leonardo24

西洋美術関連ブログ 思索の断片
―Thoughts, Chiefly Vague

早良俊夫 「雲仙観光ホテル」

2014-03-29 22:42:49 | 番組(美の巨人たち)

2014年3月29日放送 美の巨人たち(テレビ東京)
早良俊夫 「雲仙観光ホテル」

長崎・雲仙。
地名の由来は「温泉」の訛りだという。

昭和天皇も宿泊されたこのホテルが開業したのは1935年のこと。
2003年に国の登録有形文化財となって以降、数年をかけて大改装が行われた。

リニューアルのコンセプトは、「新しくノスタルジア」。
形容矛盾にも思えるが、そうとも限らない。

思い出してみよう、ラファエル前派の革新性は何であったか。
兄弟団は中世あるいは初期ルネサンスの芸術を賞賛しつつも、単なる〈懐古〉に終始したわけではない。
彼らが求めたのは、〈新たな美〉を生み出すことであった。

今回の大改装のひとつの目玉は、客室の壁の装飾。
新たに壁を飾るのは、ラファエル前派第二世代のひとり、ウィリアム・モリスの手掛けた美しいデザインである。

「新しくノスタルジア」という理念を導いたのは、19世紀英国の美術革命に他ならなかったのだ。


(画像をクリックすると雲仙観光ホテルの客室案内ページへ)

サミュエル・ベケット 『ゴドーを待ちながら』

2014-03-27 22:38:54 | 書籍(その他)

(画像をクリックするとアマゾンへ)

サミュエル・ベケット
ゴドーを待ちながら
安堂信也、高橋康也(訳)
白水社
2013

『ハムレット』に匹敵するともいわれる不条理文学の傑作『ゴドーを待ちながら』。

作者ベケットはドイツ・ロマン主義の画家フリードリヒ(1774-1840)の作品にインスピレーションを受けて、この戯曲を書いたという。


《月を想う男と女》

画家の脳裏にあったのは、あるいは同主題のこちらの絵か。


《月を眺める2人の男》

『ハムレット』と『ゴドー』。

表面上は対極にあっても、根源的には共通した問題意識を喚起させる。

(参考)
・"Waiting for Godot and Caspar David Friedrich" (ブログ)

ビートたけしの超訳ルーヴル (II)

2014-03-19 21:27:40 | 番組(その他)

2014年3月18日放送
開局60年特別番組(日本テレビ)
ビートたけしの超訳ルーヴル

――――――――

[続き]

昨日の記事に引き続き、日本テレビのルーヴル美術館特集について。
今回はビートたけし氏以外の出演者三名(大泉洋、井上真央、池上彰各氏)の担当された内容をまとめておきたい。

●大泉洋氏

取り上げられていたのは主に次の四点。

1. 《モナ・リザ》の購入録

もともとは王宮であったルーヴルが美術館として開館したのは1793年のこと。
しばらくの後、ナポレオンの命により、収蔵されている美術品がルーヴルへともたらされた経緯がまとめられた。

レオナルドをフランスに招いたのは時の王フランソワ一世
記録帳には《モナ・リザ》の購入者が彼であること、またそのときの購入金額などが書かれていた。

もっとも、番組内でも言われていたように、この購入録がつけられたのは《モナ・リザ》がフランスに渡ってきてから300年近くたっており、ゆえに金額の正確さについては鵜呑みできない。

2. 《死者の書》

2012年に森アーツセンターギャラリーで「大英博物館―古代エジプト展」が開かれた[下図参照]。
この展覧会の目玉が、《死者の書》であった。


古代エジプトの来世観が記されている《死者の書》。
死者と一緒に埋葬されたこの文書が書き上げられるまでには、非常に多くの労力と費用が要された。

3. 〈額縁〉コレクション

様々な専門家が働くルーヴル美術館。
〈額縁〉のエキスパートも存在する。

ルーヴルに限ったことではないのだろうが、美術館に持ち込まれる作品のなかには、異なる時代の額縁がつけられていることも少なくないという。
そこで、作品の描かれた時代に合った額縁を選び、カンヴァスを縁どるのが、〈額縁〉のエキスパートの仕事である。

番組内で扱われていたのは次の作品。
ゴシック期の画家チマブーエの《六人の天使に囲まれた荘厳な聖母》である[下図参照]。
専門家曰く、この絵が「額縁の歴史の始まり」であるという。


ちなみに、日本語で読める〈額縁〉に関する書籍には、たとえば以下の二点がある。

  
(画像をクリックするとそれぞれアマゾンへ)

4. 〈隠し扉〉

舞踏会で楽器を演奏する音楽家たちのための通路が紹介されていた。

華々しい回廊とは打って変わって地味な通り道。
まさに、〈ルーヴルの裏側〉である。

●井上真央氏

布施英利
氏とともに、作品に描かれている〈料理〉や〈動物〉などのモチーフに着目していくという内容。
彫刻をはじめとした立体作品も扱われていたが、ここでは絵画作品に絞ってまとめておく。

