ゼミ公式企画として行きました。
評判よかったけど、たしかによかったです。
何より、展示のコンセプト設定がとてもいいと思いました。Go betweensというだけで、何の境界を行き来するのかはゆるく設定してあります。この明確かつゆるい枠組み設定によって、大人と子ども、国境や人種、階級、現実と想像…と様々な境界を超えていく子どもを扱えます。そのため、多様な作品群が形成され、見る側は子どもを特定の形で本質化できなくなっていきます。
たとえば、児童労働させられる20世紀初頭の子どもにショックを受けても、あとにはひとりでご飯を食べたりゲームをしたりする現代の子どもが出てきます。児童労働から解放された子ども時代がこれなのだろうか?と思わされます。さらに在日や国際養子の子どもたちを描くことで、国民国家や生殖家族を前提とした子どもの育ちのイメージが揺さぶられます。
そうかと思えば、ピカソを見て真剣に議論する子どもたちや、シャツが着られない子どもなど、ある年齢を過ぎたらこういう行動、議論はできないなという子どもたちの映像が続きます。やっぱり子どもらしさってあるかな?という気分にもなります。
果ては子どもに「地獄」を表現させるあのワークショップ作品です。ひとりでトイレに行かない子が行く地獄、8000年出られないなど、など妙に現実的な部分と空想的な部分が混在した作品群に、子どもらしいとは何だったかが揺さぶられます。
「地獄」は本当に秀逸で、一方で、やっぱり子ども時代にしか表現できない世界があると思ってしまうのですが、他方で、心の隅で、ある年齢以上の人が自由に「地獄」をつくれと言われても意外とあんな感じになるかしら?とか(上司の説教から逃げられない地獄とか、8000年クレーマーに対応地獄つくりそう)、ハインの写真の工場で労働している子に「地獄」をつくらせたら何をつくるのだろう?などと思わされました。
ちらしの解説には「子どもの視線で新しい価値を創造」云々というような話で書かれていますが、「子どもの視線で」とはこういう話ではないかという先入観がいい意味で撹乱され、「子どもが新しい価値をつくる」という理屈自体を掘り崩していく感覚を覚えました。
と、無理やり言葉にしてみましたが、言葉にできない楽しさと衝撃を受けたというのが正直なところです。ひとつひとつの作品が楽しいですし、アートの底力を体感するとでもいうような不思議な空間でした。楽しかったです。みんなで見たので夜景まで含めて3時間コースでした。
ちなみに、2006年の写真(子どもの時間)の写真が、ちょうど学生が小学生だったころらしく、写っているものについて教えてもらえてよかったです。写真見ただけじゃ、プラレールとかXboxとかおジャ魔女どれみとかわからないもの笑
子どもたちがキャプションをつけるワークショップが行われ、7月後半以降展示されるそうです。非常に気になります。図録が後日販売だったのはそれを待っているのかな?と思っており、図録が出たら買おうと思います。
http://www.mori.art.museum/contents/go_betweens/index.html
(追記)2014/07/06 学科ブログ「日々の社会学科」に学生が寄稿してくれました。
http://sg.meijigakuin.ac.jp/archives/2850/
評判よかったけど、たしかによかったです。
何より、展示のコンセプト設定がとてもいいと思いました。Go betweensというだけで、何の境界を行き来するのかはゆるく設定してあります。この明確かつゆるい枠組み設定によって、大人と子ども、国境や人種、階級、現実と想像…と様々な境界を超えていく子どもを扱えます。そのため、多様な作品群が形成され、見る側は子どもを特定の形で本質化できなくなっていきます。
たとえば、児童労働させられる20世紀初頭の子どもにショックを受けても、あとにはひとりでご飯を食べたりゲームをしたりする現代の子どもが出てきます。児童労働から解放された子ども時代がこれなのだろうか?と思わされます。さらに在日や国際養子の子どもたちを描くことで、国民国家や生殖家族を前提とした子どもの育ちのイメージが揺さぶられます。
そうかと思えば、ピカソを見て真剣に議論する子どもたちや、シャツが着られない子どもなど、ある年齢を過ぎたらこういう行動、議論はできないなという子どもたちの映像が続きます。やっぱり子どもらしさってあるかな?という気分にもなります。
果ては子どもに「地獄」を表現させるあのワークショップ作品です。ひとりでトイレに行かない子が行く地獄、8000年出られないなど、など妙に現実的な部分と空想的な部分が混在した作品群に、子どもらしいとは何だったかが揺さぶられます。
「地獄」は本当に秀逸で、一方で、やっぱり子ども時代にしか表現できない世界があると思ってしまうのですが、他方で、心の隅で、ある年齢以上の人が自由に「地獄」をつくれと言われても意外とあんな感じになるかしら?とか(上司の説教から逃げられない地獄とか、8000年クレーマーに対応地獄つくりそう)、ハインの写真の工場で労働している子に「地獄」をつくらせたら何をつくるのだろう?などと思わされました。
ちらしの解説には「子どもの視線で新しい価値を創造」云々というような話で書かれていますが、「子どもの視線で」とはこういう話ではないかという先入観がいい意味で撹乱され、「子どもが新しい価値をつくる」という理屈自体を掘り崩していく感覚を覚えました。
と、無理やり言葉にしてみましたが、言葉にできない楽しさと衝撃を受けたというのが正直なところです。ひとつひとつの作品が楽しいですし、アートの底力を体感するとでもいうような不思議な空間でした。楽しかったです。みんなで見たので夜景まで含めて3時間コースでした。
ちなみに、2006年の写真(子どもの時間)の写真が、ちょうど学生が小学生だったころらしく、写っているものについて教えてもらえてよかったです。写真見ただけじゃ、プラレールとかXboxとかおジャ魔女どれみとかわからないもの笑
子どもたちがキャプションをつけるワークショップが行われ、7月後半以降展示されるそうです。非常に気になります。図録が後日販売だったのはそれを待っているのかな?と思っており、図録が出たら買おうと思います。
http://www.mori.art.museum/contents/go_betweens/index.html
(追記)2014/07/06 学科ブログ「日々の社会学科」に学生が寄稿してくれました。
http://sg.meijigakuin.ac.jp/archives/2850/