ことばを鍛え、思考を磨く 

長野市の小さな「私塾」発信。要約力、思考力、説明力など「学ぶ力」を伸ばすことを目指しています。

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イメージする力

2005年07月31日 | 「教室だより」から
以下の文章は塾の「教室だより」8月号に載せたものです。
保護者、生徒向けなのでいつもの記事とは若干色合いが異なりますが、その点ご了承願います。

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ブログを開設してから、全国のいろいろな教育関係者(塾や学校の先生ほか)の意見を拝見したり私の記事にコメントをもらうことで、毎日たくさんの勉強をさせてもらっています。
そんな中で最近特に刺激を受けて考えていることをご紹介します。

「どんぐり倶楽部」という教材(学習法)をご存知でしょうか?
小学生の算数が中心ですが、塾などの形ではなく、教材はインターネットを通じて直接販売されています。
この学習法の一番の特長は、計算ドリルや百マス計算による単純反復学習に異を唱え、良質な文章題をじっくり解くことを重視している点にあります。
機械的な計算や暗記、公式ばかりに頼った学習をしている子は考えるのが苦手になる、というより考えようとしなくなる。文章題を読んで絵や図を描き、数値を書き込み、試行錯誤して考えてみれば、習っていない計算を使う問題でも解ける…ということです。
実際、ここの文章題は絵にしやすい、イメージを膨らませやすい楽しい問題であり、詩的でさえあります。

※私のブログ(2ページ参照)にリンクを貼ってありますので、興味のある方はぜひ一度ここのホームページを訪問してみてください。本の販売もしています。

私も小学生はもちろん、中学生にも文章題は図を描けと言っていますが、苦手な子ほど描こうとしませんね。ただボーッと問題文を眺めているだけです。
描かせてみてもまともな図が描けません。
問題文に書かれてあることが頭の中にイメージできない(図化できない)のです。
方程式だと定番の文章題のパターンがいくつかあるので、中にはそのパターンごとに式の立て方を覚えている子もいますが、よく聞いてみると本質は全然わかっていない…だからちょっと問題をひねられるともう対処できないという結果になります。

関数や図形でもまずイメージを掴むことが第一。
この「イメージする力」はどの教科にも必要だなと感じていたら、別のブログではこの力を「ビジュアル化能力」と言っていました。
書いているのは学校の先生です。
生徒に例えば「ワニの腕立て伏せ」「カメの腹筋(運動)」と言って笑うかどうかで、その子のビジュアル化能力がわかる。
これが弱い子が増えていて、そういう子は聞いたり読んだりした「言葉を言葉のまま記憶する」ので、テストでは点が取れることもあるが、本当は全く理解できていない…ということでした。

問題を解く途中で立式や計算に間違いがあり、とんでもない答が出ても、何の疑いもなく平然と解答欄に書く子が少なくありません。
たとえば歩く速さが時速200mとか300kmだったり、鉛筆が1本560円だったり、男子の生徒数260人に対して女子が9人だったり…。
これもイメージが全くできていない証拠だと思います。
中学生であっても、図がまともに描けない場合は絵でもいいから自分で描くようアドバイスしなければなりません。

関ヶ原の戦いについての記述を読んだときに、東軍と西軍の大群がそこかしこで戦いを繰り広げる絵図が目に浮かぶ、雲のでき方を勉強したら真夏の入道雲や夕立の映像が頭をよぎる…そんな子は間違いなく楽しみながら、しかも効果的な学習をしているはずです。

これまでも度々書いてきたように、私はずっと言葉を豊かにすることを方針の一つに掲げてきました。
語彙が多くなれば読解力、要約力が高まり、思考力や表現力も伸びると考えているからです。
その方針は今後も変わりませんが、そこにイメージが伴わなければ、いくら知っている言葉を増やしても意味がないという思いを強くしています。
本来言葉はイメージを伴うもののはずですが、テストのためだけなら言葉そのものだけを暗記できますもんね…。
そうならないよう、これまで以上にひとり一人との対話を多くし、生徒が真の理解に迫れるよう手助けしていきたいと思います。


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器の大きさ

2005年07月30日 | 日々雑感
あなたが自分の意見や主張、信条などを看板や垂れ幕に書いて世にアピールしているとします。
塾の宣伝文句やキャッチフレーズを考えてもいいですね。
ある日それが落書きで汚されていたら、あなたはどういう対応を取りますか?

