食品のカラクリと暮らしの裏側

食品の安全・安心が総崩れ、また政治・社会の矛盾や理不尽さも増大
暮らしの裏側の酷さやまやかし、危険性・不健全さに迫る!

1990年代前半の回転寿司店はバブルの到来で翳りと苦境が続く/回転寿司の真相237皿目

2020年09月23日 | 歴史・マナー・板前
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Pointminin14 回転寿司の真相シリーズ237皿目 第3部/回転寿司に行くなら店を選ぼう編
ROUND14 回転寿司の歴史とスタイルの変遷
1990年代前半の回転寿司店はバブルの到来で翳りと苦境が続く

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2ikuramini 1980年代(S60年代)から平成に移り変わる頃、日本中がバブル好景気に浮かれました。現在とは隔世の感があり、生活の豊かさを通り越して何事も贅沢・狂乱の時代でした。一方、依然として回転寿司は満足する質ではなく、バブル景気に乗れませんでした。暮らしが向上(贅沢)したことから、飽きられ敬遠されていきます。店舗の人件費・材料費は狂乱高騰し、順調に推移した回転寿司業界にも、初めて翳りが見え始めました。

3ebimini 大手チェーンは、これを逆手にとって仕入・流通システムや店舗運営の基盤を確立していきます。しかしお客様から見捨てられた店も多く、苦境に立たされ倒産が続きました。ランチを回転寿司店で食べる文化は、まだ生まれていませんでした。当時は給料が急上昇したことから、若い方の昼食代でも1,000円台後半は当たり前、2,000円を越える日もザラのようでした。回転寿司店に限らず人が足りなく、様々な仕事において普通に働くだけで(何の努力もなく)大幅に売上が伸びた時代でもありました。

4kappamini サラリーマンは余りにも忙しく、顧客の注文に応えられなくて“謝ることが仕事”だった方も多いのではないでしょうか。“バブリー”な、良き時代でした。投稿者も恩恵に預かり、今思えば随分無駄遣いをしたものです。余談ですが、そのためこの当時入社した社員は成功体験が味わえたものの、苦境克服の術を知らず、その後の仕事人生では “役立たず”が多いのです(笑)。バブルの名称が付けられたように、虚構の時代でした。回転寿司とビジネスについての、バブルの光と陰でした。

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酷い実態は全ての回転寿司店を示すものではありませんが
多くの店で横行しているのも事実です。

Nzretop300

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