春期講習に来ている新小4の女の子...。
お母さんは、教育に対する関心がとても高そうな方です。
申し込みに来られたとき本人も一緒だったので、お母さんが手続きをされている間、ごく簡単なパズルをやらせてみました。
「たて・よこにたす」というパズルの入門編で、4マスだけ、使われている数字も3と4だけ...というシンプルなものです。→「たしざんパズル」
ところが、ルールを説明して理解したようなのですが、一向に鉛筆が動きません。
じっと紙を見つめて、鉛筆がかすかに揺れているだけです。
初めて塾に来た緊張感もあるのかな?と思い、何度も「こことここを足して3になるようにしてね」などとアドバイス...やっと1問できました。
難しすぎたのかな?とも思ったのですが、レベル的にはそうでもないし...。
ところが、そのあとお母さんと話していて、話の流れからふと気がついたのです。
で、その子に「間違ってもいいんだよ」と言ったとたん、彼女の顔がパッと明るくなったのです。
...これで大丈夫だと確信しました。
小学生や、中学生の女子にときどきこういう子がいます。
どちらかと言うと親に従順で、成績もよい子が多いようです。
正解しなければいけない、間違うのはいけないことという思いが強いのだと想像します。
だから、確実に正解とわかる「教えられたこと」以外には手が動きにくい、イコール頭が働きにくいということになるのではないでしょうか。
途中までの文の続きや、文中の空欄を自由な発想で書く形の問題に、ありきたりな答(模範解答的な答)ばかり書いてくる子もこの傾向があります。
「正解は決まっていないんだからできるだけ面白い内容にしてね」と言うのですが、大人が解いたときのようなつまらない答しか書きません。
もちろん想像力や生活習慣の不足に問題があるともいえますが、正解がないと不安なのかなぁ...という気もしています。
自分の頭で考える楽しさというのは、間違いを恐れず、試行錯誤を繰り返す過程からしか生まれません。
間違ったらやり直せばいいんです。
こうやったけど違ったのはどうしてだろう?
こう考えてダメだったんだから、今度はこうしてみよう...。
その繰り返しがきっと力になるからね!
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お母さんは、教育に対する関心がとても高そうな方です。
申し込みに来られたとき本人も一緒だったので、お母さんが手続きをされている間、ごく簡単なパズルをやらせてみました。
「たて・よこにたす」というパズルの入門編で、4マスだけ、使われている数字も3と4だけ...というシンプルなものです。→「たしざんパズル」
ところが、ルールを説明して理解したようなのですが、一向に鉛筆が動きません。
じっと紙を見つめて、鉛筆がかすかに揺れているだけです。
初めて塾に来た緊張感もあるのかな?と思い、何度も「こことここを足して3になるようにしてね」などとアドバイス...やっと1問できました。
難しすぎたのかな?とも思ったのですが、レベル的にはそうでもないし...。
ところが、そのあとお母さんと話していて、話の流れからふと気がついたのです。
で、その子に「間違ってもいいんだよ」と言ったとたん、彼女の顔がパッと明るくなったのです。
...これで大丈夫だと確信しました。
小学生や、中学生の女子にときどきこういう子がいます。
どちらかと言うと親に従順で、成績もよい子が多いようです。
正解しなければいけない、間違うのはいけないことという思いが強いのだと想像します。
だから、確実に正解とわかる「教えられたこと」以外には手が動きにくい、イコール頭が働きにくいということになるのではないでしょうか。
途中までの文の続きや、文中の空欄を自由な発想で書く形の問題に、ありきたりな答(模範解答的な答)ばかり書いてくる子もこの傾向があります。
「正解は決まっていないんだからできるだけ面白い内容にしてね」と言うのですが、大人が解いたときのようなつまらない答しか書きません。
もちろん想像力や生活習慣の不足に問題があるともいえますが、正解がないと不安なのかなぁ...という気もしています。
自分の頭で考える楽しさというのは、間違いを恐れず、試行錯誤を繰り返す過程からしか生まれません。
間違ったらやり直せばいいんです。
こうやったけど違ったのはどうしてだろう?
こう考えてダメだったんだから、今度はこうしてみよう...。
その繰り返しがきっと力になるからね!
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