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京都童心の会

ほっこりあそぼ 京都洛西の俳句の会
代表 金澤 ひろあき
俳句 冠句 自由律 詩 エッセイなど同好の人たちと交流

ひょうたんなまず

2016-04-30 15:12:19 | 日記
ひょうたんなまず
    金澤 ひろあき
 2016年4月、京都国立博物館の特別展「禅」で、ひょうたんなまずの絵を見ました。
 京都の妙心寺の退蔵庵というお寺が持っている絵です。
足利四代将軍が禅の高僧達に向けて、「つるつるのひょうたんで、ぬめぬめのなまずを捕らえるにはどうしたらよいか」という問いを出したそうな。とんち話みたいな禅問答ですが、中国の故事に基づいたものだそうです。
 それに対する禅僧の答が書いてあり、答の下に絵があります。
 おじさんが川べりに立っていて、手にはひょうたんを持っています。川の中にはなまずが一匹、「どうだ、つかまえてみろ」と言わんばかりに泳いでいるのです。
 まあ、私達の人生でも、ひょうたんでなまずをつかまえようなんてことばかりしているのかもしれません。
 ひょうたんにどこ吹く風のなまず面  ひろあき

 毎月の童心の会の冒頭に、こんな感じで好き放題に書かせていただいています。皆さんの文もお待ちしております。

詩 達人

2016-04-28 12:06:48 | 日記
【詩】「詩人会議」2016年2月号に
載せて頂きました。

達人
金澤 ひろあき
人生の達人の
おばあちゃんが
「死ぬまではひまつぶし」と
言ったそうな

ひまつぶしなので
あせらずにはたらき
ハタをラクにするのが
楽しいそうな

達人じゃない僕は
あくせくあくせく
働いているけれど

「死ぬまではひまつぶし」で
こころとからだが
ほっこりしたよ

これでこりずに

2016-04-28 12:03:35 | 日記
◇これでこりずに
        金澤 ひろあき
 国語の研究会「土曜日の会」で、同志社大学を会場として使えるのが本年度(2010年度)いっぱいという話しを聞いてから、毎月出席するようにしています。同志社大学の教室から見る秋の風景。それは御所の紅葉であったり、クリスマス準備のための、木に電飾を飾り付ける工事であったりですが、今年度限りだと思うと、感慨深いものです。
 さて、11月の句会で五句準備。
  ねこじゃらし持つ手書き順教へけり   ひろあき
 昨年もねこじゃらしの句でしたね。二番煎じと言われるかも……。まあ、いいや。ねこじゃらしのあの感じ、好きだもの。
  愛し合ふ火事の現場が大きすぎ     同
 ちょっときわどいかな。私の好きな櫂未知子(かいみちこ)さんの句、「火事かしらあそこも地獄なのかしら」「ストーブを蹴とばさぬよう愛し合ふ」の本歌取り。
  秋深む手を当てお腹の子に語る     同
 これは見たままの光景を見たままに。
  匿名の一人となってゐるマスク     同
 お面も仮面も別人格にさせてくれるけれど、マスクはそこまではいかない。でも……というところを表したいな。
  かまきりのかまをふりあげおぼえてろ  同
 全部ひらがな書きで、かまきりのへっぽこぶりを表したかったのですが、うまくいったかどうか。
 同志社大学の会場で待っておりましたら、皆さん続々集合。詩人の荒賀先生。指導される岩城久治先生。深谷先生。大石先生……とここまでは例年通り。庄司佳子さんおみえになる。久しぶりです。御無沙汰しています。私の知り合いの康玲子さんも参加下さいました。ありがとうございます。
