京都童心の会

ほっこりあそぼ 京都洛西の俳句の会
代表 金澤 ひろあき
俳句 冠句 自由律 詩 エッセイなど同好の人たちと交流

ひとりある記 桂橋から久世橋へ

2021-03-26 09:09:39 | 俳句
 ひとりある記 桂橋から久世橋へ
             金澤 ひろあき
 大きな川沿いの道を歩いていると、自分が風景の一つにしかすぎないことに気づきます。
 桂の家の近く、桂離宮のそばに春日社という所があり、自然の井戸があります。そこに初詣も兼ねて歩きます。
 行ったら子どもが三人。社の中の木に登っています。大人も二人、まねをして木登り。お猿さんにあこがれているのかしらん。
 少し歩くと桂大橋。桂川にかかる橋で、ここから見る愛宕山の景色は大好きです。行って見ると、北風がまともに来て寒いこと。愛宕山の上のほうに雲がかかり、雪も積もっているではありませんか。橋を渡り終えてみると、愛宕山だけではなく、西山にも雪。どおりで寒いはずです。
 それでも桂川の東岸には、遊ぶ人がいっぱいです。いつもは野球チームが野球をしている所は、凧揚げ会場と化しています。二十人ほどがいっせいに凧揚げです。
  凧(いかのぼり)ただ今空と対話中     ひろあき
  つかのまの空の陣地や凧
 東岸側の河原は広くて、公園があり、広場があり、テニスコートがあります。河原のテニスコートなんてすごいですね。それも五~六面あるのです。若い男女や中年のおじさんたちが、北風の中、テニスをやっています。
 犬を連れた人も沢山来ていて、子ども達がサッカーをしている中に、犬も加わります。
  北風や犬も加わるサッカーに   ひろあき
 桂川の下流に向けて、つまり南に向かいます。天神川があらわれ、桂川と並走します。
 道は桂川ぞいから天神川ぞいに入ります。この辺りまで来ると、愛宕山、西山、大山崎、天王山が見えます。南は八幡の男山までが見渡せます。
 JRの在来線、新幹線のガードをくぐったちょっと先の所で、天神川と桂川が合流します。そこに発電所があるのですが、水力発電なんでしょうね。
 凧揚げの人。犬の散歩。そしてジョギングの人。サイクリングの人。そんな中にデッサン帳を持っている女の子が一人。この女の子は結局デッサン帳を開きませんでした。こんな景色の中、もったいない感じがします。
 河原に畑を作っている所もあるのですが、農作業をしている人は一人もみかけません。お正月ですしね。
 久世橋を越えた所で、雨がポツポツ。こりゃ、大変だ。それで引き返します。暗い空に揚がっている凧は瞑想しているようです。
  凧ただ今空に瞑想する       ひろあき


2021年3月 京都童心の会通信句会特選評その4

2021-03-26 08:45:09 | 俳句
2021年3月 京都童心の会通信句会特選評その4
○蔭山辰子特選
11 梅の蕾夜を一枚脱いでいる   金澤ひろあき
 少しずつ春が近づいて来る日々。「夜を一枚脱いで」というすてきな言葉に感心いたしました。
○木下藤庵特選
77 道端にぺんぺん草よ春告げし  野原加代子
 極めてありふれている風景ですが、その中に春を見つけました。
○白松いちろう特選
61 小春日や故郷の匂ひの宅急便  宮崎清枝
 ふる里は遠きに在りて思うもの。旧友からの故郷名産詰合わせが届き、懐かしさが一層募ります。
 もう一句、気に入った句。
45 音残し飛行機雲が虹跨ぐ    青島巡紅
 何と雄大な景観でしょう! 大空に広がる虹と飛行機のコントラストが見事に見えてきます。

