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 テレビが「放送法4条撤廃」のニュースを報道したくない裏事情

2018-05-24 10:02:52 | IRONNAから記事を拾う

 

     

 

   又朝日新聞とNHKがはしゃぎだしたと聞きますが、何が問題なのかさえ面倒くさくなるほど加計学園問題の、新しい資料が見つかった、これで安倍首相も終わりだとばかりに新聞は書きたてましたが、ネットによって瞬時に、これがフェイクニュースと見破られました。

   もうこの問題は終わっている筈ですが、なんとしても安倍首相の首を取るまでは、益々有ることない事報道しまくりそれをテレビが、連日一方的に安倍首相は真実を語っていないという印象を植え付けるコメンティターをそろえ、その敵対行動はまるで日本の敵扱いです。

   今やテレビ界は無敵だと思われていた時代からパソコンの普及により地上波テレビの欺瞞さが次々に暴露され、あのNHKもが何遍も基礎を起こされるような。偏向放送を繰り返し、しかも今現在も続いています。

   米国では1987年、日本の「政治的公平性」に相当するフェアネス・ドクトリン」(公平原則)が撤廃された。その結果、イデオロギーを前面に押し出して人々の感情に直接訴えかけるような偏った報道が増えた。と書かれているようにアメリカでは放送法4条にあたる部分がなく自由だと言います。

   もともと政治的公平性などは建前で、厭らしいまでの偏向放送が幅を利かせていました。名前だけの公共性など取っ払って自由に好き勝手に自分たちの主張を前面に押し出す地上波テレビ時代なんて夢見たいです。

 

 

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   産経ニュースIRONNA欄より抜粋

 テレビが「放送法4条撤廃」のニュースを報道したくない裏事情

   

               吉野嘉高

       (筑紫女学園大学教授、元フジテレビプロデューサー)

 

 

   最近面白いテレビ番組がないと嘆いている人は、もしかしたら、魅力的な提案だと思っているのかもしれない。それが、安倍晋三首相が検討している放送事業見直し案である。

 

   狙いの一つは、放送と通信の垣根をなくして放送事業者とインターネット事業者が競い合うことで、より質が高く多様な番組が提供されることである。確かに、この狙いは「自由競争による質の向上」という点で分かりやすく、一般の人にも受け入れられそうだ。

 

   しかし、そんなきれい事ばかりではない。裏にはしたたかな計算も隠されている。この案では、放送事業に新規参入を認めるだけではない。一部報道では、放送局に「政治的公平性」を義務付けた放送法4条の撤廃も検討され、政府内にはそれを明記した文書が存在していたという。

 

   だが、報道後に行われた政府の規制改革推進会議(大田弘子議長)では、放送法4条撤廃について明示されなかった。それでも、財務省の決裁文書改ざん問題で

   テレビ報道が安倍政権への批判を強めているタイミングで、放送事業の構造やルールを大きく変える案を検討していたのは、テレビ各局に対する「牽制(けんせい)球」のようなものであろう。

 

   こう書くと、「裏付けはあるのか?」「印象論にすぎない」といったツッコミがありそうだが、これまでに政府や自民党は、現政権に批判的な報道があった場合、何度もテレビ局に「牽制球」を投げてきた経緯がある。今回も同じ意図があったと推測するのは当然である。

 

   例えば、2014年11月18日の衆院解散後、TBS系ニュース番組『NEWS23』に出演した安倍首相は、アベノミクスに対する一般市民の厳しい声が放送されると、「これ全然、声が反映されていません」と気色ばんだ。後日、自民党は在京のテレビ各局に対して、

   選挙報道の公平中立を求める文書を送付した。出演者の発言回数や時間、街頭インタビューの使い方など、こと細かに配慮を求めることで露骨に牽制したのである。

   

 