 ありゃ、若いお嬢さんたちが四人来られたよ。へや間違えてませんか。間違いじゃない。深谷先生に誘われた同志社大学の学生さん。そうですか、お気の毒に……じゃない、よく来て下さいました。
 皆さんの句を拝見いたします。
  木枯や膝に熱持つ化膿菌       岩城 久治
 私も実は同じ体験がありまして、詳しくは恥ずかしいので申しあげられません。なかなか治りませんでね。自分の体なのに自分の意のままにならないあの感じ……。よく出ています。
  終戦日戦火の中の白い船       荒賀 憲雄
 夏に舞鶴へご一緒した時、この話をうかがいました。強烈な体験ですね。
  泥(なづ)みつつ族譜書きをり曼珠沙華    大石 征勝
 「泥(なづ)みつつ」という表現。私からは出ませんが、そこに魅かれるんです。「族譜書きをり」の血族への思いの深さ。まだ、今の私には、そこまでの心境に至っておりません。赤い「曼珠沙華」も、内容に合ういい選択ですね。
  小春日や小瓶の中のゴビの砂     庄司佳子
 ゴビ砂漠……たぶんシルクロードの旅の思い出もつまっているのでしょう。荒々しい自然の一部であったものが、おとなしく小瓶に詰められ、日本の小春日のおだやかな自然の中にあるというところ。本来結びつかないものどうしが結びつけられているおもしろさがあります。
  もの言はぬ息子帰京(かへ)りて天高し    深谷 純一
 「もの言はぬ息子」か。私もそんなもんです。でもどうしてなんでしょうね。親にはあまりしゃべれないというのは。
  くりめしの湯気の向こうは極楽か   中林 沙也香
 手慣れた作りぶりだなと思ったら、はじめてだそうで……。おじさん受けした句でした。
  はずれ道月夜がくれた影二つ     康 玲子
 恋の句かな。「月夜がくれた」がムード満点。               二枚目
  れたられた心残りの秋の風      藤沢 麻紘
 「れたられた」は流行の若者言葉かなと思っていたら、なんと江戸古川柳からの表現だそうです。「ほ」の字を省略だそうで。種明かしをされると、「アッ」という句。ズバリ言わなくてもわかるというのが、江戸の「粋」なんでしょう。
  ちゃぶ台も衣替えだとコタツ出し   山田 千鶴
 生活感あるな……、え、女子大生の句ですか。でも、一人暮らし、下宿のころ、私も生活感たっぷりでした。
  珍しく子が早起きす麻の雪      高橋 里佳
 雪を見るとうれしい……というのはなぜなんでしょう。「雪月花」という伝統の美意識もあるんでしょう。雪のおとぎ話、昔話、多いですしね。古代の人類にとっては、雪は生活や生存を妨げるものであって、何一つありがたいものじゃなく、(今も雪国じゃそうでしょう)、でもそれを楽しく考えたり美しく考えるという心の働きが、人間を動物から「ヒト」にしたんでしょうね。
  涸れ川に水の流れてまた時雨     寺井 治夫
 「また時雨」に、何か思いをこめているんだろうな。もっと別の心象表現・風景描写などと結びつけると生きてくる言葉だな、と感じます。
 新しい方との交流は新鮮でした。これにこりずにまた来て下さいね。あんまりかまえて、難しく考えないように。ある有名な俳人の方が、若い頃、最初に出た句会で、「ゆず湯(お風呂)」を「飲んじゃった」句を作られたそうで…
…。最初はみんなそういうもんです。

