~2~
高島屋は難波の玄関口。
高島屋は南へ向かう南海電車に直結している。
南海電車はもうモスグリーンでなくなったのだろうか・・
急行で15分、羽衣駅に到着。
懐かしの羽衣商店街。
この横断歩道を渡ると、私が最初に住んだ文化住宅はすぐそこ。
あった!まだあった!
外付けの階段を揺れながら上る。
今回ここを訪ねた目的は、単に懐かしむだけではなくて人に会うため。
西岡おばさんは元気にされているだろうか・・
2階の真ん中の部屋は私が住んでいた部屋、その向こうが西岡さん夫婦・・
ベランダに鉢植えが無くなっている・・
どころか、何処にも人の気配がない。
ダメもとで玄関のブザーを鳴らしてみる。
部屋の中で無機質に音が響いている。
いつまでも昔のままというわけにいかないことぐらい承知である。
朝から目にしたこれまでの光景は、それだけの年月の重みを自分に知らせている。
意味もなくもう一度ブザーを鳴らす。
すると、階段下から中年女性が声をあげた。
「何かその建物に御用ですかー!?」
ショートヘアを茶髪に染めた女性の強めの口調から、自分が不審者だと思われていると自覚する。
マスクを外して堂々と答える、
「こちらに住んでいた西岡さんに会いにきたのですが・・」
知り合いなのか、女性の表情はすぐに緩んだ。
「あ~西岡さんな~、半年ぐらい前に引っ越ししはったよ」
「そうですか、それは残念、高知から会いにきたのですが・・」
「えーーっ、高知!?それはエライこっちゃー!」
両手を広げるオーバーアクションはいかにも大阪らしい。
「ここはな、家主が取り壊す言うて、西岡さん出て行かなアカンなってんよ」
「まあな~、築51年らしいからなあ~、しゃーないわ」
「西岡さんな、近くに居てるよ~、案内しよか~、ちょっと待ってな」
私の返事を待つより先に女性は急いで近くの家に潜り込んだ。
その家はどうやら美容院らしく、降ろされたロールカーテンの隙間からシャンプーブースが見えた。
「お待たせ、さあ行きましょか~」
「あの、美容師さんですか?私、理容師です(笑)」
「えーーっ、そうかいなー!なるほど!月曜日か、休みやもんな~」
女性は自転車を押しながら一緒に歩いてくれる。
人懐っこさは、やはり客商売からくるもので同業者に通じる雰囲気が感じられた。
「西岡さんええ人やで~、今でも猫のエサやりに時々顔出してはるわ~」
国道沿いをしばらく歩き、浜寺公園側に曲がった団地に案内された。
「ここやで、居たらいいんやけどな~」
女性は団地の階段を上り、インターホンを鳴らした。
「は~い」
「西岡さーん!彼氏連れて来はったでーっ!」
重たそうな鉄の扉が開くと懐かしい顔が現れた。
「西岡さん!お久しぶりです!またまた高知から出てきました!」
「あ!上田君やな!どないしたん急に!」
「いやな、アタシが連れて来てん!、アパート訪ねてはってな、高知からっていうからな」
「ほなアタシは帰るわ!どうぞゆっくしていってください(笑)」
「ありがとうございました!」
深々と頭を下げた。これも人の縁だ。
「上田君、まあ入っていき!」
奥の部屋で布団に寝たままのご主人がこちらに顔を向けた。
「アンタ!あの、ホラ、前に隣に住んどった高知の兄ちゃんやで!」
「居たやろ~、散髪学校の可愛らしい兄ちゃん!」
「あ、アンタの母さん一回来たでな、ごっつい綺麗な人やったわ~」
西岡さんの足元に小さな犬がまとわりついた。
「この犬な、拾ってん、毛ぇも抜けて弱ってってんで~、眼ぇも片方潰れててんで~」
「最初はえらい吠えてな~、人間不信ってやつやな~、あ、コーヒー飲んでいき!インスタントやけどかまへんか?」
優しい。
右も左も分からなかった若い頃、こんな人達に囲まれて過ごせたことは奇跡であり財産だ。
結局、西岡さんの身の上話を聞かされながら時間は過ぎた。
「また大阪来たら寄りますわ!お元気で!」
団地の裏は浜寺公園。
浜寺公園は臨海地区にあるとても大きな公園。
その昔は海水浴場だったようで、リゾート感の匂いが残る。
長い松原は大阪の癒しで、時が止まったかのような空気が漂う。
先に会った長澤先生の話によると、今現在は高級住宅街として少しずつ開発されているようだ。
もしももう一度大阪に住むことがあるなら、迷わずここで暮らすだろう・・。
素晴らしい公園、ジョギングに出会えなかった当時を残念に思う。
公園の向こうは用水路。
田舎への手紙なんかは、よくここで書いたものだ。
羽衣駅から二つ目の諏訪ノ森を目指す。
諏訪ノ森。
ここは東京から帰って関美で助教師したときに住んだ場所。
駅前から足跡を辿る。
記憶のまま歩くこと15分、突然足跡が消えた。
新しい家が立ち並び、もう全く面影がない。
どうやら区画整理もされたようで、見える景色は全て初めて見るものだった。
この地を訪れたのは約30年ぶり、仕方ない、これも当たり前でもある。
しばらくウロウロしてみたが、知ってるお店も一軒も見当たらなかった。
駅に戻り、南海本線で一度難波方面に向かい、天下茶屋駅で南海高野線に乗り換えUターンするように南に向かう。
急行停車駅北野田で降りる。
大体の場合、急行の停車駅には街がある。
北野田の大きなスーパーで花を買った。
次に向かうのは、その北野田から二駅向こう、萩原天神の駅近くの立ち飲み居酒屋。
難波ヘアテックで店長した時、最初のスタッフだったヨシコ。
理美容師を諦め、今は友人と居酒屋を二店も共同で経営しているらしい。
数年前、SNSで繋がったが、メッセージで会話を交わすことは少なかった。
SNS情報では先日に7周年を迎えたらしく、買った花はそのお祝いだ。
立ち呑み居酒屋「くりゅう」。
少し開いた小窓から漏れる明るい笑い声、間違いなくヨシコだ。
扉を開ける。
カウンターに常連がひと組、壁際のゲームに夢中は若者達がひと組。
「いらっしゃいませ!」
出迎えてくれたショートヘアの女性はヨシコではない。
もう一人の女性と目が合った。
私はゆっくりとマスクを外した。
「あーーーっ!お久しぶりですぅー!」
ヨシコだ!