私なら間違いなく頭にきて文句を言いながら、消せるものなら綺麗に消す、消せないのなら新しいのを作る...という行動をとるでしょう。

異なる意見にも耳を傾け、お互いを尊重し合うことが民主主義の原点である...なんてきれいごとで済ませられる問題じゃない!...とほとんどの人が考えると思います。
そんなことをした相手の考え方も理解するなんて神様じゃないんだから...。

ところがそんな神様のような対応をした人物が長野県にいます。
上田市の戦没画学生慰霊美術館「無言館」館主の窪島誠一郎氏です。

今年6月18日朝、無言館の屋外にある戦没画学生の慰霊碑「記憶のパレット」に、赤ペンキが幅1mの帯状にかけられているのが見つかりました。
まもなく溶剤などを使ってペンキの除去が始まり、このほど修復が終わりましたが、その際、一部のペンキを敢えて消さずに残したというのです。

窪島氏はペンキを残した理由について次のように話されています。

「無言館は一方的な思想を伝えるのではなく、多様な考え方の中にある美術館。表現方法は貧しいが、いろいろなものの考え方のすべてを否定できない」

何という器の大きさ!
...私もこんな人間になりたいと強く思います。
まだ訪れたことのない無言館、この夏ぜひ行ってみたいものです。

p.s.今夜の「報道ステーション」で偶然無言館のことやってましたね...。


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climb down

2005年07月27日 | ことば・国語
今日は言葉と言っても英語のお話。

2~3年前、私は英語の多読学習にハマっていました。
「SSS多読学習」という方法、ご存知でしょうか?
電気通信大学の酒井教授が提唱&実践されていて、秘かな広まりを見せている英語学習です。(←SSS英語学習法
基本は簡単な英文から始めて、とにかくたくさん読むこと。
読む本はGraded Readers(英語学習者用段階別読み物:oxfordなどのシリーズあり) のほか、ネイティブ向けの絵本やペーパーバックなど何でも...。

教科書英語と違って生きた表現が多いので、幼児向けの絵本でも知らない単語が結構あります。
でも、この学習法は

1.辞書は引かない (引かなくてもわかる本を読む)
2.分からないところは飛ばして前へ進む(わかっているところをつなげて読む)
3.つまらなくなったら止める (1、2の原則で楽しく読めない本は読まない)

...が3原則なのです。
いちいち辞書を引いたり日本語に訳していると流れが止まってしまう、それよりストーリーを追うことを優先して楽しく読もうということです。

100万語読もうというのが一つの目標なのですが、私は2年で200万語を越えたところで現在は休止中。
一時生徒にも読ませて、塾には200冊以上の「原書」があるのですが、こちらも今は余裕がなくてできていません。

辞書を引きたい気持ちをグッとこらえて原則通り実践してみると、確かに経験を積むにつれ、知らない単語や表現でも「何となくこんな感じかな?」という類推が働くようになります。
それが楽しくて続くんですね...。

そんな中で初めてお目にかかったとき面食らったのが climb down です。
climbは「登る」とばかり覚えていた私は、なぜそこにdownが付いているのか、どういう意味なのか見当もつきませんでした。

でも例によって辞書を引かず保留にしておいたら、その後いろいろな本のいろいろな場面で、同じ表現や似たような言い方に出会うことになりました。

塀をclimb down、はしごをclimb down、車にclimb into...。
で、ある日、ボートにclimb down intoを読んで、「あっそうか!」と納得しました。

はしごを登るときの、手と足を使って「よじ登る」イメージ、這いつくばってしがみつくイメージ...これがclimbではないか...?
車やボートに乗り込むときも同じような姿勢になりますよね。
climb自体はそういうイメージの単語で、そこにupやdown、intoが付いて動作にバリエーションが出てくるのではないかと...。

その後英和辞典や英英辞典で調べても今一つすっきり解決はできていないのですが、少なくとも私にとってのclimbはそういう単語になりました。

とすると、山に登る場合も、よじ登る必要のないハイキング程度のときはclimbは使わないんでしょうか?
ネイティブに確かめてみようと思いつつ、機会を逸しています。
もしご存知の方がいらしても、教えないでくださいね!
...自分で解決するのが楽しいので...。

生徒たちにもまた多読勧めてみようかな...。
以前3万語くらい読んだ子は「日本語を介さずにわかる」感覚が少しつかめたと言っていたので...。
因みにいまの中学の教科書は3年分でやっと1万語くらいだそうです。
この量で新たな言語を学ぼうというのは、ずいぶん無謀な試みだと思いませんか?

