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認知症の人が「死ぬ前、普通に話し出す」一体なぜなかったことにされていた終末期明晰の謎に迫る ”まだまだ解明されない脳の不思議”

2024-05-10 12:33:33 | 生き方 考え方 笑顔 ロゴセラピー

死の直前、思考力などが思いがけず回復することを「終末期明晰」と呼びます。なぜこの現象は起きるのでしょうか(写真:mits/PIXTA)

知的能力を永久に失ったと思われていた患者の意識の清澄さや記憶力、思考力などが思いがけず回復することを「終末期明晰」と呼びます。なぜ、この現象は起きるのでしょうか?
本稿はアレクサンダー・バティアーニ著、三輪美矢子訳『死の前、「意識がはっきりする時間」の謎にせまる』を一部抜粋・再構成したものです。
常識の裏側にあるもの
今日、ある人が死の床についている。呼吸がしだいに遅くなり、脈が弱まり、心臓の拍動が不規則になる。そして、ややあって最後の息をする。この人に明日という日はない。来週も、来月もない。命がその幕を降ろしたのだ。そうして世界がひとつ、永遠に閉じられる。
だがこの人は、あるいはこの人の世界は、永遠に消えたのだろうか? すべては失われて、二度と取り戻せないのだろうか? それで本当に「終わり」なのか? わたしはこうした問いを、そのほかの多くの問いとともに論じていこうと思う。
これから語るのは、人の意識や思考、認知症、死と死にゆくことといった、現在のわたしの研究テーマにまつわる物語である。また、先の問いに関連する、驚くべき現象を目撃した人々の証言や個人的な物語も紹介する。彼らの多くは、わたしが関心を抱いている、とある終末期の現象がメディアで報じられたのを機にわたしに連絡してきた。そして、いまや鬼籍に入って久しい肉親や友人についての話をしてくれた。その死に様がとても感動的で美しかったことを、しかし、科学的にはどうにも説明がつかないのだということを。

実際、それは説明がつかない。なぜなら、そうした人々の多くは、亡くなる前に心身の機能がひどく弱っていたからだ。大半は認知症か、認知症と同等の重い神経障害を患っており、そのため意識が混乱して、それ以前の人生については細かいことをほとんど忘れていた。自分の名前を思い出せない者もいた。進行性の脳の病気により、自分の私的な世界を、そしておそらくは自分がだれであるかという意識さえも、死のはるか前に失っていたのだ。そんな病気を抱えた、精神や知性の働きが何年も弱っていた患者についての話が、「感動的」で「心安らぐ」ものだとは、普通は考えにくいかもしれない。
ではなぜ、そうした患者を看取った人々の大多数が、その死を「美しい」「贈り物のような」、ほっとする体験だったと語っているのだろうか? 確かな証拠はないものの、病と衰弱に侵され、死を前にしても欠けることなく、安全で、保護され、堅固に守られているわたしたちの人格性――すなわち、わたしたちの中核的な自己(コアセルフ)――にかかわる何かがあった、と言うのだろうか? 
彼らの多くはその死に立ち会ってから、人生には意味があると、わたしたちの、自分たちの人生には意味があるとの確信が増した、と打ち明ける。傍目(はため)には衰え、呆け、ついには命果てたかのように見えるときにも、なんらかの根源的な方法で守られて保存されている「自己」があり、自然の力か何かの存在がそれを授けてくれたように感じると、そう彼らは語るのだ。
なぜそう感じるのか。答えは、彼らの目撃した死がただならなかったから。彼らは、「終末期明晰(terminal lucidity)」、または「死の前の覚醒(lightening up before death)」と近年称される現象を経験したのだ(訳注:日本では「中治り現象」「お迎え現象」などと呼ばれる)。終末期明晰とは、知的能力を永久に失ったと思われていた患者の意識の清澄さや自意識や記憶力や明晰な思考力が、思いがけず回復したことを指す専門用語である。わたしのチームはこの現象を観察し、研究している。

