松尾芭蕉 『笈の小文』 口語訳
金澤ひろあき
七 吉野へ杜国と
陰暦三月中頃過ぎに、そぞろに浮かれ心の花が、私を導く枝折(道しるべ)となって、吉野の花見にと決心すると、あの伊良湖崎で約束しておいた人(杜国)が伊勢に出て来て迎え、共に旅寝の情緒を体験し、また一方では私のために仕える侍童となって、道中の手助けにもなろうと、自ら侍童風に「万菊丸」と名乗る。本当に子どもらしい名の様子は、とても趣興がある。さあ、旅立ちのお遊び事をしようと、笠の内に落書きをする。
乾坤無住同行二人
吉野にて桜見せうぞ桧笠
吉野にてわれも見せうぞ桧笠 万菊丸
旅の道具の多いのは道中の邪魔であると、物を皆払い捨てたけれども、夜の寝具にと紙子ひとつ、合羽のような物、硯、筆、紙、薬など、昼の弁当などの物を包んで後ろに背負ったので、もともと足が弱く力が無い身が、後ろのほうへ引っ張られるようで、道はさっぱり進まず、ただ物憂い事ばかりが多い。
草臥れて宿かる頃や藤の花
初瀬(長谷寺)
春の夜や籠り人ゆかし堂の隅
足駄はく僧も見えたり花の雨 万菊
葛城山
なほ見たし花に明け行く神の顔
三輪山
多武峯
臍峠 多武峯より龍門へ越す道である。
龍門
龍門の花や上戸の土産(つと)にせん
酒のみに語らんかかる瀧の花
西河(にじっこう)
ほろほろと山吹ちるか瀧の音
せいめいが瀧
布留の瀧は布留の宮より二十五丁山の奥である。
摂津の国、生田の川上にある 布引の瀧
大和(注 誤り。実は摂津)箕面の瀧 勝尾寺へ超える道にある。
桜
桜がりきどくや日々に五里六里
日は花に暮れてさびしやあすならふ
扇にて酒くむかげやちる桜
苔清水(とくとくの清水)
春雨のこした(木下)に伝ふ清水かな
吉野の花に三日とどまって、あけぼの、黄昏のありさまに向かい、有明の月のしみじみとしたありさまなど、心に迫り胸に満ちて、ある時は摂政公藤原良経の詠歌に心奪われ、西行の枝折の歌のように、まだ見ない方の花を訪ねようと迷い、あの貞室の「これはこれはとばかり花の吉野山」と感動をぶちまけて書いているのに、私は言う言葉もなくて、むなしく口を閉じている。句が出来ないのがとても残念だ。決心した風流はものものしいですけれども、ここに至って趣向の無い事である。
高野
父母のしきりに恋し雉の声
散る花にたぶさ恥づかし奥の院 万菊
和歌の浦
行春に和歌の浦にて追ひ付きたり
陰暦三月中頃過ぎに、そぞろに浮かれ心の花が、私を導く枝折(道しるべ)となって、吉野の花見にと決心すると、あの伊良湖崎で約束しておいた人(杜国)が伊勢に出て来て迎え、共に旅寝の情緒を体験し、また一方では私のために仕える侍童となって、道中の手助けにもなろうと、自ら侍童風に「万菊丸」と名乗る。本当に子どもらしい名の様子は、とても趣興がある。さあ、旅立ちのお遊び事をしようと、笠の内に落書きをする。
乾坤無住同行二人
吉野にて桜見せうぞ桧笠
吉野にてわれも見せうぞ桧笠 万菊丸
旅の道具の多いのは道中の邪魔であると、物を皆払い捨てたけれども、夜の寝具にと紙子ひとつ、合羽のような物、硯、筆、紙、薬など、昼の弁当などの物を包んで後ろに背負ったので、もともと足が弱く力が無い身が、後ろのほうへ引っ張られるようで、道はさっぱり進まず、ただ物憂い事ばかりが多い。
草臥れて宿かる頃や藤の花
初瀬(長谷寺)
春の夜や籠り人ゆかし堂の隅
足駄はく僧も見えたり花の雨 万菊
葛城山
なほ見たし花に明け行く神の顔
三輪山
多武峯
臍峠 多武峯より龍門へ越す道である。
龍門
龍門の花や上戸の土産(つと)にせん
酒のみに語らんかかる瀧の花
西河(にじっこう)
ほろほろと山吹ちるか瀧の音
せいめいが瀧
布留の瀧は布留の宮より二十五丁山の奥である。
摂津の国、生田の川上にある 布引の瀧
大和(注 誤り。実は摂津)箕面の瀧 勝尾寺へ超える道にある。
桜
桜がりきどくや日々に五里六里
日は花に暮れてさびしやあすならふ
扇にて酒くむかげやちる桜
苔清水(とくとくの清水)
春雨のこした(木下)に伝ふ清水かな
吉野の花に三日とどまって、あけぼの、黄昏のありさまに向かい、有明の月のしみじみとしたありさまなど、心に迫り胸に満ちて、ある時は摂政公藤原良経の詠歌に心奪われ、西行の枝折の歌のように、まだ見ない方の花を訪ねようと迷い、あの貞室の「これはこれはとばかり花の吉野山」と感動をぶちまけて書いているのに、私は言う言葉もなくて、むなしく口を閉じている。句が出来ないのがとても残念だ。決心した風流はものものしいですけれども、ここに至って趣向の無い事である。
高野
父母のしきりに恋し雉の声
散る花にたぶさ恥づかし奥の院 万菊
和歌の浦