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目立ちたくない!子どもたち

2005年07月26日 | 学習一般
「近ごろの子どもたち『目立ちたくない!』」という記事を見つけました。
7月14日の日経新聞掲載だそうです。

日経生活面

最近の子どもたちはリーダーになるより気配りを重視し、アニメなどのキャラクターも脇役に人気が集まっているとのこと。
ドラえもんやのび太よりスネ夫、アンパンマンよりバイキンマンだとか...。

大人がドラマのシブーイ脇役を評価するのとは次元が違うと思います。
「気配り」ってサラリーマンじゃないんだから...。

彼らにはホリエモンは「不器用」に見えるようです。
もっと器用にスマートに生きて行きたいということでしょうか...。
世渡り上手になりたいってこと?

今からそんなに小さくまとまってどうするの!

この記事では小学校の運動会や幼稚園の発表会(昔の学芸会)における、大人の側の「目立たせない配慮」が一因ではないかと分析しています。
例の「みんなで手をつないでゴール」とか、主役を複数で公平に演ずるとか、そもそも際だった主役のいない劇を選ぶとか...の誤った「平等」施策ですね。

これは当然、以前書いた子どもの自信のなさにも関連してくると思います。
「出る杭」が叩かれる世の中では、「人と同じことをしている方が楽」という横並び意識が蔓延し、率先して何かをやるというのはダサいことと見なされているのでしょう。
周りばかり気にして、波風立てぬようにと振る舞っていては、自信なんか生まれませんよね...。

日本の学校教育はいったいどんな人間を育てようとしているのでしょう?
幼い頃から人と違うオリジナリティを持つことを奨励し、プレゼンテーションやディベイトも積極的に授業に採り入れている欧米の教育とのギャップに愕然とします。

そもそも大人自身が、自分の生き方、考え方に自信ない人が多いのかな...。
流行ばかり気にして人と同じ格好をしたがる大人、新しいというだけで次から次へ物を買い換える大人、そしてテレビや新聞の報道を鵜呑みにして総バッシングに走る大人...。
自分の頭で考えず、外部に思想や行動の指針を求める大人が溢れています。

そんな大人を見ている子どもたちが「みんなと同じように」と考えるのは自然の流れです。
自分だけ違う意見を言ったり浮いた行動を取って、もし失敗したらどうしよう...という意識が働くのだと思います。

気配りに満ちた子どもにすることも大切ですが、今私たちが力を入れるべきは、泥臭くても逞しさのある人間を育てることだと確信しています。

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種なしスイカ

2005年07月25日 | 日々雑感
昨日の日焼けのあとが軽度のやけど状態です。
半袖シャツの袖口がちょっと触れただけで痛い!
薬塗っとこうかな...。

今朝何気なくラヂオを聴いていたら、「夏休み子ども科学電話相談」をやってました。
こういうのって大人も結構ためになるので好きです。

ちょうど話題に上っていたのが種なしスイカのこと。
そう言えば昔はともかく、ここのところ種なしスイカなんて食べてないなぁ...と思っていたら、今は種なしのシェアはわずか2%だそうです。

なんでも、普通のスイカの種から芽生えた双葉にコルヒチンという薬を塗って4倍体のスイカを作り、それと普通のスイカを掛け合わせると種なしができるそうです。

ところがその薬が高価でスプーン一杯分で1万円くらいするとか...。
さらに、前述のように種なしを作るためには普通のスイカも並行して作らなければならず、手間と採算の面で生産者が減っているということでした。
どおりで見かけないわけです。(昔はもっとありましたよねぇ?)