「なかったこと」にされていた終末期明晰
それは、重い認知症やアルツハイマー病を患う人々、脳卒中などの深刻な健康危機に見舞われた人々、長いあいだ意識がないか呼びかけに反応しない人々、重度または慢性的な精神疾患により回復不能の状態となった人々に起きる現象であり、そうした人々の多く(というか、ほとんど)は、医師にも家族や友人にも回復の見込みはないと思われていた。
認知症のような慢性的な神経疾患はたいてい不可逆的で、いったん発症したら元には戻らないのだ。自発的な治癒、つまり「かつての、発病前の自己の回復」は考えられず、教科書にも書かれていない。それでもなかには、わたしの友人で研究仲間であり、臨死研究の草分け的な心理学者であるケネス・リングが言うところの「奇跡の復活」を、死の間際に遂げる患者もいる。

こうした現象は新しいものではない。だが、長らく呼び名すらなかった。しかもそのほとんどのあいだ、研究も理解も進まず、存在を認めようとする動きさえなかった。この現象の報告は、古くは中世の文献に散見されるが、ずっとただの医学的な珍事とみなされていた。医療の現場で見かけることのひとつであり、報告書にときたま記されるものの、ごくまれなので科学的に注目する必要はないと思われていたのだ。
研究者や臨床に携わる者ならたいてい知っていることだが、こちらの予想を裏切るような、信じがたく不思議なことというのはときおり起きる。そして実際に起きると、それらは一度きりの(ときに圧倒されるほど美しくはあるが)奇妙な出来事として片づけられるか、忘れられるか、でなければ雑談のネタになる。
もしかしたらあなたも、研究会議の休憩時間や同僚とのランチタイムにその手のことを話題にしたり、パートナーや友人相手に話したりしているかもしれない。けれども、それを自分の主要な発見として学会で発表したり、ましてや論文に書いたりはしないだろう。たとえ書いて学術誌に提出しても、査読を通るとはまず思えない。
一方で、こうした出来事はときとして人を立ち止まらせ、考えにふけらせる。そうして長く考えているうちに、しだいにそれを無視していられなくなる。そしてついには本腰を入れて取り組みはじめ、場合によっては、キャリア全体の方向性にまで影響が及ぶ。それは実際にわたしのキャリアに影響を与えた。

ようやく集まり始めた科学的な関心
しかしたいていの場合、そうした一度きりの体験は顧みられずにいる。同様の出来事を伝える声が目に見えて増え、報告の頻度が増したところで、人はそこに一定のパターンを見はじめ、知らぬふりをしているのはもはや道理に合わないことに遅まきながら気づく。そうして初めて、それらの声はより広い科学的関心を集めるのだ。
実際、最近になって、ようやく研究者たち――フライブルクのミヒャエル・ナーム、クライストチャーチのナース・モード・ホスピスのサンディ・マクラウド、(ニューヨーク州ロチェスターのメイヨー・クリニックに併設する)ロバート・D・アンド・パトリシア・E・カーン・ヘルスケア提供科学センターのジョアン・M・グリフィンの国際研究グループ、そしてブダペストのパズマニー・ペーテルカトリック大学およびウィーン大学のわたしの研究チームなど――が、終末期明晰の事例を体系的に、より詳細に調べはじめている。

過去十数年にわたり、わたしは終末期明晰とはいったい何かを理解しようとし、大量の事例報告を集めてきた。そのデータはいまも増えつつある。それでもまだ、終末期明晰は、どのひとつの事例を取っても謎に包まれている。その理由は、この現象が(臨死体験と同じく)自己の本質にかかわるなんらかの親密で実存的な、さらには精神的(スピリチュアル)な問いに触れるからにほかならない。病気、障害、そして最後に死と、さまざまな変遷をたどる人生の旅路を通じて、自己がいかに自己のままであり続けるのか、あるいはあり続けないのかは、謎のままなのだ。
したがってこれから語るのは、いまだ知られざる、より長い物語のほんの序章にすぎない。とはいえ、それはとっくに語られているべき物語であり、そしておそらくもっと大事なことに、わたしたちが耳を傾けるべき、あまたの個人の物語を含んでいる。