   これだけではない。2015年4月、自民党の情報通信戦略調査会がテレビ朝日とNHKの幹部を呼んで、番組内容に関して事情聴取を行った。2016年には、放送事業を所管する高市早苗総務相(当時)が政治的な公平性を欠く放送を繰り返した場合、電波停止を命じる可能性にも言及した。

     政治的な公平性を欠く放送を繰り返した場合、電波停止を命じる可能性に言及した高市早苗総務相=2016年2月(酒巻俊介撮影)

   政府・自民党は、ことあるごとにテレビの報道内容にくぎを刺してきたのである。その経緯を踏まえると、財務省の決裁文書改ざん問題でいらだった安倍首相が、

   放送制度改革案でテレビ局に揺さぶりをかけるため、総務省内でまだコンセンサスがない放送事業見直しに言及したと考えるのは決して不自然ではない。

 

   テレビ局への苦言は、主に報道の公正や中立を求めるもので、法的根拠としては放送法4条に規定されている「政治的公平性」の原則などが挙げられる。しかし、法律専門家の多くは、この4条を行政処分などが可能な「法規範」ではなく、テレビ局が自律的に努力する「倫理規範」ととらえている。

   これまでのように、4条を根拠に政府や自民党が番組内容にモノ申すことは言論介入であり、極めて不適切だとするのが大勢の見方なのである。

   驚いたことに、この放送事業見直し案では、テレビ報道を牽制するためにフル活用してきた放送法4条の撤廃も視野に入れている。180度の方向転換である。

 

   米国では1987年、日本の「政治的公平性」に相当するフェアネス・ドクトリン」(公平原則)が撤廃された。その結果、イデオロギーを前面に押し出して人々の感情に直接訴えかけるような偏った報道が増えた。

 

   次第に米国民の議論は過激なものになり、互いに激しい批判を繰り広げるうちに社会は分裂し、メディアへの信頼も低下した。そんな中、トランプ大統領は主要なテレビ局などをトランプ支持者にとっての「共通の敵」として設定することで政治的求心力を高めようとしている。

 

   日本でも放送法4条を廃止した場合、米国と同様にテレビ報道が分極化を強め、極端な言説やフェイクニュースがあふれかえり、テレビへの不信感が一層強くなる可能性がある。安倍政権は、トランプ大統領のように「メディア不信」を利用して自らの支持基盤を強化することを狙っているのかもしれない。

   勝手な推測かもしれないが、安倍首相の朝日新聞への批判や、麻生太郎副総理兼財務相の「森友の方がTPP11より重大だと考えているのが日本の新聞のレベル」といった発言などを考慮すると、かなり現実味を帯びてくる。

    

 

   また、安倍首相は2013年6月、インターネット動画サイト「ニコニコ動画」に出演し、動画を見て書き込みをする層を「保守派が圧倒的ですから」とも発言したという。

   この発言から考えると、通信事業者が放送に新規参入すれば、現政権の支持者を増やすことができるというしたたかな計算があったのではないか。

 

   放送事業見直し案に関しては、在京民放キー局5社の経営トップが反対姿勢や疑念を示した。しかしながら、この問題に関する現場レベルの反応は鈍く、テレビニュースで積極的に取り上げているようには思えない。

 

   公共性が高い情報なのに、なぜ伝えないのか。テレビ報道の現場社員であれば、こんな言い訳が考えられる。

    2017年9月、横浜市内の家電量販店では安倍首相の解散表明会見を報じるテレビに来店客が見入っていた

   業界構造全体が変わるようなニュースは自分の手に余る。幹部の指示がないと放送できない。指示がないのだから放送しなくても自分の責任は問われないだろう。

   下手に放送すべきと進言すれば、空気が読めないダメなやつと思われるかもしれない。ひとまず他局の動きを見よう。他局も報道しないならば、このニュースは無視しよう。

 

   私がいまだに現役テレビマンだったとしても、こう考えただろう。財務省の決裁文書改ざん問題で「忖度(そんたく)」の有無について、まるで他人事のように報道しているが、安倍政権の顔色をうかがう体質はテレビ業界も同じだからである。

