せせらぎせらせら

日々思うこと

和の心

2008-02-19 | せらせら
調和という観点のみで見ると、現代の人間ほど下手な生物はこの地球上にいないのではないだろうか。

和を乱し、他を排除し自分たちの場に作り変えてまで生き延びようとする様はその執着心こそコックローチのそれにも似て尊敬に値するものの、やはりどうしても滑稽に映る。

なんというか生命体の中でもキャラ的に人間だけ妙に浮いてる気がするのよ。空気が読めてないと言うか・・・。

その挙句、行き過ぎては自分たちの場まで乱し始める習性は最早どうしようもない道化でしかない。

果てに、乱し損ねた和を目敏く見つけ出しては「あああ、なごむわ~」とは。なんとも笑えない冗談だ。

日本人よ!和の心の何たるかを今一度考え直そうぜ~!


心につける薬いろいろ

2008-02-19 | せらせら
自分の状態が宜しくない時は、まずその状況を打破するBGMを探す。

数ある音楽の中からピッタリはまるものを探し出せれば、不思議なほどスッと重みが解ける。

その解毒作用には即効性があるのも有難い。

とにもかくにも、何をするにも自分自身がイイ状態であるってのは基本中の基本だ。

僕にとってそのピッタリがインスト曲である場合が多い。

言葉ではなく感覚的なもので状態が改善されるということは、文字や言葉を連ねることが非常に多い自分が深いところではけっこう感覚的な人間なのではないかと。そうだったらいいなぁと。そういうことにしとこう、と。

やはり、音楽という空気振動の奇跡が持つ力は計り知れない。

メセニーさん、今日もありがとう。



感覚的とは少し離れるが、詩というものも共感による癒し効果は絶大だ。

宜しくない状態がより形を帯びたところにある場合は言葉の力に頼るのもいい。

詩の場合、状態を改善すると言うよりは状態を正当化する力が強い。「宜しくない」が「これもイイかも」さらには「これがイイ」に変えてくれるのが詩の力だ。



それから、友人に恵まれている場合は人そのものが良い薬になることも。

その症状ごとにしっくりくる人ってのがいて、何をするわけでもなく空間を共有するだけで重みが取れてくることがある。

これは凄くメルヘンチックな考え方だが、流れに沿っていれば必要な時に必要な人間が現れるもので、これに限っては自分で選ぶのではなく偶然の必然によって起こる場合が多い。


強引に結論付けるなら、音楽にしても言葉にしても人間にしても自分がイイと思えるものを多く身の回りに置いておけば、弱った心には良い薬になる。

寝てもただでは起きない!

2008-02-19 | せらせら
思えば毎年この時期、他のどの季節よりも強烈な睡魔と日々を共にしているように感じられる。

春の芽吹きを諸所に感じているとは言っても、春眠と呼ぶにはちと早い。

この手の睡魔には可能な限り逆らわないというのが僕の方針で、おそらくは風邪の前兆だったり、意識的には感じ取れない程度の何か良くない状態が体の、もしくは心のどこかに発生しているのだと考えている。

だから睡魔が襲ってくるときには十分に寝て自然治癒力を高めてやることが後の先を取るってことにもなる。

しかし、ただ寝てるのはどうにも勿体無いので、せっかく長期滞在するのならあちらの世界から何か手土産でも持ち帰ってやろうというよく分からない貪欲の網を構えて眠りに就く。

上手くいけばダダイズムにまみれたそれこそ何なのかよく分からない出来事がショートショートよろしく乱雑に綴られていくわけだから、それらを網に絡め取っては夢だって立派な経験だと言わんばかりに捕獲していく。

実際のところ、よく分からない“何か”ってところが案外と自己の本質が好む住処であったりもするので、自分を知る上で夢とは欠かせない分析材料なわけだ。


昨日の収穫(キーワード的に)
「和弓と古いかけ」「端」「年上の女性(和美人)」「鮫の気配」「夜の海」「体育館を超えたところの駐車場」「過去に持ってた古着」「針が2本しかないサビキ」「まっすぐな山道と90°の曲がり角」など。

メタファー観も持ち込めればもう少し形が見えそうなもんだが、そううまくはいかないようだ。
スタンドだって夢の中に持ち込むのは一苦労だ。

海に潜む影

2008-02-19 | せらせら
いつもいく海岸がある。

そこには見えぬが大きなサメが潜んでいて、知らずに踏み入ろうものなら瞬時に食い殺されてしまう。

事実、過去には海から飛び出してきたサメに食い殺された人を見た。

僕はサメの気配に怯えながら波打ち際を歩く。ときには釣りをしたりもする。

サメの冷徹な肌に銛を突き立てたこともあった。

それでも気配が消えることはない。

何か巨大な黒く光る気配。


この夢は僕が常に何かに怯え、抗いながら生きている姿勢の具象だろうか。

サメの持つ無機質な眼はこの世で最も恐ろしい物の一つだ。


ダダ空間の入り口は円

2008-02-19 | せらせら
そこでは・・・

葉はささかささと群れる喜び。

リスはけほりっと生きる大儀。

何れにしても蝋梅は香るだろうし、残雪の気配は衰え行く。

メジロの会合は裸木の上。

ヒトはノイズは冷床の上。

何れにしてもカメラが写すのは真実だろうし、ヒトの立てる音はやはり真実だろう。

ところで、疲れた心を和ませてくれるのは飛行機の音ではない。

せんべいの音でもない。

ところで、水鏡に映るのは癒しを奏でる逆さまさ。

紅いべべ着た逆さま地蔵さ。

ひとしきり鳴り終えた音が去ったら、また寒さがやってきた。

ミュータンス

2008-02-19 | せらせら
奴ら、闇夜に降り注ぐ霧雨のよりもひっそり、ひっそりと侵攻していやがった。

俺の一部を、奴ら、着実に侵攻していやがった。

石を喰う貝もいるらしい。

誠に不本意な彫刻が右上の一番奥の裏側に創られつつあるようだ。

これは殺るか、殺られるか、仁義無き戦いだ。