エバーグリーン (いつまでもあほい)

酒と映画と本を愛し 音楽なら何でも
名前と同じで気(木)が多い

今更だけど
人間到る処青山有り  

与島へ

2012-05-27 14:50:45 | Weblog

 

久しぶりに農作業も無く

一日フリーーになったので

一般公開中止で諦めていた鍋島灯台に

行く事にした

買ったばかりのフィットハイブリットで

高速初ドライブだ

ところが

瀬戸大橋与島サービスエリアに降りたが

一般車両乗り入れ不可???

仕方なく

閉鎖中のフィシャーマンズワーフの駐車場に

車を止めて灯台を目指して歩いた

歩くこと20分

真夏の様な日差しに焼かれて

旧与島小学校跡で暫し休憩

今では珍しい二宮金次郎像の向こうに

瀬戸大橋が望める

小学校の坂を下ると海岸にでた

その先には

念願だった鍋島灯台が有った

今は勿論非公開

仕方ない

ひと気の無い島をぐるっと廻って

ウオーキングと洒落込んだ

 

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金冠日食にちなんで

2012-05-21 12:32:13 | Weblog

天地明察

今日の金環食日本全国で概ね見られた様だ

マスコミ 主に朝のワイドショーで

大騒ぎしたせいで

俄か天文ファンを増やす効果あった様だ

私が思い出したのは昨年の入院中に夢中になった

冲方丁作の 天地明察 

ベストセラーになったその天地明察の映画公開日が決定したようだ

SPで話題になった岡田准一の主演で9月15日の封切りとか

公開が楽しみだ

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田植え

2012-05-21 03:37:20 | Weblog

土日の休みをフル活用して

田植えを済ませた

私の田舎は

高齢者ばかりになってしまって

自分の田に自分で田植をする家が極端に

少なくなってしまった

担いてが居なくなって

耕作放棄された田畑も増えてきた

手ばかり掛かって収益の見込めない

稲作に未来はない 

担い手で有る跡継ぎの若者は

数十年前の列島改造論の思惑で

都市部に引き抜かれてしまった(私もその一人だ)

高齢者の爺婆だけの家ではいたしかたない

爺だけ婆だけの家も多くなった

限界集落 限界農家だ

そのうち村そのものが消えてしまうのだろう

しかし

我が家は 加勢に来た伯父二人と弟そして従兄弟

私と嫁さんそれに爺婆も加わると総勢8人

今は田植え機を使って植えるので

人手が余るほど

小さな田を数枚の田植えはあっという間に終わる

一種の我が家の祭りだ

見渡せば五月晴に眩しく広がる山の緑

爽やかな風の吹く庭に設えた飯台に

婆の手料理を持ち出して

酒盛りが始まる

久し振りに親族が集まってほとんど宴会だ

この先何度こんな事ができるだろう?

皆この瞬間を慈しむように

俄か百姓を 田舎暮しを愉しんだ

 

 

 

 

 

 

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おっとっと

2012-05-15 12:25:29 | Weblog

芋焼酎と安いメルロットワインのを飲み過ぎたせいで

今朝から頭痛がひどい

昨夜酒盛りの最中に近所に住む伯父から電話

(実はわが社の大社長?)

「脱輪して動けなくなったから助けてくれ」

とのこと

それは大変!!と娘に頼んで緊急出動

現場に駆けつけると

車が半分道路から外れて

イチジク畑に落ちかけていた

「ここだと思ってハンドルをきったら

道が無かった」と は 伯父の弁

曲がるべき本来の道は20mも先だった

危ない!危ない!

車は道路を走りましょう

最近酷い事故が多い  二の舞にならずよかった

私も最近新車に変えたばかりなので

慎重に運転しようと思う

 

 

 

 

 

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あーー還暦

2012-05-13 06:54:36 | Weblog

今年還暦と言う事で

娘達が還暦祝いの食事会を開いてくれた

会場は近くの生簀料理屋

爺婆はじめ親族14人

賑やかな宴会になった

お決まりの紅いちゃんちゃんこも

着せられたが

爺の方が似合っていたとおもうので

その写真のアップは控える


    弟のプレゼントは皆赤のこーでねーと

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赤線の先

2012-05-07 03:39:51 | Weblog

GWも今日でお終いですね
今年のGWは農作業週間になってしまった
昨日も田圃の畦の草刈に汗を流した
その帰り隣に住む91才の婆に出くわした
「ああ!!何時も何時もママちゃんにはお世話になっておりますだ」
と何時ものご丁寧な挨拶
この地に嫁いで40年故郷福島を離れて70年以上
経つというのにまだ訛りが抜けていない
実は...で始まった婆サマの話はかなり長くてまどろっこしい
私が昨年亡くなった爺サマの郷土史ノートを読みたいむね
家の婆を通して伝えていた返答なのだが
ノートについてはまだ何処にあるのか見つけていないのだが
話しておきたい事があるというのだ
それはその向こうの畑の真ん中を通る小道
赤線道の先にあるという
赤線の先などと書くと
普段の私知っている人は妙な処を想像するだろうが
今回の話は違う

婆婆様がオラも行くというので

手を取って支えながら登って行くと

「オラもこの先は近付くなと達さん(昨年の亡くなった連合いのこと)

にきつく言われていたので初めて行くだ」

と感慨深げ

それは 本家の墓の一番端に有るはずだと言う

行ってみてくれと下駄をあずけられた

件の場所から3.4m離れた処に

其れは転がっていた

かなり風化が進んでいるが

五輪塔の一部の様な形だ

真ん中に凹みの有る四角い石とそれよりやや大きな

丸い石

首塚???

それは 備中松山城で戦いに敗れこの地に一緒に落ちて来た

じい様とその孫殿の墓だというのだ

その何方かの名を為繁何某といい

ここら辺の古い地名を為繁村といったのだと

私に伝えたかった様だ

婆婆様は私に其れを話す事が出来て

最初で最後の証人だな~と喜んでいた

赤線からとんだ処に話しがいったが

まるで 横溝正史の八墓村を地でゆく様な話になった

畠のど真ん中の道は貴人の墓へ参る為の道であった

しかし その墓の存在を婆婆様夫婦以外私の家の爺婆も含め

近所の誰も知らない話だったのは墓が敵の手で暴かれるのを恐れ

代々密かに墓守りを受け継いできた結果だろう

婆婆様と近所の人に訊いたあかせんみちというのが気になって

後で調べてみたら下記の事がわかった

 

赤線・赤道(あかせん・あかみち)里道とも言う

赤線も登記所に備え付けられてある旧土地台帳の付属地図上無番地で
、しかも無籍地であることは青線と同様。一般には里道、赤道と呼ばれて
いて、多くの人々のための道路でもあり、現在いわれている公衆用道路
である。この土地は国有地で道路法の道路として認定されたものがほと

んどでそれ以外は認定外道路の敷地となっている場合が多い。「認定外
道路
」この赤線の大部分は、地方分権推進計画に基づき機能管理者で
ある区市町村に譲与されている。

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