確かに種は邪魔ですが、スイカはガブッと食べてペッと種を吹き飛ばすのが醍醐味とも言えるので、種なしは物足りない面もあります。
ラヂオでは「絵に描いたときに種がないと今一...」というようなことも言ってました。

ま、もともと種がないというのは不自然には違いないので、そういう神を欺くような行為は長続きしないということでしょうか...。

でも種なしブドウは出回ってますよね...。
こちらはジベレリン処理をするだけなので簡単なようです。
ジベレリンは植物の成長ホルモンの一つなので害もないということですが、
遺伝子組み替え植物のようでなんか不気味...と思う私は古い人間でしょうか...?

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数量音痴

2005年07月24日 | 学習一般
今日は朝から家族で、高校野球長野県大会の準決勝を観戦しに松本市まで行って来ました。
毎年決勝戦を観に行っていて、今年も本当は今日が決勝のはずだったのですが、準々決勝の1試合が引き分け再試合になり日程がずれてしまったのです。

2試合ともいい試合でしたが、しかし...真夏の試合観戦は1試合が限度です!
とにかく暑い!
むき出しの肘から先だけが、海に行ったように真っ赤っか...ヒリヒリしてます。
そう言えば、子どもも大きくなったし、なんせ海が遠いので、海水浴なんか何年もしてませんねぇ...。

さて、本題です。

ときどき1mを10cmとか1000cmで計算している子を見かけます。
驚くことに中3でも珍しくありません。

で、そういう時にはまず聞いてみます。
私の思惑としては、

①「1mってどれくらい?」(→両手を広げて「このくらい」と示させる)
②「じゃ1cmってどれくらい?」(→今度は指で示させる)
③「じゃ1mの中に1cmが何個あると思う?」(→10でも1000でもなさそう...100個!)


...となってメデタシメデタシになるはずなのですが...どうもいけません...。
なにしろ①がでたらめなので...。

生徒が思っている1mは、大体において実際より不足気味です。
かなり短く、40~50cmしか手を広げないで「(1mは)これくらい」という子もいます。
え~っ...自分の身長で考えてみろよ...。
それじゃあ1m=100cmって実感できないよね...。
ただ丸暗記してただけでしょ...。

という展開になってしまって最初の思惑は見事にはずれ、結局1mの実態(そんな大袈裟なものか!)をわからせることから始めることになります。フーッ...。

長さばかりでなく重さ、嵩(かさ)、角度や時間、速さなど、いろいろな数量感覚がおかしい子が増えているように感じます。
どう見ても90度以上ある角度を、平気で「60度」とか答える生徒いませんか?
数が単なる記号としての意味しか果たしておらず、量というイメージにつながっていない...。
これでは暗記や公式に頼らざるを得ないのもうなづけます。

これに関し、一昨年長野県内の県立高校(8校)で実施した調査があります。
対象は高1と高2の317名。
信濃毎日新聞に昨年掲載された、その結果の一部をご紹介します。

*6cmの線分を示し「長さは何cmくらいだと思いますか?」という問に「10cm以上」と答えたのが20%。
 正解したのは23%で、誤差1cm以内の「5~7cm」でも60%弱。
*30度の角度を45度以上ととらえたのが2割。
*「一升瓶の容積は何立方センチ?」の正解は1%。


一升瓶の問題は難しいと思いますが、他の2つは高校生にしてはお粗末...。
生活体験の不足が原因なのでしょうか?
考えなければいけない問題がまた増えました...。

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1枚でも多く...

2005年07月23日 | 忙中有閑(クイズ他)
今回は、私が日参している下記のサイトから頂きました。
そこでは私が一番に正解した問題です。

ヒラメケ!

よく見かける問題ですが、意外と盲点があるので挑戦してみてください。

内側が10cm四方の正方形の枠があります。
この中に直径1cmのコインを重ならないように敷き詰めていきます。
最大何枚並べることができるでしょう?



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おことわり

2005年07月23日 | 日々雑感
明日(24日)の朝日新聞東京本社版の「声」欄に、私の投稿が掲載される予定です。

内容は当ブログで19日に書いた記事「信念と傲慢」とほぼ同じですが、字数制限もあり、若干手直ししてあります。

その際、たくさん寄せられたコメントも参考にさせていただいたので、皆さんと私の合作的な表現になっている部分もあるかと思います。

その点、どうかご了承願います。
                                                                                         

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「すごい」撲滅運動

2005年07月22日 | ことば・国語
FM長野を聴いていたらこんな話がありました。

気をつけていないとアナウンサーがつい使ってしまう紋切り型フレーズがある。
例えば、梅雨明けを「待ちかねたように」行楽地に「どっと」人が繰り出す、
秋になると果物が「たわわに」実る、公開放送だと「スタジオを飛び出して」などなど...。