〈料理〉に関わる作品としては、ヴェロネーゼの《カナの婚礼》やローの《狩場の休息》が挙げられていた[下図参照]。
布施氏曰く、《カナの婚礼》に描かれている料理が意外にも質素なのは、「もともと修道院に飾る絵画だったため、贅沢は控えようという意図」とのこと。


(左:《カナの婚礼》/右:《狩場の休息》[画像はブリストル美術館(イギリス)に所蔵されている模写])

また〈動物〉関連の絵画としてはボワイの《ガブリエル・アルノーの肖像画》が紹介されていた[下図参照]。
当時、〈ネコ〉は貴族のステータスシンボルであった。


●池上彰氏

池上氏が紹介したのは二つの〈新たなルーヴル〉であった。

フランス北部の都市ランス
2012年、この地に開館したのが、ルーヴル美術館の分館にあたるルーヴル・ランスである。

設計したのは二人の日本人、妹島和世西沢立衛である。
SANAAというユニットを組む二人が建てたこの分館は、作品をジャンルごとにではなく時系列で並べて展示しているところにその特色がある。

〈時のギャラリー〉と呼ばれる、壁のない展示空間。
訪れた人たちは、芸術作品が時代ごとに移りゆくさまをまざまざと実感する。

ルーヴル・ランスという〈第二のルーヴル〉に引き続き、〈第三のルーヴル〉も建設中である。
場所はアブダビ(アラブ首長国連邦)、その名もルーヴル・アブダビである。

開館予定は2015年12月。
パリのルーヴルの直轄ではなく、あくまで〈ライセンス契約〉、つまりは名前貸しだ。
200~300点の美術品を10年ほどの周期で、ルーヴル美術館のみならず、オルセー美術館ポンピドゥー・センターからも借りることになるという。

この〈第三のルーヴル〉は、なんと海上に建設されるという。
景観はともかく、湿気の問題は大丈夫なのかという点が気になる。

―――――

まとめとしてはこんなところである。

《サモトラケのニケ》の修復や〈第三のルーヴル〉など、今後のルーヴル美術館の展開が非常に気になる。


ビートたけしの超訳ルーヴル (I)

2014-03-18 23:49:33 | 番組(その他)

2014年3月18日放送
開局60年特別番組(日本テレビ)
ビートたけしの超訳ルーヴル

日本テレビで放送されたルーヴル美術館特集。
昨年の特別番組第一弾に引き続き、今回はその第二弾となる。

出演者はビートたけし氏をはじめとして、池上彰、井上真央、大泉洋の各氏を合わせて四名。
それぞれ順に内容を振り返っていこう。

まずはビートたけし氏。

日本人の好きな〈ルーヴル作品〉について、日本テレビは街頭調査を行った。
その結果、上位10作品に選ばれたものについて、たけし氏がコメントを加えていくという内容。

最初にその10作品をすべて挙げておこう。





7 ラファエロ 《聖母子と幼き洗礼者聖ヨハネ
8 フェルメール 《レースを編む女
9 アングル 《グランド・オダリスク
10 レオナルド 《岩窟の聖母


(以下、各作品に対する個人的な感想。「」内はたけし氏の言葉)

1(モナ・リザ)...文句のないところだろう。
「美術界のお伊勢参り」という表現、言い得て妙ではないかと思う。

2(ミロのヴィーナス)...「省略の美」、「日本でいえば、すごい盆栽」。
断片の美学である。

3(民衆を導く自由の女神)...「絵じゃなきゃできない」、「写真では同じ構図にならない」。
写真技術の発達を受け、ドラローシュが1839年に「今日を限りに絵画は死んだ」と宣言した(フランク・ウイン 『フェルメールになれなかった男』 40頁)ように、実際にドラクロワ自身も写真技術のことが念頭にあったとしてもおかしくない。

写真の発明は、多くの画家たちにとって脅威であったと同時に、〈絵画にしかない表現可能性〉について考えをめぐらすきっかけともなった。

4(ナポレオン1世と皇妃ジョゼフィーヌの戴冠式)...「宣伝写真」。
ナポレオンがいわゆる〈自己アピール能力〉に長けていたことの証左であると同時に、ダヴィッドという画家の追従的な態度も目に浮かぶ。

5(ハンムラビ法典)...この10作品のなかではやや異色。
目には目を。

6(サモトラケのニケ)...現在は修復中。
再び展示されるのは今年の夏ごろになるかということだ。

7(聖母子と幼き洗礼者聖ヨハネ)...「わかりやすい」「家族愛、母性愛」「よくあたるホームドラマ」。
〈聖母子の画家〉の面目躍如といった作品である。

8(レースを編む女)...〈この娘の持つ、目に見えない針を中心に、宇宙全体が回っていることを私は知っている〉とダリが絶賛した絵画(→参考、[何かの本のなかで言及されていたように思うが、出典が思い出せない・・・])。