物語とデータ
この先で見ていくことの予習として、まずは厳密な調査研究と、その研究の個人的で経験的な側面との緊張関係について説明させてほしい。例として、あなたの事例報告書に、進行性アルツハイマー病を患う86歳の女性が終末期明晰を経験したことを書くとしよう。
報告書に書き込むのは、きっかり4つのデータ項目――年齢、性別、病名、予想外の事象(終末期明晰)だ。一方、その患者の家族は、患者が亡くなるときに実際に起きたことについて、次のようなまったく別の見方をしている。
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わたしの祖母は、数年前からアルツハイマー型認知症を患っていました。祖母を介護施設に入れると決めるのは、わたしたち全員にとって、とりわけ祖母と60年以上連れ添った祖父にとって難しい決断でした。けれどもある時点から、祖母を自宅で介護するのは、いくら最愛の相手とはいえ、老いた祖父の手には余るようになりました。
病気の末期になると、わたしが知り、愛していた祖母の面影はもうほとんど残っていませんでした。初めはわたしたちのことがわからなくなり、やがて会話がなくなって、最後は食事も食べさせてもらうようになりました。自力で食べる力がなくなったのです。
それでも祖父は毎日、祖母のもとを訪ねていました。午前中と午後に一度ずつ。わたしたち家族は、毎週日曜に会いに行きました。実際には、祖母に会いに行ったというより、祖父のサポートをしに行ったと言うほうが正しいですが。
そしてあの日、「奇跡」が起こりました。
病室の前に着いてノックをし、なかに入ると――祖父が愛おしそうに祖母の手を握りながら、なんと祖母に話しかけていたのです! 最初は、思わず自分たちの目と耳を疑いました。でもそれから、祖母はわたしたちひとりひとり(5人全員)に目を向けたのです。その大きく美しい瞳は見事に澄んでいました。忘我と無気力の濁りは、あの「死んだような目」は消え、代わりに澄みきった、生気に満ちた表情がそこにはありました。きらきら輝く水面(みなも)のような。あれほど美しいものはちょっと思いつきません。

この1年というもの、わたしたちがだれだかわからなかった祖母が、会いに行っても反応さえしなかった祖母が、家族ひとりひとりを名前で呼んでいるなんて。それまでの祖母は、手を握られたらぱっと離していました。おそらく刺激に対する無意識の反応だったのでしょうが、その日はしっかりした明瞭なドイツ語で、「戻ってこられて」うれしいと、わたしたちに会えてうれしいと言ったのです。

それから祖母は、愛おしげに夫を、つまり祖父を見つめると、おじいちゃんをくれぐれもよろしくね、とわたしたちに言いました。あの大きな家でひとり暮らしをするのは大変だから(当時、祖父はわたしの母が育った大きな家に住んでいました)、身のまわりの世話をしてくれる人が必要だとも言いました。

祖父が少し前に家政婦を雇ったことをわたしたちが話すと、祖母はこうぴしゃりと返しました。「そうなの、じゃあ教えてくれればよかったのに!」(祖母には家政婦のことを話していませんでした。会話どころか、話しかけることも1日前までは考えられなかったのです)。ですがいまの祖母は、わたしたちの言葉を明らかに理解しており、話を聞いて安心したようでした。

祖母が祖父の手を取ったので、わたしは祖父の顔を見ました。太い涙がいく筋もその頬を伝い落ちていました。嗚咽をこらえながら、祖父は絞り出すように言いました。「愛しているよ」。すると祖母は、「わたしもよ」と答えました。そのときの祖父を見つめる祖母の目といったら……これを書きながら、わたしも泣いています。あの日、祖母の目に宿った明晰さ、切迫した思い、そして愛情が、いま見ているかのようにありありと思い出されるからです。

こうした会話は20分から30分ほど続きました。それから祖母はまた横になり、じきに眠りにつきました。わたしたちは面会時間の終わりまでもう半時間ほど祖母のもとにとどまり、その後、そっと病室をあとにしました。祖父はわたしと腕を組んで病室を出ましたが、2、3メートル歩いたところで腕をほどき、介護施設の廊下を戻っていきました。もう一度だけ、妻にキスをするために。

翌朝、眠りながら安らかに…
翌朝、病棟の看護師から電話があったとき、わたしは出る前から相手がなんと言うかわかっていました。祖母が86歳で眠りながら安らかに逝ったという、そのことを。それは、わたしが今日まで目にしたなかでもとりわけ美しい、驚くべき、そして感動的な出来事でした。

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わたしのデータベースで、この事例は「CH34」(「スイスの事例、34番」という意味)となっている。先の事例説明は、最近亡くなった神経障害患者の介護者と患者の家族、合わせて数百人に送った質問票の回答に追記する形で届いた。CH34のデータは、わたしが研究している終末期明晰の現代の事例を集めたより大きなデータベースに組み込まれ、最終的にブルース・グレイソンとの共著で2019年に発表された。