雁の寺か孔雀の寺か

2021-03-26 08:19:39 | 俳句
雁の寺か孔雀の寺か
            金澤 ひろあき
 作家の水上勉氏をお見かけしたことがある。京都にはよく来られていた。ご自身の小説『五番町夕霧楼』などが劇になった時、最前列の席で熱心に見ておられた。
 さて、直木賞をとった『雁の寺』に描かれる慈念という小僧は、水上氏の分身と思われるが、水上氏の背丈はそれほど低くはなく、外見の印象はかけ離れているように感じた。もっともこれは私の記憶違いかもしれないし、自己の幼年時代を「背の低い、惨めなイメージ」でとらえているのかもしれない。(抱いていた鬱屈した思いは同じようなものであったのであろう。)
 ところで私は、『雁の寺』孤峯庵をずっと衣笠の等持院のイメージで見ていた。衣笠山に近い所にあるように描かれ、衣笠山に墓地をもち、法事で千本通まで歩いていくという描かれ方。位置的に言えば等持院であり、水上氏も十三歳から十七歳まで等持院で修行されている。しかし、肝心の雁の絵が等持院にはない。孤峯庵の雁の絵を持つお寺のモデルは、相国寺の塔頭・瑞春院だそうである。残念なことに、近年拝観禁止になっていた。
 今回、この瑞春院に国語教育研究会・土曜日の会の深谷純一、大石制勝両先生が熱心にお願いされ、拝観を特別に許可していただいた。両先生、ご尽力ありがとうございます。
 三月二十四日、土曜日の会の文学散歩の日は、春なのに冷え込んで、気温は「水上文学の世界」だったのかもしれない。もっとも天候は極めて良く、こちらは「文学散歩日和」と言える。参加者は総数十一名。
 同志社大学を通り抜けて、相国寺に入る。門を入ってすぐ右手に、玉龍院がある。ここは水上氏が瑞春院から辛くなって逃げ出した後、かくまってもらったお寺だそうな。そこを過ぎて左手の道を行くと瑞春院に着く。
 門の呼び鈴を押すが返事がない。玄関先で呼んでもなかなか返事がない。しばらくするとお寺のお婆さんが出てこられる。先代御住職の奥様だと、あとでわかる。
 雁の絵とご対面!と思ったら、孔雀である。これは冗談ではない。孔雀の母が雛を慈しんでいる絵で、作者名は「今尾景年」筆とある。小説『雁の寺』によると、鳥獣画の名人岸本南嶽が描いた雁の絵で、慈念が師僧を殺した後、母の雁が子の雁に餌をふくませている所を、指で破り取って出奔する。そして、「むしり取られた母親雁のあともそのままである。」という一文で終わっている。
 瑞春院の孔雀の絵は、当然むしり取られずに残っている。この事実と違う所が、水上氏が書き加えた世界であり、一番書きたかったものなのだろうか。『雁の寺』は、貧しさのせいで親から引き離された者の「母恋い」の物語なのであろうか。それに『雁の寺』では、慈念の本名は「捨吉」で、本当の母は乞食。父親はわからない。それを引き取って育てた若狭の大工の親が貧しいので、つてを頼って孤峯庵に小僧に出されたという設定。だから慈念は「二回捨てられている」のだ。 
こんな事を考えていた所、「隣の部屋には雁の絵がある。ただし、水上氏は全く知らなかった。」という説明があり、またびっくり。そちらも拝見させて頂く。上田万秋筆。孔雀の絵を描いた今尾景年の弟子だそうだ。こちらも、親子の雁があるが、子雁の所が色あせて消えかかっている。母雁のほうはしっかり残っている。
 果たして水上氏は、どちらの絵のイメージで書いたのだろうか。ちなみに瑞春院の方は「水上氏は孔雀の絵を雁だと思いこんでいた。水上氏が後年、瑞春院を再訪されて、自分の思いこみを認めた。孔雀の絵の隣の雁の絵の事は知らず、知った時とても驚かれていた。」という説を強く主張される。
 その後に訪れた等持院には、水上氏の痕跡もない。(2009年)

山の上の社

2021-03-26 08:16:09 | 俳句
 山の上の社
         金澤 ひろあき
 天下分け目の戦いで有名な天王山の北側、峰続きの山の上に、小倉神社があります。南の天王山からも行けますし、東の長岡京市側からも登れます。私の勤務している西乙訓高校からとても近く、竹林の中の道を抜けるとすぐに行き着きます。
 残暑が残った暑い日でしたが、この山のふもとの円明寺という所へ行く途中、竹林を通って小倉神社へ行きました。といっても、偶然通りかかったというほうが正確で、「あっ、こんな所にあるんだ」という感じでした。
 赤トンボがスイスイと心地よく行ったり来たり、空を泳いでいます。ハイキング姿の中高年の人たちが休んでいます。ハイキングは今中高年の人たちで盛んですね。山の上の森に囲まれているので、神社のあたりはひんやりと涼しい。水場もあり、公園のような所もあり、良い休憩所です。天王山のほうから来た人たちなのでしょう。
 立て札があって、小倉神社の説明をしています。千三百年前、桓武天皇が建都の際、都の守り神として建てたとか。羽柴秀吉が天王山合戦の折、戦勝祈願したとか。だいたい京都の西南、この辺りは、桓武天皇と秀吉、光秀が出てくることが多いんですね。
 そういえば昔、やはり同じ長岡京市にある乙訓高校で教えた子が、地元の怪談ということで、この小倉神社に武者の幽霊(?)が出る、と真顔で言っていたことがありましたが、これも秀吉・光秀関係者なのでしょうか。
 この日は昼間でもあり、幽霊には出会えませんでしたので、その身の上は聞けません。宅地開発で、神社の鳥居のまん前まで住宅になっていますので、幽霊さん、今でも出て来れるんでしょうか。
この鳥居の前の坂道をそのまま一直線におりて、阪急電車が走っている所までおりると、スーパーが一軒あります。
その中にお寿司屋さんが良いお米を使って弁当を作っています。本日の目的は実はこのお弁当屋だったんです。小倉神社の神様、幽霊さんはついでで、どうもすみません。
  赤とんぼ風の形をつなぎけり     ひろあき
※2008年の文章です。ここで書いたお寿司屋さん、この間たずねて行ったところ、なくなっていました。

2021年3月 京都童心の会通信句会特選評その3 

2021-03-26 08:05:55 | 俳句
2021年3月 京都童心の会通信句会特選評その3 
○三村須美子特選
37 白梅やヒヨドリ二羽の新体操  青島巡紅
カップルのひよどりでしょうか。春が来たとばかりに弾んで白梅の枝から枝に飛び交い、逆さになったり、花をつむいだりしている様子が新体操の語句でよく言い得てると思いました。探梅と共に早春の喜びを感じます。
○蔭山辰子特選
11 梅の蕾夜を一枚脱いでいる   金澤ひろあき
 少しずつ春が近づいて来る日々。「夜を一枚脱いで」というすてきな言葉に感心いたしました。