歩かない旅人

 彼がなした馬鹿げたこと・・・彼がなさなかった馬鹿げたことが・・・人間の後悔を半分づつ引き受ける。ヴァレリー

司馬遼太郎が抱いた「日本への深い愛情」

2017-06-26 09:54:18 | 産経新聞の記事から抜粋

 

 

         

 


  産経新聞今朝の一面には、都議選の世論調査みたいなものが載っています。意外に思ったのは小池百合子率いる、都民ファーストが第一党になるという結果が出ていました。ネットとはま反対の、小池人気に、何かメディアの作為が感じられますが、産経新聞よお前もかという感じです。

  都民、第1党うかがう 「小池勢力」で過半数の勢い 自民は下落歯止めに躍起

  小池百合子都知事には公明党も協力を表明し、目立たぬように共産党とも手を結びました。と議会選挙は国政選挙に大きな影響力を及ぼすと言われていますが、何やらゴチャゴチャして、取り留めのない、賢い結果は見込めない状況です。

  そんな中、遠く明治の時代にとんだ、新保氏の書いた「正論」を書き残しておきたくなりました。ずいぶん司馬遼太郎氏の作品は読みましたが、明治期を通して、日本人の素晴らしさを、燃え上がる情熱で何本も書き残しました。日本に訪れた素晴らしい一時期だったと思います。

  司馬史観が、一時もてはやされましたが、最近疑問点が指摘され、往時の信者は減りましたが、それでも日本をこの上なく愛し続けてきた、日本を代表する国民作家のひとりには違いありません。


 

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【正論】 産経新聞・平成29年6月26日 (月) 付

司馬遼太郎の「明治」とはなにか 今日の日本は「圧搾空気」が抜けてしまった 

     

   文芸批評家・都留文科大学教授・新保祐司


  

  過日、横浜市のそごう美術館で開催されている「没後20年 司馬遼太郎展『21世紀“未来の街角”で』を見に行った。『坂の上の雲』の愛読者としては、日本海海戦のときの旗艦「三笠」を描いた「三笠艦橋の図」などを感銘深く見たが、

  その他にも司馬文学をめぐって感興を新たにするものが多く展示されていた。『街道をゆく』シリーズが並べられたコーナーには、実際に歩いた街道を示した日本地図が置かれていた。


  ≪「圧搾空気」が国家を支えた≫

 

   島崎藤村の歴史小説『夜明け前』について、小林秀雄が「感服した」こととして、「作者が日本という国に抱いている深い愛情が全篇に溢(あふ)れていること」を挙げたが、会場を歩きながら感じたのは、司馬さんの「日本という国に抱いている深い愛情」であった。


   日本人の仕事は、その分野が政治であろうが、実業であろうが、はたまた言論であろうが、かくの如(ごと)く「日本という国に抱いている深い愛情」が中心にあるものでなくてはならないのではないか。

    

   会場の最後のところにNHKスペシャル「太郎の国の物語」をもとに編集した映像を流していたのが、とても面白かった。6分ほどの短いものであったが、司馬さんはあの独特の語り口で明治について印象深く語っていた。

    

   司馬さんは明治という時代、あるいは国家は「世界史の中の一つの奇跡」と言っていた。これは、明治の偉大さ、栄光を的確に表現したものであろう。明治という時代には、何か絶対的な偉大さというものが感じられるからである。

   そして、「圧搾空気」という面白い言葉を使って、明治という国家は、この「圧搾空気」というものに乗っかっていたから、しっかりと立っていたのだと言っていた。この「圧搾空気」とは、道徳的緊張感によって「圧搾」された時代の気風であり、その硬い精神的強さというものが、明治という国家を支えていたのである。


  ≪「干からびてしまった」精神≫

 

   さらに、日本人の心の故郷といえば、侍の自らを律する精神、節度であり、これは江戸時代の武士道から来ていると語っていた。この武士道が時代の気風を「圧搾」する大いなる要素であったのである。