9(グランド・オダリスク)...長い。

10(岩窟の聖母)...こちらがナショナル・ギャラリー(ロンドン)版の《岩窟の聖母》。
たけし氏の言うように、画家が〈本当に〉描きたかったのはルーヴル版の方なのだろう。

たけし氏は、聖母マリアの顔に画家本人の「弱ったな~・・・」という思いをみてとっていた。
面白い。


(左:ルーヴル版/右:ロンドン版)

――――

参考までに、たけし氏の美術書で大英博物館を扱ったものもある(『たけしの大英博物館見聞録』)。
氏独特のユーモアにあふれた一冊になっている。

長くなったので、たけし氏以外の三名の放送分に関してはまた改めて書くことにしよう。

超訳。

カラヴァッジョ 「いかさま師」

2014-03-15 23:12:13 | 番組(美の巨人たち)

2014年3月15日放送 美の巨人たち(テレビ東京)
カラヴァッジョ 「いかさま師

[カラヴァッジョ]が欲しかったのは真実、自分が見たままの真実だった。
だから、古典的な手本にはなんの魅力も感じなかったし、「理想の美」など気にもかけなかった。
彼はいままでの絵画の常識を捨てて、美術をゼロから考え直そうとした。

                         (ゴンブリッチ 『美術の物語』 298頁)

バロック絵画の扉を開いた画家カラヴァッジョ。
彼の主導した〈光〉と〈影〉の革命は、大げさにいえば、17世紀の西洋絵画の道筋をも規定した。
ゴンブリッチもまた前掲書のなかで、画家を「革命家」と呼んでいる(354頁)。

カラヴァッジェスキ(カラヴァッジョ派)に属するとされる画家の顔ぶれをみれば、彼の影響力の大きさがよくわかる。
ルーベンスベラスケスレンブラント・・・。
みな、17世紀バロック絵画を代表する画家たちである。

一般に、とりわけカラヴァッジョやレンブラントらの絵画にみられる〈光〉と〈影〉の明暗法のことを、絵画用語でキアロスクーロという。

こうした画法のみならず、カラヴァッジョは、その人生もまた明暗のコントラストが強烈であった。
彼の生き方は映画にもなっている。(→参考[下図参照])


さて、今回の作品は彼の初期の代表作《いかさま師》。

画面左の男性の純朴さが印象的だ。

番組のなかでも指摘されていたように、この男性の顔の右半分にかかる影が、のちに起こる災難を予兆しているかのようでもある。
一種の「劇的アイロニー」と言えなくもない。

また、中央の男性は画家の自画像という説もあるそうだ。
人差し指と中指を立てた右手が、あたかも絵筆をもってカンヴァスに向かう画家自身の様子を鏡に映したものではないかという説だ。

なかなか興味深い。

番組内では、絵画修復家であるロベルタ・ラプッチ氏による、カラヴァッジョに関する最新研究の内容が紹介されていた。
曰く、カラヴァッジョは「直接投影法」なる画法を用いて絵画を制作した。

19世紀初めに発明された写真技術を200年ほど先取りしていたというこの見解が確かであれば、カラヴァッジョにまつわるいくつかの〈謎〉が解明される可能性が高いという。

たとえば、
・ほとんどデッサンが残っていない
・初期の作品に描かれている人物の多くが左利き
・後年になって同じモデルを用いて描き、今度は右利きになっている
といった問題。

ラプッチ氏の研究については、2009年3月のBBCニュースでも取り上げられているので、興味のある方は参照されたい。

氏の主張というのは、簡単に言ってしまえばこうである。

カラヴァッジョは複雑な装置を用いて直接カンヴァスに像を写し取り、そこに着色を施した。
ゆえにデッサンがほとんど残っていない。

初期の作品に描かれている人物の多くが左利きだったのは、〈反射装置〉の構造をよく理解していなかったため。
それが後年になると進歩がみられ、右利きの人物像が増えた。

17世紀オランダ黄金期を代表する画家フェルメールもまた、カメラ・オブスクーラなる装置を用いて絵画を制作したとされる。
カラヴァッジョとフェルメールとがほぼ同時代に生きていたことを考えると、ラプッチ氏の説はそれほど突飛ともいえないだろう。

しかしなお、〈謎〉が完全に解明されたわけではない。
番組内でも言っていたが、今回の作品《いかさま師》に象徴されるように、ほんとうに〈騙されている〉のは実は我々なのかもしれない。

最後に、こちらもバロック期の画家に分類されるラ・トゥールの手による同主題の絵画を貼り付けておこう。


カラヴァッジョの《いかさま師》も、ラ・トゥールの《いかさま師》も、テキサスのキンベル美術館に所蔵されている。
もっとも、ラ・トゥールの方に関しては、ルーヴルにも、ほぼ同じ別ヴァージョンの作品があるということだ。(参考

一応、両者を並べておこう。


(左:テキサス版 / 右:ルーヴル版)

衣服の色合いが若干異なっている。

ラ・トゥールもカラヴァッジェスキ。

当時にあってカラヴァッジョの影響力は、現代では想像も及ばないほど大きかったのだ。