SSSB 新前橋町壮年ソフトボール

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栄光の背番号3といえば

2021年01月28日 | 背番号の話
背番号の話、第5回目は栄光の背番号3。

背番号3は多くのスタープレーヤーが背負ってきた番号。
その筆頭は永久欠番であるミスター・プロ野球こと長嶋茂雄。
豪快なフルスイング、空振りした際にヘルメットが宙を舞う姿、
ダイナミックなサードの守備、何よりも勝負強い打撃。
王貞治とのON砲が主軸となり、9年連続日本一の金字塔。
大卒での2000本安打と400本塁打の同時達成は史上初、
リーグ最多6回の首位打者、10回の最多安打、本塁打王2回、打点王5回。
リーグMVP5回、日本シリーズMVP4回、新人王、ベストナイン17回、
更に、シーズン、オールスター、日本シリーズのすべてで打率3割越えは唯一。

なお、デビューの年9/19の広島戦で、一塁踏み忘れによるホームラン取消事件があり、
これがなければ新人としても巨人の選手としても唯一のトリプルスリーを達成してたはず(笑)でした。
この年は29本塁打・92打点を記録し、本塁打王と打点王の二冠を獲得、打率は田宮謙次郎に次ぐリーグ2位の.305。
そのうえ最多安打を記録、リーグ2位の37盗塁を記録し、単打(83)、二塁打(34)もリーグ最多でしたが、
三塁打だけが田宮謙次郎に1本及ばず8本に終わり、「単打・二塁打・三塁打・本塁打のすべてでリーグ最多」という大記録は幻に。
(その後も達成者はいません)。

もう一人の永久欠番は、広島の“鉄人” 衣笠祥雄。
山本浩二とともに「赤ヘル軍団」を支え、世界記録となる2215試合連続出場を達成。
2000本安打、歴代7位の通算504本塁打、打点王や盗塁王(⁉)も獲得。

史上初の三冠王・中島治康、“猛牛”千葉茂、“青バット”の大下弘、“安打製造機”榎本喜八、
西武時代の清原和博、平成唯一の三冠王・松中信彦、日本記録の487二塁打の中日・立浪和義、
と各球団の顔とも言える選手が背番号3。

ちなみに、プロ野球史上初のトリプルスリー・岩本義行も背番号3。

西武では清原以降、中島裕之-浅村栄斗-山川穂高と右の強打者が背負う伝統が息づいてます。
阪急でも不動の四番・長池徳二、打ちまくる“肝炎” 石嶺和彦の系譜。
一方で90年代前半は立浪和義、日本ハム・白井一幸、大洋・高木豊、ロッテ・西村徳文とチームリーダーが背番号3。

MLBでは球聖ベーブ・ルースが着用し、NYヤンキースでは永久欠番。
1929年、ヤンキースは観客が遠くからでも選手を判別できるように背番号制を導入。
打順がそのまま背番号として振られ、ベーブ・ルースは3番打者だったので背番号3(笑)。
なお、ヤンキースでは1番から10番まですべてが永久欠番。

日米のスーパースターである長嶋とベーブ・ルースが背負ってきた背番号3、
SSSBでは三塁手であり、背番号3が似合い、ロングホールを3打で決めるイーグル・ヨッチさんです。

参考記事
週刊ベースボール【背番号物語2019】
【SPAIA】「スポーツ × AI × データ解析でスポーツの観方を変える」


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