月の頭に、日本子ども社会学会大会で
「「子ども社会」とは何か?」というワークショップがあり、
「“「子ども社会」とは何か”の歴史社会学」という報告をしてきました。
”「子ども社会とは何か”というお題をいただいたので、
「「「子ども社会」とは何か?」とは何か?」と問いをずらさせていただき
拙著の知見をもとに、次のような報告をしました。
①「子ども社会」というキャッチフレーズは、
大人の押し付けを反省して子どもの世界を見ようという「心構え」を
あらわしていること
②そのお題自体が20世紀繰り返されていること
③学会設立の90年代前半には、より反省度合いを増して
このお題が問われる状況があったこと
(その中で、記述系と実践系学問が合流したこと)
④そのお題を問い続けている現在には、
④-1)反省され居心地よくなった場に「子ども社会」がゆるく
存在し続けてしまっていることの困難
④-2)大人の思い込みを不断に反省し続けながら
子どもと向かい合わねばならない現場がある困難
などがあること
反応を見るに、
こういうった「反省」はおおかたすっと受け入れられるのが
「子ども社会」への問いの現在のようでした。
ただ一方で、子ども社会が弱体化しつつあるという認識の下、
実践を立ち上げようとしている方からは、こういう「反省」への
直観的反発もあることをいつものことながら実感しました。
(ここでいう実践は、カウンセリングなどというより、
もっと「仕掛ける」系の実践です。)
こういった反応の布置自体が、「「子ども」語り」の現在ということで、
検討課題をお持ち帰りしましたとさ。
今更覚え書きでした。


「「子ども社会」とは何か?」というワークショップがあり、
「“「子ども社会」とは何か”の歴史社会学」という報告をしてきました。
”「子ども社会とは何か”というお題をいただいたので、
「「「子ども社会」とは何か?」とは何か?」と問いをずらさせていただき
拙著の知見をもとに、次のような報告をしました。
①「子ども社会」というキャッチフレーズは、
大人の押し付けを反省して子どもの世界を見ようという「心構え」を
あらわしていること
②そのお題自体が20世紀繰り返されていること
③学会設立の90年代前半には、より反省度合いを増して
このお題が問われる状況があったこと
(その中で、記述系と実践系学問が合流したこと)
④そのお題を問い続けている現在には、
④-1)反省され居心地よくなった場に「子ども社会」がゆるく
存在し続けてしまっていることの困難
④-2)大人の思い込みを不断に反省し続けながら
子どもと向かい合わねばならない現場がある困難
などがあること
反応を見るに、
こういうった「反省」はおおかたすっと受け入れられるのが
「子ども社会」への問いの現在のようでした。
ただ一方で、子ども社会が弱体化しつつあるという認識の下、
実践を立ち上げようとしている方からは、こういう「反省」への
直観的反発もあることをいつものことながら実感しました。
(ここでいう実践は、カウンセリングなどというより、
もっと「仕掛ける」系の実践です。)
こういった反応の布置自体が、「「子ども」語り」の現在ということで、
検討課題をお持ち帰りしましたとさ。
今更覚え書きでした。

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