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ジャック=ルイ・ダヴィッド 「サン・ベルナール峠からアルプスを越えるボナパルト」

2015-01-10 23:50:27 | 番組(美の巨人たち)

2015年1月10日放送 美の巨人たち(テレビ東京)
ジャック=ルイ・ダヴィッド 「サン・ベルナール峠からアルプスを越えるボナパルト」

He [ex-Professor Moriarty] is the Napoleon of crime, Watson. He is the organizer of half that is evil and of nearly all that is undetected in this great city. He is a genius, a philosopher, an abstract thinker. He has a brain of the first order. He sits motionless, like a spider in the centre of its web, but that web has a thousand radiations, and he knows well every quiver of each of them.
---Sherlock Holmes (Conan Doyle, 'The Final Problem')

ダヴィッド―。
激動の革命期を生きた、新古典主義を代表する画家。

画家が描いたアルプス越えのナポレオンの肖像画は、あまりにも有名である。

じつは、この肖像画、同じ構図のものが他に4枚ある。

 
[First Versailles version]     [Second Versailles version]

 
[Charlottenburg version (Berlin)]   [Belvedere version (Vienna)]

今回の一枚は、5枚のなかで、いちばん初めに描かれたもの。

飾られているのはマルメゾン城
ナポレオンの妻ジョゼフィーヌの住まいである。

発注したのはナポレオンではなく、スペイン王カルロス四世
この作品の出来にたいへん満足したナポレオンが、残りの4枚の制作を画家に依頼した。

一言でいうならば、典型的なプロパガンダ絵画である。
(英語版Wikipediaの「プロパガンダ」の項目にも、まっさきにこの作品の画像が挙げられている。)

ナポレオンが心を躍らせたのも当然である。
画家は、史実など考慮せず、みずからの想像で描いたのだから。
(ナポレオンはモデルになるのを嫌がり、画家に衣装や帽子のみを渡して描かせた。)

歴史資料に忠実に従ったならば、生まれるのはこのような作品だ。


Paul Delaroche, Bonaparte Crossing the Alps (1850)

史的価値は高くとも、権力者としての「自己アピール」に使おうとは思うまい。

ナポレオンはいった。
「似ているかどうかなど問題ではない。いかに英雄らしいかが重要なのだ。」

ナポレオンが乗っていたのは馬ではなく、じっさいにはロバ。
また、馬に乗るナポレオンの姿を画家が描いたのは、彼の低い身長をごまかすためであったともいわれる。
これは、絵画の世界においては、いってみれば常套手段でもあった。

「男のファッションの最高峰は軍服である。なぜなら軍服には老若問わず男をその気にさせる何かがあり、特に甲冑姿となると、ふだんは抜けた顔つきでもキリリと見えるし、太りすぎでも痩せすぎでも緩和され、背が低ければ馬に乗ればよく、顔が長すぎれば馬の隣に立てばよく、それでも如何ともしがたい場合には、フルフェイス型の兜を被って目だけ出せばよい。」(中野京子 『名画に見る男のファッション』 46-47頁)

さて、少し気になるのは、最初のヴァージョンにおけるナポレオンの服の色。
画家は、この作品だけ、服の色を黄色で描いた。
他の4作品はすべて、赤色である。

これは、ほかならぬ、ナポレオンの「たくらみ」、そして「野望」であった。

黄色は、将軍の色。
したがって、画家がこの色を選択するのはきわめて自然。

赤は、王の色。
つまり、いまだ軍人の身にありながら、ナポレオンは、自分が王になることを広く「アピール」したのだ。

おそるべき自己宣伝力。

もういちどダヴィッドの絵をみてみよう。
山越えの最中の馬に乗っていながらも、ナポレオンだけは、ピタッと静止している。
まさに、動と静の融合。

それはさながら、「犯罪界のナポレオン」、モリアーティー教授のように。
彼もまた、巣の中心で糸を引く蜘蛛のごとく、じっと動かず、すべてを支配している。

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