特に季節ものに多く、その時期になるとどこのニュースも新聞も同じセリフの見本市になる。
若い頃よく先輩アナウンサーに、こういう表現は極力使わず自分で別の言い方を考えろと教えられた。


 ...ざっとこんな感じです。

この話を聴いて、やっぱり実行しようと思ったのが 「すごい」の撲滅 です。

あるとき生徒の文章を見て考え込んでしまいました。
毎日興味のある新聞記事を切り抜き、それについて思ったこと書くという課題でしたが、文中にやたら「すごい」が多いのです。
ほとんど毎日、「すごいと思った」「すごかった」などの表現が出てきます。
毎日の文章にあまりにも変化が感じられないので、その子には「すごい」は一切使わず、他の言葉に言い換える努力をするようアドバイスしました。

「すごい」は便利な言葉です。喜怒哀楽のいずれの場合も「すごい」の一言で代用できます。
「ビミョー」と同じく、とりあえず(深く考えず)感想や意見を述べるには最適です。
だから、特に書き言葉では、注意しないと「すごく」鼻につきます。

 ※上の文のように「すごく悲しい」「すごい勢い」など、他の語を修飾する形はまだいいのです。
 ここでやり玉に挙げているのは、「感動した」「怖ろしかった」「残酷だった」などを「すごかった」で片づける用法です。


そこで、これを文章からできるだけ撲滅しようと思います。
「すごい」だけでなく「よかった」も対象かな?
すべてをこれで締めくくる子もいるので...。
要は一つの曖昧な言葉に頼らず、それぞれの状況にふさわしい言葉を考えることで、語彙と言語表現力を豊かにしようという魂胆です。
まずは類語辞典に親しませなければ...。

もちろん自分も参加しますよ。
今までの記事中で意識せずに多用しているかも知れませんが、

今日以降「すごい」は使わないことを宣言します!


<補足>「凄(すご)し」を調べたところ、「目に見え、耳に聞こえる物事の、ぞって身にしみて寒気を感じるようなようすについていう語」とありました。
では良い意味には使わないのかと思ったら、「ぞっと身にしみるくらいすばらしい」というのもあって、源氏物語での用例が載っていました。
そんな昔からいろいろと便利に使われていたのでしょうか?
「鳥肌が立つ」を感動したときにも使う、最近の傾向を思い出しました。


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自分を信じること

2005年07月20日 | 学習一般
昨夜のプロ野球で、横浜ベイスターズのクルーン投手が日本最速の161km/hの球を投げました。
どの新聞も今日のスポーツ欄のトップ記事はこの話題です。

巨人戦以外でテレビ(BS)で中継してくれる貴重な日と、平日で唯一9時前に帰ることができる火曜日が重なったので、阪神ファンの私はサヨナラ勝ちを信じつつ見ていました。

テレビで見ている分には今一速さの違いがわからないのですが、対戦した赤星は「150kmと160kmじゃ全然違う」と言っていたそうです。
よくバットに当ててファールにしたものです...。

ところでこのクルーン選手、今日の新聞によると、子どもの頃は貧しくて父親の顔も知らず、その後もずいぶん苦労したようです。
今は肩に「信」の字の入れ墨があるそうで、「自分のような者は自分を信じないと道を外す」という思いで頑張っているとのこと...。

昨日の記事で述べたように、自分の信念に凝り固まって傲慢になるようでは困りますが、まずは自分を信じることからすべてが始まります。

ある調査によると、日本の子どもたちには、諸外国の子どもに比べて自信のなさが目立つそうです。
河地和子「自信力はどう育つか」(朝日選書)

個人的な感覚では、中学生くらいからそういう傾向が現れてくるように思っています。
スポーツや友達付き合いが苦手...というのがきっかけになる場合もあると思いますが、やはり学業面でのつまずきがその発端になっている子が多いのではないでしょうか?

