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西洋美術関連ブログ 思索の断片
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ザ・ビューティフル―英国の唯美主義 1860-1900

2014-02-08 16:10:11 | 美術展


ザ・ビューティフル―英国の唯美主義 1860-1900
[英題:Art for Art's Sake: The Aesthetic Movement 1860-1900]
(三菱一号館美術館、2014年1月30日~5月6日)

オスカー・ワイルドは「すべての芸術はきわめて役に立たないものである」(All art is quite useless)との一節で、彼の唯一の小説『ドリアン・グレイの肖像』の序文を締めくくった。

耽美主義の旗手であるワイルドのこの有名な言葉からもわかるように、19世紀初頭のフランスに端を発し、世紀後半から世紀末にかけて英国でも隆盛した美意識のもとでは、芸術はそれ自体のために生み出されるのが望ましいとされた。

こうした信条を端的に示すスローガンが、今回の展覧会名の一部にも含まれている"Art for Art's Sake"(芸術のための芸術)であった。

これは余談だが、ワイルドの同時代人であるコナン・ドイルを一躍有名にした彼の代表作「シャーロック・ホームズ」シリーズのなかで、ホームズは何度か"Art for Art's Sake"という言葉を口にしている。

私が確認した限りでは(ホームズへの言及も含め)三か所で記述がみられたので、以下に引用する。
[日本語訳と頁数に関しては、新潮文庫版(延原謙訳)に従う。]

芸術のために芸術を愛する者にとっては」シャーロック・ホームズは(...)いった。「細かなとるにたらぬもののなかにこそ、強い満足を汲みとる場合がしばしばあるものだ」。
["To the man who loves art for its own sake," remarked Sherlock Holmes, (...) "it is frequently in its least important and lowliest manifestations that the keenest pleasure is to be derived".]
―――「椈屋敷」(『冒険』p.342、'The Adventure of the Copper Beeches')

[ワトスン]「どういうわけでこんな事件に深入りするのだい?解決してみたって得るところなんかないじゃないか?」
[ホームズ]「ないだろうかね?仕事のための仕事さ。君だって誰かを診療するときは、料金のことなんか考えずに、必死に病気と取っくむだろう?」
[(*Watson) "Why should you go further in it? What have you to gain from it?"
(*Holmes) "What, indeed? It is art for art’s sake, Watson. I suppose when you doctored you found yourself studying cases without thought of a fee?"]
―――「赤い輪」(『最後の挨拶』p.109、'The Adventure of the Red Circle')

「私[隠居絵具屋]のような取るにたりない男で、しかも財産をすっかりなくしたばかりのところへ、シャーロック・ホームズさんのような有名なかたが、見むきもしてくださらないのは当然とは思っていましたがな(...)」。
そこで僕[ワトスン]は、資力のことなど問題じゃないのだといって聞かすと、[隠居絵具屋曰く、]「それはそうでしょう、あのかた[ホームズ]のは芸術のための芸術ですからな」。
[“I hardly expected," he (*the colourman) said, "that so humble an individual as myself, especially after my heavy financial loss, could obtain the complete attention of so famous a man as Mr. Sherlock Holmes."
I (*Watson) assured him that the financial question did not arise."No, of course, it is art for art’s sake with him (*Holmes)," said he (*the colourman)(...).]
―――「隠居絵具屋」(『叡智』p.248、'The Adventure of the Retired Colourman')

上の三つの引用をみてわかるように、ホームズは"Art for Art's Sake"という言葉を自らの職業(探偵)に当てはめて用いている。
実利よりもむしろ、事件それ自体を自らの〈報酬〉とするという態度である。

また19世紀末英国の芸術運動の一翼を担った人物といえば、ウィリアム・モリスの名も思い浮かぶ。
彼は、〈素朴(シンプル)〉で〈美しく〉かつ〈有益〉なもので生活を満たそうとした。

有益性を志向するという意味において、モリスの美意識は一見、ワイルドらの美意識(つまり、徹底的に実利からは距離を置くもの)とは相容れないようにも思える。
しかし『ユートピアだより』の記述にも窺われるように、モリスは商業主義を厳しく非難し、私有財産のない社会を理想とした。
ゆえに、両者は決して思想的に遠くない。

枕が長くなったが、昨日プライベート・ユートピア展と合わせて、唯美主義展もみてきた。
前者の感想に関しては昨日のブログ記事でまとめた。

展覧会場でも説明書きがあったが、唯美主義をテーマとした展覧会は、(少なくとも)日本では初めてのことだという。
断片的なものはこれまでもあったと思われるが、まとまったものとしては前例がないということだ。
したがって、展覧会を開くということそれ自体が、意義のあることだと思う。

内容としても、非常に目配せの行き届いた良質の構成だったように思う。
〈唯美主義〉の運動を網羅的に示すとなると、絵画作品だけでは不十分だ。
身近な工芸品("House Beautiful"や"Book Beautiful"という言葉もある)の展示も含めて、はじめて全体像が浮かび上がる。

唯美主義のシンボルのひとつが〈孔雀〉であることは以前に聞いて知っていた。
しかし展覧会場入ってすぐの説明書きをみると、加えてもう二つ挙げられるという。

力強い男性的な美を象徴するものとしての〈ひまわり〉。
思索的で女性的な美の象徴としての〈百合〉。

実際、各作品をみても〈孔雀〉と〈ひまわり〉と〈百合〉のイメージにあふれているのが目についた。
しかしやはりというべきか、〈孔雀〉のイメージが最も印象深く目に映った。

印象に残った作品(【】内は通し番号)としては、クリスティーナ・ロセッティの詩「ゴブリン・マーケット」に寄せた兄ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティの挿絵(【20】)や、ジュリア・マーガレット・キャメロンの「《エルギン・マーブルズ》風に」(【43】)、シメオン・ソロモンの《月と眠り》(【130】)といったところか。

「ゴブリン・マーケット」に関しては、実際に書籍の形となったものをみることができたという喜び。

キャメロンの作品については、唯美主義の二大源流(ギリシアと日本)の存在をまざまざと実感した。

シメオン・ソロモンの絵画に関しては、原題をみても"Moon and Sleep"となっており特別言及はされていないが、(おそらく)明らかにダイアナとエンディミオンのヴァリエーションのひとつだろう。

雑感としてはこんなところか。

ちなみに今回、初めて美術展で「図版」を買った。
"Book Beautiful"の標語に恥じない、美しい装丁だった。
(図版のなかで川端康雄氏が「果たしてモリスは唯美主義者だったのか」という問いを立てて論じておられるのは、先ほど私がモリスについて触れた問題とも重なり、非常に興味深い。)

充実した内容の展覧会だったように思う。

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