もっとも、いま見たように、この種の体験には単なるデータでははかりきれないものがある。それどころか、こうした体験に比べたら、研究者が論文や報告書で発表できることなど微々たるものだ。

CH34のデータの裏側にある物語や生きた経験は、さらにはほかの数々の事例の裏側にある物語はどうなるのだろうか? 先の報告を送ってきた(患者の)孫娘は、次のような短い私信を添えていた。
「何が本当に起きたのか、あなたに知ってほしいと思ったのです。この質問票の項目では、あの日わたしたちが見たことは何ひとつ伝えられませんから」
終末期明晰の調査を始めたとき、たくさんの回答者が同じようなことを言い、また書いてきた。意外にもその声はとても多く、じきにわたしは、当初取り組んだデータ主体の手法では、何が「本当に起きた」のかをほぼ知りえないことに気づいた。
そこで終末期明晰のパイロット調査を実施した数カ月後、わたしは調査の参加者に、参加者自身の話もぜひ書き送ってくれるよう頼みはじめた。彼らが経験したことをきちんと受けとめて理解したいと思ったのだ。とりわけ一部の参加者から、自分の思いを吐き出せる場所が身近にないことを聞いて、彼らが見たり聞いたり感じたりしたことを書き込めるスペースも新たに設けた。
このような物語と、それら(もちろん、実際のデータも)が生と死の両面におけるわたしたちのあり方について教えてくれることが、わたしの研究テーマだ。ここから先は、そうした本書の主題に通じるふたつのアプローチを等しく見ていこう。そのふたつとは、個人にかかわるものとデータだ。どちらも片方が扱えない領域を扱い、互いに補い合っている。
のちに詳しく見ていくが、物語そのものが、データをさらにともなうことで、人間の本性の忘れられた側面や、魂や、尊厳、共感、つながり、意味、そしてわたしたち自身について、このうえもなく美しい物語を語りかけているように思えるのだ。

人間の生と死がもつ、無条件の意味深さと重要性
したがって私は、遠い故人の物語だけでなく、人生の終焉における心と自己のノーマンズランド(どちらにも属さない領域)を研究することから何を学べるか、ということにも焦点を置いている。この生まれてまもない研究領域とその裏側にある物語を掘り下げていけば、わたしのチームの集めている調査資料が、人間とは何者で、どこに属し、どんな希望を抱きうるかについての重要なメッセージをはらんでいることがわかるはずだからだ。
『死の前、「意識がはっきりする時間」の謎にせまる 「終末期明晰」から読み解く生と死とそのはざま』(KADOKAWA)。書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします

この研究を通じて学んだことはたくさんあるが、そのなかでも、人間ひとりひとりの生――そして死――がもつ無条件の意味深さと重要性を、確かな根拠をもとに肯定するための強力な裏づけを授けてくれるとわたし自身が考える発見について伝えようと思う。この研究は現代に、わけてもいま、この時代に切実に必要とされるメッセージを提供できると信じている。
終末期明晰に関するわたしのチームの研究成果を知れば、人生をいまよりもポジティブに捉えられるだろう。そしてその人生は、意味や共感、慰めや相互受容、支えや愛情、壊れに壊れた世界を修復する意志、そして――そう、とても強固で揺るぎない根拠に裏打ちされた、それゆえにさまざまな意味で病や死さえよりも強い「希望」にもとづいているのだ。

アレクサンダー・バティアーニ博士 Alexander Batthyany 認知科学者
ブダペスト、パズマニー・ペーテルカトリック大学の理論心理学および人格主義研究研究所(Research Institute for Theoretical Psychology and Personalist Studies)所長。ヴィクトール・フランクル研究所所長。また、モスクワ精神分析研究所の客員教授として実存的心理療法を教える。著書・編書は15冊以上あり、学術的な著作は10か国語に翻訳されている。日本を含め、世界各地での講演経験も多数。現在はウィーンとハンガリーの地方の二拠点で暮らしている。

感想
 脳は不思議ですね。
なにより、祖父が毎日午前と午後、祖母を訪ね、手を握りながらお話をしたことが、この奇跡ともいうべき時間を生み出したように思います。

 昏睡の人でも、耳が聞こえているとの報告もあります。
コーマワークとして昏睡の人に話しかける心理療法もあります。


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