「これ違うよ」と言うと、途中式をじっくり見ることもなくとにかく全部消してしまう子。
「どうすればいいと思う?」と問いかけても、間違うことを怖れているのか、自分の意見を言わない子。
自分の答えが解答書とちょっとでも違うと×にする子。
...みんな自分の考えに自信がないのですね。

答えが正解か否かという結果だけを評価しているとこうなるような気がします。
自分はこう考えたからこういう答えを書いたんだ、どこがおかしいのか...とプロセスを分析することを大切にすれば、ここまでは合っていたとか、考え方は合っていたのに計算で間違えたとか、
少しでも自信の持てる部分が見つかるはずです。

解答書だって、先生の採点だって間違うことはあるのです。
証明など別解が複数ある場合もあります。
模範解答と違うからすぐ×ではなく、自分が解答に至った過程を客観的に分析できる、ときには問題集の間違いを指摘したり、別解を探すのを楽しめる...。
そんな中高生を育てるため、私は「あなたはどう考えたのか?」と問い続けます。

自分の思考、自分の感性に自信が持てない、自分を肯定的に捉えられないままでは、人生楽しくないですからね...。

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信念と傲慢

2005年07月19日 | 日々雑感
15日の新聞に、ある訴訟の最高裁判断が載っていました。(※以下、朝日新聞から)

2001年、千葉県船橋市の市立図書館の司書が、「新しい歴史教科書をつくる会」関係などの蔵書(計107冊)を意図的に処分。これに対し、同会と著者7人が「表現の自由などの権利を侵害された」などとして損害賠償を求めていたものです。

最高裁は公立図書館を「著者にとっても考えや意見を人々に伝える公的な場だ」と認め、独断で本を廃棄した司書の行為は損害賠償の対象になるとして、東京高裁に審理を差し戻しました。


当然ですよね...。
「つくる会」の主張については異論反論も多くありますが、自分の考えと異なる立場からの意見が気に入らないから...とそれらを抹殺するのでは民主主義は根底から崩れてしまいます。
治安維持法の時代に逆戻りです。
むしろ、「つくる会」側の主張を退けた高裁の判断の方が異常なのではないでしょうか?

これに関して、昨日の朝日新聞「声」欄に、ある大学院生からの投稿が載っていました。

同図書館は子どもへの本の読み聞かせで先駆的な役割を果たしたそうで、投稿者は件の司書の取り組みを高く評価しています。中学生のときにインタビューもして面識もあったようです。
どんな理由にせよ許される行為ではないことは認めた上で、投稿者は司書の行為の真意を「子どもと良書に尽くしていた彼女だからこそだったと私は感じる」と述べています。


これを読んで私は、この司書の傲慢さを思いました。
「子どもと良書に尽くしていた」彼女には、おそらく「子どもたちによい本を」という強い信念があったのでしょう。「誤った」考え方を子どもたちに植え付けるような「悪書」は追放すべきだという...。

でも、何を以て「良書」とするかは人によって異なるはずです。
そんなことは当然彼女もわかっていたでしょうが、どこかに「専門家である自分の判断に間違いはない」「信念を持ってやっているのだから」という気持ちがあったのではないかと思います。

そもそも、「子どもたちに良書を」というスローガン自体に、私は大人のオゴリを感じてしまいます。良書かどうかは子どもたちが決めるもの。
さらに言えば、大人、特に「専門家」が選んだ良書のみを与えるという純粋培養で、はたして子どもが逞しく育つのかという疑問もあります。

ここからは自戒。...教育でも同じことです。
「子どものために」「信念を持って」は大切ですが、その意識が高ければ高いほど、ときには立ち止まって自分が傲慢になっていないか振り返る必要があります。

自分で自分の思想や理論に酔っていないか...。

自分が良かれと思ってやっていたことが、実は子どもたちの可能性の芽を摘んでいた...とならないよう肝に銘じたいものです。


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熱くなっている頭に...ある・なしクイズ

2005年07月18日 | 忙中有閑(クイズ他)
たまにはこんなクイズも...。


 「岐阜」にあって「長野」にない。
 
 「天狗」にあって「鬼」にない。

 「クジャク」にあって「キジ」にない。



さて、何でしょう?