行春に和歌の浦にて追ひ付きたり
金澤ひろあき
七 吉野へ杜国と
陰暦三月中頃過ぎに、そぞろに浮かれ心の花が、私を導く枝折(道しるべ)となって、吉野の花見にと決心すると、あの伊良湖崎で約束しておいた人(杜国)が伊勢に出て来て迎え、共に旅寝の情緒を体験し、また一方では私のために仕える侍童となって、道中の手助けにもなろうと、自ら侍童風に「万菊丸」と名乗る。本当に子どもらしい名の様子は、とても趣興がある。さあ、旅立ちのお遊び事をしようと、笠の内に落書きをする。
乾坤無住同行二人
吉野にて桜見せうぞ桧笠
吉野にてわれも見せうぞ桧笠 万菊丸
旅の道具の多いのは道中の邪魔であると、物を皆払い捨てたけれども、夜の寝具にと紙子ひとつ、合羽のような物、硯、筆、紙、薬など、昼の弁当などの物を包んで後ろに背負ったので、もともと足が弱く力が無い身が、後ろのほうへ引っ張られるようで、道はさっぱり進まず、ただ物憂い事ばかりが多い。
草臥れて宿かる頃や藤の花
初瀬(長谷寺)
春の夜や籠り人ゆかし堂の隅
足駄はく僧も見えたり花の雨 万菊
葛城山
なほ見たし花に明け行く神の顔
三輪山
多武峯
臍峠 多武峯より龍門へ越す道である。
龍門
龍門の花や上戸の土産(つと)にせん
酒のみに語らんかかる瀧の花
西河(にじっこう)
ほろほろと山吹ちるか瀧の音
せいめいが瀧
布留の瀧は布留の宮より二十五丁山の奥である。
摂津の国、生田の川上にある 布引の瀧
大和(注 誤り。実は摂津)箕面の瀧 勝尾寺へ超える道にある。
桜
桜がりきどくや日々に五里六里
日は花に暮れてさびしやあすならふ
扇にて酒くむかげやちる桜
苔清水(とくとくの清水)
春雨のこした(木下)に伝ふ清水かな
吉野の花に三日とどまって、あけぼの、黄昏のありさまに向かい、有明の月のしみじみとしたありさまなど、心に迫り胸に満ちて、ある時は摂政公藤原良経の詠歌に心奪われ、西行の枝折の歌のように、まだ見ない方の花を訪ねようと迷い、あの貞室の「これはこれはとばかり花の吉野山」と感動をぶちまけて書いているのに、私は言う言葉もなくて、むなしく口を閉じている。句が出来ないのがとても残念だ。決心した風流はものものしいですけれども、ここに至って趣向の無い事である。
高野
父母のしきりに恋し雉の声
散る花にたぶさ恥づかし奥の院 万菊
和歌の浦
行春に和歌の浦にて追ひ付きたり
陰暦三月中頃過ぎに、そぞろに浮かれ心の花が、私を導く枝折(道しるべ)となって、吉野の花見にと決心すると、あの伊良湖崎で約束しておいた人(杜国)が伊勢に出て来て迎え、共に旅寝の情緒を体験し、また一方では私のために仕える侍童となって、道中の手助けにもなろうと、自ら侍童風に「万菊丸」と名乗る。本当に子どもらしい名の様子は、とても趣興がある。さあ、旅立ちのお遊び事をしようと、笠の内に落書きをする。
乾坤無住同行二人
吉野にて桜見せうぞ桧笠
吉野にてわれも見せうぞ桧笠 万菊丸
旅の道具の多いのは道中の邪魔であると、物を皆払い捨てたけれども、夜の寝具にと紙子ひとつ、合羽のような物、硯、筆、紙、薬など、昼の弁当などの物を包んで後ろに背負ったので、もともと足が弱く力が無い身が、後ろのほうへ引っ張られるようで、道はさっぱり進まず、ただ物憂い事ばかりが多い。
草臥れて宿かる頃や藤の花
初瀬(長谷寺)
春の夜や籠り人ゆかし堂の隅
足駄はく僧も見えたり花の雨 万菊
葛城山
なほ見たし花に明け行く神の顔
三輪山
多武峯
臍峠 多武峯より龍門へ越す道である。
龍門
龍門の花や上戸の土産(つと)にせん
酒のみに語らんかかる瀧の花
西河(にじっこう)
ほろほろと山吹ちるか瀧の音
せいめいが瀧
布留の瀧は布留の宮より二十五丁山の奥である。
摂津の国、生田の川上にある 布引の瀧
大和(注 誤り。実は摂津)箕面の瀧 勝尾寺へ超える道にある。
桜
桜がりきどくや日々に五里六里
日は花に暮れてさびしやあすならふ
扇にて酒くむかげやちる桜
苔清水(とくとくの清水)
春雨のこした(木下)に伝ふ清水かな
吉野の花に三日とどまって、あけぼの、黄昏のありさまに向かい、有明の月のしみじみとしたありさまなど、心に迫り胸に満ちて、ある時は摂政公藤原良経の詠歌に心奪われ、西行の枝折の歌のように、まだ見ない方の花を訪ねようと迷い、あの貞室の「これはこれはとばかり花の吉野山」と感動をぶちまけて書いているのに、私は言う言葉もなくて、むなしく口を閉じている。句が出来ないのがとても残念だ。決心した風流はものものしいですけれども、ここに至って趣向の無い事である。
高野
父母のしきりに恋し雉の声
散る花にたぶさ恥づかし奥の院 万菊
和歌の浦
行春に和歌の浦にて追ひ付きたり