8月20日、富士宮は晴れ、夕方は雷雨。
東名の富士インターで降りて、西富士有料道路をはしり
新富士五合目に向かう、ルート180を走ります。
富士山を真っ正面に見ながら走ります。
昨日は全景は見られませんでしたが雪のない青い富士山を見ました。
白い雲が富士山の頂上あたりにかかり、
その雲のシルエットが富士山に影を落として・・・。
とっても綺麗でした。
私は一人で富士山に向かって走っている、あるじはあの富士山の裾野に眠っている・・・。
寂しくないのかしら・・・、やっぱり寂しいのでしょうね。
着いたらすぐお墓参りに行きたいので一緒に行くのなら支度をして欲しいと、
母の所に東名を出たところで電話をしました。
ドライブが好きですし、日用品や食品を買いに行きたいと言っていましたから、
お墓参りを終えてそのまま買い物に行く方が効率的と思ったのです。
家に着きましたら、マッサージ器に座り込んでいます。
門を開けに行ったら苦しくなってしまったと言います。
・・・・・それでも一緒に行きたいと言います。
時間で霊園の入り口は閉まりますし、雷の音がだんだん大きくなってきています。
行くなら早くしないと・・・、待って居る?と言いましたら、
お墓参りをしないで車で待っているから、行きたいと母親。
走り始めてすぐに雨がポツポツ降り出して・・・。
霊園の近くでお花を買い、お墓の前に着いたときはかなり雨が降っていました。
父のお墓とあるじのお墓を大急ぎで綺麗にしてお花を入れました。
母はやっぱり歩けないと言って車に居ましたから気が急きました。
車から見た富士山よりもっと近くなり、
全景ではありませんが美しい姿を見せてくれてました。
さっきの白い雲はありませんでしたが、大きな入道雲が傍らに出来ていて
夕陽が雲の上から富士山の頂上と入道雲を薄いピンク色に染めていました。
こんな雷が鳴って雨が降っていますのに・・・、嬉しいです。
去年富士山を登ったときの興奮して話していたことを思い出しました。
今日(21日)は母の生活支援で早朝から頑張りなんとか完了。
後ろ髪を引かれる思いでしたが、午後7時半頃帰宅しました。
2泊しても帰るときはやっぱり同じ、否もっと後ろ髪引かれ
母はもっと依存してくるでしょう。
「あなたが此処に来て一緒に住んでくれれば良いのよ」と母が言いました。
「お母さんの家は大森でしょう?ここは遊びの家だったでしょう?」と言うと無言。
子どもも親戚も居ないこの地に何故こんなに拘るのか・・・。
どうするのが一番良いのでしょうか・・・、悩みます。
東名の富士インターで降りて、西富士有料道路をはしり
新富士五合目に向かう、ルート180を走ります。
富士山を真っ正面に見ながら走ります。
昨日は全景は見られませんでしたが雪のない青い富士山を見ました。
白い雲が富士山の頂上あたりにかかり、
その雲のシルエットが富士山に影を落として・・・。
とっても綺麗でした。
私は一人で富士山に向かって走っている、あるじはあの富士山の裾野に眠っている・・・。
寂しくないのかしら・・・、やっぱり寂しいのでしょうね。
着いたらすぐお墓参りに行きたいので一緒に行くのなら支度をして欲しいと、
母の所に東名を出たところで電話をしました。
ドライブが好きですし、日用品や食品を買いに行きたいと言っていましたから、
お墓参りを終えてそのまま買い物に行く方が効率的と思ったのです。
家に着きましたら、マッサージ器に座り込んでいます。
門を開けに行ったら苦しくなってしまったと言います。
・・・・・それでも一緒に行きたいと言います。
時間で霊園の入り口は閉まりますし、雷の音がだんだん大きくなってきています。
行くなら早くしないと・・・、待って居る?と言いましたら、
お墓参りをしないで車で待っているから、行きたいと母親。
走り始めてすぐに雨がポツポツ降り出して・・・。
霊園の近くでお花を買い、お墓の前に着いたときはかなり雨が降っていました。
父のお墓とあるじのお墓を大急ぎで綺麗にしてお花を入れました。
母はやっぱり歩けないと言って車に居ましたから気が急きました。
車から見た富士山よりもっと近くなり、
全景ではありませんが美しい姿を見せてくれてました。
さっきの白い雲はありませんでしたが、大きな入道雲が傍らに出来ていて
夕陽が雲の上から富士山の頂上と入道雲を薄いピンク色に染めていました。
こんな雷が鳴って雨が降っていますのに・・・、嬉しいです。
去年富士山を登ったときの興奮して話していたことを思い出しました。
今日(21日)は母の生活支援で早朝から頑張りなんとか完了。
後ろ髪を引かれる思いでしたが、午後7時半頃帰宅しました。
2泊しても帰るときはやっぱり同じ、否もっと後ろ髪引かれ
母はもっと依存してくるでしょう。
「あなたが此処に来て一緒に住んでくれれば良いのよ」と母が言いました。
「お母さんの家は大森でしょう?ここは遊びの家だったでしょう?」と言うと無言。
子どもも親戚も居ないこの地に何故こんなに拘るのか・・・。
どうするのが一番良いのでしょうか・・・、悩みます。