相変わらず明るい。
「来たでー!とりあえずコレ、お祝い!7周年おめでとう!」
「やっと来たけど、一杯飲んですぐに帰るわ!」
「次、ミナミでヘアテックとコラージュの連中と8時に居酒屋やねん!」
「あ、もう絶対に遅刻やな」
「まあええわ!ヨシコ!やっと会えたわ~!」
調理の手を止めたヨシコが、
「その節は大変お世話になりました・・」と両手を前に揃えて頭を下げた。
「あ、昔散髪屋してた頃の師匠ですぅ」
カウンターの常連客に説明するヨシコ。
「あの時、自分も27歳やったから、若かったから、厳しくしてゴメンな」
「いや~、ワタシも19歳やったから・・・、たぶん店長大変やったと思いますわ~」
「大変やったわ!!」
店内の常連達が一斉に笑う。
「夜遊びして仕事中に寝るし!コーヒーの空き缶を灰皿にするし!」
「お店終了後にレッスンせーへんし!前髪スプレーで立たせるまで朝の掃除に入らへんし!」
店内の常連達が大爆笑に変わる。
「でもね!顔剃りが上手いんよ・・・これが、メチャ上手い・・」
「ホンマ、技術はもってたな・・」
まんざらでもない顔のヨシコ、
「でも国家試験落ちましたけどね」
「そーそー!お前な!ウチのグループで国家試験落ちたのお前だけやぞー!(笑)」
「うう、、(笑)」
手際よく次から次へと客の注文を調理するヨシコ。
常連に愛され、面倒見の良さそうな友人にも恵まれ、もうちゃんとした商売人になっている。
「いかん・・もう行かなあかん!」
「ゴメン!早いけど・・、またいつか、いや近いうちにくるわ!」
最後に声を大きくして、
「スミマセン!!ふしだらな娘ですが!!これからも可愛がってやって下さい!!」
深々と頭を下げた。
「ふしだらって・・(笑)」
急ぐ、
難波に戻る。
「ゴメン、ちょっと遅れるわ!」
長い一日の最後はミナミの居酒屋。
ヘアテック、コラージュのミニ同窓会。
私の久しぶりの大阪に合わせて集まってくれる。
地下の居酒屋は宮崎地鶏がメインのお店。
「お待たせー!!」
コラージュの吉富店長、磯山君、上山君、ヘアテックの藤井、田中君、懐かしい顔がならぶ。
少し遅れてヘアテックの佐藤君が現れた。
気の置けない仲間達、吉富店長とはヘアテック・コラージュの起ち上げからの同志だ。
バラバラになった皆は大阪でも集まるような事は無いらしく、久しぶりの再会を喜んだ。
佐藤「上田店長の教えが今の自分の基礎になってます」
「カットの姿勢、シェービングの姿勢、もう何ちゅうか教科書ですわ」
そうそう、そんな話、私ももう50を過ぎている、こんなご褒美のような話をもらってもいいだろう・・
佐藤「ただね!ただ・・!成人式行かせてもらわれへんかったんが納得いかへん!(笑)」
「田中君(後輩)は行かせてもらったのに!オレんときはダメやった!(笑)」
磯山「そりゃあ【時代】や!」 吉富「【時代】や!」 藤井・上山(笑)
田中「でも僕、佐藤さんのおかげで万馬券当てて、それでスーツ買って成人式に出ましたよー(笑)」
「シルクジャスティスですわー」
佐藤「おったな、シルクジャスティスな(笑)」
そうそう、このノリ。
褒めて落として、落として褒める、これが大阪だ。
吉富「また機会あれば、今度は今日来られへんかった人も集めてもう一回やりましょ!」
ハイチーズ!
「ラーメン行こうや!」
ラーメンに参加するというこは終電を逃すということ。
皆、私のわがままに付き合ってくれた。
神座ラーメン
それから何処のお店に行ったのか記憶がない。(もう酔っ払い)
どうやら入店後すぐ、ソファーで爆睡したらしい。
どうやってホテルに帰ったのか、全く記憶がないが、そのまま深い眠りについた。
この日の歩数は、スマホアプリによると2万8千歩を越えていた・・・。
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