秀吉が建てたお寺

2016-04-28 11:58:29 | 日記
秀吉が建てたお寺
          金澤 ひろあき
 京都というと「平安時代」というイメージが強いですが、意外に平安時代のものは残っていません。都なので戦乱が多かったというのが大きな原因のようですし、平和であっても、人間の生活は変化して行きますので、変化に伴って街の様子も変わるものです。
 今の京都のもとを作ったのは豊臣秀吉だそうです。鴨川治水をやり、町割りをやり、お寺を建て、まわりには防壁を築く……。一定の都市設計プランに従って作っています。
 東山七条の鴨川より東に、今はもうありませんが、大仏を作ったり、子どもの菩提寺を作ったり、自分の墓を作ったりしています。今日行った妙法院というお寺も、その一角にあります。(この話は、2010年秋の特別公開期間中のことです。いつも入れるかどうかはわかりませんので、ご注意下さい。)
 もとは天台宗で、日吉神社関係で建てられたそうですが、例によって応仁の乱で焼亡。豊臣秀吉の大仏建立に伴って再建したそうです。
 大仏殿完成の折、秀吉は亡き父母のため、千僧供養と言って、千人の僧にお経を読ませたというのですから、まあ秀吉らしい。千人の僧を呼ぶのですから、その人達の世話がいります。ご飯も用意しなくちゃいけない。その時作った台所(くりや)の一部が妙法院に残っていて国宝とか。台所も有名人が建て何百年も残ると国宝なんですね。でも私達庶民の台所も、何かのひょうしに二百年ほど残ったら……。まあ無理ですか。
 妙法院の台所には大黒天と「得此生」(この生を得る)と墨で書かれたナベブタが祀られておりまする。ボランテイアガイドのかわいらしいお嬢さんが一生懸命説明してくださるのですが、あまりよくわかりませぬ。
  天高しおっとり説明京女    ひろあき
 台所を抜けると明るい中庭。白砂に松。カラスが元気に鳴いています。
 その後、大書院。例によって狩野永徳、光信のふすま絵。江戸時代、狩野派は盛んだったんですね。地方のお寺や地主さんのご子孫の家でも、家宝にされていますしね。この書院の中庭が伏見城のものを移したもの。建物は東福門院(徳川秀忠の娘)の住んでいたもの。桃山から江戸初期尽くしです。
 その隣の部屋には不動明王をはじめ、仏像がたくさん。通りかかった若い坊さんが、説明してくださいました。「天台宗は一気に仏像を並べます。みなお釈迦様の化身だからです。」とのことです。
  天高しハキハキ答ふ若き僧   ひろあき
 その後、宝物蔵。これが本当に「蔵」です。展示ケースのガラスがべるぎーガラスで、今は製造してない貴重品とのこと。割ったら大変ですね。ガラスケースの中には、豊臣秀吉の茶道具。利休作の茶杓や茶に関する書。茶入れ、壷。
 赤楽茶碗はありますが、利休が最も好んだ黒楽茶碗はありません。秀吉と利休、好みが違っていたのかもしれません。
 宝物の中で圧巻は、インドのゴアにいたポルトガル副王ドントワルテが豊臣秀吉に宛てた手紙。ポルトガル語は読めませんが、だいたいの内容説明をきくと、こんな内容だそうです。「当時キリスト教禁止令を出した秀吉に対し、緩和を求めたもの。秀吉を正式の日本支配者として認め、秀吉の名のところは金文字で書いている。外交文書で秀吉を正式の支配者として認めた最古のもの。」とか。
 でも秀吉、日本だけでなく、朝鮮、明を支配した後、インドまで攻めるつもりだたつぉうで、このポルトガル副王とも戦うつもりだったのかしらん。
  ポルトガル文書金文字秋の風  ひろあき

京都童心の会 2013年記念号より

2016-04-27 11:44:11 | 日記
京都童心の会 2013年 記念号より

転んだら空の青さの深いこと      青島 巡紅
母死す穴のあいた掌          野谷 真治
抱きあげる子に日の匂い労働祭     中野 硯池
電話鳴る待ちかねた声涼のくる     二神 大輔
父母とレンズはみ出しランドセル    岡畠 さな子
除夜の鐘ゴオーン御恩と鳴り響く    坪谷 智恵子
ソネットの四四三三つくしんぼ     金澤 ひろあき
祝婚を終えし木屋町路地おぼろ     宮崎 清枝
おうい雲一度でいいから乗っけてくれよ 木下 藤庵
頑張れよ互いに声かけ路傍の露草    遠藤 修司
自転車を先導している花吹雪      三村 須美子
帰省の子琵琶湖を巡るバスに会う    内薗 日出杜
帰れないの故郷には髪自分で切る    佐藤 駿司
虹の橋山と山とが手をつなぐ      植野 政好
ねる子育つばあちゃん寝て育つかな   川村 薫
敗戦忌直立不動の戦死の遺影      暉峻 康瑞
豆まきや誰を鬼にするのか論じ合う   村上 喜代司
十月の夫も三十五年添いし夫も同じ重さで心に残る
                   畑 ヨシ枝
こうもり傘の雪ばさっと落とす母の音  西畑 公喜
ほのめかされ「ばか」と答ううれしさよ 河本 美子
悲しいのに食べている         島田 茶々