないんですがね。


この機に乗じるひとびと

2008-06-16 00:12:33 | Weblog
秋葉原の一件はたしかに由々しき状況であって、なんらかの対策を打つ必要があることはまあ確かと思います。ただ、この種の事件に対して即効性のある対策というのはなかなか考えつかないですね。これは一種の自爆テロルみたいなものですから。

とか言ってるうちに、とっても優れた日本の行政とかはなんかいろいろ手を打ってくれているようです。なんか歩行者天国中止だとか、ダガーナイフ(っていう言い方は初めて聞いたんですが正しい呼び名なんですかね?)の取締りだとか、まあ頭のいいエライ人が決めたんだからきっとなんかこう深謀遠慮?って感じの決定だったんでしょう。
なんて嫌味はいくら言っても無駄ですんで単刀直入に言ってしまいますが、結局今までやりたくてしょうがなかったけど反対派とかの説得ができなくてペンディングになっていた規制をこの機に乗じて一気にやっちまえというゴリ押しというのが誰の目にも丸見えという感じですな。
確かに歩行者天国を廃止することはまあ対策になるっていえばなりますが、これを有効な対策にするのであれば、国内すべての歩行者天国をぜんぶ廃止にしないとあんまり意味ないでしょうね。歩行者天国が全部なくなりゃ満員電車の中でモロトフカクテル使うとかいろいろ代替手段ありますしね。社内のネットワーク上のパソコンの一台だけにウイルス対策ソフト入れるようなもんです。
ナイフの規制にしたって、戦闘用ナイフを禁止にしたら包丁使うに決まってるじゃないですか。そんなの大馬鹿にだって即座にわかりますよな。ていうか、論理的に言って、今回使用された凶器はまずトラック、次にナイフな訳ですから、まずトラックの使用禁止を考えるべきでしょうね。どっちが危険かと問われれば、一人一人刺さなくてはならないナイフより、ヘタをすれば建物ごと何人もの人間を死に至らしめることのできるトラックのほうが危険であろうと思われますし、統計結果は手元にありませんが、おそらく過去何年かのデータを比べれば、日本国内で戦闘用ナイフで死んだ人間よりトラックによって死んだ人間のほうがいくぶん多いであろうことが推測できます。まあ、トラックは社会運営に不可欠なものだからなかなか禁止にする訳にはいかないんでそれには触れないんですけどね。
という感じで、素人にすら簡単に突っ込まれてしまうような頭の悪い理屈がどうしてこうまかり通るかな、という点が腹立たしいです。まあどちらの問題も困りゃしないですが。
ただ問題は、町中でああいう通り魔がでて、どうにも逃げ場がなくなったときどうするかという点です。相手がナイフ持ってたら、素手で対抗するのはとても難しいと思います。一番いいのはこっちが「より大きい武器」を出して、近寄るとこっちも刺すぞとか威嚇してやることですが、護身用武器持ってるとなんか「オイコラ」とか言って捕まるらしいじゃないですか。そんなんだったら必ず納税者の生命を保証してくれるのかと言えばそんなことぜんぜんなくて、誰か死ねば事件として扱えますとかイケシャアシャアと言いかねません。
ということで私は、自衛のために普段から「捕まらない武器」持って歩いてます。一眼レフのデジタルカメラなんですけどね。これけっこう重いんで、ストラップ持ってぐるぐる振り回して顔面とか脳天とかに直撃喰らわせれば脳震盪、うまく行けば頭蓋骨陥没骨折とかぐらいの破壊力があるかもしれません。いやあ危険ですねえ。規制されるかな?

クラスター爆弾

2008-06-09 00:21:13 | Weblog
ちょっと前の話ですが、クラスター弾禁止条約参加ってのがありましたな。日本はこれに最後までなかなか賛同しなかったんですが最終的にはまあ条件付に参加したというやつです。
私はこの手の軍事的事情にはとんと疎かったんで、なんで日本がそこまでクラスター爆弾にこだわるのかもうひとつよくわかんなかったですな。ニュース番組でも「あ~悪の象徴みたいなクラスター爆弾禁止になかなか賛成しない日本の防衛関係者ってばなんて凶悪なんざましょ」的な報道ばっかりで、なぜ日本がそんなにこだわったのかをわかるように解説してくれた報道は見られませんでした。私が知らなかっただけかもしれませんが。そのため、宗主国であるアメリカ様の代弁者というか気を遣って形としてゴネたんだ、なんて言う人もいるみたいですね。

2008/06/06の産経新聞に載った森本敏氏のコラムでちょっとだけ理解できました。「クラスター弾を保有している中国、韓国、北朝鮮、ロシア、米国は禁止条約に参加もせず、条約を議論する会合にさえ出ていない」とのことだし、確かに他国に行ってよその国の国土にばらまく悪名高いアメリカのクラスター爆弾と、自国の国内にばらまく日本のそれとは「使い方」の点で大きく異なります。
私のかなり生半可な理解では、もし他国の侵略を受けて上陸を許した場合、日本の自衛隊のやりたかった戦略というのは、たぶん戦力や弾薬の消耗を最小限にした遅滞防御に徹していじましくいじましく時間をかせぎ、アメリカ軍が支援に来るのをひたすら待つ、という感じなんでしょう。そのために地雷やクラスター爆弾は有効な兵器であり、それを使わないで時間をかせぐには軍備を増強するしかないというのでゴネていたのではないかな、と。そういうことなら日本の言い分もちょっと理解できます。

私は、同じ兵器でも「イイ兵器」と「イクナイ兵器」というのは厳然としてあると思っています。その判断基準はいくつかありますが、ひとつは「コントロールが可能か否か」という点があると思っています。コントロールが思うようにできない兵器はイクナイ兵器です。キレイゴトを言えば、兵器というのは戦争の道具であり、戦争とは軍人が行うものなので、兵器が民間人に害をなすようなことはないようにコントロールするべきです。そのコントロールが一定の確度でできない兵器は使うべきではありません。だから毒ガスとか、細菌とか、核とかは使うべきではないと思います。
ただ、私は理念でどうこう言うのは嫌ですんで、ABC兵器だろうと地雷やクラスター爆弾だろうと波動砲であろうと、完全にコントロールできるならイクナイ呼ばわりする理由はないと思います。今回のクラスター爆弾についても、日本がゴネたおかげで、少なくともちゃんとコントロールできるものについてはOKということになったらしいので、結局日本はそういう機能付きの新型に全部切り替えることになるのでしょう。それでも怪我したりする民間人がいたら、もちろんちゃんと補償すべきだと思います。ついでに言えばアメリカは他国でばらまいたクラスター爆弾等で怪我した民間人にちゃんと補償すべきでしょう。絶対しないだろうけど。

とにかく、日本の言い分があるならあるで、意見広告なりなんなりでちゃんと主張するべきだったんではないかなと思いますな。