ことばを鍛え、思考を磨く 

長野市の小さな「私塾」発信。要約力、思考力、説明力など「学ぶ力」を伸ばすことを目指しています。

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○○とは何か

2007年05月04日 | 「教室だより」から
気がつけば前回の更新から3ヶ月近くになってしまいました。
その間も辛抱強く訪れてくださった皆さんに感謝です...。

人生22回目の引越は、今までで最長の9年半暮らしていた家の荷物の整理が予想以上に大変で、かつ新居(築130年?)を住めるようにする準備にも時間を取られ、パソコンに向かう余裕がほとんどない状況でした。

まだ荷物の多くは片付いていないし、諸々の関係の変更届も残ってはいるものの、やっとネットにアクセスできる環境にもなったので久々のアップです。
ただ、今回は塾で出している「教室だより」の転載でご容赦を...。
保護者&生徒向けの文章なので、そのつもりでお読みください。

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<○○とは何か?>

 戦国時代の歴史で「分国法」という言葉が出てきます。戦国大名が自分の領地を統治するために制定した、領国内だけに通用する決まりのことですね。今川氏の「今川仮名目録」や武田氏の「甲州法度次第」などが有名です。

 ところがここを学習している生徒に「分国法って何?」と聞くと、半分くらいの生徒が答えられません。「下剋上」とは...?「戦国大名」とは...?じゃ、そもそも「大名」って何...?問題を解いているときは何となくわかったつもりでいても、「○○とは何か?」という問には明確な答を出せないことが多いのです。口頭ではなく記述による答を求めるとさらにあやふやな状況になります。「朝廷」や「公家」などになると、きちんと説明できる子は極めて少数派なのでないでしょうか...。

 因みに分国法に関しては、教科書にはこう書いてあります。「戦国大名は...強力な軍隊をつくりました。...城下町をつくりました。また、独自の分国法を定めて武士や農民の行動を取りしまり、荘園領主の支配を認めず、領国を統一して支配する新しい政策を展開しました。」                                 

 「分国法とは何か?」という問に対してこの青字部分をそのまま答える子がいます。でもそれでは答になっていません。分国法とは「法」なのですから、どんな法なのかが説明されなくてはなりません。教科書の記述は青字部分の主語が2つ前の文から続いているのでわかりにくいのですが、分国法とは例えば「戦国大名が武士や農民の行動を取りしまり、領国を統一するために定めた法」と答えるのが正解です。
 
同様に「下剋上」とはどんな現象なのか、「戦国大名」とはどんな大名なのか、「大名」とはどんな武士なのかという形で答える必要があるのです。つまり、辞書に載っているようなその言葉の定義をまずはきちんと理解すること、そしてそれを人に説明できるまでに十分に咀嚼することが大切なのです。それぞれの用語を5W1Hに基づいて論理的に説明できるようになれば、記述式問題も恐くはありません。教科書の説明では心もとない部分も少なくないので、できれば用語集や用語辞典などもあるといいですね。

 「○○とは何か?」という定義をきちんと押さえておくことは、もちろん歴史に限らず公民や理科、数学についても重要です。たとえば「三角形とは?」「平行四辺形とは?」
「分数とは?」という問に記述で答える練習をしてみましょう。自分が今までいかに曖昧に理解していたかが自覚できるかも知れませんよ。学問の第一歩は言葉の定義を正確に知ることから...。一つ一つの言葉にもう少しこだわりを持って接するようにしましょう。


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答が出なくてもいい

2006年01月05日 | 「教室だより」から
以下の文章は塾の「教室だより」1月号に載せたものです。
保護者、生徒向けなのでいつもの記事とは若干色合いが異なります。
その点ご了承願います。

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先月号でノートの使い方について話をしましたが、ちょっとその続きから....。
当塾では問題集の答は必ずノートに記入させていますが、答合わせの際、間違ったところは赤ペンで正解を書き込んで終わり....という子がとても多いのです。
問題をたくさんやって、ノートもいっぱい使って、それで勉強したつもりになっているのでしょう。

