玄文講

日記

幕間2、「白夜行」「百器徒然袋-雨」

2005-10-03 23:51:46 | 個人的記録
学位論文の提出が4日後までせまってきた。
私は最後の追い込みに入っている。
そのせいか今の私は、作業に没頭している。はかどって、はかどってしょうがない。、、、推理小説の読書が。

これが俗に言う「試験前日に何故か部屋の掃除を始めてしまう現象」というものであろう。

まずは気分転換に東野圭吾氏の「白夜行」を読んだのだが、これが気分転換にならなかったのだ。
くだらなくて、つまらない本だったわけではない。良くできた話だ。

つまり簡単に言うと、内容が内田春菊さんの「ファザーファッカー」だったわけである。
そりゃあ、読後に気分も沈むというものである。

さらに二人の主人公のうち、一人は小悪党で、もう一人は魔性の女だったのだ。
女性の方は関わった人間を虜にし、敵を次々と破滅させていくという点では吉田秋生さんの「吉祥天女」に似ていた。幼少時に受けた傷も共通している。
しかし「吉祥天女」の小夜子は、自分の敵は自分で殺すタイプだったが、「白夜行」の彼女はそれを小悪党に頼るタイプであった。

小夜子は幼少時に自分をいたぶった男も、自分をみくびって服従させようとした男も、自分を利用しようとした男も、自分の野望の障害になる連中も全て自力で葬り去った。
しかし「白夜行」では、その役割は全部 小悪党のものだ。

だから「吉祥天女」は読んでいて痛快だったのに、「白夜行」は読んでいて気分が沈んでいくのである。

自分で自分の敵を倒せないのが弱者である。
弱者であるということは悲しいことだ。
だから、この小説は哀れなのだ。

それで次は気分転換の気分転換に京極夏彦氏の「百器徒然袋-雨」を読んだ。
こちらはまさに痛快で、気分転換にはうってつけだった。

主人公が榎木津礼次郎だったからだろう。
自称「神の如き探偵」で、悪い奴は神が裁くしかなく、そして悪い奴とは「僕の気に入らない奴」で、気にいらない奴はやっつけるだけ。
勧榎木津懲悪だ。

この無茶苦茶で天衣無縫な探偵には敵がいない。
自分の敵は全部、自分で退治してしまう。
この小説が痛快になるわけである。

しかし結局、気がついたら文庫1500ページを読んでいたことになる。
気分転換にしては、やりすぎたかもしれない。