中小企業診断士 福田 徹 ブログ

経営コンサルタント・中小企業診断士・ビジネスファシリテーターによる経営者・起業家・管理者向けブログ

社員と共に創る企業の未来:「澤乃井」の小澤酒造

2008年08月12日 | 福田徹の製造業


 JR青梅線の沢井駅から多摩川に向かって坂を降りていくと、「澤乃井」の小澤酒造があります。



 小澤酒造は、元禄15年(1702年)創業の伝統を守り誇ると同時に、酒蔵見学をおこなうことにより顧客と社員との接点をつくる、さらに日本酒の未来を切り開く新しくて古い日本酒造りにも積極的に取り組んでおられるます。このように小澤酒造では、過去の伝統と現在の社員を活かし未来を創るという明確な意思をもった経営をおこなっているのです。

 約300年間の歴史ある酒蔵ですが、先代(現会長)とそれを受け継ぐ現社長の強い意思により、企業環境変化への対応がなされてきたようです。

越後杜氏から社員杜氏への技術移転
 もともと越後杜氏の手を借りて醸造されてきたものを、社員だけで成り立つように酒造技術の移転を図り、10年ほど前には完全に社員だけで醸造するようになりました。

酒蔵見学「顧客との直接のふれあい」
 昭和42年、酒問屋など周囲の反対と嘲笑をよそに、当時としては珍しい酒蔵見学をはじめました。すぐに売上に結びつく効果は出なかったが、10年後国内旅行のブームと共に奥多摩に人々の目が向けられはじめにぎわいを見せはじめる。そこで、多摩川縁で豆腐料理の料亭などを展開しました。

多摩川


 その後も酒蔵見学は積極的におこなわれています。
 小澤酒造の基本方針には

「お客様との直接のふれあいを求めて積極的に酒蔵見学を行い、澤乃井を取り巻く自然と酒造りに対する基本姿勢を訴えてまいりました。」と謳われています。

 見学の案内人は、社長をはじめ、各部署の社員が当番制でつとめます。直接、酒造りに関わらない社員を含めて、多くの従業員が自社の歴史、現在、未来を顧客に語るのです。
 


酒々小屋(見学の控室・勉強室)


醸造タンク(この建物は夏でも冷房なしで涼しい)


 
高品質指向路線から「蔵守」(熟成酒)へ
 昭和52年、世間がまだ日本酒を再発見する前の時期にいち早く生酒とか純米酒を販売しはじめ、「秩父古生層の岩盤を掘り抜いた洞窟の奥から湧き出づる仕込水、連なる山々と豊かな緑、澄み切った奥多摩の空気、選りすぐった原料米、研き上げられた技、それを結集して一滴の美酒として仕上げ」る澤乃井ブランドを築きあげました。
 平成9年、日本酒熟成酒「蔵守」の発売。日本酒の未来を見据えた戦略的商品です。お話をうかがうと、熟成酒は従来の日本酒とは全く違う香り味わいであり、従来の日本酒ファンにはすぐには受け入れられないということです。新たな日本酒ジャンルを築き、新しい市場を創る取り組みが必要ということです。




伝統の継承と酒蔵見学は社員を通じて企業の未来につながる
 杜氏の技術を社員に移転したことは、自分たちの意思で製品・商品を生み出していくということです。伝統にしがみつくのではなく、伝統を活かしてあらたな環境に自らの力で適応するという決意の表れです。
 酒蔵見学の継続的実施は、社長・社員杜氏を含めた各部署の社員が自分たちの創る酒(製品・商品・サービス)について顧客からの反応を直に感じるアンテナです。常に顧客と直に接する事により、顧客の求める製品・商品・サービスの姿を各部署で感じることができます。
 この「伝統の継承」と「酒蔵見学」が、日本酒の未来を託す古くて新しい酒「蔵守」、そして社長以下の社員の「一体感」を生み出しています。
 酒蔵見学では、案内当番社員の言葉で、小澤酒造の過去・現在・未来が語られます。顧客に末端社員が企業の歴史や夢を語るなんて、そんな「夢のある企業」はそうありません。
 言い方を変えると、酒蔵見学の案内を通じて社員がトップの方針を繰り返し反芻しているのです。これにより、先に挙げた基本方針のもと社長以下がまとまって力を発揮しています。

 「蔵守」が受け入れられる新しい市場を一から開拓するには多くの時間が掛かります。しかし、小澤酒造はトップの方針のもと社員が一体感を持って強くまとまって行動することにより、きっと「蔵守」を成功させることでしょう。

 
 小澤酒造の事例は、老舗企業が伝統に溺れずに未来を自分たち社員と切り開く方法を示しています。
 それは、
 ①製品を自分たちの力で創る力をつける
 ②顧客との接点を創る
 ③トップのもと共通の目標に力を集める
 です。

 小澤酒造はこれら3つと
 ④地域の資源(多摩川の景観、湧水)をうまく活用する
 を、うまくつなぎ合わせています。

 しかしそれは
 ⑤方針のもと継続して時間を掛けてやり遂げる
 ためのトップの強いリーダーシップは不可欠です。

 
 この事例のように、2代にわたり努力を積み重ね更に、夢を紡ぎつづけるような企業にこそ未来があるとわたしは思っています。

 経営者の皆様、経営革新は「今すぐに」はじめる必要があると同時に、「時間を掛けて」おこなう必要があります。さあ、「夢」を語る「未来ある企業」づくりを「今」始めて下さい。応援いたします。