   安倍政権の意向に反したことを放送すれば、政府や自民党から「牽制球」を投げ込まれる。そうなれば、テレビ局によって対応の差はあるものの、社内で対応に苦慮し「面倒なことに巻き込まれる」という恐怖感が番組スタッフや記者の萎縮につながっているのではないだろうか。

 

   放送内容の是非は考慮されず、社内で「面倒なこと」を生じさせた責任を問われる可能性さえある。だから、テレビマンは見て見ぬふりをして自主規制するのである。

 

   例を一つ挙げよう。前述したように、2014年の衆院選の際、自民党は在京のテレビ各局に選挙報道に公正中立の配慮を求める文書を送った。その後、衆院選を伝えるテレビ報道が激減したのである。

   テレビ番組の内容を分析するエム・データ社によると、2012年の衆院選と比べて放送時間が約3分の1に減っていたという。

 

   テレビ局の「触らぬ神にたたりなし」の「事なかれ主義」がはびこり、自主規制につながった可能性が高い。報道の自由という観点からも、番組内容を牽制する自民党の姿勢は問題だが、それにひるんで自主規制してしまうテレビ局も弱腰すぎてフォローのしようがない。

 

   放送法4条はテレビ各局にとって「もろ刃の剣」である。政府・自民党からの「牽制球」にもなるし、「偏向報道の抑止力」として機能する場合もある。メリットがあればデメリットもある。

 

   だからこそ、4条撤廃は軽々に判断されるべきものではなく、慎重な議論が必要である。撤廃したとして、行政当局が表現を規制をするのか。放送倫理・番組向上機構(BPO)のように表現の自由を確保しながら、

   苦情や放送倫理上の問題に対応する第三者機関も廃止になるのか。他にも、報道の自由を守るための論点は多い。

 

   にもかかわらず、これまでテレビ報道の現場は「事なかれ主義」で、安倍政権がこれまでにテレビ局を牽制してきたことをほとんど報じていない。だから、多くの視聴者は政府とテレビ局の間で何が起きているのか、さっぱり理解していない。

     規制改革推進会議の作業部会に臨む民放連やNHKの役員ら(右側)=2018年4月26日、東京都千代田区

   放送法4条を撤廃することの重大さを考えると、テレビ局の役員や幹部、現場の報道担当者はここで覚悟を決めて、視聴者にこの問題をきちんと伝えるべきだと思う。

   各民放の経営トップが放送事業見直し案に反対を表明するだけでは、新規参入業者を拒み既得権益を守ろうとする「オールドメディア」という印象を残してしまうかもしれない。

 

   むしろ、これをきっかけにニュース番組で、これまで安倍政権がテレビ各局にしてきたことをつまびらかにした上で、放送への新規参入や放送法4条撤廃の是非を問うのはどうか。

   これまでの「事なかれ主義」を打破して、政府とテレビ局のまっとうな関係とはどういうものなのか、今こそ問題提起するタイミングである。

 

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   今テレビ関係者は慌てています。世論を作り出す役目はネットに変わられようとしていますし、これだけの労力と時間を使って安倍降ろしに野党とタッグを組んで立ち向かいながら、野党の支持率は下がり、テレビ局の利益は減りだしているのです。

   電波オークションとともに放送法四条の廃止が議題に乗りだしたら、日本テレビの渡辺恒雄社主が猛烈に反安倍を唱え始め、日本テレビは比較的安倍首相に対しては常識的でしたが敵に回りました。

    

   日本に巣食う戦後既得権益者をあぶりだし、ひとつづつ正さなければなりません。悪いものは潰すしかありません。今までその上に胡坐をかいていたのが政治家でありメディアだったのですが安倍首相には私心がありません。こういう人が首相になったという事さえ奇跡だと言えるかもしれません。

 

 

 

 

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