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中高生の語彙の実態

2005年07月17日 | ことば・国語
以前記事にした 「語彙推定テスト」の2回分をプリントアウトして、塾の中高生にやってもらいました。

もともと「知っている」の定義が曖昧な上に自己申告ですから、どれくらい正確性があるものかは疑問です。その上、何せデータ数が少ないもので、あくまでも参考程度ということで...。

結果はほぼ予想通り。
中学生で2回分とも「中学生レベル」(2万語以上)と判定されたのが2割、
高校生で同様に「高校生レベル」(4万語以上)以上だったのが4割でした。
(もちろん、残りはそれ以下です。)

実際の学年より上回ったのは、2回とも「大学生レベル」となっと高2と、
1回が「大学生レベル」になった高3の2名のみ。
一方で、中2や中3で2回とも「小学生レベル」となったり(しかも7,000語とか)、高3で「中学生レベル」と「小学生レベル」が1回ずつという例も...。

学校の成績(テストの点数)との相関関係は、「大まかに認められる」程度ですかね...。
やはり読書量に比例しています。上記の高2も偏差値的には低い高校ですが、読書好き。

それより感じたのは、語彙が少ない生徒は総じて、普段から「学習したことの定着が悪い」ということです。
つい最近学習したことなのに忘れている...ということが多いのです。
たまたまヤマが当たったり暗記に頼ることで、テストではそこそこの点を取ったりしているんですが...。

これも先に触れたことですが、テキストの説明に使われている言葉が理解できていない、教師や講師の説明も本当はよくわかっていない...ということでしょう。

だから、わからない問題を、例えば塾でアドバイスを受けながら、その時はできるようになっても、「自分の言葉で自分なりに納得できる」までに至っていないのだと思います。
極力そうならないよう、「わかった」問題の解法に至る手順を、もう一度自分の口で説明させたりしているんですが...。

テストの前日に塾でやったのとほとんど同じ問題が出たのに、全然できなかった...という例に出会うと無力感に襲われます。やはり「ことば」という根本から何とかしないと砂上の楼閣です。

もっとも、当の本人はそれほどショックでもなさそうで、それがまた悩みの種なんですが...。

<おまけ>中学生のほとんどが「ブルマー」「百葉箱」を知らないのには驚きました...。


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役に立たない(?)数学

2005年07月15日 | 忙中有閑(クイズ他)
今回は、普通の人の実生活には、まず役に立たないだろうと思われる問題です。
パズル感覚でどうぞ!

中1で円の接線について習いますね。
その際、円周上の点Aを接点とする接線は、
「分度器と定規を使って書いてみましょう」という問題が教科書に載っています。

では...

 円O(オー)の外部にある任意の点Aから、円Oに正確な接線を引くにはどうしたらいいでしょう?

→「コメント」中に正解あり。


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国語世論調査

2005年07月14日 | ことば・国語
昨日の新聞でも採り上げられていた、文化庁の04年度「国語に関する世論調査」の結果を見ての感想です。

「ヤバイ」「ビミョー」については、「想定の範囲内」でした。
私自身はもちろん「ヤバイ」を肯定的な意味で使うのは抵抗があるし、「ビミョー」もあまりにも頻繁に耳にするので、ちょっとうんざりしていますが...。

敬語についても「まあ、そんなところかな...」程度の感想でしたが、驚いたのは「汚名挽回」「青田刈り」という誤用が高年齢層ほど多かったという結果です。

なぜなんでしょう?
若い層が正解率が高かったのは、日本語がだんだん乱れてきたのでその揺り戻しで正しい日本語に対する関心が高まって来た...というのも一因だと思います。
学校教育でも本やテレビでも、まな板に乗せられる機会が増えていることが、良い影響を及ぼしているのでしょう。

では、なぜ高齢層に誤用が多いのか...?ここからは完全に想像です。
自分の日本語に自信があるので正しい表現を確かめようとする気がない?
長年使ってきたので、間違いだという情報に仮に触れていても、脳がシャットアウトしてしまって修正できないままで来てしまった?.
..う~ん...これくらいしか思いつきません。どなたか解説してください...。

それにしても、どちらも言葉や漢字の意味を考えれば間違いようがない...と思うのは私だけでしょうか?
「嬉しかったです」や「とんでもございません」のレベルなら慣用として認められるのもわかりますが、前にも書いた「一生懸命」や「青田刈り」が辞書に載っているというのは、私にはどうにも納得できないのです。


「汚名」を取り戻してどうするの!

「青田」を刈っちゃったら米できないでしょ!



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