とんでもない!こんな勉強を何時間やっても力はつきません。
間違った所、わからなかった所は解説を読んですぐにもう一度やってみる。
「なるほど」と読んでいるだけではダメですよ。
必ず手を動かして実際に解いてみる。
選択問題なら記号を写すだけではなく全文を書く。
そこまでやって、それでも納得がいかないところは質問する。
それでやっと新たな学力が自分のものになるのです。

そもそも、できる問題だけをいくらこなしても、それは確認作業だけで学力アップには繋がらないのではないでしょうか。
基礎を身につけるまではある程度の問題をこなすことも有効ですが、そこから先は量ではありません。
機械的、反射的に答が出てくる問題をたくさんやるより、少ない問題数でいいからじっくり考えることが大切です。

たとえば「建武の新政」と聞いて「後醍醐天皇」「足利尊氏」などと答えるだけではなく、新政はなぜ失敗したのか、その後の朝廷の動きは?などを問う問題にあたってみる。
適当な問題が見つからなければ自分から調べてみる。
もちろんそのためには、なぜ?だから?本当に?など常に疑問を持つ学習態度が備わっていることが前提ですが....。

生徒にはできるだけ早く基礎力を身につけ、思考力を要する問題に進んでほしいと願っています。
極端な話、数学の超難問を1日1問解くだけでもいいのです。
いや、1問も解けなくても構いません。
ただし、考えて考えて、ああでもない、こうしたらどうかと試行錯誤を繰り返し挑戦し続けることが条件です。


図を描いたり補助線を引いたり、いろいろな角度から考えてみる。
たとえ正解にたどり着かなくても、この過程で頭はずいぶん鍛えられるのではないでしょうか。

もう一度言います。
問題集でできた所は放っておいてもいいのです(偶然当たったのは別!)。
できなかった問題こそ力を伸ばす絶好の材料なのです。
そこを徹底的に理解できるようにしましょう。
そして量をこなすことにとらわれず、考えることを楽しみながら良質の問題をじっくり解きましょう。そうすればあなたも確実に、トップクラスの仲間入りができますよ!


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ストリート・スマート

2005年08月28日 | 「教室だより」から
以下の文章は塾の「教室だより」9月号に載せたものです。
保護者、生徒向けなのでいつもの記事とは若干色合いが異なります。
その点ご了承願います。

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 英語で「ブック・スマート」とか「アカデミック・スマート」という言い方があるそうです。日本語にすると「机上主義の人」「学校秀才」などにあたるでしょうか。知識はあるけれど頭でっかちで実用性に欠ける。決められたことはソツなく着実にこなすが、未経験のことに直面すると対処できない…というタイプです。社会の変化で今までのやり方が通用しなくなると、簡単に自信をなくしたり挫折しがちな面があります。

 対になる語は「ストリート・スマート」です。こちらは文字通り現場対応力の優れた人を指します。自分が身を以て体験したことを糧に、円滑な人間関係を築き上げ、実社会でたくましく生きていくことができる。新しい問題にぶつかっても、自分を信じて積極的に立ち向かい、なんとか切り抜けていくタイプです。世の中が変わっても、2、3回失敗してもくじけず、やがてチャンスをつかんでいく人たちです。

 さて、皆さんは親として、お子さんにどちらのタイプになってほしいですか?

 今までの日本の教育は明らかに「ブック・スマート」を育てるためのものでした。高度成長時代には成功事例をより多く知っている人、皆と足並みを揃えて調和を図れる人、決められたことを指示通りに効率的に処理できる人が求められていたと言えます。個人の意見や発想が重視されることは特殊な場合に限られ、業務によっては、それらはむしろ全体にとってマイナスに働くとさえ考えられてきたのではないでしょうか。

 しかし時代は変わりました。これまでのような、過去の実例を踏襲していれば事足れりの姿勢では通用しません。会社が何とかしてくれるという甘い考えの人物は、もうどこも採用してくれません。組織に頼らず起業しようというくらいのたくましさを持った人間を、企業側も求めているのです。ゆとり教育が目指した「生きる力」も、行き着く先は「ストリート・スマート」であるべきだと考えます。

 ここまで読んで、「じゃ、勉強しなくてもいいんだ!」と喜んでいる中高生、いませんか?…残念ながら、それは大きな間違いです!