   しかし、明治の末頃から明治の精神は「干からびてしまった」と司馬さんは慨嘆し、内村鑑三や新渡戸稲造における豊潤さも何もなくなっていったと続けていた。

      

   ここで、内村鑑三や『武士道』の著者・新渡戸稲造の名前が出てきたことは、とても印象深く、この「太郎の国の物語」をもとにした著作『「明治」という国家』を読み直してみる気になった。

  

   今回再読して、第7章「『自助論』の世界」が、最も「明治の精神」の核心を突いているように感じられた。この章では、スコットランドの思想家・スマイルズの『自助論』を中村敬宇が訳した『西国立志編』のことが取り上げられている。

   「明治時代を象徴する本を一冊あげよ、といわれれば『西国立志編』つまりサムュエル・スマイルズの『自助論』がそうでしょう」とされている。

   「太郎の国の物語」の映像の中で、司馬さんは明治の気風がプロテスタンティズムと似ていたというような話をしていて、ハッとさせられたが、この本の中では、この短い発言の意味が次のように説明されている。


   「“明治国家とプロテスタンティズム”明治日本にはキリスト教はほんのわずかしか入りませんでしたが、もともと江戸日本が、どこかプロテスタンティズムに似ていたのです。これは、江戸時代の武士道をのべ、農民の勤勉さをのべ、また大商人の家訓をのべ、

   さらには町人階級の心の柱になった心学をのべてゆきますと、まことに偶然ながら、プロテスタンティズムに似ているのです。江戸期の結果が明治国家ですから、これはいよいよ似ている。ただし、決定的に似ていないところがあります。ゴッドとバイブルをもっていない点です」

  

   司馬さんは、その慧眼(けいがん)から日本の歴史や日本人に対して鋭い指摘を数多く残しているが、この「明治国家とプロテスタンティズム」をめぐっての洞察は、その最たるものの一つであろう。「明治の精神」の特性を見事にとらえている。これが、「圧搾空気」の源泉であったからである。

 

    ≪日本への「深い愛情」が必要だ≫

 

   翻って思うに今日の日本は「圧搾空気」が抜けてしまって、べったりとしている。垂直性を失っている。「戦後民主主義」においては、「軟らかい」ということが肯定的に唱えられて、硬いものは排除されていった。しかし、今や時代の気風を「圧搾」する硬いものの価値を見直すべきであろう。

   昭和の国民的作家・司馬遼太郎が、明治を「世界史の中の一つの奇跡」と評したことの意義は極めて深い。来年、明治150年を迎えるに際し、国家を支える「圧搾空気」を形成していかなければならない。

   そのために必要なのは、「日本という国」に対する「深い愛情」と明治という時代についての遥(はる)かなる回想なのである。(文芸批評家・都留文科大学教授・新保祐司 しんぽゆうじ)



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   明治期の日本の知識人の軌跡は、外来語を日本語に翻訳し、それを定着させたことです。科学や化学、社会や会社、電機や伝記、今チャイナで使われている日本製莞爾は0%を超えると言います。それだけではなく、どこの国の言葉も日本語に訳したと言います。今や日本だけが一番外国の書物を読むことが出来るということだそうです。

   どこの国の学術書でも、日本語さえわかれば読むことが出来る、こんな国は日本以外ないのではないのでしょうか。しかも明治のそれらを開拓した人々はそのほとんどが先駆者は寺小屋育ちで、これらの知識を得たということは世界の軌跡だとも思います。


   それに引き換え、今の民進党や共産党の体たらくは、これが同じ日本人かと思わずのけぞるくらいに驚きがっかりします。国を愛するということがまるで罪悪のような教育がなされ、甚割と日本という国を解体しようとした、戦後のGHQの目的は半ば達せられようとしています。しかもその最高学府東大法学部の堕落は目に余ります。

   誇り高き歴史を持っている日本。それを貶めようと特定アジアの国々は、盛んに日本の中に入り込み、あるいは世界に向けて発信しています。中身を失った日本のメディアはそれが正義だと勘違いし、それらに協力をする情けない姿が今の日本でしょうか。

   



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