 「ストリート・スマート」になるためにも知識や教養は豊かな方が有利に決まっています。理解力や思考力、自分の思いを人に伝える表現力も必要です。「ブック・スマート」と「ストリート・スマート」を二極的なものと捉えて、どちらを目指すかと考えるのではなく、これからはどちらも必要だと考えてください。単なる「ものしり」になるために勉強するのではなく、知識を知恵に昇華させる能力を磨いているのだと思ってください。そして机に向かうばかりでなく、もっと世の中を知ること、いろいろな実体験を積むことを心がけてください。

 今の日本は経済的には豊かでも、政治的にも社会的にもおかしなことがたくさんあります。戦後の発展の途中でどこかでレールを間違えたのではないかと思っている人が少なくありません。次代を担う子どもたちには、ぜひ2つの「スマート」を兼ね備えた人物になってほしい、そして日本を変えてほしいと切に希望しています。


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イメージする力

2005年07月31日 | 「教室だより」から
以下の文章は塾の「教室だより」8月号に載せたものです。
保護者、生徒向けなのでいつもの記事とは若干色合いが異なりますが、その点ご了承願います。

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ブログを開設してから、全国のいろいろな教育関係者(塾や学校の先生ほか)の意見を拝見したり私の記事にコメントをもらうことで、毎日たくさんの勉強をさせてもらっています。
そんな中で最近特に刺激を受けて考えていることをご紹介します。

「どんぐり倶楽部」という教材(学習法)をご存知でしょうか?
小学生の算数が中心ですが、塾などの形ではなく、教材はインターネットを通じて直接販売されています。
この学習法の一番の特長は、計算ドリルや百マス計算による単純反復学習に異を唱え、良質な文章題をじっくり解くことを重視している点にあります。
機械的な計算や暗記、公式ばかりに頼った学習をしている子は考えるのが苦手になる、というより考えようとしなくなる。文章題を読んで絵や図を描き、数値を書き込み、試行錯誤して考えてみれば、習っていない計算を使う問題でも解ける…ということです。
実際、ここの文章題は絵にしやすい、イメージを膨らませやすい楽しい問題であり、詩的でさえあります。

※私のブログ(2ページ参照)にリンクを貼ってありますので、興味のある方はぜひ一度ここのホームページを訪問してみてください。本の販売もしています。

私も小学生はもちろん、中学生にも文章題は図を描けと言っていますが、苦手な子ほど描こうとしませんね。ただボーッと問題文を眺めているだけです。
描かせてみてもまともな図が描けません。
問題文に書かれてあることが頭の中にイメージできない(図化できない)のです。
方程式だと定番の文章題のパターンがいくつかあるので、中にはそのパターンごとに式の立て方を覚えている子もいますが、よく聞いてみると本質は全然わかっていない…だからちょっと問題をひねられるともう対処できないという結果になります。

関数や図形でもまずイメージを掴むことが第一。
この「イメージする力」はどの教科にも必要だなと感じていたら、別のブログではこの力を「ビジュアル化能力」と言っていました。
書いているのは学校の先生です。
生徒に例えば「ワニの腕立て伏せ」「カメの腹筋(運動)」と言って笑うかどうかで、その子のビジュアル化能力がわかる。
これが弱い子が増えていて、そういう子は聞いたり読んだりした「言葉を言葉のまま記憶する」ので、テストでは点が取れることもあるが、本当は全く理解できていない…ということでした。

問題を解く途中で立式や計算に間違いがあり、とんでもない答が出ても、何の疑いもなく平然と解答欄に書く子が少なくありません。
たとえば歩く速さが時速200mとか300kmだったり、鉛筆が1本560円だったり、男子の生徒数260人に対して女子が9人だったり…。
これもイメージが全くできていない証拠だと思います。
中学生であっても、図がまともに描けない場合は絵でもいいから自分で描くようアドバイスしなければなりません。

関ヶ原の戦いについての記述を読んだときに、東軍と西軍の大群がそこかしこで戦いを繰り広げる絵図が目に浮かぶ、雲のでき方を勉強したら真夏の入道雲や夕立の映像が頭をよぎる…そんな子は間違いなく楽しみながら、しかも効果的な学習をしているはずです。

これまでも度々書いてきたように、私はずっと言葉を豊かにすることを方針の一つに掲げてきました。
語彙が多くなれば読解力、要約力が高まり、思考力や表現力も伸びると考えているからです。
その方針は今後も変わりませんが、そこにイメージが伴わなければ、いくら知っている言葉を増やしても意味がないという思いを強くしています。
本来言葉はイメージを伴うもののはずですが、テストのためだけなら言葉そのものだけを暗記できますもんね…。
そうならないよう、これまで以上にひとり一人との対話を多くし、生徒が真の理解に迫れるよう手助けしていきたいと思います。


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「生きる力」って?(「教室だより」7月号から)

2005年06月27日 | 「教室だより」から
先日、県民文化会館であの「北の国から」でおなじみの倉本聰氏の講演を聴いて来ました。富良野での生活で考えられたことを中心に1時間半ほどのお話でしたが、さすがという感じでアッと言う間に時間が過ぎてしまい、内容に深い共感を覚えました。日本やアメリカはいったいどこまで走り続けるのか。効率や便利さをどこまで求めるのか。ヨーロッパのように、ゴールを設定してそこまで行けば十分という発想はできないものか。…特にそんな話が印象に残りました。

「北の国から」というドラマの根底にあるのも、ひたすら便利さばかりを追求して、自然との付き合いや人間らしさといった大切なものを置き去りにしてきた、現代社会への批判、警鐘だと思います。世の中が便利になればなるほど、人は機械や他人に頼り、自分でできることはどんどん少なくなってくる。純や蛍がまだ小学生だった頃の話で、猛吹雪で停電になり、暖房から何からすべて電気に頼っていた家は大騒ぎ、でももともと電化製品がない五郎さんの家は普段通り…というのがありました。で、その吹雪で雪に埋もれてしまった純たちの車を助けたのも、大雪で動けない重機ではなく、昔ながらの馬だったという話でした。まあ、あくまでもドラマですからうまく出来すぎという感もありますが、科学に頼りきった生活への痛烈な風刺になっていて考えさせられました。

 私は今、信州の小さな町の小さな集落に住んでいます。周りはお年寄りばかりですが、彼らは農機や水道などにトラブルがあっても、ほとんど自分で直してしまいます。ウチでも何度もお世話になりました。昔は今のように電話1本ですぐに修理しに来てくれるということもなかったでしょうから、結局ほとんどのことを自力で解決せざるを得なかったのでしょう。プロのように短時間で美しい仕上がりではなくても、生活を続けて行くには十分です。

翻って今は、お金さえ出せばどんなことでも人にやってもらうことができます。様々な代行業が大はやりです。機械だって今より性能がいい、効率的で至れり尽くせりのものが簡単に手に入ります。でもその分、人間はどんどん、自分では何もできないひ弱な存在になりつつあるのではないでしょうか。手間がかかることは機械がやってくれる、めんどうなことはすぐに人にお任せ…では、やがては考える力まで失われていきます。

不便な方がいいとは言いませんが、自分では無理とあきらめる前に、何とかならないかやってみる、あれこれ考えてみる姿勢だけは忘れてはいけないと思っています。子どもたちにもそういう意味での本当の「生きる力」をつけたいものですね。

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